第200話:セラフィムからの試練②
いつも私の小説を応援して頂き、本当にありがとうございます!
おかげさまで、この物語はついに200話という大きな節目を迎えることができました。
連載を始めた当初、ここまで長く、深く、皆様と一緒に物語を紡いでいけるとは、正直想像もしていませんでした。それが今、こうして200話という数字を刻めたのは、ひとえに皆様の温かい応援、コメント、リアクション、そして何よりこの物語を愛して読み続けてくれる気持ちのおかげです。
200話は通過点にすぎません。これからも、もっとワクワクする展開、胸を揺さぶる瞬間、そして皆様と共有できる物語を届けられるよう、筆を走らせ続けます。
どうかこれからも、この物語の登場人物たちと一緒に、笑ったり泣いたり、冒険したり、時には立ち止まったりする時間を楽しんでいただければ幸いです。
第200話として、セラが新たに与えた「艦載機演習」および「補給線構築」シミュレーションの場面を、貴志の葛藤やアス・フィフ・エウノミアの支援、セラの狙いを交えつつ、描きました。
【艦載機の嵐と補給の網】
一旦は満足したようなセラであったが、まだまだと言わんばかりの顔で「次の試練を与えよう。」と言い、新たなシミュレーションの準備を始めた。
セラの声は冷徹であったが、その裏に期待の熱を秘めているのが、貴志達は感じ取れていた。
彼女の背後に映し出されたホログラムは、艦載機の群れと、それを収容する正規空母群の精緻なモデル。
「正規空母を有する指揮官は、艦隊だけを動かす存在ではない。艦載機を掌握し、補給線を編み上げ、戦場全体を支配する器を求められる。」
その言葉とともに、新しい二つのシミュレーションが提示された。
ひとつは、艦載機群を指揮して敵を迎撃する「空域制圧演習」。セラフィムに内蔵された艦載機管制AI──《ハルパー》が相手役として立ちはだかる。
もうひとつは、広域に渡る艦隊補給線を維持しながら、複数方面の戦線を支える「補給線構築演習」。そこには参謀AI──《ロゴス》が対峙する。
【第一試練 ― 艦載機の演習(空を統べる者の試練)】
艦橋に冷たい電子音が響き渡った。
「次なる試練──艦載機演習を開始する。」
セラが腕を組み、全員に厳しい眼差しを向けた。
その背後に浮かぶホログラムには、戦闘機・攻撃機・偵察機のシルエットが幾重にも重なり、三次元の空域マップをびっしりと埋め尽くしている。
「艦載機管制AIが対峙する。彼は冷徹だぞ。」
セラの言葉に、艦内は自然と緊張に包まれた。
【開幕 ― 三次元の戦場】
「発艦、開始。」
セラの一声に応じ、無数の艦載機がシミュレーション空間で光の尾を曳いて飛び出した。
『発艦完了。全機、編隊形成に移行。』
艦載機管制AIの声は無機質だが、不思議な威圧感を帯びていた。
無数の機影が光の尾を曳き、三層の空間に散開していく。
高空では偵察機が光速に近い速度で周回し、中空では戦闘機が機動を繰り返す。低空に張りつくように攻撃機の編隊が敵艦へと突進を図っていた。
「三層同時……しかも機種ごとに任務が違うのね。」アスが眉をひそめる。
「貴志様、左翼の偵察機が敵艦を捕捉しました! ですが右翼では攻撃機が迎撃を受けています!」フィフの声は緊迫していた。
「全部……全部を見て指揮しないと!」貴志は必死に目を走らせる。
だが画面の情報量は凄まじく、視線を一方に向ければ他方を取りこぼす。
「偵察機を守らなければ……でも攻撃機も……!」
決断の刹那が迫る。
【パルパーからの攻撃】
「数が多すぎる……っ!」
貴志は汗ばむ掌を握り直した。画面上で瞬時に数十の編隊が敵味方入り乱れ、ハルパーの指示に従う敵艦載機は寸分違わぬ統率で迫ってくる。
「キャスなら直感で突っ込むだろうけど……」とルナが小声で呟く。
「でも艦載機戦は一瞬の判断が致命傷になる。バランスを誤れば味方が全滅よ。」フィフの声は珍しく硬い。
「貴志さん、左翼の第二波、突入高度を下げすぎてる!」アスが鋭く指摘する。
「わかってる、でも右翼を空けるわけには……!」
二兎を追おうとしたその瞬間、ハルパーが冷徹に攻撃を開始した。
光の海は瞬く間に赤に染まり、味方機が次々と火球へと変わっていく。
《パルパー》の冷徹な声が割り込む。
『指揮の遅延を確認。中途半端な管制は死を招く。敵戦闘機隊、右翼を突破──攻撃機編隊、全滅。』
「そんな……!」
貴志の声と同時に、低空を飛ぶ味方攻撃機が次々と火花を散らし、赤い残光となって弾けた。
「貴志さん、次の判断!」アスが鋭く叱咤する。
「わかってる! 偵察機を回収、残存戦闘機は援護に──」
だがその命令も遅かった。
『敵艦隊、偵察機の位置を逆探知。高空編隊、撃墜。』
モニターに広がるのは、次々と失われていく味方艦載機の残骸。
その光景に、ルナですら息を呑んだ。
「……貴志様。」フィフが静かに目を伏せる。「あなたの躊躇が……皆を失わせました。」
【崩壊と失敗】
数分後、モニター上には赤い表示しか残っていなかった。
パルパーの声が、戦場の死を告げる鐘のように響く。
『演習終了。指揮官、評価D──不合格。』
「……っ。」
「……くそっ!」
貴志は悔しげに机を叩いた。息が荒く、胸が焼け付くように熱くなり、悔しさを押し殺した。額を流れる汗は、実戦以上の重みを感じさせる。
「三次元空間を同時に把握し、機種ごとに任務を振り分ける。しかも一瞬の遅れが致命傷となる。パルパーが冷静に分析を述べた。
「貴官は今のままでは、艦載機の指揮は困難としか言えない。」
セラがゆっくりと歩み寄り、言葉を落とす。
「艦隊の指揮と、艦載機の指揮は別物だ。艦載機の管制は、数の論理に溺れれば瓦解する。空の支配たる者は、戦場を三次元で把握し、時に一部を見捨て、残りを生かす冷徹さを要する。……お前はまだその器を持たぬ。」
その声は厳しいが、どこかに僅かな期待が滲んでいた。
【余韻と誓い】
艦橋に沈黙が落ちた。
貴志は深呼吸し、ふらつく視線をまっすぐに上げた。
「……次は必ず、やり遂げる。みんなを守るために。」
アスが小さく頷き、ルナは「キャスが聞いたらきっと驚くだろうね」と口元をほころばせた。
フィフはただ、主の決意を信じるように目を閉じた。
演習は失敗に終わった。だが、その悔しさは確かに、次の糧へと変わりつつあった。
【第二試練 ― 補給線構築(補給路を護る者たち)】
「次なる試練は──補給作戦だ。」
セラの声が艦橋に響く。
「補給作戦シミュレーションを開始する。」
セラの声とともに、広大な宙域マップが広がった。点在する前線拠点、敵の妨害艦隊、そして膨大な補給物資。
「艦隊の勝利には兵站が不可欠。戦わずして勝つ術は補給線の維持にある。参謀AIが相手を務める。」
《ロゴス》の声は低く落ち着いていた。
『補給は戦線の血脈である。一本途絶えれば士気は落ち、さらに途絶えれば戦線は瓦解する。補給路を構築してみせよ、指揮官。』
ホログラムに浮かび上がったのは、青白い光を纏った壮年の参謀将校を模したAI。その表情は冷静無比で、わずかに見下すような眼差しをしていた。
『貴官らに与えられる任務は三つ。惑星軌道上に不足した資源を輸送し、艦隊のエネルギー補給を行い、なおかつ補給路を襲う海賊を退けよ。──同時に、だ。』
「三正面作戦ってやつか……。」
貴志は思わず口を引き結んだ。だがその目は、先の失敗で得た痛みを忘れていなかった。
貴志は深く息をついた。だが先ほどとは違い、その目は鋭く光を帯びている。
「補給は……俺がずっとやってきたことだ。輸送船団を守るときも、ガンマの復興でも。足りないものを補い、回していく……。」
アスが頷いた。「あなたならできるわ。私たちも支える。」
エウノミアも淡々と助言を送る。「敵妨害艦隊の動きは過去の戦術パターンに近似。補給船団を囮で分け、主力を隠すのが有効。」
「よし……ルートを三本に分割。第一線には囮、第二線は遊撃艦で護衛、第三線が主補給。」
貴志の指示が飛んだ。
【開始 ― 三重の試練】
シミュレーション空間に広がるのは、星系全域のマップ。
補給艦のアイコンが列を成し、護衛艦隊と共に進んでいく。
「補給艦は足が遅い。進路を守りつつ、敵を叩く必要があるな。」
アスが分析を口にし、同時に航路計算を開始する。
「エネルギー補給は同時並行で実施します。艦艇の位置を計算し、効率よく配置します。」エウノミアの声はいつも通り無機質だが、頼もしさを感じさせた。
「資源の運搬先の惑星は、敵の狙いにもなりやすいわ。貴志様、惑星防衛を軽視すれば資源を奪われます。」フィフの言葉は冷静だが、主を守らせたい心配がにじんでいた。
「わかってる。各部隊の行動を見て判断する。今度こそ……。」
【海賊の襲撃】
不意に、マップの一角に赤い警告が点滅した。
『敵艦隊、補給路左翼より接近。数は二十──高速艇主体。』
「まず来たか!」貴志が叫ぶ。
「右翼艦隊を回せば、惑星への輸送が薄くなるぞ。」アスが助言する。
「いや……惑星防衛は最低限にして、右翼を転用する!」
貴志の決断に、エウノミアが即座に補正をかける。
「右翼戦力、四割を転用──補給艦団の護衛に回す。」
数秒後、海賊艇は迎撃網に突っ込み、光の矢となって次々と撃ち落とされた。
【二つ目の難局】
「敵の陽動でした!」フィフが叫ぶ。
別の方向に赤い点が一気に出現。今度は巡洋艦級を含む大規模艦隊。狙いは惑星そのものだ。
「……やっぱり来たか。」
貴志は過去の戦いを思い出した。惑星〈グリス=ノード〉での護衛任務。あの時、資源を奪おうと群がる海賊を退けた経験があった。
「アス! 残存の艦載機を惑星周辺に展開、時間を稼いでくれ!」
「了解! 偵察機を囮に、戦闘機を迎撃へ!」
「エウノミア、補給艦の一部を分離して惑星防衛に物資を回せ!」
「承認──物資二割を切り離し、即応部隊へ。」
「フィフ、残りの補給艦の航路を監視してくれ!」
「はい、貴志様!」
的確な指示に、仲間たちは即座に動く。惑星上空では激しい戦闘が繰り広げられたが、時間を稼ぐことに成功。海賊艦隊は損害を受けて退却していった。
【成功と評価】
数時間のシミュレーションが終わると、ホログラムの空間が静かに消えていった。残ったのは、護衛された補給艦と、資源を受け取った惑星の姿。
『……作戦終了。評価A──成功。補給線を構築し、戦線は維持された。貴官にはこの才がある。』
参謀AIが厳しい顔を保ちながらも、認めざるを得ないように告げた。
「補給と防衛を両立させ、最小限の損害で任務を果たした。指揮官としての判断は上々だ。」
セラが口元をわずかにほころばせた。
「ふふ……やればできるじゃない。貴志。」
「戦場を支えるのは派手な勝利だけではない。補給を制す者が戦を制す。……貴志、お前はそのことを己の血肉で知っている。」
「……なんとか、みんなのおかげでな。」
貴志は大きく息をつき、額の汗をぬぐった。
アスは肩をすくめ、「でもまだ艦載機は課題ね」と釘を刺す。
フィフはほっとしたように胸に手を当て、「貴志様なら必ずやり遂げると信じていました」と静かに微笑んだ。
エウノミアは変わらず無表情のまま、「補給作戦の効率は92%。十分に合格」とだけ告げた。
それぞれの声が重なり合い、艦橋には少しずつ達成感が満ちていった。
【シミュレーション訓練後の余韻】
演習が終わった艦橋は、まだ緊張の余韻に包まれていた。
失敗と成功。両方を経て、貴志の胸には新たな重みが刻まれていた。
「俺は……まだ正規空母を有する艦隊の指揮官には遠いな。」
呟く彼に、アスは静かに微笑んだ。
「でも、その一歩は確かに踏み出した。私たちはあなたの背中を押すためにいるの。」
フィフも穏やかな声を重ねた。
「貴志様が迷うのは、人を想うから。……その優しさを捨てずに、器を広げてください。」
セラは腕を組んだまま、ただ厳しくも温かな眼差しを向けていた。
「試練はまだ続く。だがその先に、将官の器を得る時が来るだろう。」
貴志の心臓は、まだ激しく鼓動を刻んでいた。
恐怖と高揚、失敗と成功、そのすべてが彼を揺さぶる。
だがその先にある道を──確かに見据え始めていた。
次話として、セラがさらに突き付ける最終試練の前に、訓練後の休息や仲間同士の交流を描いていきます。
ご期待ください。




