第221話:貴志、未開の惑星に降り立つ
【星を知らぬ空の下で】
漆黒の宇宙を、わずかな光条が切り裂いていった。
その中心に、反物質炉の青光を背に飛ぶバリスタ攻撃機〈K-01〉。
数時間前まで無音の闇を彷徨っていた二人の前方に、ようやく“何か”が現れた。
ホロパネルの右下隅、微弱な反射波が静かに瞬いていた。
まるで、迷子の子供に差し伸べられた灯火のように。
「……出た。レーダーに明確な反射波を確認。距離、約1.2光秒」
リオナの声が、張り詰めた空気を震わせる。
その瞬間、貴志の胸に小さな熱が灯った。
「……ついに見つけたか。長かったな……」
「はい。ですが――安易に喜ぶのは早計です。」
リオナは冷静に釘を刺した。
その表情は硬く、青い瞳が淡い光に反射している。
「反射波の解析結果からすると、人工構造物……というよりは自然の地形。
ただし、大気層を持ち、赤外観測では明確な熱源分布を確認できます。
――生物活動があるのは間違いありません。」
貴志は軽く息を吐いた。
緊張と安堵が、入り混じった複雑な息。
だが、その安堵の奥には、別の恐怖が潜んでいた。
(……また、オレは焦ってるのか?)
アスなら、今の自分をどう言うだろう。
「確認を怠るな」「勇気と無謀を混同しないで」――そんな言葉が聞こえる気がした。
だが、現実には誰の声も届かない。
空母〈セラフィム〉も、仲間たちも、この宇宙のどこにも存在しない。
自分の言葉が、唯一響く世界。
そんな静寂が、何より恐ろしかった。
【惑星への接近】
「リオナ、航路は?」
「このまま推進を維持すれば、六十分後に惑星衛星軌道へ移行可能です。
ただし、惑星質量が大きいため、進入角度の微調整が必要。
異常重力場も散見されます。」
「了解。……慎重にいこう。」
リオナは頷くと、操作パネルに指を滑らせた。
航行ラインがホログラム上に展開され、バリスタの機体がゆるやかに進路を変える。
前方には、薄青く輝く惑星の輪郭が見え始めていた。
その光景に、貴志は思わず呟いた。
「……地球みたいだな。」
「え?」
「昔、オレが転移する前にいた星だよ。緑があって、海があって……空気がある。
あれも、こうやって宇宙から見たらこんな感じだったのかもしれないな。」
リオナの横顔が、わずかに柔らいだ。
「……地球ですか。私には聞いたこともない惑星の名前です。貴方の故郷、でしたね。」
「ああ。……ただ、もう帰る場所じゃないけどな。」
貴志は苦笑した。
その笑みの裏に滲む自嘲を、リオナは黙って受け止めた。
やがて、バリスタは惑星の衛星軌道へと達した。
緩やかな加速と減速を繰り返しながら、安定した軌道に移行する。
「到達。惑星衛星軌道上、安定。」
リオナが報告し、貴志が頷く。
だが、索敵、周囲警戒レーダーには異様な静けさがあった。
衛星なし。軌道施設なし。人工信号なし。
「……何も、ないな。」
「ええ。文明レベルは……おそらく、宇宙進出以前と推定。
偵察ドローンを地表面に降下させ、偵察を行います。」
リオナの指令で、バリスタの腹部ハッチから小型偵察ドローンが射出された。
音もなく宙を舞い、惑星の上層大気へと消えていく。
数分後、ホロパネルに偵察映像が投影される。
青と緑が入り混じる地表、巨大な海、そして――
「……これは……」
貴志の息が止まった。
映し出されたのは、城壁に囲まれた都市、石造りの建物、そして風に揺れる旗。
上空に浮かぶ気球のようなものもあったが、推進装置らしきものはない。
空には鳥が群れ、街の外では農作物を耕す人々が見える。
「……中世だ。」
「え?」
「少なくとも、技術レベルは……地球の中世ヨーロッパくらい。
宇宙航行技術どころか、蒸気機関すら怪しいな。」
リオナは映像を解析しながら、小さく頷く。
「確認しました。電磁波の発信なし、熱源分布からして工業区画は存在しません。
……完全に未開文明です。」
「……ってことは、救援も、通信も、ない。」
「はい。ここでは、私たちは“異物”です。」
貴志の背筋に冷たいものが走った。
未知の宙域、未開の惑星。
――助けを求められない孤独。
だがその中で、不思議と脳裏に響く声があった。
アスの声。
『焦ると、周りが見えなくなる。貴志さん……今は、立ち止まって考えるとき。』
セラの声。
『司令官は、見つける者ではなく、導く者です。……焦らないで。』
フィフの声。
『焦りの先にある道は、幻にすぎません。――あなたは、皆を信じて。』
貴志は、深く息を吸った。
ゆっくりと、胸の内の鼓動を落ち着かせる。
「……よし、リオナ。あの惑星に降りよう。」
「降下、ですか?」
「ああ。救援は望めない。だが、食料と水はあそこにある。
――生きるために、降りるしかない。」
リオナは、貴志を見つめた。
彼の声に、かすかな震えと決意が混じっている。
そしてその奥にあるのは――“誰かを信じる”意志。
「了解。大気圏突入モードへ移行します。」
「任せた。」
バリスタの外装が変形を始める。
装甲の一部がスライドし、耐熱シールドが展開された。
機体全体が赤く染まり、突入姿勢を取る。
「軌道離脱、五秒前。カウント開始。」
「了解……」
貴志は再び深く息を吸い込む。
心臓の鼓動が、機体の振動と重なる。
恐怖、緊張、そして――微かな希望。
リオナの声が静かに響いた。
「……絶対に、生き延びましょう。司令官。」
「……ああ。」
青い惑星の上空で、バリスタ攻撃機が炎に包まれる。
その尾は、まるで夜空に消えた流星のように――
誰にも見られぬまま、未知の空へと落ちていった。
第221話として、未知の宙域を漂流する貴志とリオナが、“有人惑星らしき星”を発見し、そこへ向かう過程と、貴志の胸の中で渦巻く「焦り」「責任」「仲間への想い」を描きました。
次話では、降り立った惑星で現地の人達と遭遇する様子を描きます。
ご期待ください。




