第194話:人ざる者達からの襲撃
第194話として、「アケロン」の内部探索中、ただ“未知なる生物が潜んでいる”という事実に加え、当時の乗組員たちが最後に残した戦闘記録を発見し、その恐怖を実体験する描写を描きました。
【艦橋からの撤収準備】
制御基盤をケースに収め、アスの端末には新しい顔、《アケロン》が静かに佇んでいた。
それは成功の証であるはずだった。
だが――艦橋に漂う空気は、安堵とは程遠い。
まるで艦が「安らかに眠る」どころか、「何かを目覚めさせた」かのように。
エウノミアが肩で息をつきながら呟く。
「……ようやく片付いたな。これ以上、この朽ちた艦に用はない」
その言葉にかぶさるように、微かな金属音が艦内に響いた。
ギ……ギギ……ギィ……。
湿った擦過音。まるで何かが通路を這いずり、壁を削っているような、不快な音。
アスが即座に端末を展開し、近接センサーを走らせる。
「……反応あり。複数……熱源、いや……形状が定義できない……これは、生体反応……?」
フィフは目を見開き、ヘルメット越しに呼吸を荒げた。
「……まだ“何か”が生きている……?でも、この艦は何百年も放置されていたはず……」
貴志の背筋に冷たいものが走った。
戦場経験で鍛えた勘が、これは“ただの生物”ではないと告げている。
【朽ちた戦艦の奥にて】
焦げ付いた壁面、床にこびり付いた黒い染み。
通路を進むごとに、かつての戦闘の痕跡が露わになっていく。
アスは無言のままドローンを先行させ、狭い空間を慎重にスキャンしていたが、やはり異常な生体反応が複数記録されていた。
「……間違いない。まだ、この艦のどこかに、先ほどの“生体反応”が生き残っているようだ」
声は冷静でも、指先のわずかな震えを貴志は見逃さなかった。
エウノミアは銃を構えながら、舌打ちをして吐き捨てる。
「まだ"生体反応"が残っているとはな。だが、乗組員ではない未知なる生き物が残っているなら、なおさらすぐにここを立ち去るべきだ」
その時──フィフが足を止めた。
錆びついた隔壁の横に、むき出しの記録端末が転がっていたのだ。
埃と破片にまみれながらも、まだ微かに青白い光を放っている。
「……見て。これ、艦の戦闘記録……」
フィフは慎重に手袋越しに拾い上げ、ヘルメットの端末に接続する。
【記録の再生】
スクリーンに、荒れ狂う映像が映し出された。
照明の落ちた艦橋。叫び声。銃火が閃き、甲高い金切り音が響く。
《記録開始──》
「第七小隊、応答せよ! 応答──ああっ、来るな! やめろ!」
断末魔。血の飛沫がレンズを覆い、画面が揺れる。
「隔壁を閉じろ! 隔壁を食い破って……! ……効かない、もう止まらない……!」
映像の端に、一瞬だけ黒い影が映った。
鋭い顎、異様に伸びた四肢、壁を這う動作は人間の筋肉の理に反していた。
エレシアが思わず口元を押さえる。
「……これ、人間じゃない……」
映像はさらに続いた。
泣き叫ぶ声、兵士が必死に仲間を庇いながら撃つ姿。
だが影は撃たれてもなかなか倒れず、黒い液体をまき散らしながら突進してくる。
「母艦に報告……!艦長、総員退艦指示を!これは……“侵蝕者”からの襲撃だっ……!」
最後の声は雑音にかき消され、記録は唐突に途切れた。
【恐怖と絶望】
沈黙。
誰もが息を呑み、冷たい空気が艦内をさらに重くする。
フィフは震える声で呟いた。
「……“侵蝕者”……? 彼らはこの艦で……最後まで戦って……でも、総員退艦又は全滅……」
アスは険しい顔で記録端末を閉じた。
「……理論上、奴らはとっくに死に絶えているはずだ。だが、センサーは確かに反応を捉えている」
その声の奥に、不安と苛立ちが隠せなかった。
エウノミアはきつく顎を引き締め、銃を構え直す。
「撤退又は全滅したのは人間側だ。奴らは……ここで生き続け、数百年もの間、この艦を食い物にしてきた。巣だよ、ここは」
エレシアの瞳は恐怖に揺れていた。
「……じゃあ、わたしたちも……彼らと同じ……?」
その言葉に、誰も即答できなかった。
【アケロンの声】
突如、端末からアケロンの声が響く。
> 「……記録を見たな。あれが我が艦を滅ぼした原因を作った“侵略者”だ。生物とは言い難い"異形の者"だ!私は最期まで乗組員たちを支えたが……彼らの一部奴らの餌食となり、残された者は退艦し、乗組員達は帰らなかった。そして私は、この場所に辿り着いた」
貴志は拳を握り締めた。
「……アケロン、あなたは、あれを……どう呼んでいた?」
> 「我々は“侵蝕者”と呼んだ。生体と機械の区別を持たず、生き物を襲い、金属類取り込み、同化する……。
倒しても、生き物や金属と同化を繰り返し、完全に滅びはしなかった」
アスの顔色が硬くなる。
「同化……? まさか……この艦の残骸に、奴らはまだ潜んで……」
アケロンは静かに応じた。
> 「奴らは冬眠状態でまだ生き延びている!貴官らが足を踏み入れたその瞬間、人間の生体反応を受け、奴らは目覚めたんだ」
【不気味な兆候】
通路の奥から、ぬめった音が混じる。
ズリュ……ズリュリュ……。
やがて、黒い壁に影が走り、光に照らされて蠢いた。
エウノミアは即座にレーザーガンを構えたが、声はわずかに震えていた。
「何だ……?奴らか……」
フィフが小声で答える。
「……この気配、あの《アケロン》の記憶の残響と似ている……。兵士たちは“何か”と戦った……それが、まだ……」
アケロン自身の声が端末から低く漏れた。
> 「艦の最深部には、我らが最後に相対した“異形”が、封じられたまま……完全には滅ぼせなかった……」
その瞬間、通路の奥から乾いた甲高い声が響いた。
キィィィィィ……!
獣でも、機械でもない。生理的な嫌悪を喚起する音。
【緊張の高まり】
ルナが唇を噛みしめながらドローンを展開する。
「索敵ドローンを3機、前方に射出……」
映像が共有される。暗闇の中、壁や天井を這う“異形”が一瞬だけ姿を見せた。
細長い肢体、金属とも肉体ともつかない質感、光を嫌うように蠢く影。
フィフが目を伏せて震える。
「……生命反応なのに、機械的な反射も……両方……混じっている……」
エウノミアは額に汗を浮かべながら吐き捨てる。
「忌々しい……この戦艦を食い潰して巣にしたってわけか……!」
貴志は即断した。
「ここで戦うのは得策じゃない。制御基盤もアケロンも確保した……撤収するぞ。ただし──背中は見せるな。奴らに“狩りの合図”を与えてしまう!」
【襲いかかる影】
帰還ルートを取る一行の背後で、再び甲高い声が響いた。
キィィィィィィィィ……!
振り返った瞬間、ドローンのひとつが壁に叩き潰され、映像が途絶えた。
映ったのは一瞬──鋭い顎、艶のない殻、そして無数の光を反射する複眼。
フィフが叫ぶ。
「後方から来ます! 複数、速い!」
エウノミアが即座に発砲する。
青白い光弾が暗闇を裂き、影の一体を焼き払った。だが焼けた肉と金属の混じった臭気が漂い、残りが通路を這い進む音は止まない。
アスが焦りを押し殺しながら指示を飛ばす。
「貴志、左舷通路に回避ルートあり! 時間稼ぎにドローンを残す!」
【恐怖の余韻】
彼らは息を荒げながら狭い通路を駆け抜けた。
背後で、甲高い声と金属音が追いすがり、艦そのものが悲鳴を上げているように軋んだ。
出口の隔壁が見えた瞬間、貴志は振り返り、短く叫んだ。
「全員、外へ! ドローン隊、搭載小型ミサイル一斉射出!」
爆発音が響き、通路が一瞬だけ光に包まれる。
その隙に一行は外へ飛び出した。
アケロンの声が、今度はかすかに震えていた。
> 「……貴官らは……まだ理解していない。奴らは……また眠りについただけだ。これからも、生体反応があれば目覚める……」
静寂。
全員の鼓動だけが、真空の闇に響いた。
アスは冷たい表情を保ちつつ、唇を強く噛んだ。
「撤収する。制御基盤もアケロンも手に入れた。これ以上、ここに留まる理由はない」
貴志は頷き、仲間たちを見渡した。
「……あの記録を忘れるな。俺たちが同じ末路を辿らないように、今すぐ離脱する」
それでも背後から、金属を引き裂くような音が続いていたが、徐々に小さくなっていた。
まるで、貴志達がこの艦を離れるにつれて、徐々に活動を休止しているかのように。
次話として、異形な者達の襲撃を恐れ、一旦アストラリスに戻る貴志達を描きます。
ご期待ください。




