第174話:真実は時を経て
第174話として、異星人であるセリュシアを目覚めさせ、セリュシアからの言葉で、ついに「ミラマイト鉱の真実」と向き合うことので苦悩する貴志達の姿を描きました。
【千年の眠りを超えて】
アンドロイド工場の隔離区画の奥深く。
貴重品保管室の巨大な扉が音もなく開いた。
貴重品保管室はさらに強固なエネルギーシールドに守られ、静寂に包まれていた。
壁面に走る青白い光のラインは、まるでこの施設そのものが呼吸しているかのように規則正しく脈動している。
そこは、古代の石造建築と先端技術が融合したような荘厳な空間だった。
中央には青白く輝く立体映像――この施設を司る中枢AIが浮かび上がる。
「ようこそ……惑星ガンマ執政官、貴志様」
合成音声ながら、女性的で落ち着いた声が響く。
驚くべきことに、AIは正確に彼の名前を呼んだ。
マスターキーが渡された瞬間から、彼はこの惑星における最高権限者として認識されていたのだ。
「……執政官、正式に認証」
光が脈打ち、全施設の稼働状況や統制系統が彼の前に展開される。
その瞬間、フィフの瞳が微かに輝いた。
「……つまり、正式に全ての情報と制御が解禁されたということです、貴志様」
貴志は頷き、目の前に浮かぶ光のパネルを見据える。
「ここに眠っている者……彼女についてもだな」
仲間たちは息を呑んだ。
これほどの巨大施設が千年の時を超えて稼働している。
それは奇跡であると同時に、畏怖すべき現実だった。
【覚醒の決断】
その後、案内された先には、特異な輝きを放つポッドが鎮座していた。
中に眠るのは、人でもアンドロイドでもない存在――。
白磁のような肌、長い銀の髪。
呼吸は浅くとも確かに命を宿している。
「この者は……?」
貴志が問いかけると、中枢AIが静かに応じた。
「彼女はセリュシア。千年前、この惑星に漂着した者。ミラマイト鉱の知識を持ち、この施設の基盤技術を伝えた存在。
執政官の命令なくして覚醒は許可されません」
沈黙が落ちた。
ルナが険しい目でポッドを見据え、即座に否定の声を上げた。
「……目覚めさせるべきじゃないと思います。こちらが制御できなければ、脅威になります。だからこそ、未知の存在を目覚めさせるなんて……リスクが大きすぎます!」
対してアスは目を細め、興奮を抑えきれずに言った。
「いや、彼女から得られる知識は計り知れない。ミラマイト鉱を理解する手掛かりがここにあります。
私たちが坑道で見たあの不安定さ……あのままでは、この惑星そのものが再び危険に晒されます!」
エレシアは祈るように胸の前で手を組んだ。
「もし彼女が……神の導きでこの地に残されたのなら、目覚めるべき時は今です」
ティノは小さな声で呟いた。
「……卵を守っていたあの生き物みたいに、この人も……何かを守ってるのかも」
そして、全員の視線が貴志に集まった。
彼はゆっくりと息を吐いた。
「……俺たちは既に、ミラマイトの危険性を目の当たりにしている。このままでは、人も生き物も、全てを危うくする……。ならば――執政官として命じる」
彼の手が認証キーを掲げた。
「セリュシアを覚醒させる!」
【目覚る未知なる人】
ポッドのシールドが淡く光り、ゆっくりと開いていく。冷気が流れ出し、銀髪の女性の胸が大きく上下した。
瞼が震え、透き通るような青の瞳が開かれる。
「……ここは……まだ、続いていたのですね」
その声は、鈴の音のように清らかでありながら、底知れぬ重みを帯び、深遠な響きを持っていた。
フィフが即座に翻訳モジュールを介し、言葉は探索隊に理解可能な形で響いた。
「……私達が理解可能な言語に変換しました」
「あなたが……セリュシアか」
貴志が名を呼ぶと、女性はゆっくりと身を起こす。
「……はい。私は、あなたたちの世界には存在しない……遠い宇宙の民。そして、ミラマイト鉱を最初に触れた異邦の民です」
その言葉に、一行の誰もが言葉を失った。
【ミラマイト鉱の真実】
対話が始まった。
「ミラマイト鉱……あの不安定な鉱石を、あなたが伝えたと聞きましたが」
アスが問いかける。
セリュシアは静かに頷いた。
「そう。ミラマイト鉱は、恒星の炎にも等しい力を宿した物。だが同時に、その力は制御不能。爆発の閾値が存在しない結晶なのです。扱いを誤れば大地を裂き、だが正しく制御すれば、恒星をも超える力を生む」
アスは思わず声を荒げた。
「だから坑道で……あんな小さな鉱石1つで爆ぜたのか……!」
フィフが瞬時に解析を始める。
「……つまり、極めて強力なエネルギー源でありながら、臨界の閾値が存在しない……」
「正しく使えば、宇宙を渡る船に燃料を与え、発電、発熱全てを賄える物。けれど、一度でも暴走すれば――惑星すら崩壊させる」
「そう。だからこそ、千年前の人類には扱えきれなかった」
セリュシアの瞳が悲しげに伏せられた。
「では、なぜ警告を与えなかった?」
ルナが険しい声を上げる。
「そんな危険なものを……なぜ、この惑星の人々に伝えた!?」
貴志の問いは鋭かった。
しばし沈黙の後、セリュシアの瞳に影が差した。
「――伝えなかったのです」
全員の呼吸が止まったような空気に包まれた。
長い沈黙の末、彼女は囁くように答えた。
「私は敢えて彼らに、必要以上の危険性を知らせませんでした。便利な物を知った以上、彼らは必ず手を伸ばす。止められはしない。……知った以上、使わずにはいられない」
「だから私は――敢えて伝えませんでした。彼らが滅びを迎えることも……想定の内でした」
その言葉に、一行は凍り付いた。
「な……っ」
ルナが目を見開く。
エレシアは涙を浮かべた。
「そんな……あなたは、それを分かっていて……」
ルナが鋭く声を上げた。
「なぜ黙っていた? 知らされていれば、少しは違った未来を――」
セリュシアの声が震えた。
「いいえ。違わなかったのです」
【1000年前の記憶】
彼女の瞳に淡い光が宿り、室内の空気がひりついた。
まるで映像が浮かび上がるように、彼女の語る光景が脳裏に刻み込まれていく。
「ミラマイト鉱の発見は、最初は人々に祝福されました。しかし、間もなく醜い争いに変わったのです」
そこには、鉱山を囲む巨大な都市の姿。
煌めく鉱石を積み上げ、奪い合う群衆。
そして――政府と企業が結託し、密かに鉱石を他惑星へと輸出する取引の記録。
「一部の企業は、鉱石を武器化する研究を進め、政府の高官はそれに資金を流し……。彼らは民に目先の利益や施しを行いつつ、その裏で利益を山分けしていた」
アスが怒りに声を震わせる。
「ふざけんな……! 自分らの欲のために、惑星を……!」
ティノは小さく肩を落とした。
「……自分達も利益になるから、街の人々も止められなかったんだ……」
セリュシアは続けた。
「私は、何度も介入を試みました。
ですが……フィフ。あなたにも記録がないように、私はその全てを“消した”のです」
フィフが小さく目を伏せる。
「……私の記憶の欠落は……あなたの命令によるもの、ということですか」
「はい」
彼女は苦渋の表情で頷いた。
「その争いを後世に伝えてはならないと考えました。知れば、再び人は同じ過ちを繰り返すから」
【揺らぎ】
貴志が静かに問う。
「……それが、あなたの結論だったのか。滅びこそが救いだと」
「私は旅の果てで学びました。人は、手にした力を自ら封じることができない。様々な利権が絡み合い、こじつけた理由を述べ使い続けるでしょう!それならば、惑星の滅びと共に封じるほかないのです」
「だからこその封印です。わかってください!」
セリュシアの声は冷たくも、どこか自らを責める響きがあった。
「人は、一度得た力を手放すことができない。
ならば、その力ごと……滅ぶしかない。ただ、想定外だったのは、他の惑星への輸出でした。私利私欲に取り憑かれ、あれさえしなければ、まだまだ繁栄出来たのに残念です。」
その冷酷な真実に、探索隊の誰もが言葉を失った。
【驚愕と決断の狭間】
貴志は拳を握りしめた。
「……千年前の人々は……きみに救われることすら許されなかったのか」
セリュシアは視線を伏せたまま言った。
「いえ、当時の人達も危険な物とは理解出来ていたはず、一部の人達は止めたはずです。しかし、それを欲に負けた一部の人達の暴走で、惑星外への輸出と言う暴挙に繋がり、惑星の死期を早めました」
「……俺たちは、また同じ道を歩もうとしているのか」
貴志の胸に重くのしかかる思い。
アスは震える声で呟いた。
「それじゃ……私たちも、同じ道を辿るってことか?封じるか、滅びるか……二択しかないっていうのか!」
フィフは冷静に状況を整理する。
「事実として、ミラマイト鉱は制御不可能であることが証明されました。セリュシアの論理は正しいと思います。だが、我々は選ばれた執政官の意思で動く。決断は――貴志様、あなたに委ねられる」
貴志は深く目を閉じた。
セリュシアの蒼い瞳が、静かに彼を見つめている。
千年前に語られなかった真実。
そして今、この地で再び問われる選択。
「……俺たちは……どうすればいい」
その言葉は、答えを求める祈りのように中枢施設に響き渡った。
探索隊は、異星人であるセリュシアの言葉で、ついに「ミラマイト鉱の真実」と向き合うこととなったのだった。
次話では、ミラマイト鉱の今後について話し合い、新たな輸出資源について話し合う様子を描きます。
ご期待ください。