第80話:それぞれの日常と傭兵酒場の夜
第80話として、オルテガ・フロンティアでひと息をついたルミナス乗組員たちの安堵と喜びを、そして夜の懇親会を明るく楽しい雰囲気で描きました。
※表題を章から話に変更しました。
【平穏な日々】
オルテガ・フロンティア、戦火の静寂が戻ったステーションは、まるで宇宙に浮かぶ避難港のようだった。
朝を迎えたルミナスの艦内に、柔らかな人工光の朝が訪れた。
艦橋に集まった貴志、アス、ルナ、キャス、ルミの五人は、それぞれに目の下に薄く疲労を滲ませながらも、どこか穏やかな空気を纏っていた。
貴志が椅子にもたれかかり、腕を組んでぼんやりと天井を見上げた。
「……撃たれずに目が覚めるって、こんなにありがたいもんだったか」
ルナが頷きながら、背伸びをして大きく息を吸い込んだ。
「空気も美味しく感じるねー! 今日って、何しててもいいんだよね?」
「ええ。今日は1日予定無しの自由時間……、しっかり身体を休めなきゃ」
アスがタブレットで日程を確認しながら、淡々と答える。
キャスがくすっと笑って言った。
「じゃあさ、夜になったら……久々に“傭兵酒場”に行かない? あの雰囲気、懐かしいわよね」
「いいねっ! あそこのポテト、また食べたい!」とルナが即座に手を挙げる。
ルミも軽やかに微笑みながら言った。
「せっかくだし、乾杯しようよ。生き残ったお祝いってことで」
そして、貴志が全員を見回し、にやりと笑った。
「よし、決まりだな。夜になったら、一杯やろうぜ。俺のおごりだ」
「ほんとに? やったー!」
ルナが両手を上げて跳ねながら喜び、キャスが口元を手で押さえて笑う。
一通りの会話を終えると、みな一旦それぞれの個室へと散っていった。
【各クルーの過ごし方】
午前十一時。艦内の静かな通路を歩きながら、貴志とアスはゆっくりと並んで歩いていた。
整備班の作業音がどこか遠くに響いていたが、ここには平穏な時間が流れていた。
やがて二人は、艦内のプライベートルームの前で立ち止まる。
貴志が静かにパネルを押し、ドアが開いた。中に足を踏み入れた瞬間、無意識にドアが閉まり、静寂が部屋を包んだ。
しばらく言葉はなく、二人はただ相手の姿を見つめていた。
そしてアスが一歩、貴志に近づいた。
貴志は自然と両腕を広げ、アスをそっと抱きしめた。
「……生き残ったな、アス。お前がいてくれたからだよ」
その声は低く、そしてどこか震えていた。
アスは貴志の背中にそっと手を回し、頬を肩にあずけた。
「艦長……いえ、貴志さん。私も……あなたがいたから、頑張れた。ありがとう」
その声には、戦い抜いた者だけが持つ深い実感と感謝が込められていた。
しばらくのあいだ、ふたりは言葉を交わすことなく、ただ静かにぬくもりを確かめ合った。
命の重み、仲間の存在、すべてがこの一瞬に凝縮されていた。
一方、別の居住区画では。
ルナが勢いよく自室のベッドに飛び乗り、両手を広げて叫んだ。
「やったーっ! 生きてるよー! お兄ちゃんの作戦、すごかったね!」
キャスが苦笑を浮かべながら、ベッドの端に腰かけ、ルナにぎゅっと抱きついた。
「ルナ……私、もう本当にダメかと思った。でも……こうしてまた、あなたと笑えてる……それが、信じられないぐらい嬉しい」
ルミは部屋の隅に立ったまま、二人を見つめていたが、ふっと笑顔を浮かべて静かに言った。
「私も、嬉しいよ。昔の戦闘で仲間を失ったあの時と違って……今回は、全員、帰ってこれた。ありがとう、ルナ、キャス」
ルナが手を伸ばし、キャスとルミの手を握った。
「みんなで生き残った。これって……奇跡だよね」
三人は手を重ね合い、小さく笑い合った。
その笑顔は、決して浮ついたものではない。
戦いをくぐり抜けた者たちにしか持ち得ない、深く静かな絆だった。
オルテガ・フロンティアのドックの窓には、青白く輝く惑星の光と星々が広がっていた。
平和な時間は、ようやく彼らの元へと戻ってきていた。
そして夜がゆっくりと近づく。
傭兵たちが語り、笑い、酔いしれるひとときが、もうすぐ始まる。
【傭兵酒場の楽しいひと時】
その夜、オルテガ・フロンティアの補給ドックにある傭兵酒場〈スターダスト・タバーン(オルテガ・フロンティア店)〉は、いつになく穏やかな空気に包まれていた。重力制御と気圧調整が行き届いたその酒場は、木目の壁と天井に柔らかい光が反射し、どこか地上の田舎町にあるパブのような温もりを感じさせる。
中央の一角、六人掛けの丸テーブルには、貴志たち五人の姿があった。テーブルには泡立つビールジョッキ、熱々のフライドポテト、焼きチーズ、スモークサラミ、そしてルナが頼んだ謎のスペーススナックが並んでいる。
「いやー、要塞主砲の衝撃波、すごかったよな。俺、正直ビビってたけど、お前らが頑張ってくれたから勝てたよ」
貴志がグラスを手に取り、少し照れくさそうに笑った。
「艦長、あのタイミングで発電所及び変電設備を狙ったのは貴方の判断です」
アスが冷えたビールを一口飲みながら、凛とした口調で応える。「私、あのとき貴方の声を聞いて落ち着けました。助かりましたよ」
「お兄ちゃん、私のドローン隊、どうだった?」
ルナが身を乗り出し、キラキラした目で尋ねる。「海賊艦、ビュンビュン逃げてたけど、私、追い詰めてやっちゃったよー!」
「すごかったよ、ルナ!」
キャスが勢いよくジョッキを空けて笑い、「私なんかチャフとフレアで命がけだったのに、ルナのドローン隊の一斉攻撃が敵のエンジン吹っ飛ばしたとき、思わず叫んだもん!」
「……私、レーダーで敵の動きずっと見てた」
ルミが静かにワインを傾けながら、柔らかく微笑んだ。「皆がちゃんと動いてくれてたから、予測がすごく楽だった。連携、完璧だったね。……ほんと、生き残れて良かった」
その言葉に、一瞬だけ場の空気が静かになる。
誰もが、あの激しい戦闘の記憶を脳裏に浮かべ、そして再び、今ここにいる仲間たちの顔を見つめる。
「……そうだな」
貴志がジョッキを軽く掲げた。「ここにいる全員、生きて、また一緒に飲めてる。これは祝うべきだろ」
「乾杯しよー!」
ルナが両手をあげて声を弾ませ、全員がそれに続くようにグラスを掲げた。
「生還に、乾杯!」
「乾杯!」
グラスが軽やかに打ち合わされ、微かな泡のはじける音と笑い声が酒場に広がる。
そのとき、入り口のドアが静かに開いた。
貴志が何気なくそちらを見ると、見慣れた制服姿が視界に入った。
「……ん? ボナとデナ、来たみたいだぞ」
彼が目線を向けると、他の仲間たちもそちらに顔を向ける。
まだ二人はこちらに気づいていない。戦友たちが加わるその瞬間を前に、貴志たちのテーブルはまた新たな笑顔で満ちようとしていた。
【戦友との合流】
傭兵酒場〈スターダスト・タバーン(オルテガ・フロンティア店)〉の木製の天井に吊るされた小さなランタンが、揺れる琥珀色の光を落としていた。貴志たち五人が囲むテーブルには、すでにいくつもの空いたジョッキとつまみの皿が並び、戦闘を振り返る会話と笑い声が絶え間なく続いていた。
そこへ、カツン、カツンと硬質なブーツの足音が近づく。酒場の奥から、見慣れた制服をまとった二人が現れた。
「……ん?」
アスがさりげなく振り返り、すぐに笑顔を浮かべた。
「ノヤ少尉とモロ少尉だ!」ルナが目を輝かせて声を上げる。
「貴志中尉!」
少し照れたような笑顔で近づいてきたのは、「ボナ」の艦長を務めていたノヤ少尉だった。その後ろには艦橋士官たちが控え、みな緊張しながらも安堵の表情を見せている。
「ここでお会いできるとは! 作戦成功、本当におめでとうございます!」
「そして……ありがとう!」
「デナ」のモロ少尉が続いた。彼は既にビールのジョッキを片手にしており、頬が赤らんでいる。「貴志中尉の指揮、最高でしたよ! あんな修羅場、初めてで……でも、生き残れてよかった!」
貴志は立ち上がり、しっかりと二人と握手を交わした。
「ノヤ少尉、モロ少尉――よくやった。貴官らの奮戦がなきゃ、今回の作戦は成立しなかった。ありがとう」
ノヤが少し肩をすくめ、艦橋士官たちを手で示した。
「うちの連中、ずっと『ルミナスの指揮すごすぎる』って話してたんですよ。旧式艦の我々が勝てたのも、連携のおかげだって」
「うちもです!」
モロがすぐさま頷いた。「デナの艦橋では、貴志中尉の作戦説明の時点で“こりゃ死ぬ気でついていくしかないな”って気合入りましたから。怖かったけど……なんか、楽しかったっす!」
笑い声がまた弾ける。ルミナス、ボナ、デナのクルーたちが自然にテーブルを一つにして席を詰め、グラスと皿を交わし合う。肩がぶつかるほど近いその距離に、戦場で培った信頼が滲んでいた。
ジョッキが新たに注がれ、グラスが配られ、誰からともなく再び乾杯の空気が生まれる。貴志が皆を見渡しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……みんな」
その声に、一瞬だけ喧騒が落ち着いた。
「今回の戦い、ほんとに苦しかった。恐怖も、痛みも、後悔もあった。でも、こうして生きて、また顔を合わせて、こうして語り合える。それが、一番だと思う」
静かな共感がテーブルを包み、誰もがうなずいた。
「だから、今夜はそれを祝おう。生き残った俺たちに……乾杯!」
「乾杯っ!」
「カンパーイ!」
「カチンッ!」
十数個のグラスがぶつかり合い、泡がはじけ、笑い声が弾けた。酒場に響くその音は、戦場を乗り越えた者だけが持つ、魂の解放の音だった。
【懇親会の余韻】
傭兵酒場では、遅くになってもまだ笑い声やグラスの音が名残惜しそうに響いていた。しかし、補給ドックの時間表示が「24:13」を示す頃、ルミが静かに時計を見やった。
「そろそろ、ですね……」
それを聞き取った貴志が、席からゆっくり立ち上がる。笑顔のまま、皆を見渡した。
「よし。楽しい夜だったけど、明日は司令部集合だ。しっかり休んで、次に備えよう。お疲れ。また明日な!」
アスがスッと立ち、背筋を伸ばして頷いた。「了解です、艦長」
ルナが椅子から飛び降りて、両手をぶんぶん振った。「またねー! ノヤ少尉もモロ少尉も元気でねー!」
キャスは少し顔を赤らめ、ふにゃっとした笑顔で「たのしかったよ〜! また飲もうねぇ〜」とルナにくっつきながら言った。
ルミはゆっくり立ち上がり、皆に優しい視線を送った。「今夜は、心からありがとう。おやすみなさい」
ノヤとモロも腰を上げ、背筋を伸ばして敬礼する。
「貴志中尉、改めてありがとうございました。次の戦場でも、共に戦えたら光栄です!」
「ルミナスの皆さんも、また飲みましょうね! あ、次はこっちが奢りますから!」
貴志は笑いながら二人の肩を軽く叩いた。「それまで生き残れよ。じゃあな」
傭兵酒場を出た面々は、それぞれの艦への帰路に就いた。ドック内の通路には薄い人工灯が点々と続き、喧騒から離れた静けさが支配していた。重力制御のわずかな揺らぎに、酔いが心地よく混ざる。
ルナとキャスが手をつなぎながら歩き、ルミが後ろからそっと見守るように続く。アスは貴志の隣に並び、無言のまま歩調を合わせた。
仲間との再会、命をかけて繋がった絆。
その夜、オルテガ・フロンティアの一角に確かに宿った小さな祝祭は、星々の静寂の中で優しく灯っていた。
帰還後の安堵を明るく描き、プライベートルームでの喜びと、傭兵酒場での楽しい振り返りを描写しました。
次話では、第一艦隊司令部での論功行賞の裏側を描きます。
ご期待ください。




