第171話:新たな坑道への侵入
第171話として、坑道の崩落で行く手を阻まれつつも、諦めない気持ちで探索を継続する様子を描きました。
【坑道第六層への突破】
コンテナの内部に設置した時計が、ゆっくりと八時を指した。地底に朝日はない。だが、仮眠を取ってからおよそ六時間が経過しているとフィフが報告したことで、一行は「朝」を迎えたと判断した。
エアコンディショナーの効いたコンテナの内部には、湿り気のある坑道の空気とは違う清浄な風が流れていた。簡易コンロで温められた携帯食が、かすかに香ばしい匂いを漂わせる。
【朝食のやり取り】
「ふぅ……やっぱり合成栄養食って、味気ないよねぇ」
ルナがスプーンを突っつきながら、わざとらしくため息をついた。
「贅沢言わないの。命をつなぐだけで充分です」
アスは冷静に答えたが、その横顔はどこか無理をしているようにも見える。
ティノは逆に目を輝かせ、熱いスープをすする。
「わぁ! 温かいだけで、すっごく美味しいです! 昨日は怖いこといっぱいだったから、これ食べたら元気でます!」
「……そうね。食卓を囲めるだけでも幸せだと思わなきゃ」
フィフは目を伏せ、小さく微笑んだ。彼女にとって、このひとときは懐かしく、そして過去に記憶が思い出され、切ない気持ちが湧き上がっていた。
その隣で、エレシアは黙々と食事を取りながらも、時折貴志の横顔を見ては胸の奥に疼く感情を抑えようとしていた。昨夜の出来事――彼に甘え、守られた記憶がまだ鮮明に残っているのだ。
「……どうした、エレシア。食欲がないのか?」
貴志が声をかけると、彼女ははっとして首を振った。
「い、いえ! ちゃんと食べます! 今日こそ、役に立ちますから……!」
その真剣な眼差しに、アスとフィフは同時に視線を交わす。
「(……また焦ってるわね)」
「(ええ。注意が必要です)」
【《ガンマ・ローバー》再始動】
食事を終え、一行は再び《ガンマ・ローバー》に乗り込んだ。
鋼鉄とセラミックの複合装甲で覆われた四輪駆動の探索車は、坑道内を低く唸る音と共に進んでいく。車体を照らすライトが岩壁を白く浮かび上がらせ、時折、ミラマイト鉱の粒子が鈍い青紫の光を反射した。
だが、地下五階から下の坑道は荒れ果て、かつての鉱夫たちが使ったレールもエレベーターも、爆発の衝撃でねじれ、瓦礫と化していた。
「……これは酷いな。まるで、地底ごとえぐり取られたみたいだ」
貴志は険しい表情でハンドルを握る。
「ローバーの駆動力ならある程度は進めますが……道自体が崩壊している箇所では限界があります」
アスが計器を見つめながら冷静に告げた。
「上から吊り下げられたような根っこ……? いえ、あれは菌糸の塊かしら。光っている……」
フィフが窓の外を見やる。坑道の壁一面に、巨大な茸の菌糸が白銀に輝き、呼吸するかのように収縮していた。
ティノはそれを見て「きれー!」と目を輝かせたが、その奥からは甲殻を擦り合わせるような低い音が響いていた。
しばらく進むと、今まで進んで来た坑道の先が崩落し、《ガンマ・ローバー》の駆動力をもってしても、到底進めそうもなかった。
貴志達は一旦立ち止まり、今後の探索について話しあっていた。
【脇道の亀裂】
その時、エレシアが身を乗り出して叫んだ。
「待ってください! あそこ……壁に大きな亀裂があります!」
ライトを向けると、坑道脇の岩壁に不自然な縦の裂け目が走っていた。その奥は闇に沈んでいるが、かすかに空洞の気配がある。
「確かに、奥は広がっているな」
貴志が観察しながら頷く。
「……しかし無闇に進むのは危険です」
アスの声は冷ややかだった。
「未知の空洞には新種生物が巣食っている可能性が高い」
「けど、こっちの坑道はもう進めないだろ? 他に道がないなら、賭けるしかない」
ルナが肩をすくめる。
「……私が見つけた道です。行きましょう」
エレシアは真剣な瞳で貴志を見つめた。焦燥と責任感、そして昨夜の誓いが彼女を突き動かしていた。
貴志はしばらく黙考し、やがて決断した。
「よし、破砕装置で亀裂を広げる。だが……全員、発破準備だ」
【静かなる気配】
破砕音と共に岩壁が崩れ落ち、亀裂は車体が通れるほどの裂け目となった。
《ガンマ・ローバー》は慎重に鼻先を突っ込み、軋む音を立てながら奥へ進入していくと、遠くの闇がざわめくように揺れた。
――かさり、かさり。
――ひゅぅぅ……
耳障りな羽音と、湿った匂いを伴う風が、亀裂の奥から流れてきた。
ルナが小声で呟く。
「……あーあ。絶対、なんかいるやつじゃん」
フィフは真剣な表情で頷いた。
「ええ。おそらく、ミラマイト鉱に適応した新種……それも、群れで」
「よし……来るなら来い」
貴志は銃を構え、ライトを亀裂の奥に向けた。
闇の中、かすかに光る複眼が無数に点滅したが、一斉に壁の亀裂や、奥の坑道に向かって逃走しているようだった。
ルナはあっけらかんに「私達の侵入に恐れをなして逃走したんだわ!」と楽観的に考えていた。
貴志は「侵入してから一斉に襲いかかってくるかも知れない」と警戒心を露わにしたが、その後蟲達が襲いかかってくる様子はなかった。
【悪路の突破】
蟲達の攻撃こそなかったが、亀裂内の洞窟で待ち受けていたのは、泥と瓦礫が混じり合った酷い悪路だった。
地底特有の湿気に混じって、腐敗した苔の匂いが充満し、壁面には鈍い緑光を放つ茸が群生している。
「わ、わわっ、タイヤが滑ってるよ!」
ルナが助手席で声を上げる。
「問題ない。四輪駆動でグリップを制御する」
貴志は冷静にハンドルを握り、ローバーの出力を調整する。
アスは計器をにらみながら、口を真一文字に結んでいた。
「センサーが乱れています。生物反応が一定方向に集中……。この光る菌糸、微弱な電気信号を伝えて群れを誘導しているのかもしれません」
「千年前には存在しなかった生態系……。恐ろしいものです」
フィフはわずかに眉を寄せた。彼女はかつてここで働いていた鉱夫たちの姿を思い出し、胸の奥に寂寞を覚える。
ティノは無邪気に外を見つめ、
「でも、きれい……まるで星空みたいです!」
と呟いた。その言葉に、一行の緊張が少しだけ和らぐ。
【旧坑道の発見】
悪路を抜け、しばらく進むと――突如、車体の揺れが収まった。
照明を照らすと目の前に広がったのは、明らかに人工的に掘削された坑道だった。
「……これは!」
エレシアが思わず身を乗り出した。
壁面には鉄製の支柱が立ち並び、古びたレールが地面を貫いている。かつて鉱車が行き来した名残だ。天井には錆びた照明器具が吊り下げられており、その幾つかはまだ形を保っている。
「旧坑道……。私が記憶している時代に使われていたものです」
フィフの声は震えていた。
「……ここで、多くの鉱夫たちが命を懸けて働き、そして……爆発の日を迎えたのです」
「なるほど、亀裂はこの旧坑道と繋がっていたのか」
貴志は感慨深げに壁を撫でた。
【人工物の痕跡】
探索を進めると、旧坑道の奥には半壊した施設があった。
崩れかけた鉄骨の扉を押し開けると、中には機械設備の残骸が眠っていた。
「これは……鉱石を選別する振動選鉱機……!」
アスが目を見開く。
「この規模のものが無事に残っているとは」
壁際には、鉱夫たちが使った工具や、記録を取るための端末の残骸が散乱していた。
ルナがそれを拾い上げ、
「わ、レトロ~。骨董品ショップに並べたら高く売れるかも?」
と冗談を飛ばすと、場が少し和む。
だが、フィフは真剣な面持ちで足を止めた。
「ここは……知っています。メイソン様――私のかつての主が、よく現場を視察していた場所です」
その声には、千年前の記憶が滲んでいた。
【掘り尽くされた坑道】
しかし、希望はすぐに失望へと変わった。
坑道の壁をライトで照らすと、ミラマイト鉱の痕跡は一切残っていなかったのだ。
「……ない。全部、掘り尽くされてる」
貴志が低く呟く。
「え? 全部……ですか?」
エレシアの顔が青ざめる。
「せっかく見つけた坑道なのに……」
「……ああ。この坑道の採掘現場は、もうミラマイト鉱を掘り尽くし、採掘現場としては死んでいる」
アスが冷徹に告げる。
「そんな……じゃあ、セレナード市の復興資金は……」
ルナが肩を落とす。
エレシアは顔を青ざめさせ、拳をぎゅっと握った。
「そ、そんな……やっと辿り着いたのに……」
アスは冷徹な口調で告げる。
「ここは完全に掘り尽くされています。資源価値はゼロ。早急に次の候補を探すべきです」
「でも……」
フィフは静かに壁を撫でた。
「ここで、多くの鉱夫たちが命を削り……そして消えていったのです。残されているのは彼らの汗と、無数の犠牲の痕だけ……」
その声には、千年前を知る者としての寂しさが入り混じっていた。
ルナが空気を読んで茶化した。
「いやー、掘り尽くされてるってわかってスッキリしたじゃん? 宝探しのマップから一つ消せたってことで!」
だが、その明るさの裏には緊張をほぐそうとする意図があった。
ティノは小さな声で、
「でも……きっと、まだどこかに残ってますよね?」
と、皆を励ますように言った。
貴志は仲間たちを見渡し、力強く頷いた。
「そうだ。この坑道が空振りでも、まだ他の坑道はある。俺たちは諦めない。生き残るために、復興のために……必ず見つける」
その言葉に、アスもフィフも静かに同意するように頷いた。
エレシアは胸の前で拳を握り、焦燥を抑えながら心に誓った。
――今度こそ、皆の役に立つ、と。
【次なる兆し】
旧坑道を抜けるその先で、奇妙な振動音が響いた。
「……聞こえますか?」
フィフが耳を澄ます。
低い重低音。まるで巨大な心臓が鼓動するかのような律動だった。
その震えは坑道の奥から伝わってきていた。
「生物……か、それとも機械の残骸か」
貴志は銃を構えた。
仲間たちは緊張の面持ちで旧坑道のさらに奥を見据える。
【古びた看板】
やがてローバーのライトが、坑道の壁に立てかけられた鉄の看板を照らし出した。
錆びつき、文字は掠れていたが、図面はまだ判別できた。
「これは……坑道網の全体図?」
貴志が声を上げる。
無数の線が絡み合い、蜘蛛の巣のように広がる採掘網。今自分たちがいる坑道は、その中のほんの一つにすぎなかった。
「……まだ希望は残されている」
アスの声にも、わずかに安堵の色が混じる。
エレシアは瞳を輝かせて図面を見つめ、
「きっと……まだ見つかるはずです!」
と焦燥混じりに言った。その姿に、フィフは複雑な眼差しを送る。
「……焦らぬことです、エレシア。婚約者であれ、軽挙は皆を危険に晒します」
その言葉は静かだったが、厳しさがあった。
エレシアは唇を噛み、俯いた。
【崩落と危険】
探索を続けると、あちこちで崩落が進んでおり、進路はことごとく塞がれていた。
車体を揺らしながら岩を押しのける度に、頭上から砂や小石がぱらぱらと降ってくる。
「ひぃっ! 天井落ちてこないよね!?」
ルナが肩をすくめる。
「安全ではありません。いつ崩落してもおかしくない」
アスが即答する。
ティノは怯えながらも、必死に笑顔を作って皆を見上げた。
「で、でも……こういう時こそ、宝物に近づいてる証拠ですよ!」
「ふふ……あなたは本当に前向きですね」
フィフは微笑みを返し、緊張を和らげる。
【別の坑道の発見】
やがて、一行は旧坑道の奥で奇妙な空洞を見つけた。
崩れた壁の隙間から、さらに奥へ続く暗い裂け目が見えていた。
「……これは?」
貴志がライトを照らす。
岩壁の奥に、別の坑道が口を開けていた。
古い支柱は半ば崩れていたが、間違いなく人の手によるものだった。
「まだ……掘られていない領域に続いている可能性があります」
アスが低く呟く。
エレシアの胸は高鳴り、抑えきれない焦りと期待が入り混じっていた。
「ここなら……きっと!」
「慌てるな」
貴志は手を挙げて制した。
「確かに兆しはある。だが、罠や生物が潜んでいない保証はない。慎重に行くぞ」
仲間たちは頷き合い、ローバーのライトをその坑道へと向ける。
千年前の鉱夫たちが足を踏み入れ、やがて放棄された場所。
そこに残されたものは――希望か、それとも新たな脅威か。
探索は、さらに深い闇の中へと進んでいった。
次話として、貴志達は坑道の最深部で未知なる生物と遭遇し、さらには、ミラマイト鉱の不安定さを目の当たりにします。
ご期待ください。




