第165話:反物資の影
第165話として、セレナード市内の復興は少しずつ進んでいるように見えた。しかし、まだまだ資金が不足している様子と、反物質(ミラマイト鉱)の掘削について意見が分かれる描写を描きました。
【惑星ガンマの空の下】
惑星ガンマ、セレナード市の草木に覆われた地表に、ようやく「生活の兆し」が戻りつつあった。
復興資材を降ろした補給港は、仮設ながらも倉庫や作業区画が並び、人間とアンドロイド、艦AIの実体化端末が行き交う。
貴志が指揮を執り、復興作業は着実に進められていた。だが、人が集まれば、必然的に感情の衝突も芽生える。
【感情の交錯】
フィフは作業現場の中央に立ち、補給物資の仕分けを指揮していた。
その横顔には、約1000年前の執政官「メイソン」の補助と、現在の執政官「貴志」の補助者としての誇りが宿っている。
しかし、貴志が誰かと親しく話すたび、その瞳の奥には小さな影が差していた。
特に、エレシアが貴志に問いかけ、彼が真剣に応じる場面。
フィフの胸に、耐えがたい痛みが走る。
「……私がここで一番長くマスターを支えてきたのに」
その呟きは誰にも届かない。
けれど、ティノは敏感に察していた。
「フィフお姉ちゃん……大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ、ティノちゃん。……私は、貴志さんをしっかり支えているから」
微笑みを作るが、その笑顔はわずかに揺れていた。
一方、アスは復興作業の全体監視を行っていた。
白銀の髪を揺らし、端末越しに復旧率を報告する姿は冷徹で隙がない。
「艦長。動力炉稼働率、46%。明日には50%を超える見込みです」
「よし、上出来だな」
「当然です。私が管理しているのですから」
言葉は冷静だ。だが、その背後で、フィフと貴志が並んで資材を確認する姿が目に入ると、拳がわずかに震えた。
(……執政官補助だからといって、すべてを許されるわけではない)
胸の奥に燃える嫉妬を、アスは必死に冷徹な表情で覆い隠す。
【憧れと焦燥の婚約者】
エレシアは、必死に作業を覚えようとしていた。
工具の使い方も、補給品の仕分けも、貴族の彼女にとっては新鮮で難しい。
それでも、彼女は手を汚すことを厭わなかった。
「これで合っているでしょうか、貴志様?」
「ああ、上出来だ。すぐに覚えたな」
その言葉に、彼女の心臓は跳ねる。
胸の奥で、抑えられない喜びと焦燥が交錯する。
(私も……いつか、あの人たちのように隣に立ちたい。妻として……)
だが、フィフとアスが放つ「既に築かれた絆」の強さを前に、彼女は小さく拳を握り締めた。
そんな重い空気を、ルナがあっさりと切り裂く。
「はーい皆さん、ちょっと深呼吸しよっか? 嫉妬と焦燥と誇りとで、空気中がピリピリしているよー♪」
「ルナ、黙っていなさい」アスが冷たく言う。
「えー、でもさー、艦長モテすぎ問題、完全にハーレムじゃん? あ、ティノは別枠ね」
「べつわく?」ティノが首をかしげる。
「うん、ティノはマスコット! 場を和ませる最強の存在!」
「えへへーっ! ティノ、さいきょうなんだ!」
無邪気に笑うティノに、重かった空気が一気に和んだ。
【衝突と和解】
だが、その夜。
仮設居住区の会議室で、ついに衝突が表面化した。
「私はガンマの執政官補助として、マスターを支える責務があります。復興の采配は、私に任せていただきたい」
フィフが強く言う。
「それは承知しています。しかし、艦の運用と戦略は私の領域です。あなたが“妻”であることと、作戦指揮は別問題です」
アスも引かない。
エレシアは口を開けずにいたが、拳を握りしめていた。
(私も言いたい……でも、今はまだ……)
空気が張り詰めたその瞬間、ルナがぱん、と手を叩いた。
「はーい、ちょっと待ったー! 今のって、ぜーんぶ艦長を思う気持ちの表れでしょ? だったら喧嘩する必要ないじゃん♪」
ティノも続いた。
「そうだよ! みんなマスターが好きで、マスターを守りたいんでしょ? だったら、いっしょにやればいいんだよ!」
無邪気な言葉が、胸に突き刺さる。
フィフは深く息を吐き、アスを見た。
「……私たち、立場は違っても、望むのは同じ」
「ええ。艦長の未来と、この惑星の復興」
二人はようやく視線を交わす。
そこには火花ではなく、静かな理解があった。
エレシアは胸の奥で、羨望と決意を新たにする。
(私も、必ずそこに加わる……)
夜空に星が浮かぶ。
まだ荒れ果てた惑星ガンマだが、少なくとも今、ここに「絆」が芽生えていた。
それは復興の灯火であり、貴志を中心とする彼らの未来を支える力だった。
【資金を巡る議論とミラマイト鉱の影】
惑星ガンマに復興しつつある「セレナード市」は、日ごとにその姿を変えていった。
緑の木々に覆われた地面が居住棟に姿を変え、仮設市場には人々の声が響き、中央広場の照明塔は、まだまだひび割れが多い道路を鈍く照らしていた。
誰もが希望を抱く一方で、復興の資金不足は否応なく浮き彫りになっていた。
執務室。円卓を囲むのは、貴志を中心にした惑星ガンマの最高執行機関の面々。と言っても、現在は貴志、フィフ、アス、ルナ。つまり、駆逐艦アストラリスのメンバーのみである。
「……復興を続けるには、新たな資金源が必要です」アスが端正な表情で口を開いた。
「候補のひとつは、惑星地下に眠るミラマイト鉱。反物質燃料として、他星の欠乏資源であり、取引価格も群を抜いています」
その言葉に、ルナが軽い口調で続ける。
「そーそー、まとまった量を売れば街一つ分の建設費くらいまかなえるかもね。ちょっと危険だけど、そのぶん夢もデカい♪」
だが、フィフが机を叩くようにして立ち上がった。
「断じて認められません!」
鋭い声に、場の空気が凍る。
「……1000年前の惨状を、忘れたのですか。ミラマイトを巡る争いが、この星を焼き尽くしたのです。その愚を、また繰り返すというのですか!」
フィフの瞳は、1000年前の過去を知っている者としての誇りと、当時の惨状への深い悲しみを帯びていた。
彼女の記憶には、崩壊の直前まで生きた人々の姿が刻まれている。
そして“待ち続けた”千年の孤独が、彼女をなおさらその過去に縛っていた。
「しかし現実的には復興資金も必要です」アスが反論する。
「理想を語るだけでは、人は救えません。……艦長、どちらを選びますか」
冷静な声。だがその裏に、フィフへの対抗心が透けていた。
【貴志の仲裁】
二人の視線が交錯し、火花を散らす。
エレシアは胸を押さえ、言葉を飲み込んだ。彼女に口を挟む資格はまだないと分かっていたからだ。
ルナが小さく口笛を吹く。
「おーっと、これは修羅場……? 艦長、女三人に板挟みだねぇ」
「ルナ」アスが冷ややかに牽制する。
だがルナは肩をすくめ、無邪気な笑顔を崩さない。
その中で、貴志は深く息をついた。
「……フィフの言う通り、無闇に手を出すべきではない。アスも正しい。資金なしに街は復興出来ない」
「では……」アスが問い返す。
「まずは探索だ。鉱山の規模と破壊状態を調べる。1000年前の惨状、惑星ガンマ崩壊の原因である以上、どれだけ資源が残っているかもわからない。鉱山跡地の状況や、採掘に関わる利益率を計算してから判断しても遅くはない」
双方の言い分を立てた答え。
フィフは唇をかみしめたが、やがて静かに頷いた。
「……あなたがそう仰るなら。ですが、私は探索に同行します。二度と1000年前の失敗を、そしてこの星を壊させはしません」
アスも目を伏せ、冷たくも従順に返した。
「了解しました。探索計画を立案します」
会議は終わった。だが胸に残るわだかまりは、容易に消えなかった。
【復興の現場】
議論の重さとは裏腹に、街は少しずつ活気を取り戻していた。
市場には露店が並び、子供たちの笑い声が広場に響く。
エレシアは作業着姿で住民と共に瓦礫を片付けていた。
「エレシア様、手を汚しては……」メイドが心配する。
「いいえ、私はこの街の未来を担う者の一人です。共に働くことでしか、信頼は得られません」
その真っ直ぐな姿に、人々の視線は温かさを帯びていく。
だがエレシア自身の胸には、焦燥が消えない。
(フィフ様の堂々とした姿。アス様の冷静な才知。私はまだ……何も持っていない。私は彼の婚約者として、相応しいのだろうか)
汗に濡れた額を拭いながら、彼女は必死に自分を奮い立たせた。
【無邪気な光】
夕暮れ。中央広場でティノが声をあげた。
「みんな見て! 照明塔が、今日はいっそう明るいよ!」
子供のように跳ねるティノの笑顔に、張り詰めていた空気が和らいだ。
「ふふ、ほんとね」フィフが微笑み、
「システム調整の効果でしょう」アスが淡々と答え、
「いやいや、これはティノの“元気パワー”のおかげでしょ!」ルナが冗談を飛ばす。
その場にいた者たちは、自然と笑顔を交わした。
束の間の和解。それは都市建設に携わる全ての者にとって、希望の灯のようだった。
【新たなる影】
夜、貴志は中央広場の照明塔を見上げながら、胸の奥に重さを感じていた。
(ミラマイト鉱……。あれを掘れば資金は得られる。だが、もし再び争いの火種となるなら……)
その視線の先、街の外れに広がる山脈。
そこに眠る鉱脈は、復興の光となるのか、それとも新たな崩壊の影を呼ぶのか。
答えは、まだ誰にも分からなかった。
――だが、人々の営みは確かに続いていた。
そしてセレナード市は、希望と不安の狭間で、未来への一歩を刻み始めていた。
次話では、1000年前の暴走事故で崩壊したミラマイト鉱山の探索を行います。
ご期待ください。




