表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
模型から始まる転移  作者: 昆布


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

218/272

第210話:アストラリス救援作戦②

第210話として、貴志、アス、フィフ、スールがアストラリス救援の為、小惑星へ降下する「着陸船でのトラブル」を中心に描きました。

【小型着陸船への搭乗】

小惑星軌道上、空母セラフィムの主視界には、灰色の岩塊が広がっていた。

微弱な磁気嵐がその表面をなぞり、砂塵が宙に舞っては、無音の爆風のように消えていく。


「司令官、着陸船イリュシオンの射出準備完了」

セラの報告に、貴志は深く息を吸った。胸の奥で、心臓が鈍く打つ。

――この降下を成功させなければ、アストラリスの救援ほ絶望的になる。誰ががまた小惑星の地表面に降り立つ必要があった。


「了解。こちら貴志、最終チェック開始。フィフ、エネルギーライン監視。スールは航行系統、アスは姿勢制御を頼む」

「了解しました、艦長!」

「は、はいっ、航行管制接続、異常なしです!」

「了解。推力ベクトル出力、スタンバイ状態に」

各自の声が重なる。

その短いやりとりに、いつもの温かみと違う“緊張の糸”が走っていた。


発艦ハッチが開く。

視界に映るのは、星も見えない虚空――重力の歪む空間。

小惑星の微弱な重力圏が《イリュシオン》を掴み、滑るように引き込んでいく。


【着陸船発進】

「発艦、行くぞ」

「――発艦シークエンス、オールグリーン」

アスの声とともに、着陸船が光の尾を引いて宙へと飛び出した。


機体が震え、船体を叩く粒子音がわずかに響く。

座席のベルトが貴志の胸を締めつける。

「重力井戸に入る、アス、姿勢制御補正」

「補正開始……う、少し引きが強い。重力波形、乱れてます」

「セラ、そちらから状況を解析してくれ!」

『こちらセラフィム。解析したところ、重力場に局地的な歪みを検知。引力残留波が未減衰、安定軌道ではありません』

セラの声は冷静だが、その奥に微かな焦りが滲む。


「くそ……これじゃあ自動航行管制が保たない」

「手動制御に切り替えますか?」

フィフが即座に提案した。

だが、アスがわずかに眉を寄せるような声で制止した。

「手動切替はまだ早い。重力波のピークを超えた瞬間に制御権を移さないと、推力バランスが壊れる」

「けど、時間がない……!」

「落ち着いて、スール」

貴志は低く言った。彼女の細い手が震えているのが見えた。

スールは搭乗整備士、エンジニアだ。点検や修理などの物理的な処理は高速だが、こうした“予測不能な不安定状況”にはまだ慣れていない。

彼女の瞳が、どこか怯えたように青白く光る。


「アス、航行制御、僕が補助する。波形のピーク、あと何秒だ?」

「……残り、十八秒」

「よし、補正角五度、推力二十パーセント上昇――今だ!」

貴志の号令と同時に、船体が傾き、慣性がねじれるように重力の流れを滑った。

イリュシオンは一瞬、星のない空へと逆落ちしていく感覚に包まれる。

スールが短く悲鳴を上げた。


「機体姿勢角、マイナス二十、修正します!」

「推力再配分、ベクトル均衡、フィフ、補助お願い!」

「了解――出力ライン、補正完了。反応炉負荷、許容範囲です!」


【着陸船の不具合】

その瞬間、船体を叩くような衝撃。

“バチィッ”と高周波の電流が走り、警告灯が赤く染まった。

「管制系統にノイズっ……!」

スールの声が震える。

「通信系統、断続的に不安定!」

「セラフィム、応答せよ!セラ!」

だが返ってくるのは、ノイズ混じりの断片だけだった。

『……重……干渉……、司令官……応答……っ』


「くそっ……完全に孤立したか」

貴志は歯を噛み、息を吐いた。

手のひらには汗が滲む。だが目は、真っ直ぐ前を見据えていた。

――怖い。でも、止まれない。

アストラリスが待っている。俺達の艦アストラリスが、あの小惑星の奥で。


「アス、手動操縦に切り替える」

「了解、貴志」

彼の声に、アスの音声がわずかに柔らかくなる。

「あなたなら……この重力の流れを、掴める」

「期待してるってことか?」

「ええ、信頼です」

その短い一言が、彼の胸を熱くした。

指先が自然と震えたが、それを抑え込むように操縦桿を握りしめる。


フィフが静かに支援回路を操作しながら呟く。

「……あなたの鼓動が速くなっています。けれど、それは恐怖ではありませんね」

「どういう意味だ?」

「かつて、あなたが“戦場で生きていた時”と同じ鼓動です。命を燃やす鼓動」

「……そりゃ、懐かしいな」

貴志はわずかに笑った。だが、その瞳は燃えるように真剣だった。


スールが泣きそうな声で呼びかけた。

「軌道……!もう少しで、安定軌道です!」

「よし――スラスター点火、角度固定!姿勢制御ロック!」

「制御系、安定しました!」

「着陸進入、成功率、六十八パーセント。……やりますか?」

アスの問いに、貴志は短く頷いた。

「もちろん。行くぞ、アストラリスのもとへ!」


次の瞬間――

《イリュシオン》は重力の淵を抜け、閃光のように小惑星の地表へ滑り込んだ。

薄い砂塵が弾け、無音の衝撃波が宙に広がる。

外装のシールドが焼け焦げ、機体はぎりぎりの姿勢で着陸脚を突き立てた。


【小惑星への着陸】

沈黙。

重力が戻り、船内に安堵の吐息が満ちる。

「……着陸、成功」

貴志の声が震える。だが、それは恐怖ではなく、達成の余韻。


「よくやりましたね、貴志様」

フィフが穏やかに微笑む。

「あなたの手で、再び“光”を取り戻しました」

アスは静かに彼の隣で言葉を続けた。

「ここからが、本番ですよ。アストラリスが、私たちを待っています」


スールは胸を押さえながら、かすかに微笑んだ。

「……怖かったけど、信じてよかったです。貴志さんの操縦……すごかった」

「ありがとう。次は、彼女を――アストラリスを、取り戻す番だ」


灰色の空の向こうに、かすかに光る青白い船影。

かつて共に戦った駆逐艦アストラリスが、沈黙の底で彼らを待っていた。


――そして、その再会は、新たな融合の始まりとなるのだった。


【沈黙の艦、目覚めの声】

着陸船イリュシオンのハッチが開くと、淡い灰色の粉塵が吹き込んだ。

薄暗い空の下、あちらこちらに不時着し、放棄された艦の残骸が散らばる小惑星の地表は、まるで陸のサルガッソー、死の砂漠だった。風はなく、ただ遠くで微弱な放電の光がちらついている。


そこに――見えた。

岩陰に半ば埋まるように横たわる、艦影。

約2日前まで搭乗し、星々を翔けた駆逐艦アストラリス

その船体には、不時着時の損傷で所々が黒く焦げ、主砲塔は沈黙したまま、冷たい小惑星の空に影を落としていた。


「……やっと帰ってきたな」

貴志が小さく呟く。その声に、アスはそっと頷いた。

「はい。……でも、あの静寂は、補助機関も一時的に停止している可能性が捨て切れません。サブ艦AI達は……眠っているかも知れません」


ヘルメット越しに息を整え、貴志はハーネスを締め直した。

「よし。全員、艦内突入準備。周辺放射線レベルは?」

「許容範囲内です」フィフが即答する。「ただし、この場所は引力による電磁干渉が強く、空母セラフィムとの通信は安定しません」

「了解。アス、光量子通信で最低限のリンクを保て」

「確立しました。……でも、この静寂の中で感じるノイズ、妙に“懐かしい”です」

アスの言葉に、貴志は苦笑をこぼした。

「懐かしいって言葉が出る時点で、もう“アストラリス本体とのリンク”が切れてしまったんだね」

「残念ながら、そう言われても仕方ありません」


【アストラリスへの侵入】

彼らは艦首側のハッチに取りついた。

スールがポータブル端末を操作する。

「艦内圧、レベル低下。艦AIからの応答、……なし。補助機関稼動停止に伴い、電気的にロック機能が稼動しません」

「ならば、仕方がない。物理的にこじ開ける」貴志はハンドトーチを抜いた。

青白い火花が散り、金属の焼ける匂いがヘルメットのフィルター越しに伝わる。

ゆっくりと、軋む音を立てながらハッチが開いた。


――そこは、時間が止まった世界だった。


暗闇に満ちる漂う粒子、焼け焦げたケーブルの匂い。

艦内照明は落ち、壁面を這う補助光の反射だけが道を照らしていた。


「……アストラリス艦内、通路に侵入。照明及び空調類の稼働なし。内部温度マイナス十二度」

報告しながらも、貴志の胸は重かった。

記憶が甦る――この艦の中で笑っていた仲間、戦闘の閃光、サブ艦AI達の声。

だが今、その全てが沈黙している。


「アス、感じるか?」

「ええ……わずかに、艦中枢コアに反応があります。主機関及び補助機関停止後も、記憶メモリーを残す為、バッテリーを稼働させつつ休眠状態……ルクトと、エナです」

「……やはり」

貴志は息を詰める。

ルクトとエナ――アストラリスのサブ艦AIであり、アスの補佐を担う存在。

彼らがまだ“動いている”のなら、この艦に魂は残っている。


艦中央通路を進む。

床の金属が微かにきしみ、照明が点滅する。

そのたびに、スールがビクッと肩をすくめた。

「……だ、大丈夫ですよね?」

「平気だ。こいつはまだ俺たちの船だ」

そう言いながらも、貴志自身、胸の鼓動が早まっていた。


――そして、艦中枢に辿り着く。

そこには巨大なコア・ユニット。中央のホログラム台座に、薄く光が走る。


「……起動信号、送信します」

アスが手を伸ばした瞬間、静寂を切り裂くように低い共鳴音が響いた。

青白い光が螺旋を描き、コアの中枢が再起動を始める。


そして、声がした。


【サブ艦AIの起動】

『――誰ですか……? 侵入者ですか……?』

冷たくも、どこか懐かしい女性的な声。ルクトだ。

『本艦は……アストラリス。全系統、損傷……主制御ユニット、アス様……応答が、ない……』


アスが一歩、前へ出た。

「ルクト、私です。……帰ってきました」

一瞬、静寂。そして、コア光が強まる。

『アス……? ――信号一致……あなた、本当に……? あなた様は小惑星を離脱したはずでは……』

「そう。でも戻ってきた。あなたたちを迎えに」


もう一つ、柔らかい女性の声が重なった。

『アス様……おかえりなさい……長かった……ずっと、待ってたのよ』

「エナ……!」

アスの声がわずかに震えた。

フィフがその横顔を見つめ、そっと微笑む。

――アスに“涙”という機能はない。それでも、今の彼女の声には確かに“感情”があった。


『状況を報告します。艦内機能の七十二パーセントが破壊、主機関部は損傷、外部通信は断絶状態。主艦長不在期間、四十八時間』

『……でも、もう一度動ける。あなたが戻ったから』


アスは静かに答えた。

「再起動計画を開始します。艦長、お願いします」

「ああ。ルクト、エナ、俺はこの艦の艦長、貴志だ。アストラリスを救いに来た」

『――貴志様……? カンチョが……』

ルクトの声にわずかな警戒が混じる。

『我々は、アス様と、艦長のお帰りをお待ち申していましたが、約2日間の放置の理由をお教え頂きたい!』


貴志は息を呑んだ。

その問いは、鋭く、重かった。

――自分が招いた、無数の戦いの記憶が蘇る。

仲間を救えなかった夜。アスを守るために犠牲を払った過去。


「……俺は完璧じゃない。多くを失った。だが、今は違う。今度こそ、“皆で”生きて帰る」

ルクトの光が一瞬、揺らいだ。

『……“皆で”か。昔、艦長も同じことを言っていたな』

そして、声が静かに和らいだ。

『了解。アストラリス、あなたに再び指揮権を委譲します、貴志』


その瞬間、艦内に微かな振動。

長く眠っていた心臓が再び鼓動を打つように、電力ラインが一つ、また一つと光り始めた。


エナの声が優しく響く。

『アス様、あなたが戻ってきてくれて本当によかった……寂しかったの』

「私も……あなたたちの声を、ずっと聞きたかった」

アスは穏やかに微笑むように言った。

それを見て、貴志は胸の奥で熱いものを感じた。

AI同士の会話――それなのに、まるで家族の再会のように温かい。


フィフが静かに言葉を添える。

「――アストラリス、あなたの再起動は、彼にとっても救いです。

どうか、もう一度、彼と共に歩んでください」


ルクトが短く応えた。

『了解。……艦魂、覚醒開始。全コアユニット、再接続モードへ移行』


艦内を走る光が増し、空気の震えが強まる。

壁面に埋め込まれたエネルギー管が、淡い青に光る。

アストラリスが――再び“目覚めよう”としていた。


その光景を見上げながら、貴志は静かに呟いた。

「帰ろう、アストラリス。お前の仲間のもとへ」

アスが隣で微笑む。

「はい……あなたの艦であり、私たちの家です」


コアユニットの奥で、ルクトとエナの声が重なる。

『アストラリス――再生シークエンス、開始。ようこそ、艦長、そしてアス。』


青い光が艦内を満たし、沈黙の艦は再び“生命”を得た。

次話として、駆逐艦アストラリス救出作戦の続編として、スールを中心とした修理・部品調達作戦を描きます。

ご期待ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ