第191話:宇宙の墓場サルガッソー
第191話として、〈アルカナ・トレードシティ〉で手に入れられない部品があったことから、危険を承知の上で、不足部品が手に入る可能性がある「サルガッソー宙域」へ向かう貴志たちを描きました。
【宇宙の墓場へ】
アルカナ・トレードシティでの交渉を終えた一行は、成果と共に重い現実を抱えていた。
確かに多くの部品は揃った。だが、エウノミアが再び“戦艦”として蘇るために不可欠な二つの心臓部は、ついに市場で見つからなかった。
「主機関プラズマコア」
「戦闘補助システム制御基盤」
その2つの部品がなければ、エウノミアは戦闘艦としても、航行艦としても中途半端な状態のままであった。それでも艦搭乗整備士の手による細かな補修で、出力を5割程度までは戻せたが、部品がない以上そこまでが限界であり、艦の眼と牙――主砲にミサイル、各種レーダーやセンサーは、戦闘不能のままであった。
貴志たちが本当にこの艦を完全に復活させるためには、失われた中枢部品を補うしかなかった。
【作戦会議】
会議室に集められた一同は、暗い雰囲気の中で言葉を選んでいた。
アストラリス艦内。作戦会議室の光学テーブルに、荒々しい宙域図が投影される。
暗黒の星雲の中に、小惑星が複雑に入り乱れた宙域。その中心には、無数の反応点――廃艦の残骸が、淡い赤で点滅していた。
「……これが“サルガッソー宙域”」とアスが口を開いた。彼女の声は冷静だが、いつもより低く抑えられている。
「……やっぱり、どこでも同じなんだな」
貴志が額に手をやり、深く息を吐いた。
「価値のあるものほど、市場には流れない。需要があっても、古すぎて製造元がない。結局は現物を拾ってくるしかないのか」
「その“拾ってくる場所”が問題なんですよねぇ」
艦添乗整備士のスールは肩を落としながら、机に突っ伏した。
「普通の宙域ならまだしも、あそこは“宇宙の墓場”ですよ? 航路に指定されてない理由、知ってるでしょう?」
「レーダーやセンサー類はすべて乱反射。目視と短距離光学測距以外は使い物にならない。加えて、局地的な重力井戸が散在している。主機が少しでも不調なら、艦ごと引きずり込まれる危険があります」
「私も記録を確認しました」
フィフが穏やかな声で続ける。
「サルガッソー宙域に漂着した艦の多くは、救難信号を発していました。けれど、宙域に近づく艦は皆、同じ運命を辿った。……あそこは、引き寄せて離さない海の底のような場所です」
ルナがスクリーンを見て口を尖らせた。「センサーが効かない……つまり、敵がいても気づけないってことだよね。ドローンで先行索敵しても、すぐに見失っちゃうかも」
場に沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、意外にもエウノミア自身だった。艦内スピーカーから響く女性的な声は、どこか自嘲を含んでいた。
「ですが、あそこに眠っているのは私と同時代、あるいはそれ以前の艦艇群。部品の互換性がある可能性は極めて高い。私の“中枢機能”を取り戻すには、そこしかありません」
貴志はその言葉を静かに受け止め、全員を見渡した。
「確かに危険は大きい。けど、ここで立ち止まれば俺たちの計画は頓挫する。……サルガッソー宙域へ向かう。それが唯一の道だ」
スールが慌てて顔を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 危険って言っても、あの宙域って、下手すりゃ艦ごと飲み込まれるんですよ!? 私たち、帰ってこれる保証なんて――」
アスが艦橋側から冷静に告げる。
「保証が欲しいなら、最初から傭兵稼業を飯のタネにしていないはずです。私たちは危険を受け入れ、なお前に進む存在です。……違いますか?」
「う……そ、それは、まぁ……」
スールは小さく縮こまり、貴志を見上げた。
「大丈夫だ。無茶はしない」
貴志が笑みを見せると、彼女は少しだけ安心したように頷いた。
一方、エレシアは淡々と地図データを展開する。
「進入ルートは三つ。最短ルートは航路から外れすぎていて危険。二番目は小惑星の密度が高く、主機に負担がかかる。……三番目なら、比較的安全とされている“漂流回廊”を通過可能です。ただし、長年の重力異常で地図と現況に差異がある可能性が高いです」
「つまり、行ってみるまで分からないってことだな」
貴志は苦笑を浮かべる。
フィフがそっと手を胸に当てた。
「でも、あなたたちとなら……私は信じて進めます。かつて失われた街〈ガンマ〉を蘇らせたように、あの宙域からも希望を拾い上げられるはずですから」
スールはその言葉に勇気づけられたように、小さく拳を握った。
「……わ、分かりました! やるしかないですよね。怖いですけど……でも、逃げてばっかりじゃ成長できませんから!」
エウノミアの声が艦内に再び響く。
「感謝します、皆さん。私の再生は、皆さんの決断にかかっています。……どうか、共に歩ませてください」
こうして彼らは決意を固めた。
次の目的地は、星々の光すら届きにくい暗礁宙域――サルガッソー。
そこは無数の廃艦が漂い、静かなる亡骸たちが眠る宇宙の墓場。
そして同時に、彼らにとって新たな希望を掴むための戦場となる場所だった。
【廃艦が集う理由】
「サルガッソー宙域に廃艦が、どうしてあの場所に集まるのか……」
フィフが静かに問いかける。彼女はアンドロイドらしい冷徹な思考をしながらも、その声音はどこか人間的な哀惜を帯びていた。
エウノミアが答える。
「引力。あの宙域には、幾つもの“局地的な重力井戸”が点在しているのです。長い時間をかけ、軌道を外れた艦艇や廃棄された艦が、ゆっくりと引き寄せられていく。まるで……海が漂流物を浜辺に打ち寄せるように」
フィフは目を伏せた。
「つまり、そこで眠る艦は……自力で帰れなかったもの」
「ええ。多くは、誰にも顧みられず、ただ沈んでいった」
エウノミアは静かに目を閉じた。
「その“墓場”に踏み入るということは、彼らの眠りを乱すことでもある。……でも、私はもう一度、未来を共に歩みたい。だから、どうか……」
「心配するな」
貴志の短い言葉が、場の空気を断ち切った。
「俺たちは墓荒らしじゃない。必要なものを手に入れ、必ず戻る。それが彼らへの敬意だ」
【それぞれの覚悟】
「面白そうじゃん!」
ルナがわざと明るい声を出し、両手を広げた。
「だって、センサーが使えないんでしょ? ならさ、ドローン飛ばすだけじゃなくて、人間の“感”とか、アスの演算力とか、全部フル活用できるんだよ。ワクワクしてこない?」
「君は楽観的すぎますよ!」アスが苦笑する。
「でも……頼もしい。恐怖を笑い飛ばすのは、時に士気を支える」
エレシアは少し不安げに指を絡めながら口を開いた。
「危険が多い宙域だと、聞けば聞くほど分かります……。けれど、ヴァルディウス家の名を背負ってきた以上、私もここで退くことはできません。たとえ恐ろしくても……皆さんと一緒に進みます」
フィフはそんな彼女を横目で見て、小さくうなずいた。
「……覚悟を決める顔になりましたね。頼もしい」
【出立】
最後に貴志が皆を見渡す。
「目的は二つ。プラズマコアと、戦闘補助システム制御基盤の確保。だが一番大事なのは、生きて帰ることだ」
その言葉に、全員がうなずく。
エウノミアもまた、はっきりと答えた。
「はい。私は……今度こそ、皆と未来へ進むために」
アストラリスの艦体が、ゆっくりとドックを離れた。
航路を外れた暗礁宙域――“宇宙の墓場”サルガッソーへ。
視界の先、星々の輝きが闇に沈む中、誰もが胸の奥で高鳴る鼓動を感じていた。
それは恐怖であり、同時に――新たな邂逅への予感でもあった。
【サルガッソー宙域前夜】
艦橋の正面スクリーンには、広大な星の海が映し出されていた。その先、視認すら難しいほど遠方に黒い影が横たわる。星々の光を遮るその帯状の領域こそ、これから突入しようとする暗礁宙域――サルガッソーであった。
艦内の空気は、普段の任務前とは違う。張り詰めてはいるが、妙に湿り気を帯びた緊張感が漂っていた。
艦橋:貴志とアス
「航路計算、再確認。誤差は許されない」
アスが透き通った声で告げる。ホログラムに浮かぶ航路図は、あらゆる重力異常点を計算に含めているものの、それが数時間後も同じとは限らない。
貴志は背もたれに沈み、瞳を細めた。
「……結局、未知数の方が多いんだな」
「はい。ですが、私たちなら突破できます」
アスは確信を込めて答える。その瞳は冷徹な光を宿しつつも、どこかで貴志を安心させる強さを持っていた。
「無茶はするなよ。君が沈んだら、俺たちは戻る船を失う」
「承知しています。……だからこそ、全力を尽くします」
整備区画:フィフと搭乗整備士
スールは工具を抱え、汗だくになりながらパネルを締め直していた。
「ひ、ひえぇ……! こんなところでネジ一本でも緩んでたら、引力に引っ張られて終わりですよね!? 絶対死ぬやつですよね!?」
焦りながらも手は止めない。ドジを踏むことが怖いのだ。
「落ち着いて、スール」
フィフがそっと膝をつき、彼女の手元を支えるようにパーツを押さえる。
「失敗は怖いことじゃありません。……でも、今ここで諦めることの方が、もっと恐ろしい」
「フィフさん……」
スールは涙目になりながらも頷き、最後のボルトを締め込んだ。
フィフは彼女の肩に手を置き、柔らかく微笑む。
「大丈夫。あなたは、もう十分に“戦う仲間”ですよ」
戦術室:ルナとエウノミア
戦術室には青白い光が満ちていた。ルナは淡々と戦闘ドローンの稼働試験を行い、一体ずつ軌道修正データを入力していく。センサーが役立たぬ宙域では、目と耳の代わりになるドローンの役割が大きい。
「準備完了率、七十パーセント。予定より遅れています」
無機質に報告するルナに、エウノミアが静かに返す。
「焦らなくていい。あなたの正確さは、私たち全員の盾となる」
「……私の精度に、人命が左右される。理解しています」
ルナの声は淡々としているが、その指先はわずかに震えていた。
「でも、それが私の存在理由。だから私は迷いません」
エウノミアは一瞬だけ沈黙し、低く囁いた。
「あなたは私の“未来”の姿かもしれない。ならば、私はその選択を誇りに思う」
居住区:小さなひととき
突入を数時間後に控え、艦内は静まり返っていた。
居住区のラウンジでは、珍しく全員が一堂に会していた。
スールは温めた携帯食を手に、落ち着きなく笑う。
「こんな時だからこそ、お腹は満たしておかないと!ですよね!」
「胃がもたれるだけじゃないのか?」
貴志の冷ややかな突っ込みに、場が少しだけ和んだ。
フィフが湯気の立つカップを差し出す。
「皆さん、お茶をどうぞ。身体も心も温めてから向かいましょう」
その穏やかさに、全員が一瞬だけ危険を忘れた。
けれど視線の先には、窓外に広がる暗黒の帯。光を吸い込み、星の瞬きを閉ざすサルガッソー宙域が確かに待ち構えていた。
やがて艦内放送が鳴る。
「――艦内各員へ。これよりサルガッソー宙域への突入準備を開始する。全員、配置につけ」
静かな時間は終わりを告げた。
心臓を締め付ける緊張が、再び艦を満たしていく。
その闇の先にあるのは、希望か、絶望か。
次話として、サルガッソー宙域へ突入し、事前の情報通りのレーダーやセンサー無効を冷静に対処しつつも、想定外の事象に翻弄される貴志達を描きます。
ご期待ください。




