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模型から始まる転移  作者: 昆布


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第188話:眠りし巨躯

第188話として、戦艦エウノミアの出会いと、再起動準備までを描きます。

【眠りし巨艦、エウノミア】

廃棄衛星基地――無数の残骸が静止軌道を漂い、薄闇に覆われた無音の墓標。

アストラリスから降下艇で接近する途中、全員の胸には言い知れぬ緊張が走っていた。


「……静かすぎる」

貴志はヘルメット越しに呟く。


基地の外壁は崩れ、腐食が進んでいる。だがセンサーは微弱な電力反応を拾い続けていた。

死に絶えたはずの施設が、まだ何かを隠しているようだった。


「まるで、呼び込まれているみたいだわ」

アスが低い声で言った。彼女の瞳には冷静さと、わずかな警戒心が混ざる。


「き、気のせいじゃないですか? ……誰もいないはずですし」

エレシアは自分に言い聞かせるように囁き、貴志の背中にぴったりとついて歩く。従順な彼女だが、未知の廃墟の闇はやはり怖いのだ。


「……不審な物音が後方から」

フィフが淡々と報告する。そのライフルの構えは揺るがないが、わずかに首筋が強張っているのを、貴志は見逃さなかった。


「偵察ドローン、展開」

ルナが前方に小型ユニットを放ち、狭い通路を照らす。人工音声でありながら、その声には仲間を安心させようとする柔らかさがあった。


【巨大なドック】

腐食した扉を開き、奥へ奥へと進むと、通路はやがて広大なドックへと抜けた。

ドックに係留されていたのは、静寂の闇に沈む巨艦――。


「……戦艦級?」

乏しい灯りの中、シルエットから判断したエレシアが息を呑む。


巨大な格納ドックの闇の中に、戦艦エウノミアは眠っていた。

その艦体は古び、長年の放置によって、表面を覆う金属酸化層が鈍い灰色となって光っている。かつては艦隊旗艦級の威容を誇った船体も、今は埃と油の匂いに包まれ、各部に攻撃と思われる損傷を残したまま、そこに係留されていた。


アストラリスから移送された簡易照明が甲板を照らし、風貴志達が歩くたびに埃が舞い上がり、光の粒子の様になって漂っていた。


【巨大なシルエット】

ドック全体を占める巨大な船影。

そのシルエットは堂々としていたが、所々に深い傷痕を残し、砲塔の幾つかは破壊されている。

だが――確かに艦影をそこにあった。


「……映像解析完了。大幅な損傷をしているものの、あの艦は戦艦アタランテ級、外部からリンクを試みたところ、艦名は《エウノミア》。現役最終稼働記録は百年以上前で停止。驚いたわね」

アスが表示する情報に、皆の目が釘付けになった。


「アタランテ級……伝説でしか聞いたことがない……」

ルナが感嘆を漏らす。


「……すごい、これがアタランテ級……」

エレシアが目を見張り、小さな声を漏らした。彼女にとって戦艦とは、教本でしか知らない存在だった。幼い瞳に映るのは、伝説の亡霊のような鉄の巨体。


「……まだ動くのか?」

貴志が呟くと、フィフが淡々と答えた。

「この規模の艦……もし稼働可能なら、ガンマ独自艦隊にとっては大きな戦力増強」


貴志達はその巨躯に圧倒されつつも、艦内への入り口を探し始めた。


【錆びた扉の前で】

放棄された衛星基地の奥深く、ひとつだけ異様な存在感を放つ影が眠っていた。

戦艦エウノミア。かつての大艦隊の象徴にして、今は廃棄ドックに封じられた骸。百年を超える眠りののち、ようやく彼女は訪問者を迎えようとしていた。


「……ここか」

貴志はヘルメットのバイザー越しに、腐食したエアロックを見上げた。巨大な扉は酸化によって赤茶け、溶接されたかのように固まっている。ドックの外気は既に真空に近く、宇宙服の通信だけが沈黙を破る。


「百年も放置されれば、こうなるのは当然か……」

フィフは冷静に分析した声を返した。だが、その目の奥にはわずかな苛立ちが見え隠れする。アンドロイドの彼女でも、これほどの劣化は予想外だったのだ。


アスがエアロック脇のパネルに接続ケーブルを突き刺し、錆びた制御盤に直接アクセスを試みた。

「電子ロックはもう死んでるわね。完全に腐蝕してる。……物理的にこじ開けるしかない」


「よし、力技ってわけか」

貴志は苦笑しながら、工具ケースから電動ジャッキを取り出した。


ルナが周囲を警戒しつつ、肩を竦める。

「私たち、宇宙を駆けるの艦長なのに……サルベージ屋みたいだよね」


「でも……わくわくしない?」

エレシアの声は震えていたが、それは恐怖ではなく高揚に近かった。彼女の目は扉の向こうの未知に輝きを宿していた。


数分の格闘の末、鈍い金属音とともに錆びついたエアロックがわずかに開いた。

そこから吹き出す空気はなく、ただ長年閉ざされてきた空間の冷たさだけが押し寄せてきた。


【荒れ果てた艦内】

エアロックをくぐると、艦内の光景が彼らを迎えた。

床には崩れた配線と割れたパネルが散乱し、天井の照明は黒く焼け焦げ、壁には煤がこびりついている。重力制御は死んでおり、浮遊する埃と破片がわずかな動きに反応して舞い上がった。


「……ひどい状況てすね!」

エレシアが小声で呟く。


「この艦内の雰囲気……金属の腐蝕と、油の腐敗。百年以上、手が入ってない証拠だな」

フィフは視覚センサーで状況を解析しながらも、どこか寂しげに言った。


アスが携行ライトを掲げる。

「通路は半壊、隔壁は閉じたまま。艦橋まではそう簡単に辿り着けそうにないわね」


貴志はジャケットの腰に下げたレーザーガンに自然と手をやった。

「敵影はないにしても、残ってる防衛システムが暴走してる可能性はある。気を抜くなよ」


ルナはドローンを一機展開し、先行偵察を行わせた。

「映像送ります……ああ、前方の通路は天井が落ちて塞がってます。迂回が必要ですね」


「近づくな、床の腐食も進んでいる」

フィフが静かに警告した。彼女の手には古式ながら精密に整備されたライフル。何度も留守番を言い渡されてきた彼女だが、今日ばかりは貴志に代わり護衛役として前線に立つことを選んでいた。表情は冷静だが、長い睫毛の奥には微かに緊張が見える。


「大丈夫。私がスキャンしてる」

ルナの小さなドローン群が散開し、廃墟の空気を震わせながら走査光を放った。赤外線の網が艦内構造を浮かび上がらせ、今なお通電する箇所の影を炙り出す。


【苦難の進軍】

五人は瓦礫を避けながら進む。崩れた壁の隙間をくぐり、倒壊した支柱を乗り越えるたび、金属音が艦内に響いた。

どこかから水滴のような音が聞こえる。だがそれは水ではなく、冷却管から漏れた古い冷媒が凍りつき、時折剥がれ落ちる音だった。


「なんか……ホラー映画の中みたい」

エレシアの声が無線に震えを帯びる。


すかさずアスが冷たく返した。

「ホラー映画なら、真っ先に死ぬのは不用心に喋る役よ」


「ちょっと! 縁起でもないこと言わないで!」

エレシアが慌てて声を上げると、ルナが小さく笑った。

「でも、雰囲気あるね。未知の廃艦に突入するなんて……ある意味、私たちらしいかも」


「無駄口は控えてください。静寂が続いている時ほど、危険は近いものです!」

フィフの警告は低く、しかしどこか優しさもあった。


【艦橋への到達】

長い時間をかけ、幾つもの閉ざされた隔壁を手動でこじ開け、ようやく彼らは艦橋区画に辿り着いた。


艦橋は他の区画以上に荒れ果てていた。指揮席は倒れ、主モニターは粉々に砕け、床には崩落した天井の破片が積もっている。更には、壁面は剥がれ落ち、配管からは凍り付いた冷却材が垂れ、床は油と煤で真っ黒に染まっている。かつての乗員の痕跡はほとんどなく、ただ幾重にも堆積した時間だけが残っていた。


その中央、艦長席の横に――小さな投影装置がぽつりと残っていた。

埃に覆われ、半ば朽ちかけているが、かろうじて“生きている”微かな反応を示していた。


「……これが、エウノミアの中枢」

アスが息を呑んだ。


貴志は深呼吸し、仲間たちを振り返った。

「ここまで来たんだ。後は……エウノミアを再起動させるだけだな」


誰もが無言で頷いた。

長い眠りの果てに、ようやく再起動の時が訪れようとして


【エウノミアの状況】

「……状態はどうなの?」

アスが一歩前に出て、同じAIとして真剣に問う。


「機関部は損傷が大きく、レールガンとミサイル発射管の一部は使用不能……でも、メインリアクターは生きています。再起動できる……はず」


その言葉に、仲間たちは顔を見合わせた。


「やれるか?」

貴志の問いに、アスは小さく頷いた。

「補助電源を接続すれば、最低限の起動は可能よ。……ただし危険もある」


「危険、ですか?」

エレシアが不安そうに訊ねる。


「長く眠っていた艦は、不安定な挙動を見せることがあるわ。暴走するかもしれない」


だが、その懸念を打ち消すように、貴志が静かに言った。

「それでも、試す価値はある。戦艦はガンマを守る大きな力になる。アス、改めてエウノミアの現状を確認してほしい」と言い、現状を報告させた。


「報告します。確認しましたが、補助機関はかろうじて生きています……けど、主機関は破損度合が大きく、現状では再起動不可能です」

アスが眉をひそめ、制御盤に指先を滑らせた。実体化した彼女の姿は冷徹な艦長のようで、その視線は鋼鉄の巨体を見極めている。


貴志は「まずは電力を供給し、再起動準備だ!」


アスは、遠隔操作でアストラリスから補助電源ケーブルを接続し、再起動準備が進められる。

赤錆びたドックに、低い駆動音が響いた。


――ゴウン……ゴウン……


長い眠りを破るかのように、戦艦全体が微かに震える。

艦橋に設置された古いモニタが点滅し、システムログが次々と流れていく。


「すぐには使えそうもないな……」

貴志が呟くと、静寂を破るように低い機械音が響いた。

艦の中央制御室――黒ずんだコンソールが淡く光を帯び、眠っていたAIが目覚め始める。


皆の胸に高鳴るものが宿った瞬間――。


艦内から淡い光が浮かび上がった。

透き通るような少女の姿。初期世代のAI特有の半透明な投影体。


「……ここは……? わたしは……まだ生きているの……?」


その声は、長い眠りから覚めたばかりの少女のようにか細く、震えていた。


「君は、この艦のAIか?」

貴志が問いかける。


「……はい。わたしは《エウノミア》。アタランテ級戦艦、主制御AI……長い間、ずっと……眠っていました」


彼女の瞳は、希望を求めるように仲間たちを映す。

 

「……再起動、開始。心配しないで……わたしは、あなたたちを傷つけたりしない」

エウノミアの投影が、か細い笑みを浮かべた。


やがて、巨艦の外殻に取り付けられた航行灯が、一つ、また一つと点灯していく。

暗闇のドックに、光が蘇った。


貴志はその光景を見つめながら、深く息を吐いた。

「これで……三隻体制の目途が立つ。ガンマの未来は、大きく変わるかもしれない」


アスは横顔で微笑みながらも、静かに言った。

「でも、これからが本当の始まりよ。彼女を完全に蘇らせるには、まだ多くの修復と試練が待っている」


エウノミアの瞳は、その言葉に応えるように微かに輝いた。


「――お願い。わたしを……再び、宇宙へ連れ出して」


静かに、しかし確かな願いが、全員の胸を震わせた。

次話では、主機関復旧の試み、AIエウノミアが抱える“記憶の断片”を追体験するシーンを描いていきます。

ご期待ください。

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