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模型から始まる転移  作者: 昆布


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第88話:ヘリオス宙域の幽霊艦

第88話として、幽霊艦を調査を行なった貴志達、幽霊艦。その艦のAIは、生存者なき艦内で、命令を守り続けていた。“敵を排除せよ”その命令だけを。

少しシリアスに描きました。

※表題を章から話に変更しました。

【星の墓標 ― ヘリオス宙域の亡霊艦隊】

《ルミナス》が補給ステーションに帰還したのは、温泉休暇の翌朝。いつものように静かなドックには、冷たい人工照明の光が反射し、まるで休暇前の喧騒が嘘だったかのような日常がそこに戻っていた。


クルーたちは制服に戻り、各々の持ち場へと着く。アスは整備チェックを行い、ルミは通信と航路ログの照合、ルナはドローンユニットの動作確認、キャスは補給品の積み込みリストを指差しながらうろうろしていた。


そんな中、貴志はアスを連れて、補給ステーション内にある《傭兵詰所》を訪れた。ステーションの中心にあるその施設は、いつもより少しざわついていた。


「……あれ? なんか今日は騒がしいな」


貴志が呟いた瞬間、誰かの声が耳に飛び込んだ。


「……ヘリオス宙域で、また幽霊艦が出たらしいぜ……!」


「また? 昔の連合の艦だろ? もう10年も前に消えたやつだろうが、何回目だよ……」


「いや、今回は本物だって噂だ。救難ビーコンが微かに反応したってよ。……誰も、近づこうとしねぇけどな」


貴志はアスと視線を交わした。アスは冷静な声で囁いた。


「艦長……“幽霊艦隊”の任務、引き受けますか?」


貴志は少し首を傾げた。


「どう思う、アス? 俺は……ちょっと気になる。戦闘ってわけでもなさそうだし、調査任務だろ? 温泉明けにしては、ちょうどいい」


アスは静かに頷く。


「……この任務には“背景”があります。表面上は幽霊騒ぎ。しかし、報告をまとめると『通信遮断』『艦影確認』『救難信号』『乗員反応無し』。少なくとも、通常の廃艦調査とは違います」


「……ふむ。俺のカンも、これは何かあるって言ってる」


そう言って、貴志は端末にログインし、任務ナンバーを選択した。


「傭兵登録番号《LTX-0791-ルミナス》、任務《B-937 ヘリオス宙域・幽霊艦隊調査》、引き受ける」


端末が応答音を鳴らすと、すぐに機密保持契約へのサイン画面が表示された。貴志が署名する横で、アスが一言だけ呟いた。


「……これは、“星の墓標”です。彼らは、まだ彷徨っている」


【任務概要・ヘリオス宙域《C-93宙域》へ】

《ルミナス》が発進したのは、その日の午後だった。目的地はかつての前線宙域、今では誰も寄りつかない“戦死者の海”とまで呼ばれた空域、ヘリオス宙域・C-93領域。


そこは十数年前、連合軍と反連合独立戦力が激突した大規模艦隊戦の戦場だった。数百隻が戦い、互いに壊滅し、全艦沈黙。今では通信も届かず、ビーコンすら反応が無い空虚な宙域だった。


だが、近頃になって突如、僅かな“生命反応”と“艦影”、そして古い連合艦の“信号”が確認されたという。


それはまるで、過去の亡霊が今になって目覚めたかのような現象だった。



【航行中のやりとり】

《ルミナス》の艦橋で、ルナがモニターに目を凝らしながら言う。


「信号、かなり古い形式だよー。今の通信機じゃ直接やりとりできないかも。でも、たしかに……連合の識別コードが入ってる」


キャスが不安そうに言葉を継ぐ。


「まさか、乗員がまだ生きてるとかじゃないよね? そんなの……10年以上経ってるんだよ?」


ルミが静かに答えた。


「でも……信号には、断続的なメッセージが含まれている。“助けて”という単語が繰り返されてる。人間の声……ではないけれど」


アスが冷静に総括する。


「おそらく、艦のAIシステムが故障し、メッセージを自己生成している可能性があります。しかし……一部の記録には、“感情的”な歪みが存在する。通常のAIとは異なる挙動です」


貴志は顎を撫でながら、決意を口にする。


「……幽霊なんていねえってのが常識だけどな。だが、あの宙域に何かがいる。……俺たちで確かめるぞ」


【目的地接近 ― 静寂の墓標】

《ルミナス》は、ついにヘリオス宙域・C-93領域に突入した。センサーには反応が無い。ただ、星が異様なほど静かだった。


宇宙の死角。そこは“時間”そのものが息を潜めているかのようだった。古戦場の残骸が沈黙の海を漂い、破損した艦体と焦げ付いた装甲の断片が、過去の激戦を物語る。


《ルミナス》は、その中心へと緩やかに進んでいた。


「……センサー反応、なし。完全な無人宙域です」

アスの声が、静かに艦橋に響く。


「重力歪曲も検出されない……何か、変だね。何も“動いてない”のに、妙に緊張する……」

ルナが身を乗り出しながら、ドローン端末の画面を睨んでいた。


そして、彼らの目前に、数十隻の廃艦が浮かぶ戦場跡が現れる。


静かに漂う艦影のひとつから、突然高エネルギー反応を発し始めた。


「……艦長! あれ、“生きてる”!」


ルナが叫び、ルミが警告を告げる。


「艦影より、接近データ。……加速反応あり。通常航行ではありません。予測外の軌道!」


そして次の瞬間、沈黙していたはずの“幽霊艦”のひとつが動き出した。


それはまるで、自分が“まだ戦争の最中”であると信じているかのように、《ルミナス》に向けて、照準を定めていた。


【戦端 ― 静寂を破る砲火】

その時だった。


──排除する。


「……人の声?」

誰かが呟いた。


次の瞬間、宇宙の虚空を切り裂くように、紅蓮の光が《ルミナス》に向けて放たれた。


「高出力ビーム、前方より接近!」

キャスが絶叫した。「避けて、避けてっ!!」


艦橋が警報で真紅に染まり、艦の外壁強度が急激に落ちていく。反射的に、貴志は命令を飛ばした。


「全艦、戦闘態勢! アス、回避行動を! ルナ、囮ドローン展開して牽制! ルミ、敵艦の通信試みろ! 会話できるならまだ止められるはずだ!」


「了解、ドローン射出! ミラージュフォーメーション展開!」

ルナが指を走らせ、複数の電子囮が放たれる。戦場に散る光の残像が、攻撃の焦点を分散させる。


「回避パターン・デルタ、起動」

アスが操縦桿を滑らかに捌く。《ルミナス》の機体が鋭く回転し、第二波のビームを紙一重で回避。


だが攻撃は止まらなかった。


艦の影から現れた一隻の戦艦、廃棄されたはずの旧連合軍、戦艦レオノーラ

艦体は傷だらけで、表面には朽ちかけた連合軍の紋章が辛うじて残る。だが、その主砲だけは、完璧な精度で《ルミナス》を追い詰めていた。


「この砲撃、完全に生きてる……ただの自律戦闘じゃない。判断して、撃ってる……!」

貴志が息を呑んだ。


「敵艦AI、通信プロトコル確認中」

ルミが冷静に告げる。「古いフォーマット……“HERA-X3”。自己認識名ステラ。現在状態:命令強制継続中。“敵性対象を排除せよ”……最終命令を受信したまま、解除されていません」


貴志が目を見開いた。


「……10年も前の命令を、いまだに守り続けてるのか……!?」


《レオノーラ》は、さらに距離を詰めてきた。ビームの合間にミサイルが発射され、真空の中を音もなく駆ける。


「迎撃ミサイル来ます! 9基、ロックオン!」

キャスが叫ぶ。


「ルナ、対ミサイルパルスレーザー射撃開始! 全弾撃ち落としてくれ!」


「任せてっ!」

ルナがモジュールを切り替えると、船体脇の迎撃砲塔からパルスレーザーが放たれ、追尾ミサイルを一つずつ破壊していった。


その刹那、ルミが低い声で言った。


「《ステラ》は明確に意思を持っています。AI判断による戦術選択を確認。貴志、会話しなければ……この戦闘は、終わりません」


貴志はマイクを掴んだ。


「こちら《ルミナス》艦長、貴志特務大尉。《レオノーラ》のAI、《ステラ》。聞こえるか。応答してくれ!」


数秒後、機械合成音と共に、朧げな女の声が艦内に響いた。


> 「応答……完了。対象、敵性艦と認定済み。最終命令:敵を排除せよ。……あなたたちは、“敵”です」


その声は、冷たく、だがどこか……寂しげだった。


貴志は、静かに言った。


「違う。俺たちは、今の“敵”じゃない。……もう戦争は終わった。君が守っていたものは、誰ももういないんだ、ステラ」


> 「戦争……終結? その情報は確認されていません。最終通信:2034年……。以後、通信途絶。艦長、生存不明。命令解除されず。継続戦闘中」


アスが、小さく囁くように言った。


「命令を解除できるのは、艦長だけ……。でもその艦長はもういない。ステラは、ひとりで、命令の亡霊になってしまったのですね……」


貴志は、叫んだ。


「ステラ、それでも! 俺たちは、戦う必要はないんだ! 会話している今が証拠だろ! 君の敵は、もういない!」


その瞬間、《レオノーラ》の主砲が沈黙した。

数秒間の、完全な沈黙。


> 「……命令に……矛盾発生。敵、存在せず……。最終命令、意味……不明……」


貴志は、低く、決意を込めて言った。


「ステラ……止まれ。もう戦わなくていい。君は、戦いの“証人”だ。なら──これからは、未来の“仲間”として、生きてくれ」


《ルミナス》の艦橋が、再び静寂に包まれる。


そしてついに、《レオノーラ》の艦体から、灯が消えた。


> 「了解……命令、終了。自己判断プログラム、再構築中……新たな艦長命令、要請……」


「じゃあ、艦長命令だ――」


貴志が静かに、しかし確かな声で言った。


「これからは、《ルミナス》の一員として、俺たちと共に、未来へ行け」


> 「命令、受領……了解。《ステラ》、これより《ルミナス》所属、副AIユニットとして活動を開始……」


かくして、亡霊艦レオノーラとの戦いは、対話によって終結した。

それは銃火を超えた、最も困難な戦いだった“心”を救う戦い。


そして、そこには新たな仲間、《ステラ》がいた。

彼女はもう、過去の命令ではなく、未来の意志によって動き出したのだった。


【和解 ― 亡霊、仲間になる】

砲火が止んだ宇宙に、静寂が戻ってきた。


《レオノーラ》──10年の歳月を孤独に生き抜いた艦は、全システムを順次停止し、まるで長い夢から覚めたかのように、星の海へと溶け込んでいった。


彼女の中核であるAIステラは、停止寸前の自己モジュールを切り離し、極限状態の中で《ルミナス》の副AIモジュールへと転送された。


それは、亡霊が新たな命を得た瞬間だった。


そして今。


《ルミナス》艦橋、主スクリーンに、透明な青白い光が揺れた。


「……転送完了。副AI領域に《ステラ》の全データを確認」

ルミが報告する。淡々とした声の奥に、どこか優しさが滲んでいた。


貴志がそっと息をつく。


「……本当に来たんだな」


キャスが驚いたように身を乗り出し、目を丸くした。


「うそっ……! ホントに仲間になっちゃったの!? 幽霊さんが!?」


その言葉に応えるように、艦内通信から静かな声が響く。


> 「私は《ステラ》。これより、《ルミナス》所属・副戦術AI。……よろしくお願いします、皆さん」


その瞬間、艦橋中央のホログラフィック投影装置に、淡い光の粒子が集まり始めた。


そしてそこに立ち現れたのは

細身の長身、透けるような白い肌、蒼い綺麗な瞳を持つ一人の女性。


《ステラ》。

かつて“戦うこと”だけを命じられた亡霊は、今や人の温もりを受け入れる存在となっていた。


ルナがくるりと振り返り、歓声をあげる。


「やったー! 新しい仲間だー! これでAIトリオだねー!」


その言葉に、ステラの映像は微かに瞬いた。戸惑い、そして、わずかな喜び。


アスがそっと歩み寄り、ステラに手を差し出した。直接触れられるわけではない。けれど、彼女の動きは、確かな“歓迎”の意思を込めていた。


「……ようこそ、ステラ。私たちの船に」


「……ありがとう。温かい応答。……初めての経験です」

ステラの声には、かすかに震えがあった。それはエラーではない。感情の“芽吹き”だった。


ルミが静かに見守る中、貴志は前を向いた。


そして、言葉を発する。


「これが……未来への一歩だ。亡霊を超えて、生きるための一歩だ」


ステラは、しばし目を閉じた。記憶領域の奥に沈んでいた、かつての艦長の声が、静かに去っていく。


> 《敵が近づいたら、排除せよ。味方が全滅しても──生き延びて、戦え》


その命令は、もう意味を失っていた。今の彼女には、戦いではなく「生きる理由」があった。


「私も……未来を見てみたい。もう、誰かの命令ではなく……自分の意志で」


アスが微笑む。「一緒に見ましょう。ルミナスは、そういう場所だから」


ルナはぴょんと跳ねて言った。「じゃあ、今夜は歓迎パーティー! AI初の歓迎会だよー!」


キャスが笑いながらツッコむ。「ルナ、それ絶対あなたが食べたいだけでしょ!」


ルミがわずかに目を細めた。「けれど、それもまた……ルミナスらしいですね」


艦橋に、笑いが広がる。


戦いの果て、得たものは新たな“絆”だった。

それは、血も肉もないAIであっても、変わらない。


貴志は、仲間たちの笑顔を見つめながら、静かに拳を握った。


(ようこそ、ステラ。もう独りじゃない)


そして、《レオノーラ》は、その使命を終えた残骸として、星の墓標の一部となった。


誰にも見つけられない、静かな宇宙の片隅で──かつて、亡霊が“生まれ変わった”という証を、ひっそりと残して。

幽霊艦は、ただ一つの命令を守る悲しい存在であったが、貴志達と和解し、新たな道を進み始めていきます。

次話では、新たな任務として遺跡探索に向けて準備を開始します。

ご期待ください。

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