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模型から始まる転移  作者: 昆布


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第184話:ガンマへの帰還

第184話として、惑星ガンマへ帰還中に発生した海賊戦、アストラリスとアウロラ、初の共闘戦を中心に描きます。

【帰路にて】

商業惑星(アルカナ・トレード)の螺旋状ドックを離れ、アストラリスの艦橋では、穏やかな航路特有の静寂が流れていた。


艦長席に座る貴志は、窓外に並走する巨艦――ディオメデス級重巡洋艦〈アウロラ〉を見やり、安堵と同時に小さな緊張を覚えていた。


「……やっぱり、迫力あるな」

思わず漏らすと、横に立つアスが少し得意げに笑った。

「でも、どんなに大きくても、私が旗艦よ。それに私も大きいわよ!忘れないで?」


「わかってるよ」

少し赤くなりながら答える貴志の耳に、通信機から柔らかい女性の声が届いた。

『こちらアウロラ、アーロよ。艦長、そちらのエレシア嬢は大丈夫かしら? 宇宙酔いはしていない?』


「え、あ、はいっ! 大丈夫です!」

慌てて答えるエレシア。頬が赤く染まり、姿勢を正す。

従順で控えめだが、貴志と同じ艦に乗れることに、密かな喜びを感じていた。


一方、アウロラ艦橋では、アーロが椅子に背を預けながら映像を眺め、隣に立つルナに肩をすくめて見せた。

「彼女、可愛いわね。こういう娘を守るための艦隊だと思うと……ちょっと誇らしい気がするのよ」


ルナは冷静に応じる。

「ですが、そのためにあなたも私も存在しているのです。感傷に浸るのは帰還後にしましょう」


アーロは「はいはい」と笑いながらも、その瞳には冷静な光が宿っていた。


【アウロラ】

今回新たに艦隊に組み入れた〈アウロラ〉──旧式のディオメデス級重巡洋艦は、改装の痕跡と戦歴の匂いを残して艦隊に加わった。艦名はそのまま、古い呼び名を尊重して〈アウロラ〉とした。アーロの声が艦内の随所で馴染み始め、アスの落ち着いた指令が艦を包む。ルナはドローン群のステータスを最終確認し、貴志はジョイスティックの舵輪を手に取りながら、航路図に視線を走らせいた。


「我々の編成は二隻。旗艦〈アストラリス〉、随伴〈アウロラ〉。速度差はあるが、護衛艦隊としては最低限だ」


貴志の声は簡潔で、だが背後にある覚悟は重かった。ガンマに帰還するまでに一週間。だが一週間が、復興に必要な命綱を繋ぐ時間でもある。


エレシアは艦橋の外縁に座り、窓越しに銀灰の星域を見つめている。彼女の顔は緊張で少し引き締まっていたが、貴志の隣に立つと、どこか安心した様子を見せる。貴族の娘であり、婚約者として期待されている彼女は、現場での学びを乞うように日々を過ごしている。今回は同行することで、戦術や艦隊運用を肌で学ぶ機会だと彼女は言った。だが、その瞳の奥にあるのは、単なる好奇心以上のもの──貴志への一途な信頼と不安の入り混じった気持ちであった。


【救援信号】

「……待て、前方宙域に反応あり」

アスの声が低く艦橋に響いた。緊張が空気を締め付ける。


「連絡――無線、救援要請受信。南東二十万キロ、輸送船が海賊に襲撃中。」

「輸送船2隻が海賊に襲われているようです。敵は小型フリゲート級4、駆逐艦級1」


ルナの報告はいつも通り軽やかだが、そのデータは厳然たる現実を告げる。セレスティナ・ラインは往来の多い交易路であり、搭載貨物と人員は無視できない。護衛の必要性は即座に明白となった。


「数は多くないが……輸送船を守りながらとなると厄介だな」貴志が腕を組む。


アーロが落ち着いた声で割り込む。

『こちらで主力を受け持つわ。アストラリスは輸送船に近づいて直接攻撃を。私が敵の砲火を引き受ければ、被害は抑えられるはず』


「“被害”が発生するのを前提に言わないでくれ」アスが苦笑する。

だがその言葉の裏に、アーロの決意を感じ取っていた。


「……よし、方針決定だ」

「針路変更、救援へ。〈アウロラ〉は支援攻撃配置、我々が先陣を切る。」

貴志が前を見据え、静かに命じた。


「アストラリス、輸送船を護衛。アウロラは敵主力を抑え込む。アス、全砲門、射撃準備」


「了解!」アスの声に艦が震えた。


貴志は即座に指示を下した。海賊に無防備な船を見逃すことはできない。だが同時に、護衛艦隊としての未熟さも露呈する。〈アストラリス〉以外に頼れる戦力は限られている。そこで、旧式だが重火力を誇る〈アウロラ〉の存在が、今回の帰還航路でどれほどの力になるのかを、現場で試される時が来たということでもあった。


【開戦】

艦首に向かう空が紫へと沈み、宇宙の冷気が艦体を包み込む。三隻の列——前方に〈アストラリス〉、やや遅れて〈アウロラ〉、その間に輸送船の編隊を組む。接近するにつれ、視界に破片の群れ、黒煙の粒子、そして光の軌跡が見えてきた。攻撃を受けているのは確かだ。


「映像、拡大。あれが旗艦か……海賊艦の編隊。2隻の輸送艦を狙っている。」

アーロの声は冷静ながら、艦内の空気が一瞬引き締まる。


貴志は艦橋から全員を見回す。アスは瞳を鋭くさせ、計器の数字を流し読みしている。ルナはドローンの隊列を展開する準備を整え、〈アウロラ〉のアーロは艦の各系統を内部的に最終チェックしていた。二人のAIは、ここ数日の共同作業で育んだ信頼を裏付けるように、目に見えない呼吸で噛み合っている。


「我々は民間船の救援が第一。海賊が旗艦を盾にしているなら、分断して旗艦を無力化する。〈アウロラ〉、火力は任せる」

貴志は静かに今回の戦闘方針を再確認した。重力のようにその言葉が艦橋に降りて、全員の鼓動を一定にする。


【戦闘開始】

最初の閃光は、海賊フリゲートの一斉射撃だった。

輸送船の防御シールドが悲鳴を上げる。

火線が交差する。海賊側は少人数ながら装備は精強で、近接に強い機関砲と密集射撃を主体にしていた。


最初の衝突は、〈アストラリス〉のフレアとチャフが投射され、敵のミサイル攻撃を撹乱しつつ、貴志とアスの連携で接近戦術を仕掛ける。ルナはドローンを前面へ出し、敵の照準をデコイで分散させる。


アストラリスの側舷からレールガンの光線が走り、敵弾幕を切り裂く。小型艦の一隻が火花を散らして爆散した。


〈アウロラ〉は重巡洋艦としての存在感を示す。主砲塔がゆっくりと旋回し、古いが確かな機構音を立てる。アーロの落ち着いた声が艦内に響く。


「主砲充填完了。ミサイル発射管装填完了。目標:海賊旗艦。……同一プライオリティで分断を試みます。」

アーロはどこか照れ隠しのような口調を見せるが、艦に委ねられた火力の使いどころを冷徹に読み取っている。


同時にアウロラが主砲を発射。

20cmレールガンからの攻撃が敵護衛艦を直撃し、敵艦の装甲を溶解させる。


『ふふ……まだまだ現役、ね』アーロの声は冗談めいていたが、その砲撃精度は老練そのものだった。


「敵、散開! アストラリスの護衛ラインを突破しようとしてます!」ルナが告げる。


「させるか……!」貴志は歯を食いしばり、エレシアに振り返った。

「エレシア、シールド管制を頼む!」

「は、はいっ!」彼女は緊張で震える指を必死に制御卓へ走らせ、護衛船を覆うようにシールドを再展開した。


だが敵は知恵もある。旗艦は搬送船の側面に杭状に回り込み、輸送船の最も脆弱な部分を狙って連続発射を行う。時間が稼げれば核となる積荷も危うい。貴志は瞬時に判断する。


「ルナ、接近ドローン二班を旗艦の左舷へ。アストラリス、側面から遮断。アウロラ、長射程からの一点打ちで船体の動力部を狙え。直接撃沈ではなく、動力停止で動きを封じろ。」


実行。〈アウロラ〉の20センチ主砲が、低く唸るような光を吐き出し、ミサイルが同時に波状発射される。光と爆発の連なりが旗艦の外殻を叩く。旗艦は悲鳴にも似た金属音を立て、軸受部に大きなダメージを受ける。動きが鈍り、艦のターゲティングが乱れ始めた。


だが旗艦が沈黙すると同時に、背後から小型高速艇の集団が割り込んでくる。総督的な余裕が、刹那に危険へと変わる。ミサイルの集中が輸送艦へ向けられた瞬間、貴志は判断を迫られる。ここで遅滞すれば大量の民間人が危うい。


「貴志、旗艦の反撃が強まります。輸送艦の被害予測が上昇。」

アスの声は冷静だが、幾分の緊張を含んでいた。画面には被害シミュレーションが赤で表示される。


その言葉を聞いて、艦橋には短い静けさが訪れる。目の前の数字と、目に見えた翻弄される民間人の姿と。貴志はじっと輸送艦の映像を見つめる。その時、エレシアがそっと彼の手に触れた。彼女の表情には恐怖と信頼が混じっている。


しかし、敵フリゲート2隻が輸送船に迫る。

「アス、左舷砲、全砲門で攻撃開始!」

「了解! でもシールド消費が大きいわ!」


「アーロ、援護攻撃を!」

『了解。主砲及びミサイル攻撃開始!』


アウロラの主砲、それに並ぶミサイル管が同時に起動する。20センチ級レールガンの主光束は、虚空を切り裂き、ミサイルの群れが一斉に走る。空間は一瞬赤く震え、相当の熱が艦の内部を走るのが感覚として伝わってくる。だがそこには、慎重に設定された時間と同調の工夫がある。ミサイルは三本ずつ同期をずらし、レーザーは照射時間を2.3秒で区切る。冷却補助系がフル稼働し、艦体には厳しいが制御された熱が流れる。


旗艦は、その一撃をまともに受けた。外殻が大きくへこみ、推進機構が致命的なダメージを受ける。支援艦も同様に数隻が大破、残る艦は散開して退却を図る。瞬間、輸送艦は盾のように守られ、海賊の態勢は崩れた。〈アストラリス〉の砲火と〈アウロラ〉の一点打ちが功を奏したのだ。


やがて敵護衛艦もアウロラの猛攻を受けて沈黙。戦場に漂うのは、破片と静寂だけとなった。


艦橋に起こったのは、何物でもない充満感、そして静かな疲労だった。貴志は深く息を吐き、ゆっくりと椅子から立ち上がる。エレシアは震える手で貴志の袖を握りしめ、無言で目を閉じた。ルナはいつものように冗談を飛ばす間もなく、データに集中している。アーロは一瞬だけ、自分の胸の中にある何かが疼くのを感じ取ったように見えた。アスは黙って、端末のログを確認し続けている。


【戦闘の終結】

「……終わったな」

貴志は大きく息を吐いた。


アスが彼の隣に寄り添い、少し得意げに微笑む。

「どう? 私たちの連携、完璧だったでしょ?」


「そうだな……でも、アウロラがいてくれて助かった」


通信越しにアーロの笑い声が響く。

『あら、素直でよろしい。タラレバだけど、これからも一緒に戦えれば、きっと最強の艦隊になれるわ』


ルナが冷静に締めくくる。

「運用方針通り、ハルマゲドンモードは温存。ですが……切り札を持っているというだけで、戦術の幅は広がります」


エレシアは小さく頷きながら、貴志を見つめた。

「……あなたのために、私ももっと力になれるように……頑張ります」


その眼差しに、貴志は未来の重責を感じながらも、心強さを覚えるのだった。


「被害状況?」

貴志は問う。彼の声はやはり沈静だったが、今回は別の重みがある。


「2隻輸送船、主要積載物と乗員に大きな損失はなし。海賊艦隊は戦術的に敗北、残存艦は撤退。〈アウロラ〉に一時的な熱損耗。補修は必要だが航行可能範囲。全体としては成功だ」

ルナの報告は淡々としていたが、その言葉の端々にほっとした息遣いが混じっていた。


だが何より、艦橋に落ちてきたのは——静かな敬意だった。アーロはおもむろに席を立ち、アスに近づく。普段ならば互いに素っ気ない応答で済ます二人が、今は違った。アーロは不器用な笑みを浮かべ、言葉少なに言った。


「……貴女が、私を止めた。技術的にではなく、感情的に。あなたの計算は冷たいが、あなたの判断は温かい。私はそれを誇りに思う」


アスは一瞬顔を赤らめるように見えたが、その表情は笑いに転じる。

「お世辞は下手ね。だけど、あなたと一緒にいると無駄が省ける。あの時、あなたが手を震わせたのを見たわ。……それでも、決めたのはあなた。私はその責任を共有する」


二人は短い沈黙のあと、艦内のスクリーンに映る戦闘ログを見つめた。ロギングが続く中、〈アウロラ〉の戦闘に関する一連のデータが、記録として確実に刻まれていく。貴志はそれを見て、指で小さくログの一行を押さえた。


「今夜、我々は一つの戦闘を乗り越えた。2艦共闘の成果だ」

彼の言葉は、その場の全員の胸に静かに落ちる。


エレシアは貴志を見上げ、涙を一粒こぼした。彼女の涙はただの恐怖の記憶を洗い流し、彼女の中の学びを確かなものにした。貴志はそっと彼女の手を取った。二人の間に言葉は要らなかった。


その夜、艦内では小さな修理作業が始まり、乗員たちの会話は断続的に続いた。だが深部では、何かが変わりつつあった。〈アウロラ〉の古い傷痕は物理的に癒えることはないかもしれない。だがアーロとアス、そして貴志を中心とした乗員たちの間に築かれた信頼は、艦を動かす新たな原動力へと転じていく。


翌朝、紫がかった星域の光の下で、〈アストラリス〉と〈アウロラ〉は改めて編隊を整えた。輸送船は無事に航路を取り直し、セレスティナ・ラインとその乗員には静かな感謝が向けられた。だが貴志の表情は引き締まっている。


「今回で分かっただろう。外敵は我々を侮ってはいない。ピンクダイヤや復興資材の輸出は、ただの交易ではなく、政治と力の均衡を引き起こす。ガンマの未来は、護るための艦がもっと必要だ」


アーロは小さく笑った。

「なら、次はもっと強力な仲間を連れて帰りましょう。タラレバじゃなく、現実的な手段で」


ルナはドローンを整えながら、艦橋の窓越しに遠くの星を指さした。

「ええ、でも今夜はまず、ここで休みましょうよ。皆、よくやったって言ってあげたい」


貴志は頷き、艦橋の窓の外へ視線を置く。ガンマへ向けた航路はまだ遠い。だが今、彼らには新しい力と、何よりも互いを信じる誓いがある。旧式の艦も、新しいAIも、従順な侯爵令嬢も、復興を夢見る者も──すべてが揃って、これからの道を歩き出す。


星は冷たい。ただ、その光を受け止める艦の胸には、熱い決意が燃えていた。

次話として、勝利後の輸送船救助と、アウロラの艦内で行われる祝賀を描きます。

ご期待ください。

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