第223話:惑星ヴァリス
【惑星ヴァリスの風】
夕暮れの風が、焦げた金属の残り香をさらっていった。
不時着したバリスタ攻撃機の機体は、草原の中央に深々と突き刺さり、折れた主翼が黒く煤けている。
淡い紫の空の下、二つの太陽が地平の向こうに沈みかけ、空気がわずかに冷たくなってきていた。
貴志は土に手をつきながら立ち上がり、ぐるりと周囲を見渡す。
「……惑星データベースにも該当なし。文明レベル……未登録領域だな」
「つまり、“未開の惑星”ってこと?」
「ああ。しかも……観測記録によると、金属反応がほとんど無い。化学や工業も発展してない可能性が高い」
「まさか……そんな世界に私たちだけ放り込まれるなんてね」
リオナは苦笑しながら、吹き抜ける草原の風に銀の髪をなびかせた。
彼女の視線の先、遠方に白い塔のような構造物が見えた。
「……あれ、見える? あの丘の向こう。塔みたいな建物がある」
「望遠レンズで確認する……。塔の上に、回転する羽根……風車か? いや、もっと装飾的だ。……風の神殿か?」
風が吹いた。
草原が波打ち、遠くで何かがきらめいた。
「……リオナ。センサー反応は?」
「動体反応、1……いえ、2。近づいてきます。距離、200メートル」
リオナが即座に腰のホルスターから小型拳銃を抜き、貴志に視線を送る。
貴志も頷き、腰のレーザーガンを構えた。
草むらの奥から、やがて――音もなく、それは現れた。
ふわりと、風に乗る鈴のような音がした。
貴志が振り向くと、背丈ほどの木立の間から、二人の少女がこちらを見ていた。
一人は白い法衣に薄青の外套をまとい、もう一人は栗色の髪を風に揺らしている。
どちらも手には木の杖を持ち、首元には風を象徴する羽根飾りのペンダント。
「あなたたち……天より落ちて来たのですか?」
柔らかな声が、風に混じって届いた。
リオナが思わず息を呑む。
「……言葉が……通じる?」
「似ているが、少し……訛りがあるな。自動翻訳モードで補正修正できる範囲だ」
貴志が小声で応じ、二人に歩み寄った。
少女たちは警戒よりも、驚きと好奇心を隠さぬ瞳で彼らを見ていた。
白衣の少女――おそらく年若い方が名乗る。
「私はレーア。風の神殿の見習い神官です。この方はナーヤ。……あなた方、傷を負っておられるではありませんか?」
「俺たちは……少し、空の上で迷ってな。悪いが、ここがどこか教えてくれるか?」
「ここは〈ヴァリス〉。風と祈りの女神が守る世界です」
「ヴァリス……やはり惑星名か」
貴志は静かに頷き、そしてレーアの澄んだ瞳に視線を戻す。
「助けてくれて感謝する。俺は貴志、この世界の外から来た旅人だ」
「リオナよ。貴志の仲間。……でも、“世界の外”なんて、そんな話……」
ナーヤは小声で囁き、少し怯えたように貴志たちを見上げた。
「もしかして……星の民、なのですか? 伝承の……」
「星の民?」
リオナが目を瞬く。
レーアは頷き、風にそよぐ金の髪を揺らした。
「古より伝わる言葉があります――『空より光の舟に乗りて降りる者あり。彼ら、風を乱すか、風を救うか。星の民と呼ばれし異邦の者なり』と」
貴志とリオナは互いに一瞬目を見合わせた。
その偶然にしてはあまりに出来すぎた一致に、ふたりの間に無言の緊張が走る。
「……リオナ。まるで神話の登場人物扱いだな」
「ええ。まさか私たちが“伝説”側にされるなんて思わなかったわ。……でも、利用できるものは利用しましょう。状況を理解するには、彼女たちの協力が必要よ」
「同感だ」
レーアは、二人の表情を見て少しだけ微笑んだ。
「もし宜しければ……お二人を、風の都エル=サリエへお連れします。ここからそう遠くはありません。都の大神官なら、きっとあなた方をお助けできるはず」
「助かる。案内を頼みます」
貴志は頷き、壊れかけたバリスタ機を一瞥した。
「機体は……置いていくしかないな」
「心配しないで。座標データは記録しておいたわ」
リオナが端末を閉じ、装備を整える。
四人は風の草原を抜け、丘陵を越えて歩き出した。
風は柔らかく、どこか優しい音を奏でている。
やがて遠くに、巨大な城壁と風車の塔、青白い尖塔が立ち並ぶ都市が見えてきた。
――風の都〈エル=サリエ〉。
その光景に、リオナが息を呑む。
「……まるで、想像するような絵画の中の世界ね」
「ああ。だが、同時に――未知の世界でもある」
貴志の瞳には、夕陽に染まる都の姿が映っていた。
石畳の街路、空を舞う白い鳥、そして、風を受けて鳴る鐘の音。
彼は小さく息をついた。
「宇宙空間を知らぬ民の国、か……」
「ええ。でも、ここにも空がある。風もある。……なら、きっと私たちの居場所も見つかるわ」
リオナが微笑んだ。
貴志もまた、静かに笑みを返した。
「そうだな。まずは……“この世界”を見極めよう」
そして、彼らの足は――
異星の風が吹く都、〈エル=サリエ〉の門へと辿り着いた。
第223話として、降り立った惑星ヴァリスにて、レミア、ナーヤと遭遇する様子を描きました。
次話では、彼らの街に行く様子を描きます。
ご期待ください。




