第84話:傭兵酒場の騒乱
第84話として、傭兵酒場での楽しい打ち上げと、アレス大佐とブラウン大佐による突然の乱入、そして憲兵隊の介入を詳細に描きました。
※表題を章から話に変更しました。
【昇進祝いの準備】
艦橋に満ちていた戦後の張りつめた空気は、いつの間にか笑顔と声に取って代わっていた。
貴志とキャスの昇進報告を終えた後のルミナスは、まるで陽光が差し込んだかのように明るく、和やかだった。
ルナがドローン制御卓に腰かけ、スパナをクルクルと回しながら興奮気味に話す。
「ねえねえ、今夜のごはん、ドライフードじゃないよね? 私、肉が食べたい! 肉ー!」
ルミが微笑みながらルナの頭を軽く撫でる。
「ドライフードじゃお祝いにならないよ。艦長、提案は?」
貴志は艦長席にもたれたまま、全員の様子を見渡した。キャスは頬を紅潮させて高揚しており、ルナはそわそわと椅子の上で足を揺らしている。アスすら、無表情を保ちながらも目元が緩んでいた。
「いやー……こうやってみんなと話してるとホッとするな」
貴志は少し肩の力を抜いて、優しく笑いかける。
「昇進祝いってことで、傭兵酒場でも行こうか?」
その瞬間だった。まるでバネ仕掛けの人形のように、キャス、ルナ、ルミの三人がほぼ同時に立ち上がった。
「行こう行こう行こう!」
キャスが両手を高く上げ、目を輝かせて叫ぶ。
「貴志さん、最高のアイデアだよー! 私、ビール飲みたいっ!」
「やったー! 傭兵酒場なら、今日の作戦報告も兼ねて乾杯できるよ!」
ルナがコンソールを叩きながら元気いっぱいに続いた。
「ドローン隊だってちゃんと活躍したし! それも祝いたい!」
「私も行きたいよ。艦長、みんなで飲むの、楽しみだね」
ルミは穏やかな微笑みを浮かべながら、珍しく声を弾ませた。
アスが一人だけ座ったまま、やれやれといった様子で軽くため息をついた。
「全く……羽目を外しすぎないようにしてくださいね。酒場で騒ぐと後が大変ですから」
その口調は冷静そのものだったが、貴志はその微妙な目の輝きと口元の緩みを見逃さなかった。
「アス、お前も行きたそうだな。苦言言いつつ、顔が喜んでるぞ」
アスは咳払いをして視線を逸らしながら、微かに頬を染めて言った。
「艦長、誤解です。ただ、皆が行くなら……付き合います。それだけですよ」
その言葉に、艦橋は爆笑の渦に包まれた。
キャスが笑いながらアスの肩を叩き、ルナとルミが手を取り合ってスキップを始める。貴志はその様子を見ながら、心の中でしみじみと感じていた。
この艦でよかった。
この仲間たちと、生き残って、本当に良かった。
「よし、19:00に出発だ。身支度整えて、オルテガ・フロンティアの“スターダスト・タバーン(オルテガ・フロンティア店)”で集合な。ドレスコードは……自由!」
「「「はーい!」」」
返事はまるで合唱のように揃い、艦橋に明るい笑い声が再び響き渡る。
こうして、戦いの余韻と昇進の喜びを胸に、ルミナスのクルーたちは傭兵酒場へと向かう準備を始めた。
それはただの食事ではない。幾多の死線をくぐり抜け、信頼を築いた者たちだけが分かち合える、かけがえのない時間になるのだった。
【傭兵酒場での昇進祝賀の夜】
オルテガ・フロンティア宙域の補給ステーションにある、古びたが活気に満ちた傭兵酒場《スターダスト・タバーン(オルテガ・フロンティア店)》。
鉄骨剥き出しの天井には廃材から再生された照明が吊るされ、木製のテーブルと革張りのソファが無造作に並ぶ。喧騒と笑い声、ジョッキのぶつかる音、そして焼けた油の香りとスパイスの匂いが入り混じるその空間は、戦場から帰還した者たちの魂を慰める聖域だった。
貴志たちは運良く、奥の壁際にあるやや広めのテーブルを確保できた。
乾杯用のビールが人数分、泡を弾ませて運ばれ、中央には山盛りのフライドポテトとスモークミートのプレート。思い思いのドリンクやつまみも次々と追加され、テーブルは戦功者たちの色とりどりのご褒美で彩られていく。
貴志がグラスを掲げ、穏やかな笑みを浮かべながら声を上げた。
「よし、みんな。作戦の成功と昇進、みんなそれぞれの働きに感謝して、乾杯だ!」
「乾杯ーーーっ!!!」
全員が声を揃え、ジョッキとグラスを勢いよくぶつけた。
カチン! その音が、彼らの間にある絆の強さを象徴するかのように響いた。
キャスがすぐさまジョッキの中身を豪快に飲み干し、赤くなった頬で笑いながら叫んだ。
「貴志さん、特務大尉ーっ! 私、特務少尉ーっ! サイコーだよーっ! このビール、宇宙一美味しいっ!」
「また飲む前からテンション振り切ってる…」
アスがため息交じりに呟くが、その声にとげはなかった。
彼女の目もまた、酔いではなく、安堵と祝福で柔らかく潤んでいた。
ルナは指でポテトをつまみ、得意げにルミへ向き直る。
「ねーねー、ルミ聞いて! 私のドローン隊、艦外の残骸処理も完璧だったんだから! もうちょっとで勲章もらえたんじゃない? えへへ!」
「うんうん、ほんと凄かったよ。ルナのおかげで、ルミナス無傷だったもんね」
ルミは手にした小ぶりなワイングラスを傾け、柔らかな声で応じた。
「こうしてまた、みんなと飲めるなんて……私、嬉しくて、ちょっと泣きそう」
貴志が微笑みながら、その言葉を静かに受け止めた。
「生きて帰れたからこそだよな。みんな、よく頑張った」
アスも静かにグラスを掲げ、淡々と口を開いた。
「艦長の判断がなければ、我々はあの宙域で沈んでいました。……本当に、お疲れ様でした」
「アスがそこまで言うとは、珍しいーっ!」
キャスが肩に手を置き、にやにやと冷やかすように笑ったが、アスはわずかに頬を染めるだけで反論はせず、グラスに口をつけた。
そうして、乾杯は二度三度と繰り返され、酒と料理が進むごとに、言葉はくだけ、笑いは大きくなっていった。
テーブルの上ではルナの「次のドローン設計案」が始まり、キャスが「もう一杯!」と叫んで店員に手を振ると、ルミが「そろそろスイーツが欲しいかも」と可愛く呟く。
その瞬間だった――
ギィィ……
古びた木製の扉が、重く軋む音を立てて開いた。
店内の明るい空気を切り裂くように、異様な気配が流れ込んでくる。
一瞬、ざわめきが止まり、振り返る者たちの間で静かな緊張が広がった。
しかし、それが誰であるかを目にした者たちは、同情にも似た視線を彼らに向ける。
だがその話は、まだ始まっていなかった。
貴志たちのテーブルでは、まだ笑いが続いていた。
次に何が起きるのかを知らぬまま、祝賀の夜は熱を帯びていく。
【 崩れる宴、揺らぐ過去】
祝いの席は佳境を迎えていた。
フライドポテトはほぼ消え、スモークミートも骨ばかり。
新たに注文したピザ風タコスがテーブルを飾り、キャスはすでに頬を赤らめてハイテンション、ルナはルミにドローン隊の「戦果スライド」を見せようとタブレットを取り出し、ルミは微笑みながらそのすべてを受け止めていた。
「いやー、キャス、もう飲みすぎじゃないか?」
貴志が苦笑すると、キャスが胸を張ってジョッキを掲げた。
「特務少尉は祝われる存在! もう一杯行くべきでしょ、ねぇルナ!」
「おかわりーっ!」
ルナが元気に叫び、店員が笑ってサーバーを持ってきた。
その時だった。
ギィイ……ッ
重く軋む扉の音が、笑いの中に異音のように差し込んだ。
傭兵酒場《スターダスト・タバーン(オルテガ・フロンティア店)》の空気が、一瞬で変わる。
全員がそちらへ目を向け、そして固まった。
酔いどれた姿で立っていたのは、アレス大佐。
軍服のボタンが一つ外れ、襟元は乱れ、目は血走っている。
その隣には、同じく顔を真っ赤にしたブラウン大佐。
ログリット大尉とライザー大尉は、その後ろから気まずそうな顔で控えていた。疲れ切ったような目が、彼らの立場を語っていた。
アレスとブラウンがふらつきながら、まっすぐ貴志たちの席に向かってくる。
「……来たか」
貴志が静かに呟き、アスと目を合わせる。
立ち上がった彼は、キャスと共に上官に対して敬礼を行った。
だが――
「敬礼などいらんッ!!」
ドン!
アレスがテーブルに拳を叩きつけ、泡立ったジョッキが揺れた。
その息は強烈な酒臭さと怒気を含み、酒場の客たちも遠巻きに視線を送る。
「お前ら、ファーエルと一緒にあの戦闘で消えりゃよかったんだ! 勲章? 昇進!? 馬鹿にするなッ!!」
ブラウンも口を開いた。唾を飛ばし、顔を真っ赤に染めながら怒鳴る。
「俺の第3分艦隊は壊滅した! 司令部の計略だった! 俺たちは捨て駒だったんだ! それを黙って成功させたお前たちのせいで……俺たちは左遷されたんだぞ!!」
ルナとキャスが言葉を失い、ルミは心配そうに貴志を見つめた。
アスは冷静を保ちながらも、即座に身体をずらし、何かあれば動ける体勢をとる。
だが、貴志は一歩も退かず、毅然とした口調で応じた。
「アレス大佐、ブラウン大佐。
第1・第3分艦隊の損害は、私たちのせいではありません。作戦に従い、命をかけて成功させた結果が今です。処遇の責任を、私たちにぶつけられても困ります」
その言葉に、アレスの顔が怒りに歪んだ。
「貴様ァ……!」
拳が振り上げられた。
次の瞬間、ドガッ!
アレスの拳が、貴志の左頬をとらえた。
椅子が倒れ、貴志の身体が床に滑り落ちる。
「貴志さんッ!!」
キャスが叫び、ルナが立ち上がろうとする。
アスは一瞬で前に出て、アレスの肩を押さえた。
「やめてください、大佐! ここは」
「うるさいっ、傭兵風情がっ!」
ブラウンがアスを突き飛ばし、今度は自分が貴志に殴りかかろうとした。
その瞬間だった。
バァン!!
店の扉が強かに開かれ、黒い制服に身を包んだ憲兵隊員たちが一斉に突入した。
一人の隊長格が短く怒鳴る。
「全員、その場で動くな! 軍法第72条、騒乱罪および軍内秩序破壊の現行犯と認め、アレス・ヴァルス大佐、ブラウン・カイル大佐を拘束する!」
「なっ……誰が命じた!」
アレスが怒鳴るが、すでに遅い。
隊員たちは容赦なく彼らの両腕を取り、後ろ手に縛り上げていく。
ログリットとライザーは止めることもできず、ただ沈黙したまま下を向いていた。
「貴志大尉、ご無事ですか?」
憲兵隊の一人が駆け寄り、貴志に手を差し伸べる。
貴志は埃を払いながら立ち上がり、淡々と応じた。
「大丈夫です。……対応、感謝します」
酒場のざわめきが戻る。
キャスが貴志に駆け寄り、心配そうに頬を撫でた。
「……もう、なんで貴志さんばっかり無茶するの」
「俺が無茶しても、誰かが守ってくれるからな」
貴志は軽く微笑んでみせた。
そうして、乱入者たちが連行されていく中、
ルミナスのクルーたちは、改めて「今回の戦いでの生き残った意味」と「この絆」の重みを胸に刻んでいた。
【騒乱の終焉、静けさの再来】
「アレス・ヴァルス大佐、ブラウン・カイル大佐。貴官らを騒乱罪および軍内秩序破壊の容疑で拘束する。抵抗は罪状加重の対象となる。観念しろ」
憲兵隊のリーダーが、冷たい金属のような声でそう言い放った瞬間、店内の空気は氷点下まで冷え込んだ。
「ふざけるなッ!!俺は大佐だぞ!!お前らごときが、離せッ!!」
アレスが怒声を上げ、必死に憲兵の拘束から逃れようともがく。だが、酒と怒りで足元はおぼつかず、すぐに背後から二人がかりで押さえつけられた。
ガシャリッ
重く鋭い音を立てて、金属の拘束具がアレスの両手首を固定する。
「離せぇえええッ!! 俺が、戦場でどれだけの戦功を―!」
その叫びは、やがて憤怒から哀しみへとにじみ出すように崩れていった。
「……俺は……こんな形で終わるのか……っ……」
一方、ブラウンは顔を真っ赤にしながらも、すでに憲兵に肩を押さえられ、引きずられるように連行されていた。振り返りざまに、唾を飛ばして叫ぶ。
「この件は司令部に報告するッ!! 貴様ら、覚えておけよッ!!」
「報告なら署内でどうぞ、大佐殿」
憲兵の一人が無感情に返す。ブラウンは憤然と歯を食いしばったが、それ以上の抵抗はできなかった。
ログリット大尉とライザー大尉は、抗うこともなく、黙って後に続いた。
彼らの表情は、まるで心が抜け落ちたかのような無表情で、その瞳の奥にあるのは、疲弊か、諦念か、それとも……羞恥か。
アレスとブラウンが憲兵隊に引きずられていく間、店内の誰もが動けず、ただ静かにその様子を見送った。
「貴様らあああああ!! 俺を誰だと思ってるッ!!」
怒鳴り声は、酒場の扉が閉じられると同時に、ピタリと途切れた。
……静寂。
まるで嵐の去ったあとの海原のように、喧騒の名残だけが空間に漂った。
その中心にいた貴志は、まだ頬に赤く残る拳の痕を軽くさすりながら、苦笑いした。
「……痛って。だけど……まぁ、これで終わったか」
キャスが小走りで近づき、ほろ酔いのままに勢いよく言った。
「貴志さん、大丈夫!? 顔、ちょっと赤いけど……うん、かっこよかったよ! 私、憲兵隊にジュース奢りたいくらい感謝してる!」
ルナが目をキラキラさせながら頷いた。
「すっごい事件だったね! お兄ちゃん、殴られてたけど、絶対映画にできるレベルだよー!」
ルミがそっと近づき、柔らかく微笑む。
「艦長、大丈夫……? 本当に、無事でよかった。私……心配だったの。でも、憲兵隊、ちゃんと見てくれてたね」
アスは、グラスを置き、冷静に言葉を添える。
「艦長、今の暴行と騒乱は公的記録に残ります。彼らの左遷は確定的でしょう。軍規違反と感情の爆発。……その責任は、彼ら自身が取ることになります」
貴志は、仲間たちを見回して、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「みんな……驚かせてごめんな。でも、打ち上げが台無しにならなくてよかったよ。…さ、もう一杯、行こうか」
その言葉に、キャスが元気よく手を挙げた。
「さんせーい! 貴志さんの頬に、乾杯ーっ!」
「かんぱーいっ!」
ルナもルミも、アスまでも笑顔を見せ、再びジョッキを掲げる。
カチンッ!
澄んだ音がテーブルの上に響き、再び笑い声が酒場に戻ってきた。
誰もが知っていた。
今日の騒動は、軍という巨大な権力と矛盾の一端に過ぎない。
だが、それでも生き残り、前に進むしかない。
そして、その歩みを共にできる仲間がいる。それが何よりの救いだった。
ルミナスの絆は、騒乱の夜にまた一つ、確かに強くなっていた。
傭兵酒場の楽しい雰囲気から一転、アレスとブラウンの乱入による緊張感を彼らの怒りと焦りで対比的に描写しました。
次話からは、アレス大佐達のその後を描いていきます。




