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紫陽花の花が咲く頃に

作者: 昼月キオリ

日野みこ(ひのみこ)(16)

日野大輝(ひのだいき)(18)



紫陽花の花が咲き始めた6月。

その日は雨が降っていた。


お見合い。


みこ「大輝さん、これからよろしくお願いします」

大輝「ああ、よろしく」

大輝は素っ気ない態度で応えた。

 

お互いに恋心や愛情といったものはなかった。

ただ家と家の安泰の為に結婚をする。それだけだった。

それが一般的だったので二人は反対することもなく結婚の話はスムーズに進んだ。




 

日常の会話は必要最低限。

朝の「おはようございます」「行ってきます」「行ってらっしゃい」夜の「おやすみなさい」。




そんな日常が二年続いた。

「そろそろ子どもを作りなさい」とお互いの両親が言い始めた。

当然の流れだしみこも大輝もその予定だった。


全てが順調に進んでいる・・・かのように見えた。




朝。

みこ「あら?大輝さんネクタイが歪んでいます」

大輝「ああ、すまない、ありがとう」

みこがスッスッと手際良くネクタイを整える。


みこ「気を付けて行ってらっしゃい」

大輝「ああ、行ってくる」


ガチャン。

玄関の扉が閉まった瞬間、大輝は両手で顔を覆った。

大輝「はぁ・・・」


大輝"みこさん今日も可愛いかった・・・

ネクタイが歪んでいることに気付いて直してくれるとか健気過ぎるだろう!"


結婚して一年経った頃からずっとこの調子である。



 


久しぶりに離れて暮らす両親に会った時のこと。


鈴音(すずね)(大輝の母親)(36)「大輝、そろそろ子どもを作りなさいね」

光輝(こうき)(大輝の父親)(36)「子どもは若いうちに作るべきだぞ」

大輝「しかしまだ・・・」

光輝「まさか、まだ何もしていないわけではないだろうな?」

大輝「ギクッ・・・いえ、時々・・・」

光輝「そんなんじゃできるものもできないだろう、毎日してさっさと作りなさい」

大輝「ま、毎日!?・・・わ、分かりました・・」


 


大輝が帰った後。

光輝「あれは重症だな」

鈴音「まさか大輝がこんなに奥手だなんて思わなかったわ・・・あんなに顔を真っ赤にして」

光輝「あの反応からするにキスもまだだろな、全く、誰に似たんだか・・・」

鈴音「あなたとは大違いね」

光輝「俺はいつでも大歓迎だ」

鈴音「もう・・・今度はあの子の番でしょう」

光輝「構わんさ、この時代では珍しく恋愛結婚をした君とならね」

 

そう言って父は母を抱き寄せ、キスをしようとするも母に人差し指で止められる。


鈴音「あなた、何人作る気なの?すでに5人いるのよ?」

光輝「そうだな、何人でもいい、君の子どもなら可愛いくて仕方がないからな」

鈴音「ふふ、本当困った人ね」(満更でもない)



 

一方その頃。


大輝"父さん、俺だってそうしたいのは山々なんだ、

結婚して二年が経ち、子どもを作る流れになっているということは分かっている、

父さんは今の俺の歳には二人子どもがいたと聞いているし

みこさんからも「子どもを作りましょう」と言われている、

しかし・・・まだ手も繋いでいないのに子どもを作るなんて無理がある‼︎"



そう、この男はかなり拗らせていた。



最初は彼女のことを何とも思っていなかった。

義務感から結婚しただけだったし子どもを作る行為も義務ですることになると思っていたのだ。


なのにいざとなると緊張して事に運べなかった。

キスやハグさえできていないどころか手すら繋げていない。

いきなり全てをすっ飛ばして行為に及ぶなんて大輝には無理だった。




そんなある日。

みこさんが「私、紫陽花の花を見に行きたいです」と言った。

大輝「え?」

 

普段は必要最低限の会話。二人で出かけるなんてことはなかった。


みこ「あ、ごめんなさい、嫌でしたよね・・・私一人で行ってきます」

大輝「いや、行こう」

みこ「え」

その瞬間、みこの表情がぱあぁっと明るくなる。

みこ「本当ですか!?」


大輝"ヤバい、可愛い可愛い可愛い、ダメだ、一旦冷静になれ"


大輝「明日は予定がない、どうだ?」

みこ「はい、明日で大丈夫です」

大輝「そうか」


みこはその日の夕飯を作る時には鼻歌を歌っていた。




みこも大輝と距離を縮めたいと思っていたがなかなか上手くいかず、二年が経った今ようやく勇気を出して誘ったのだった。

みこは大輝と違って最初から好意を抱いていた。

誰にも言わなかったが、お見合いをしたあの日。

みこは大輝に一目惚れをしていたのだ。




お見合いの日。

"この人が私のお見合い相手の大輝さん・・・

なんて、なんて・・・なんてカッコいいのかしら!"


みこ「大輝さん、これからよろしくお願いします」

大輝「ああ、よろしく」

大輝さんは素っ気ない態度で応えた。


"無愛想な方なのね・・・でも、そんな冷たい態度も素敵よ‼︎"


拗らせていたのは大輝だけではなかった。



 

次の日の昼。

紫陽花が咲く庭園に二人で出かけた。

雨が降っていたので傘を差して庭園の中を歩く。


ふと、みこが紫陽花の前で足を止めた。

みこ「大輝さん、紫陽花の花言葉は知っていますか?」

大輝「いや、知らない」

みこ「紫陽花の花言葉は移り気ですよ、今の私にピッタリですね」


大輝"んん!?それは、つまり好きな人が出来たということか?

じゃあ誘われて浮かれていたのは俺だけで昨日の彼女の浮かれた態度は俺の妄想だったのか?"


大輝「それは、想い人ができたということか?」

大輝は努めて冷静に返す。

バックンバックン。

内心では口から心臓がまろび出そうになっている。


みこ「いいえ、違います」

大輝「ではどういう意図で言ったんだ?」


みこ「最初は大輝さんとの生活は冷めたものだと思っていました、会話も必要最低限だし二人で出かけることもなくて・・・お見合いで結婚をしたならそれはよくあることだと思っていました、

でも、最近では違うんです」

大輝「どう違うんだ?」


みこ「大輝さんといる時間に温かさを感じるようになったんです、言葉はなくても毎日あなたがこの家に帰って

来てくれる、そんなことが愛おしく思うようになりました、

移り気、気持ちが変わるのは冷めるという意味で使われることが多いですが

私はその逆の"冷めていたものが温かくなる"こともあると思っています、

それと同時に、大輝さんもそうだったらいいなと思っています」

大輝「それで紫陽花の花を見に行こうと誘ったんだな」


みこ「はい、断られる覚悟で誘いました、

でも、大輝さんは断らずにいてくれた、だから少なからず大輝さんは私のことが嫌ではないのだと思いました」

大輝「嫌なはずないだろう、夫婦なんだから」


みこ「形上はそうですけど、どうしても大輝さんが私と仕方なく結婚したという事実が心にずっとありましたから」

大輝「仕方なく結婚したのはみこさんも同じじゃないか」


みこ「いいえ、仕方なくなんかじゃありませんでした」

大輝「しかし、親同士が勝手に決め、あの日初めて会った」


みこ「ひ」

大輝「ひ?」

みこ「一目惚れしたんです!!」(わっ)

初めて聞くみこの大きな声に大輝の身体が一瞬ビクッと跳ねた。


 

大輝"ひと、めぼれ・・・?みこさんがこの俺に?"



大輝「それは・・・知らなかった、

まさかみこさんが俺をそんな風に思っていたなんて」

みこ「大輝さんはかっこいいんです!

上手く話せないまま二年が経ってしまいましたけど、

子どもを作りましょうって言った時は断られてしまいましたし私のことが嫌なんだって思ってました」

 

大輝「あれは・・・みこさんが嫌だったんじゃない・・・手も繋いでいないのにそういう行為をするのが嫌だっただけだ」

みこ「え・・・」

 

大輝「みこさんは義務感からそう言っただけだと分かっていたし、それが悪いことだとは思わないが俺はやはりお互いに思い合った上でしたいと思ったんだ」

みこ「そんな風に思っていてくれていたんですね・・・」


大輝「最初はともかく、途中からは距離を縮めたいと思ってはいた、なのにみこさんが可愛いから緊張して手も繋げないし・・・」

みこ「え、可愛い・・・?私が?」

大輝から初めて聞く可愛いという言葉にみこは動揺する。


大輝「はぁ・・・」

そう言って大輝は顔を隠す。

みこ「ということは私たち、ちゃんと想い合っていたんですね」

大輝「ああ、そのようだ」

みこ「良かった・・・私だけじゃなかったんですね」

大輝「俺たち、会話をしなさ過ぎたな」

みこ「ええ、本当に」

二人は困り顔で微笑み合う。

そして、これからは歩み寄る努力をしようと二人は心に決めた。




大輝「俺は正直、雨があまり好きではなかった」

みこ「え、それなら今日ではなく晴れている日にした方が良かったのでは・・・」

大輝「一日も早く出かけたかったんだ・・・その、みこさんと」

みこ「大輝さん・・・あら?てことはお見合いの日に素っ気なかったのはひょっとして・・・」

大輝「ああ、あの日は雨が降っていて頭が痛かったんだ、だからあんな態度を取ってしまった」

みこ「今日は大丈夫なんですか?」

大輝「ああ、何故だか今日は痛みはない」

みこ「ホッ、良かった・・・」


大輝「先程言った通り、俺はこの季節は苦手だったんだが人の気持ちとは変わるものだな」

みこ「ええ」



紫陽花の色が変わっていくように人の心もまた変わっていく。

その変わり方は速度も色も花によって違う。

人もきっと同じだ。

時に冷たく、時に温かく変えていく。



大輝「みこさん、俺の傘、壊れてしまったみたいだ」

不意に大輝が自分の傘を見つめて言った。

みこ「え?どこですか?壊れているようには見えませんが・・・」

大輝「いや、壊れている、だから同じ傘に入っていいかな?」

みこ「はい!」

みこは嬉しそうに笑った。


二人はしばらくの間、相合傘をして紫陽花の花を眺めていた。

手を繋いで寄り添い合ったまま。

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