第190話:どうしても手に入れられない物
第190話として、「アルカナ・トレード」での交渉と失敗、そこから廃艦サルベージ作戦へと舵を切る様子を描きました。
【交渉と決断】
商業惑星〈アルカナ・トレード〉――銀河辺境最大の交易拠点のひとつ。
宙港のホールには無数の掲示板が並び、買い手と売り手が電子契約を結ぶ声が飛び交い、光の柱のような広告が天井まで伸びていた。
アストラリスの乗員たちは、その喧噪の中に足を踏み入れていた。
目的はただひとつ――百年放置され、すでに息絶えかけている戦艦の修復に必要な主機関のコア部品を手に入れること。
【迷宮に入る交渉】
交易都市〈アルカナ・トレードシティ〉は、まさに「宇宙の商人街」であった。
ホールを埋め尽くす光の看板、浮遊式のホログラム広告、そしてあらゆる言語で飛び交う商談の声。そこには、欲望と打算と駆け引きが渦を巻いていた。
貴志たちは、エウノミア修復のため必要とされる部品のリストを手に、商人たちの一団の前に立っていた。
【最初の商談 】
――金額の壁
「《エネルギー循環制御モジュール》だと? 古すぎるな」
油ぎった手袋をはめた技術商人が、リストを見て鼻を鳴らす。
アスが冷静に答える。「製造年代は百年前。だが設計仕様は明確だ。互換パーツでも構わない」
「互換? その代物を探すのにどれだけかかると思ってんだ」商人はにやりと笑い、指を三本立てる。「三万クレジット。それも納期は六か月先だ」
貴志が眉をひそめた。「ふざけるな。六か月も待てるか。納期時期を遅くせずに調達できる方法を出せ」
「即納なら……十万クレジットだな」
横でルナが小声でつぶやく。「足元見てるな、完全に」
アスの瞳がわずかに光を帯びる。「提示額の根拠を示せ。過去五年間の市場データを照合しているが、その三倍の相場だ」
商人の笑みが消え、舌打ちが返った。
「お前……艦AIか?しかもアンドロイドまで。ちっ、面倒な相手を連れてきやがった」
「ふむ……これは予想以上に難航しそうですね」
フィフは淡々と、掲示板に流れる最新の取引情報をスキャンしていく。アンドロイドとしての正確な処理能力で、出品されているパーツ群を瞬時に分類していた。
「なあ、こっちの《タキオン流量調整弁》、エウノミアの型式に合うやつあるか?」
貴志が身を乗り出す。
「残念ながら……」フィフは首を振る。「現行規格からは六世代も前のものです。互換性はゼロに近いでしょう」
ルナが肩をすくめる。「つまり、“博物館モノ”ってことだよね。商人たちにとっては珍品扱い、もしくはガラクタ……それでも見つかれば良いけど」
【貴族の威光 】
そこで一歩前に出たのはエレシアだった。
彼女は優雅に裾を払って立ち、堂々と名乗った。
「わたくしはヴァルディウス侯の娘、エレシア。家の名のもとに契約を結ぶなら、商会に大きな信用を与えることになるでしょう」
その瞬間、周囲の商人たちがざわめく。
「ヴァルディウス侯……帝国貴族か。資源開発で名の知れた……」
「本物か?」
「侯爵家家紋の刻印が……間違いない」
エレシアは涼やかな笑みを浮かべたまま畳みかける。
「信用を盾に、わたくしは契約の即時履行を求めます。納期は一か月以内。金額は相場価格の一・二倍までなら許容します。それ以上は不当です」
その気品と自信に押され、商人たちは視線を泳がせた。
「……し、しかし、その型式に合うパーツは……」
「廃棄艦を探すしかないだろう」
「……でも!」エレシアは負けじと声を上げる。「まだどこかに眠ってるかもしれません! あきらめちゃ駄目です!」
彼女は必死に端末を操作し、各ブローカーに照会を送る。だが返ってくる答えはどれも同じだった――在庫なし。
アスは腕を組み、短く言った。「問題は需要と供給。古すぎて、誰も必要としない。だから市場には流通しない」
「それに……」エウノミアが、やや苦しげに言葉を選ぶ。「私の艦体は“時代遅れの設計思想”で成り立っている。現代において、それは……無価値なのでしょう」
その声には、かつての戦友を失った痛みだけでなく、自分自身が「時代から取り残された」事実を突きつけられる苦さがにじんでいた。
【価値観の衝突】
「無価値なんかじゃありません!」エレシアが強く否定する。「エウノミアさんは戦った。仲間を守った。その証を“古い”なんて言わせません!」
「だが、現実は現実だ」アスは冷徹に言い切る。「市場は感情で動かない」
「アス……言い方が少し冷たすぎます」フィフが諫める。「彼女にとっては、過去もまた存在意義です」
ルナは小声で笑った。「でもアスらしいじゃん。事実を突きつけて、そこから考えろってやつ」
エウノミアは静かに目を伏せ、そして小さく息をつくように呟いた。
「……百年前、私はこの宙域を守っていた。けれど今の世では、誰も私を必要としない。そういうことなのでしょうね」
【軍歴の威圧】
そこで、貴志が一歩前に出た。
貴志が、ゆっくりと胸元の徽章を示す。
「俺は連合軍特務大尉、傭兵登録コード“K-01”。軍籍に基づき正式な取引記録を残すつもりだ。不当な取引が確認されれば、アルカナ交易連盟の査察対象になるぞ」
空気が凍りつく。
数秒後、商人のひとりが苦々しく言った。
「……いいだろう。納期一か月、五万クレジットでどうだ。現物は保証できんが、互換品を探す」
アスがすかさず確認する。「仕様を提示しろ。エネルギー伝達効率、最低でも92%以上でなければ主機関に適合しない」
商人は顔を歪めながらも端末を操作し、候補のリストを示す。
「必要だ。俺たちが必要としてる。だからこうして動いてる。……なあ、時代に合わせられなくてもいい。俺たちが合わせる。そういうのも“今の時代のやり方”だ」
その言葉に、エウノミアの目尻に光がひとすじ走った。
「……不思議なものですね。百年経って、なお“人の言葉”に心を動かされるとは」
【廃艦サルベージという選択】
こうして、いくつかのパーツは確かに契約にこぎつけた。
だが――どうしても手に入らないものがあった。
「《主機関プラズマコア》……これだけは、完全に市場から消えている」アスが冷徹に告げる。
「これが見つからないと、戦艦エウノミアの出力は50%以下、主機関の出力が上がらなければ、航行どころか戦闘もままなりません」
「それに、《戦闘補助システム制御基盤》。こちらも互換品すら存在しません」フィフが付け加える。
「これも、主砲やミサイル発射管制、各種センサーからレーダーの稼働させる為に必須のパーツです」
「廃艦を探すしかない、ってことだね」ルナが肩をすくめる。
エレシアは唇を噛みしめた。「せっかくここまで交渉できたのに……」
エウノミアが静かに呟いた。
「……私の心臓部と、戦うための神経。それが失われたままでは、再び空を駆けることはできないのですね」
その声音にはかすかな寂しさがあった。
貴志は彼女を見据え、低く言った。
「いや、必ず探し出す。廃艦の墓場でも、どこであろうとな」
「結論を言おう」アスが場を仕切り直すように言った。「現行の交易ルートでパーツを得るのは不可能だ。調達コストが膨大になりすぎる上に、そもそも見つからない可能性が高い!」
「じゃあ……どうするの?」ルナが眉をひそめる。
アスは淡々と告げた。
「廃艦サルベージ。宙域に放置された旧型艦から部品を抜き出す。それが唯一の現実的な手段」
「危険は大きいけど、可能性はあるわね」フィフも頷く。「戦闘残骸の中には、まだ使えるパーツが残っている場合が多い。特に耐久性の高い主機関部品なら」
エレシアが目を輝かせた。「それって……探検みたいですね! 遺跡探索! わたしたちなら、きっとできます!」
「はしゃぎすぎだ、子ども」ルナが苦笑する。「でもまあ……確かにワクワクはするかも」
エウノミアはしばし沈黙し、やがて静かに答えた。
「……もし、それで私が再び“航路”に立てるのなら。どうか、その道を選んでください。私は、また皆と空を駆けたい」
貴志は仲間たちを見渡し、強く頷いた。
「よし、決まりだ。次はサルベージだ。死んだ船の墓場から、エウノミアを甦らせるための部品を掘り出す」
その場に、一瞬の静寂が落ちた。
ルナがニヤリと笑った。「いよいよ“探検”だね」
エレシアも顔を上げた。「絶対に、見つけましょう。あなたの心臓と魂を」
そして、エウノミアの瞳にほんのり光が宿った。
「……ありがとう。私は、皆と共に再び未来へ進みたい」
そして次の瞬間――誰からともなく頷き合い、彼らの視線がひとつの方向に揃った。
それは、星々の闇の彼方――廃艦が眠る無言の墓場だった。
次話として、宇宙空間のサルガッソーでの廃艦サルベージ作戦の開始、死の静寂に包まれた艦群を探索する緊張感を描き出します。
ご期待ください。




