第75話:要塞主砲への特別攻撃(前編)
第75話として、海賊要塞主砲の威力に直面したルミナス艦橋での緊迫した議論と、ファーエル少将からの特別攻撃の指示を、戦場の緊張感を反映して描きました。
※表題を章から話に変更しました。
【継戦か撤退か:ファーエルの命令】
ディスプレイに映し出されたファーエル少将の顔は、かつてないほど冷厳だった。
艦橋の空気が一気に引き締まり、誰もが言葉を飲み込んだ。
「傭兵艦ルミナス、聞こえるか。ファーエルだ」
アスが即座に応答する。「こちらルミナス、特務中尉・貴志艦長以下、全員健在。受信状態、良好です」
ファーエルの瞳が鋭く画面越しに貴志を捉えた。
「現在、我が直属艦隊は要塞主砲の再照準の恐れを鑑み、展開位置を後方へ調整中。だが、主力艦の損失が相次ぎ、今はお前たち、ルミナス、そして《ボナ》《デナ》の三隻しか、突入軌道を確保できない」
貴志が表情を曇らせる。「……つまり、我々に要塞主砲破壊を?」
ファーエルは一拍の沈黙の後、肯定した。
「その通りだ。現時点で、要塞主砲の主エネルギー炉は外部からの攻撃で過負荷状態にある。あと一撃、あと一手があれば破壊可能。だが、艦載機では届かない。突入して、炉心か電力を供給する送電設備を破壊するしかない」
艦橋内の空気が、肌に刺さるような重圧を帯びた。
「……任務の成功率は?」アスが問う。だが、ファーエルは答えを返さなかった。
代わりに、こう言った。
「命令ではない。選択だ。貴志、お前が突撃艦隊の指揮官として判断しろ。引いても構わん。その判断を咎めはしない」
ディスプレイが切断され、ディスプレイが闇に落ちると同時に、艦橋の誰もが言葉を失った。
重い沈黙の中、冷却ファンの音だけが静かに響いていた。まるでこの艦そのものが、乗員たちの葛藤を呑み込むかのようだった。
「……俺が突撃艦隊の指揮官かよ」
貴志の呟きに、誰も返事をしなかった。
ルミがレーダーを見つめたまま、ぽつりと言った。
「ファーエル少将、頭を下げてたね……」
キャスが顔を伏せ、手の甲で目元を拭った。「あの人が……あの人があんな顔、するなんて……」
ルナが震える声で言った。
「お兄ちゃん、もう逃げられないのかな……?」
それでも、アスだけは冷静だった。彼女は操作コンソールに手を置き、静かに口を開いた。
「状況は明白です。要塞主砲は再充填中。外周防衛システムの反応は一時的に沈静。突入の好機が訪れているのは事実です」
「好機……って言うには……死地すぎるぜ」貴志が自嘲気味に笑った。
ルミがぼそりと漏らした。
「少将が、命令しないなんて…珍しいね」
キャスが肩を抱きしめるように小さく震えながら言った。
「でも、それって…つまり、死ぬ覚悟を持てってことだよね…」
ルナは唇を噛みしめながら、それでも真っ直ぐ貴志を見た。
「お兄ちゃん、決めて。私たち、どんな判断でも一緒にいるよ」
貴志はゆっくりと立ち上がり、艦橋の中央に進んだ。
正面モニターには、海賊要塞の青白い砲塔が、なおも脈打つように輝きを増していた。
「……覚悟を問われたってことだな。上は命令できない、下も逃げられない。なら……決めるのは、俺たち自身」
彼は深く息を吸い、全員に視線を配った。
「……俺は行く。俺たちルミナスだけでも、あの主砲を止める。少なくとも、仲間を守れる時間を稼ぐ。それが、傭兵のやり方だ」
沈黙の後、アスが応じた。
「了解、艦長。全システム、戦闘モードへ移行」
キャスが小さく頷いた。
「各種防御システム、限界まで強化しておきます。たとえ一発でも耐えてみせます。」
ルナが泣きそうな顔で、それでも力強く笑った。「ドローン隊全部、戦闘モードにしてあるよ! 敵艦、こっぱみじんにしてあげる!」
ルミも言葉少なに微笑んだ。「今度こそ、誰も死なせない。絶対に」
ルミナスの進路が、要塞主砲と固定された。
航法コンソールのカーソルが、脈動するエネルギー炉心とその電力を供給する送電設備へと焦点を結ぶ。
その時、敵迎撃艦の波が迫っていた。
15隻の海賊艦が、一斉に航路を遮るように展開を開始。
衝突まで、残り90秒。
【戦場の混乱とルミナスの状況】
戦場全体が、崩壊の音もなく崩れていく。
宇宙空間に響かない爆音の代わりに、センサーが告げる静かな絶望。戦艦の消滅地点から放射状に拡散するデブリとプラズマガス。そこに突っ込んだ《エウロペ》の副砲塔が分解され、推進器の火球が彼方で静かに膨張していた。
ルミナスの艦橋には、異常な静けさがあった。
すでに誰もが、次に起きる戦いが「特別なもの」だと直感していた。
アスが口を開いた。「敵艦の出現、確認。おそらく海賊艦の迎撃部隊……13、いや15隻。軽巡2、駆逐11、輸送型改装艦2。進路は我々の前方、要塞に向けた侵攻ラインに集中」
貴志は即座に返した。
「こちらの同伴艦隊は?」
ルミがディスプレイに航行図を投影し、やや沈んだ声で答えた。
「《ボナ》と《デナ》、推進出力70%で追随中。ただ、旧式だから戦闘加速には限界があります。最大速度まであと3分。援護は期待できるけど、正面突破は……」
キャスが唇をかみ、ぼそりと呟いた。
「どうせやるしかないんだろ」
ルナが振り向き、表情を引き締める。「だったら、早くやろうよ。やるときは、やるだけでしょ?」
貴志が頷き、戦闘モードに切り替えた。「アス、全戦闘システム攻撃モードへ移行。ルミ、迎撃部隊の動きを監視。キャス、防御システムは要塞砲の余波にも耐えられるよう強化しておけ。ルナ、予備ブースターを起動、突撃時に使う」
「了解!」
ルミナスの内部が、まるで一体の生き物のように動き始めた。
艦内各所のエネルギーコンデンサーが再起動し、ブリッジのライトが赤に切り替わる。緊急戦闘態勢、通称モード。
ルミナスは、戦うために設計された艦である。だからこそ、生き延びるためには、戦うしかない。
貴志が静かに、だが力強く命じた。
「《ブラック・アロー》突撃部隊に通告、これより我々は先陣を切る。要塞主砲の中枢部を破壊しなければ、次は我々自身が焼かれる。俺たちは、誰のためでもなく!自分たちの未来のために戦う」
その言葉に、艦橋の全員が頷いた。
そのとき、外部スピーカーから混線交じりの通信が割り込んだ。
「……こちら駆逐艦ボナ、応答。了解、突入作戦に参加する。……ルミナス、指揮頼む」
「デナも了解。全機、死地に突っ込む覚悟はできてる。後は頼んだ、貴志中尉」
貴志は小さく息を吸い、指揮コンソールに手を添えた。
「よし……三艦一体で突入する。ターゲットは要塞砲の冷却排気口、エネルギー炉への送電設備。ルナ、ドローンで先行偵察。敵迎撃艦を囮で引き離す。キャス、ルミ、全力で防御とナビサポート。アス、俺の右腕だ。共に突破口を開くぞ」
「全員、配置につけッ!」
ルミナスの艦橋が一斉に動き出す。
次の瞬間、ルミナスは艦首をわずかに下げて、ブースター点火、宇宙の闇を切り裂くように加速を開始した。
その向こうにあるのは、砲塔とセンサーに覆われた海賊要塞。
外殻には重装甲、内部にはエネルギー増幅炉と射撃中枢、あの巨砲を二度と起動させないためには、限界まで突っ込んで“急所”を叩くしかない。
ファーエル艦隊は防衛ラインの再整備中。特別攻撃に参加する《ボナ》と《デナ》は戦力に不安ある。
ルミナス達は孤独だった。だが、たった3隻の特別攻撃隊が、戦局を変えることがある。
キャスが呟いた。
「……突っ込んで、生きて帰れる確率、どれくらい?」
アスが無表情で答えた。
「戦術AIによる初期予測、生存率18%。ただし、艦長の判断を含めた修正推定では、38%まで上昇しました。」
「高ぇな。十分だ」
キャスが苦笑し、武装パネルの最終確認に入った。
ルミナス達が突撃軌道に入り、主砲が起動音を鳴らす。
宇宙の静寂に、緋色の光条が一本、閃いた。
貴志が全員を見て、力強く言った。
「よし、俺達はまだやれる。海賊艦が動き出す前に態勢を整えろ!」
戦場の混乱の中、ルミナス達は突撃を開始していた。
要塞主砲の威力に直面したルミナス艦橋での緊迫した議論と、ファーエルの疲労と決断を描写し、特別攻撃への準備を描きました。
次話では、要塞主砲への突撃(中編)を描きます。
ご期待ください。




