第181話:過去の記憶より
第181話として、ハルマゲドンモードの記録発掘、過去の防衛戦の真相、アウロラ改造の背景を描きました。
【封印された記憶】
造船ドックの大気循環装置は低く唸り、鉄と油と冷却剤の匂いが漂っていた。
貴志は肩をすくめながら、投影された"ディオメデス級重巡洋艦"の三次元設計図の光の中に立っていた。
ルナは白銀の髪を揺らし、端正な顔に淡い不安を浮かべている。
「……見て、貴志さん」
彼女は指先をすっと伸ばす。
青白い設計線が拡大され、主砲系統の回路が詳細に浮かび上がった。
赤字で記された注意書きが、無機質に点滅していた。
――主砲20cmレールガンの出力200%以上:主機関臨界リスク、暴走危険性。使用禁止。
「当然ですが、ハルマゲドンモードの記載なんて、どこにもありません」
ルナは首を横に振り、唇をかむ。
「むしろ……出力を上げる事は禁忌。危険すぎる改造。なのに、どうして――」
貴志は腕を組み、じっと図面を見つめた。
一見、整然と描かれた設計図の奥に、どこか違和感が潜んでいる。
戦場で幾度も死線を潜り抜けた彼の直感が、ざらついた予感を告げていた。
「……ルナ。造船官に直接聞こう」
彼は短くそう告げ、二人はドックの資料管理室に向かった。
そこには老練の造船官が待っていた。白髪交じりの男は、整備用のオーバーオールを着込み、記録端末を抱えていた。
「ディオメデス級の出力強化か。ああ、確かにな……」
彼は眉をひそめ、低く声を漏らした。
「当時から問題視されていた。確かに出力を上げれば攻撃力は跳ね上がるが、そのぶん主機関の制御が追いつかん。冷却が間に合わず暴走の確率が格段に上がる。改造は艦を賭けた自殺行為だ」
「つまり……ハルマゲドンモードは、正式な仕様じゃない」
貴志が問い詰める。
造船官は深いため息をつき、ただ肩を竦めた。
「俺たちが知っているのはそこまでだ。だが、そんな改造を現場がやったとすれば……相当な追い詰められ方をしたんだろうな」
ルナは黙り込み、その青い瞳を伏せた。
貴志の脳裏には、最後の1隻まで撃ち減らされ、無数の艦が火に包まれる戦場の光景がよぎった。
何が何でも戦うために、狂気すれすれの兵器が生まれる。
それが「ハルマゲドンモード」なのかもしれない。
【アス達の発見】
――同じ頃、〈アウロラ〉艦内。
艦長室の奥。重厚な壁面には、通常なら誰も気づかぬ細工が隠されていた。
アスとアーロが、その前に立っていた。
「やっぱり……あったわね」
アーロは少し勝ち気な笑みを浮かべ、腰に手を当てた。
「艦長室に隠された秘密の小部屋。艦歴が不自然に途切れていた理由、ここで繋がるかもしれない」
「でも、封印は厳重よ」
アスは冷静な声で答える。
壁に投影されたセキュリティ・パネルには、複雑に組まれた多層暗号が並んでいた。
「五重認証……通常の艦AIでも突破は不可能。人間が使う領域じゃない」
「不可能を可能にするのが、私たちでしょ?」
アーロは片目をつむり、おどけた調子で笑った。
「もし、ここに答えが眠っているなら……開けないわけにはいかないわ」
二人のAIは並んで座標を割り出し、パスワード解析を開始した。
艦内システムの奥底で、無数の光子演算がほとばしる。
アスの指先が震え、アーロの額に汗が浮かぶかのような錯覚さえ生まれる。
数分――いや永遠にも思える時間の後。
「……解除完了」
アスが静かに告げた。
金属音を響かせて、壁がゆっくりと開いた。
内部には埃をかぶった制御端末と、古びたホロディスクが整然と並んでいた。
部屋の空気は、どこか冷たい。長い間閉ざされていた墓所を開いたかのように。
二人は同時に端末へアクセスした。
アスは光学ボディを椅子に腰掛けるように配置し、指先で記録水晶を起動させる。淡い青光が艦長室を満たし、ホログラムの映像が浮かび上がった。
──惑星《エンデラ=リム》防衛戦の記録。
無数の炎上する艦艇、砕け散る防衛衛星、そして押し寄せる黒い艦影の群れ。
その中心に、一際巨大な海賊旗艦がそびえていた。
旗には三つ目の骸骨──「三眼のバルナック」。当時の海域を恐怖で支配した伝説的なネームド海賊の印だ。
「……まさか、こいつらと交戦していたのか」
アーロは息を呑む。彼女ですら噂でしか聞いたことのない名である。
映像は続いた。
防衛艦隊は為す術もなく蹂躙され、次々に爆散。指揮系統は混乱し、惑星軌道は火の海と化していく。
その時、艦橋に立つ若き防衛指揮官が叫んだ。
──《アウロラに特別改造を施せ。すべての砲門を統合、ミサイル発射管も同調させろ。》
──《名を……“ハルマゲドンモード”とする!》
そして、最後のファイルが開かれた。
《極秘仕様追加:ハルマゲドンモード。防衛艦隊壊滅の危機に伴い、苦肉の策として搭載》
「……やっぱり」
アーロは声を失い、拳を握りしめた。
「正規の設計じゃなかったのよ。絶望の戦場で……艦を犠牲にする覚悟で生み出された力」
アスは沈黙したまま、映像を見つめ続けていた。
記録は凄絶だった。
アウロラが光の奔流を放つと、戦艦さえ沈める火力が一瞬で海賊艦列を切り裂いた。
だが直後、主機関が赤熱し、制御不能に陥る。艦体は軋み、制御室で火花が散る。
辛うじて海賊旗艦を退けたものの、アウロラは深刻な損傷を負い、航行不能に陥ったのだ。
──そして、その反動で艦AI"アーロ"は記録の混乱を起こした。
自らが改造された記憶すら失い、後世には「幻の機能」として葬り去られた。
瞳に映るのは、爆炎に消える無数の艦影。
その犠牲の上で、〈アウロラ〉が改造され、今もなお生き延びている。
「……貴志さんに、伝えるべきかしら」
アーロが小さく呟いた。
アスはゆっくり首を横に振る。
「まだ。彼に伝えるには……重すぎる」
二人のAIは静かに目を合わせた。
〈アウロラ〉の奥底に眠る秘密――それは、ただの兵器技術ではなかった。
滅びの淵で生まれた「最後の切り札」。
そして、それを抱えたまま艦は航路に立ち続けている。
やがて彼女たちは部屋を後にし、封印を再び閉ざした。
重い扉が静かに閉まる音が、まるで艦そのものが息を潜めるように響いていた。
――〈アウロラ〉はまだ、己の記憶をすべて明かしたわけではなかった。
【アウロラ封印の真実】
艦内に帰還した貴志とルナは、艦長室に入るなり異様な空気を感じ取った。
部屋の奥、普段は閉ざされた壁面が開き、内部から淡い光が漏れていた。
アスとアーロがそこに立ち、互いに緊張した表情で投影記録を見つめていた。
「……貴志さん」
振り返ったアスの声には、微かな逡巡があった。
彼女は普段、冷静で理路整然としているが、このときばかりは視線が揺らいでいた。
「どうやら――俺たちが探していた答えは、ここにあるらしいな」
貴志は一歩踏み出し、映像の光を見据えた。
ルナも隣に並び、静かに頷く。
ホロスクリーンには、戦火に呑まれる艦隊の記録が流れていた。
防衛艦隊が一隻、また一隻と沈み、巨大な海賊艦が猛威を振るう。
絶望的な戦況の中、最後の選択肢として「ハルマゲドンモード」が導入される経緯が淡々と記されていた。
――《防衛艦隊、戦力の九割を喪失。最後の突破口として、ディオメデス級重巡洋艦"アウロラ"に改造仕様を追加。20cmレールガン出力限界突破、同時多発射撃を可能とする「ハルマゲドンモード」搭載》
沈痛な映像が終わると、艦長室に重い沈黙が落ちた。
「つまり……本来の仕様じゃない。追い詰められた現場が、禁忌に近い領域に踏み込んだんだ」
ルナの声は硬く、瞳には怒りとも悲しみともつかぬ光が宿っていた。
「艦を守るために……いや、生き残るために、ね」
「戦術的には理解できる」
貴志が低く応じた。
「だが、問題は今だ。この力を俺たちが使えるかどうかだろう」
アーロは腕を組み、やや挑発的な口調で言葉を継いだ。
「使えるわよ。少なくとも理論上はね。だけど、もし暴走すれば艦ごと吹き飛ぶ可能性が高い。賭けみたいなもんよ」
彼女の声には皮肉が混じるが、その奥底には真剣な思索があった。
「じゃあ……どうすれば安全に使える?」
貴志が問うと、アスが端末を操作して別のホログラムを呼び出した。
「解析の結果、出力を250%に引き上げるのが本来の『ハルマゲドンモード』。この場合、攻撃力は戦艦級を上回るけれど……制御不能に陥る確率は90%以上」
アスの声は冷ややかだが、その奥には葛藤が滲んでいた。
「ただし、出力を190%で抑えれば――攻撃力は一割減。だが暴走確率は15%まで下がる」
「約一割まで低下か……それでも十分に脅威だな」
貴志は目を細めた。
「戦艦を一撃で沈められるほどじゃなくても、通常の駆逐艦や巡洋艦なら、数隻の艦列ごと確実に仕留められる」
「ええ、でも――」
ルナがためらいがちに口を開く。
「暴走確率15%。数字で見れば低いように思えるけれど、艦隊戦でその確率を背負うのは……あまりに危うい」
「……だからこそ、シミュレーションよ」
アーロが一歩前に出て、瞳を強く光らせた。
「もし、この190%案を前提にすれば、実用可能かもしれない。けれど机上の空論じゃだめ。本気で繰り返し試算しなきゃ」
「その通りね」
アスも頷く。
「私とアーロで、出力制御の全シミュレーションを行う。炉心安定、射撃制御、熱量分散……すべてを試す」
「時間がかかるな」
貴志は小さく笑い、肩を竦めた。
「だが、それでしか答えは出ない。……頼む」
【シュミレーション開始】
二人のAIは同時に席につき、演算モジュールを起動させた。
艦内の照明がわずかに落ち、壁面スクリーンに無数の数式とシミュレーション映像が流れ出す。
――20cmレールガン連装砲からの光線が虚空を貫き、ミサイル12基が連鎖的に発射される。
――炉心の温度が上昇し、警告が点滅。
――出力制御が失敗し、艦が自壊する未来。
――あるいは、安定化に成功し、敵艦を一撃で粉砕する未来。
「……まだ不安定ね」
アーロは苛立たしげに髪をかき上げ、シミュレーションデータを叩く。
「ほんの少しの入力遅延で、結果が180度変わる」
「でも傾向は見えてきた」
アスの声は冷静だったが、わずかに高揚していた。
「190%なら、射撃タイミングを細かく分散させれば暴走確率をさらに10%台前半まで落とせる可能性がある」
ルナはその様子を見つめ、拳を強く握った。
「……貴志さん。結局は、使うか使わないか、あなたの判断に委ねられる」
「そうだな」
貴志は深く息を吐き、目を閉じた。
脳裏には、かつての戦場と、犠牲となった者たちの姿がよみがえる。
〈アウロラ〉のハルマゲドンモードは、絶望から生まれた「禁断の火力」。
だが同時に、それは新たな可能性でもあった。
「……まずは、徹底的にシミュレーションを続けよう。答えはその先にある」
艦長室の空気は重苦しくも、確かな決意に満ちていた。
アスとアーロは並んで演算を続け、ルナは黙ってデータを監視する。
そして貴志は静かに座り、仲間たちの背中を見守った。
――〈アウロラ〉の秘密は、まだ終わりではない。
その炎が彼らを守るのか、それとも呑み込むのか。
未来は、彼ら自身の手に委ねられていた。
次話では、ハルマゲドンモードの活用について悩む姿を描きます。
ご期待ください。




