第238話:退路なき怪物との戦い②
【光を喰らう者】
──洞窟全体が、軋んでいた。
岩壁に響く異音。
地を這うような低い咆哮。
そして、闇の中で蠢く巨大な“それ”の輪郭。
グレイル・イーター。
光と命を喰らう怪物。
肉塊のような身体が震えるたび、粘液が飛び散り、そこに埋まった眼球が幾千と瞬いていた。
「貴志さん──!」
リオナが叫ぶと同時に、怪物が大地を叩いた。
粘液がはじけ、黒い煙が空気を濁らせる。
空気が重い。呼吸が苦しい。まるで酸素そのものが怪物の消化液で奪われているようだ。
「くっ……!」
貴志は歯を食いしばり、レーザーガンを構える。
視界が霞み、腕の感覚が鈍い。
だが、リオナの息遣いが背後にある限り、退くという選択肢はなかった。
「まだいける……俺は、負けない」
踏み込み。
貴志が発射したレーザー光線は、光を放ちながら怪物の中心部へと突き刺さる。
だが──。
怪物は拡散レーザー光線への対策を思いついたのか、一斉に目を瞑ってしまった。
拡散レーザー光線は、分散しているため、怪物の肉体には効果がない。
「──なっ!?」
次の瞬間、怪物の身体が波打った。
内部から鼓動のような震動が伝わり、貴志の腕に向かって、また“消化液”を発射してくる。
白い液体。
それが怪物の肉体爆ぜるように噴き出し、貴志の皮膚を焼く。
「ッ──ああああっ!!」
焼け付くような痛み。
皮膚が焦げ、筋肉が悲鳴を上げる。
視界が白く弾け、膝が地に落ちた。
「貴志さんっ!!」
リオナの声。
彼女は駆け寄るが、その瞬間、怪物の無数の眼が開いた。
光茸の光を吸い取り、暗闇が押し寄せる。
音が消える。
世界から“音”が失われ、ただ心臓の鼓動だけが聞こえる。
リオナは息を呑み、杖を掲げた。
その手は震えていたが、瞳はまっすぐ貴志を見ていた。
「風よ、我が祈りを聞け──〈エア・ランス〉!!」
風が螺旋を描き、鋭い槍となって怪物の眼を貫く。裂けるような悲鳴。
肉が爆ぜ、粘液が飛び散る。
だが、その断面は再びうねり、傷口を閉じていった。
「再生……してる!?」
「リオナ、後ろだ!」
背後の岩壁から、別の触手が突き出た。
彼女は咄嗟に飛び退くが、粘液が頬を掠めた。
焼ける臭い。
皮膚が赤く爛れる。
「っ、くぅ……痛っ……!」
「リオナッ!!」
貴志は叫び、腕の痛みを無視して剣を引き抜いた。
肉がちぎれる音とともに、怪物が後退する。
その隙に、彼はリオナを抱きかかえるように後方へ退いた。
「もう一発、行けるか!?」
「……ええ……でも、魔力がもう……」
「大丈夫だ、俺が前に出る。リオナは、マナを練ってくれ!」
リオナは唇を噛み、頷いた。
杖の先を握りしめ、震える声で詠唱する。
「……灯よ……我らの盾となれ……〈ルーメン・バリア〉!」
眩い光が洞窟を照らした。
それはまるで太陽の欠片のように、闇を押し返す。
怪物の眼球が一斉に眩しさに震え、呻き声を上げた。
「今だっ!」
貴志は駆けた。
焼ける腕の痛みも、呼吸の乱れも無視して。
目の前の“恐怖”を、ただ切り裂くために。
貴志は予備の短剣を振り抜く。
肉が裂け、粘液が弾ける。
飛び散る白濁した液が頬にかかるが、もう痛みを感じていなかった。
「ぐああああっ!」
「貴志さんっ、ダメっ、それ以上は──!」
リオナの声も届かない。
ただ、心臓が早鐘のように打つ。
頭の奥で、何かが囁く。
──カガヤクヒカリヲ……ヨコセ。
──オマエノ、ソノ、イノチ……。
「黙れぇっ!!!」
短剣を両手で構え、真上から叩き込む。
刃が肉を貫き、深く埋まる。
怪物が暴れ、足元の地面が割れる。
そのときだった。
「──風よ、我が魂を貸そう!〈テンペスト・ブレード〉!!」
リオナの詠唱が轟く。
暴風が剣を包み、青白い光が閃く。
貴志はその光を握りしめ、渾身の力で引き裂いた。
閃光。
轟音。
そして、断末魔。
怪物が崩れ落ち、粘液が蒸発していく。
肉が溶け、無数の眼が潰れていった。
静寂。
風が、再び洞窟を流れる。
「……終わった……のか?」
「……ええ……」
リオナの声は震えていた。
杖を支えに立つ彼女の足元に、涙がひと粒落ちる。
「貴志さん、腕が……!」
「ああ……ちょっと焼けただけだ」
「嘘です……そんな傷、ちょっとじゃありません……」
リオナはその腕を取り、自分の袖を裂いて巻いた。
血で赤く染まる布。
彼女の指先もまた震えている。
「……あなたを失いたくないんです」
「……俺だって、そうだ」
貴志は微笑んだ。
痛みの中で、確かに感じた。
彼女の震える手の温もり。
それが、この冷たい洞窟で唯一“生きている”証だった。
遠くで、崩れた岩壁の隙間から光が射し込む。
朝が近いのか、それとも外界の風か。
「……行こう。ここを出たら、白翼亭に戻ろう」
「はい……貴志さんと、必ず……」
グレイル・イーターが崩れ落ちる前、リオナに向かって発射した消火液、手にかかった白い消火液で皮膚が黒ずんでいるようだったが、リオナは気にせず貴志の手を握り、光の差す方へと歩き出した。
だが、その背後で。
白い液体が、岩の隙間からじわりと滲み出す。
無数の眼が──再び、わずかに開いた後、一瞬怪しげに光ながらも、光を失った。
第238話として、グレイル洞窟での怪物"グレイル・イーター"との熾烈な戦闘で、貴志達の恐怖、焦燥、そして互いを支え合う心の絆を描きました。
次話では、グレイル・イーターが残した呪いについて描きます。
ご期待ください。




