第166話:ミラマイト鉱山探索
第166話として、フィフやアスの意見衝突もありましたが、まずは折衷案としてミラマイト鉱山探索の準備を行う様子を描きました。
【復興の裏に潜む影】
惑星ガンマ、セレナード市。
復興の槌音が昼夜を問わず鳴り響き、人々の表情にもわずかに希望が宿り始めていた。
しかし、資金と資源の枯渇は深刻だった。
その打開策として浮上したのが、惑星ガンマ崩壊のきっかけとなり、禁忌とされた反物質、ミラマイト鉱の発掘作業。
彼女は1000年前、ミラマイトを巡る欲望に溺れた人々の姿が焼き付いている。
炎と爆発に呑まれ、仲間達を失った過去。
その暴走が都市を焼き尽くし、人々を地獄へ突き落とした光景を知っている。
貴志を支える誇りと、再び同じ惨禍に飲まれるかもしれない恐怖の狭間で揺れていた。
作業の様子を見守るフィフの顔は硬い。
白い指先が胸元をぎゅっと握りしめていた。
「……本当に、この道を選び……また、この星を焼くつもりなのですね」
誰に向けた言葉か分からないほど、掠れた声で、フィフは低く問う。
「フィフ」貴志がそっと声をかける。
「選んだわけじゃない。ただ、生き残るために必要なんだ」
貴志の声は冷たくも強い。だが、彼女にはその中に滲む迷いを見抜いていた。
「……それでも。あなたがその舵を取るというのなら、私は傍で祈るしかありません」
【地底探索車の胎動】
セレナード市の中央工廠。鉄と油の匂いが充満するその空間では、復興の新たな要となる巨大な機械の骨格が組み上げられていた。
――地底探索車。惑星ガンマの深層に眠るミラマイト鉱山を目指すための、鋼鉄の獣である。
厚い鋼板がクレーンで吊られ、火花が散る。
その中心に立つ貴志は、作業服に袖を通し、熟練の技師たちと共に指揮を執っていた。
「動力炉はどうだ?」
「試作炉、稼働確認済みです! ミラマイト燃焼効率、想定の120%を記録!」
「よし……。だが、制御系統を甘く見るな。暴走すれば街ごと吹き飛ぶ」
その声は冷静だが、どこか険しさを含んでいた。
禁忌を口にすることすら避けてきた反物質を、あえて燃料にする。しかし燃料としての効率は凄まじい物があった。
それはリスクと希望の天秤の上で、均衡を保つ綱渡りのようなものだった。
アスは無機質な端末を操作しながら、立体投影に映る車体図を示した。
「地底探索車――仮称。
四輪独立駆動、外殻は多層鋼板と耐熱セラミックで覆う。
動力はミラマイト炉。ただし出力制御は三重化し、暴走リスクは1/1000まで低減」
その冷徹な口調に、工廠の技術者たちは息を呑んだ。
だが、隣で図面を覗き込んでいたルナが、すかさず茶化す。
「へぇ~、説明だけ聞いたらカッコいいけどさ。要は“でっかい鉄のモグラ”でしょ?
名前は『ミラモグ号』で決まりじゃん?」
「却下です」アスが即答する。
「正式な機体名は艦長が決めるべきです」
「じゃあ“ガンマ号”とか? いや、“セレナード号”でもいいなぁ」
「くだらない」冷ややかな声。だがアスの眉がぴくりと動いたのをルナは見逃さなかった。
【焦燥と憧れ】
一方、エレシアは作業服に身を包み、慣れない手つきで溶接器を握っていた。
火花を散らしながらも、額にはうっすら汗が滲む。
華奢な身体に防護服はやや大きく、動作はぎこちない。
「エレシア様、危険です。貴族である貴女様にこんな作業を……!」
周囲の技師が慌てるが、彼女は顔を上げて首を振った。
「いいえ。私も、この街のためにできることをしたいのです」
胸にあるのは、婚約者としての憧れと焦燥。
彼女は誰よりも自分の無力さを知っている。だからこそ、必死に足掻きたかった。
(私はただの婚約者ではない。彼の隣に立ち、この街の未来を支える者でありたい……。フィフ様やアス様のように、胸を張って)
ぎこちない手元。その必死さは、誰よりも自分の未熟さを知っているからこそ。
焦燥と憧れの入り混じった決意が、彼女を突き動かしていた。
だがその瞳には確かな光が宿っていた。
【アスの嫉妬】
一方、アスは無表情のまま制御盤に向かっていた。
銀色の髪がランプの光を反射し、鋭い横顔を際立たせる。
「制御系統、正常。推進輪へのトルク伝達も確認済み。……問題なし」
冷静な報告。
だが、彼女の心の奥底には複雑な揺らぎが潜んでいた。
(……フィフ様はまた艦長の隣を独占するつもりか。そしてエレシアも、婚約者という立場で無邪気に食い込んでくる。私はただ“冷静な補佐役”としてしか……)
理知的に振る舞うほどに、嫉妬の色は濃くなり、自分の居場所を探すように端末へ視線を落とした。
アスはその姿を一瞥し、胸の奥で小さくざらつく感情を覚えた。
冷静であろうと努めるが、心は誤魔化せない。
(私は艦長の妻。第二夫人……。それなのに、なぜ私は、こんなに落ち着かないのか)
嫉妬は冷静さを削る。
だがアスは唇を噛み、制御盤に向き直った。
「……炉心の安定化システム、追加演算処理を行います」
その背中は冷徹そのものだったが、心は嵐のように揺れていた。
【誇りと寂しさ】
フィフは彼女たちのやり取りを黙って見つめていた。
第一夫人としての立場は揺るぎない。だが、夫をめぐる彼女たちの想いに、自らの胸が痛む。
(私は……彼の隣にいられるだけでいい。けれど、時にどうしようもなく寂しい)
彼女は鉄板に手を触れた。冷たい鋼鉄の感触が、千年前の記憶を呼び起こす。
仲間達を守れず、ただ残骸と共に眠り続けた日々――。
だからこそ、今度は誓った。
失わないために。守るために。
たとえ、この地底探索車が新たな禁忌を孕んでいたとしても。
【無邪気な希望】
「わぁぁ! おっきい! これに乗ったら、きっと地底のお宝も全部見つけられるんだね!」
ティノは大きな車輪の前で飛び跳ね、両手を広げて叫んでいた。
「これに乗ったら、地下のお宝も見つけられるんだよね?」
「お宝ではなく資源です」アスが訂正する。
「でもティノはお宝がいいなぁ! キラキラの石とか!」
その無邪気さに、大人たちは思わず笑みを漏らした。
どんなに過去が重くても、未来に夢を抱けるのだと、彼女の存在が教えてくれていた。
その無邪気な声に、張り詰めた空気が少しだけ和らぐ。
ルナが笑い、エレシアもつられて微笑んだ。
【鋼鉄の鼓動】
やがて、試作炉が点火された。
轟音と共に振動が工廠全体に響き渡る。
地底探索車のエンジンが初めて唸りを上げた。
轟音と共に床が震え、巨大な車体がゆっくりと駆動輪を回し始め、鋼鉄の獣が産声を上げた。
「起動シークエンス……完了」アスの冷静な声。
「やったぁ! “ミラモグ号”出陣だね!」ルナが飛び跳ねる。
「正式名称はまだ決まっておりません」フィフがきっぱりと釘を刺す。
貴志は轟音の中で深く息を吐いた。
希望と危険が入り混じる未来。
それでも――彼は仲間たちと共に進むと決めていた。
貴志はその光景を見つめながら、深く息を吐いた。
――この鋼鉄の獣は、街を救うのか。それとも再び、災いを呼ぶのか。
それでも。
彼は進むと決めていた。
未来のために、希望のために。
「これで準備は整った。……次は、鉱山探索だ」
鋼鉄の獣は、暗黒の地底へ挑むため、確かに目を覚ましたのだった。
次話では、1000年前の爆発で吹きとんだミラマイト鉱山跡地、そこは隕石が堕ちた様なクレーターとなっていた。そこには、爆発で様々の因子が混ざり合い、全く新種の生物達の楽園になっている様子を描きます。
ご期待ください。




