第180話:封印されし力を解放する者達
第180話として、巡洋艦"アウロラ"の「ハルマゲドンモード」を実験し、主砲20cmレーザーガンと12基のミサイル発射管を同時発射した瞬間の激烈な描写と、そして制御を失い暴走寸前に至る緊張の展開を描きました。
【封印された火力】
商業惑星〈レドライン=オルト〉のドックは、昼夜を問わず煌々と照明に照らされていた。
処女航海を終えた巡洋艦"アウロラ"は、再整備のため静かにドックに係留されている。艦体に刻まれた古傷はすでに幾分補修され、外観は往時の威容を取り戻しつつあった。
「やっぱり旧式は手がかかるな……」
貴志は作業用タラップから艦を見上げながら、軽く息を吐いた。
隣でアスが腕を組み、冷めた視線を艦に向ける。
「それでも、あなたが選んだのよ。後悔しても遅い」
「いや、後悔はしてない。ただ……思ってた以上に、内部のシステムが複雑なので、この艦は“何かを隠してる”気がする」
【発見】
異変は整備士が機関部の奥に潜り込んだ時に起きた。
封印された隔壁の向こう、通常の艦仕様書には存在しない「兵装管制系統」が検出されたのだ。
「おい艦長、これ……なんだ?」
整備主任が青ざめた顔で渡してきたのは、旧時代の暗号化データパネルだった。
解析を進めると、信じがたい情報が浮かび上がる。
――“ハルマゲドン・モード”。
主砲20cmレールガンと、左右に並ぶミサイル発射管十二基を同時起動し、一斉射を可能とする戦術モード(通常のディオメデス級には搭載されていない仕様)。
その瞬間火力は、同クラスどころか、標準的な戦艦の火力を凌駕する。
「そんな……!」
スクリーンに映るアーロ(アウロラのAI実体)が、震える声を漏らした。
「私は……知らなかった。こんな改造、艦歴にも残っていません。誰が、いつ……?」
艦橋に全員が集まった。
アスは即座に言い放つ。
「危険すぎる。こんな力、暴走すれば制御できない」
「でも、すごいじゃない!」ルナが目を輝かせて立ち上がる。
「戦艦以上の火力だよ? ガンマを守る護衛艦隊の力としては、これほど心強いものはない!」
「心強いどころか、狙われる標的になるわ」アスが冷ややかに返す。
「隠されていたってことは、持て余したからよ。つまり“危険な力”」
エレシアは両手を胸に当てて、少し震えながらも言った。
「でも……もし、また輸送船を失うような戦いになったら? あの時みたいに守れないのは……嫌です」
その声に、貴志の胸が痛む。
【アーロの気持ち】
アーロは沈痛な顔でうつむいた。
「私は、役立たずだと思っていました。だから、こんな改造が施されていたなんて……。もし私がもっと……もし、前の戦いで……」
また「もし」の言葉。
アスが苛立ったように吐き捨てる。
「またタラレバ? ……いい加減にしなさい」
「……っ」アーロが顔を上げる。
だがアスの表情は真剣だった。
「この力を否定するのも、全てに頼るのも間違い。重要なのは“選ぶ”こと。あなた自身が、どう向き合うか」
沈黙ののち、アーロは小さく頷いた。
「……私にできるでしょうか」
「できるさ」貴志が静かに言う。
「俺たちはもう、失敗を経験した。だからこそ、この力をどう使うか――選ぶ責任がある」
【貴志の気持ち】
会議の後、貴志は一人、暗いドックで〈アウロラ〉の艦首を見上げた。
――もし、この火力を使えば敵を圧倒できる。だが同時に、強大な力を持つと言う事は、平和なガンマを“戦争の渦”へ引き込む危険もある。
その二律背反に、胸が重くなる。
背後から足音が近づき、アスが無言で隣に立った。
「悩んでいるのですか?」
「当たり前だろ。戦艦以上の火力なんて……扱えるか自信がない」
「自信なんか、最初から持つものじゃないわ。……一緒に“作っていく”の」
そう言って、アスはふっと微笑んだ。
その姿を見て、貴志は少しだけ肩の力を抜いた。
〈アウロラ〉の秘密は、確かに脅威だった。
だが同時に、それは彼らに与えられた新たな選択肢でもある。
――選ぶのは、自分たちだ。
その決意を胸に、貴志は再び〈アウロラ〉の艦首を見上げた。
【試験航海「ハルマゲドンモード」】
商業惑星〈レドライン=オルト〉を離れ、〈アウロラ〉は試験宙域へと進んでいた。
航行宙域は、かつて小惑星群だったが今は鉱石採掘が終わり、航路にも指定されない静かな真空の荒野だ。
漆黒の虚空に、ひときわ無骨なシルエットを刻む艦影。
ディオメデス級巡洋艦"アウロラ"。その艦内では、誰もが普段以上に息を詰めていた。
――今日、この旧式艦が隠し持つ「禁断の牙」が解き放たれる。
艦橋に緊張が漂う。
「――これより、〈アウロラ〉試験航海第七項目。兵装管制系統・ハルマゲドンモード起動」
貴志の低い声に、全員が各席で息を呑んだ。
【感情のぶつかり合い】
「本当にやるの?」アスが腕を組んだまま、鋭い目を向ける。
「危険すぎるわ。詳細な改造仕様書も残っていない。主機関や補助機関が暴走すれば艦ごと吹き飛ぶ可能性だってある」
「でも、見たいよ!」ルナはきらきらした目でモニターに映る主砲を指さした。
「同時発射だよ? 戦艦以上の火力って、どんな光景なんだろう!」
「……私は、嫌です」エレシアが小さく声を震わせた。
「守るためだって分かってるけど……未知なる強大な力、きっと誰かを傷つける」
艦AIアーロが実体化し、艦橋の端で俯きがちに目を伏せていた。
「本来の私には制御できない領域です。過去の乗員がなぜこれを残したのか……その理由が怖い」
貴志は四人の視線を受け止め、しばし沈黙した。
――だが、逃げるわけにはいかない。
「……だからこそ、確かめる。制御できるかどうかをな」
【起動開始】
「兵装管制、セーフティ解除」
アスの指先が、硬質なタッチパネルに触れる。
重い警告音が艦内に鳴り響き、隔壁に赤いラインが点滅する。
アーロの声が震えた。
「……ハルマゲドンモード、起動準備。主砲出力、臨界値まで上昇開始。ミサイル管制、全系統リンク」
「主砲チャージ、90%……98%……」
アスがモニター越しに報告する。だが声はいつもの冷静な調子ではなく、わずかな苛立ちが混じっていた。
「20cm級でこれだけ出力を集中させるなんて、正気じゃないわ。砲塔内の構造材強度を無視しているようだわ。撃ったら、砲塔や艦体が耐えられる保証なんて――」
「でも、やってみなきゃ分からないだろ?」
貴志が腕を組んで前を見据える。指揮官としての声は低く、だが決して揺れていない。
「もし本当に戦艦級の火力を持てるなら、ガンマの抑止力になる。無理だと思ったらすぐ中止する。俺が責任を取る」
「タラレバなら、いつだって私が聞いてるわよ……」
艦AIのアーロがため息をつくように言葉を落とす。
彼女の声は落ち着いているが、その裏に「これが破滅に繋がるかもしれない」という影が確かにあった。
「えへへ……でも、ちょっとワクワクしません? 全部一斉に撃つなんて、まるでお祭りみたいで」
ルナが無邪気に笑い、艦橋の空気を一瞬だけ和ませた。
「もちろん、ちゃんと制御できたら、ですけど」
「艦歴に“自爆実験で大破”なんて残したくはないものね……」
アーロが自嘲気味に返す。
エネルギーチャージが進むにつれ、艦全体が唸るように震え、振動がブリッジの床を伝う。
「な、なんか……お腹に響くね!」ルナが耳を押さえながら笑う。
「笑い事じゃないわよ」アスが眉をひそめた。
「通常の出力とは桁が違う。艦体そのものが軋んでる」
確かに、艦内の壁面には亀裂のような微細な音が走り、艦の古さを露わにしていた。
【ハルマゲドンモード発射】
「――全系統リンク完了。ハルマゲドンモード、起動します!」
アスの声が響いた瞬間、艦内の照明が一斉に赤に変わった。
圧縮エネルギーの轟きが艦を震わせ、主砲砲身が淡く灼熱の光を帯びていく。
「20cmレールガン、発射準備完了!」
「ミサイル発射管12基と同調完了!」
「標的座標、前方廃棄小惑星群。距離三千。……撃て」
貴志の指示と同時に、艦内の空気が一瞬凍り付いた。
轟音は真空には響かない。だが、艦内に満ちた振動と光が、それを確かに「音」として乗員たちの体を揺さぶった。
次の瞬間――。
――ドォォンッ!!
艦体を裂くような衝撃。
白熱の光線が虚空を切り裂き、12条のミサイルが同時に火を噴く。その光景はまるで星が一斉に生まれる瞬間のようだった。
レールガンから発射されたの閃光は標的の小惑星を一瞬で蒸発させ、遅れて到達したミサイル群が残骸を爆散させ、虚空に無数の光の破片を撒き散らす。
「す、すごい……!」
ルナが目を輝かせる。
「本当に戦艦を超える一撃だよ!」
「――待って! 制御フィードバックが異常!」
アスが悲鳴に近い声をあげた。
【暴走の兆候】
艦内の振動は収まらない。むしろ増していた。
出力炉が咆哮を上げ、補助電源系統が次々と自動遮断されていく。
「主機関の出力がイエローラインを超過!冷却ラインがオーバーヒートしてる!あと数分で炉心が臨界!」
「主機関制御システムが停止指示を拒否……まるで暴走してるみたい!」
アーロの声は震えていた。
「これは……きっと、私が知らない後付け改造の副作用。無理やり火力を増したツケが……!」
「落ち着け!アス、主機関室内の強制排熱を! ルナ、補助ドローンで、主機関室内に冷却材を散布、強制冷却だ!」
貴志が矢継ぎ早に命令を飛ばす。
「了解!」
アスは唇を噛みしめながら操作を叩き込む。
「でも、ギリギリよ……このままじゃ、艦体そのものが裂ける!」
「それでもやるしかないんです!」
ルナが涙目でコンソールにしがみつく。
「せっかく手に入れた〈アウロラ〉が、ここで壊れちゃうなんて嫌です!」
【極限の収束】
主機関の炉心温度が、レッドラインに到達。過負荷によって艦橋の照明が一瞬落ち、再起動した。
闇の中で、アーロの声だけが響く。
「……ごめんなさい。もし私がもっと注意深ければ……こんな危険を背負わせずに済んだのに」
「違う」
貴志が強く言った。
「アーロ、きみのせいじゃない。これは俺たち全員で選んだ道だ。だから一緒に切り抜ける」
一瞬の静寂の後――。
「……そうね。タラレバを言っても始まらない。だったら、最後までやりきるわ!」
アーロの声に力が戻る。
「冷却弁、強制開放!」
「補助機関、逆位相で出力吸収!」
艦全体が悲鳴をあげるような音を立て、やがて――。
――ゴォォォォ……ン……。
静寂が戻った。
主機関の炉心温度低下しつつあり、安定。
各部の警告灯が一つ、また一つと消えていく。
【ハルマゲドンモードの余韻】
試験後
「……はぁ……危なかった……」
アスは額に手を当てて息を吐いた。
「正直、もう二度とやりたくないわ」
「でも、これで分かったね」
貴志は険しい表情のまま、だが確かな声で言った。
「ハルマゲドンモードは“使える”。ただし――代償もあまりに大きい」
「まるで……禁断の魔法ね」
アーロが苦笑する。
「もし“あの時”私たちが死んでいたら……艦歴に“暴走事故で消滅”なんて記録されていたかも」
「でも生き残った。だから次に繋げられる」
貴志はそう言い切った。
ルナは、まだ胸を押さえながら小さく笑った。
「もう……心臓止まるかと思った。でも、〈アウロラ〉が最後に踏ん張ってくれた。そうでしょ、アーロ?」
しばしの沈黙の後、アーロが答えた。
「……ええ。もし私に心臓があるなら、いまも鼓動が乱れてるわ。でも、あなたたちとなら……もう一度試してみてもいいかもしれない」
アスはその言葉に目を細めると、静かに頷いた。
「ふん……やっぱり旧式でも、侮れないわね。……仲間として認めてあげる」
艦橋に安堵の空気が広がる。
だが誰も忘れてはいなかった――〈アウロラ〉が抱える「禁断の牙」は、まだ完全に制御されたわけではないということを。
「……制御が難しい力、ってことだな」
貴志の言葉に、誰もすぐには返事できなかった。
ルナは座席に崩れ落ち、呟く。
「すごかったけど……怖かった」
エレシアは目を伏せていた。
「やっぱり……あんなのを撃てば、誰かを……」
アーロが唇を噛みしめるように言った。
「この力は……“守るため”ではなく、“終わらせるため”に造られた……そんな気がします」
アスは黙っていたが、やがて静かに貴志を見た。
「選ぶのはあなただけど――これは諸刃の剣。安易に振るえば、ガンマを滅ぼす刃になる」
貴志は視線を宙に泳がせ、爆散した小惑星の残骸をモニター越しに見つめた。
守るために欲しかった力。
だが、その光景は「守り」よりも「破壊」を思わせるものだった。
――この力をどう扱うか。
重く、答えの出ない問いが貴志の胸に残された。
次話として、ハルマゲドンモードの記録を発掘し、改造されるきっかけとなった、過去の防衛戦の真相を描きます。
ご期待ください。




