第161話:英雄たちの凱旋
第161話として、ナーヤ小惑星帯を無力化し、頭領ウィリアムを捕虜としたキャス達、帰還して待っていたのは喝采の嵐でした。
【戦場の跡】
ナーヤ小惑星帯の戦火は収まった。
砲火が止んだナーヤ小惑星帯の宙域は、荒野そのものだった。
数十隻規模に及んだ海賊艦隊は、主を失い、漂流物と化している。
大破した船体が燃え尽きずに火花を散らし、冷たい虚空に金属片が舞う。
しかし残った光景は、勝利の余韻というよりも、ただ荒廃と虚無であった。
吹き飛んだ海賊艦艇の残骸が、星屑のように漂う。
その中央で、戦い抜いたロスタムとアグリッパは、満身創痍の姿をさらしていた。
ロスタムは、レールガンにミサイルを無理矢理詰めた反動で第1主砲塔を失い、攻撃兵装は全損。
アグリッパは要塞主砲に打ち据えられ、艦体の半分は火達磨のように黒焦げ、航行もままならない。
それでも両艦は、最後まで沈まず、任務を果たした。
【ロスタム艦橋にて】
「……ふぅ。なんとか……終わった……のよね?」
キャスは艦長席にぐったりともたれ、胃を押さえながら呻いた。
「主砲は吹き飛んだ。兵装は壊滅。艦体フレームの負荷値も限界近い」
ロスの報告は冷徹で、それが逆に艦の生存を誇っているようにも聞こえた。
「でも!撃ったじゃん!当てたじゃん!要塞ふっとんだじゃん!」
ホニは勝利の余韻に浸りきっている。
「ぼくらの特大一発、超!大成功だよね!ね、キャス艦長!」
「……私はストレスMAXで死ぬ方が早いかも……」
キャスは青ざめながら視線をそらした。
「しかし」
ルミが冷静に言葉を挟む。
「アグリッパは大破、乗員も多くが負傷しています。まずは曳航作業に移るべきです」
「賛成だ」
ステラは静かな声で告げる。
「戦果よりも、今は人命を優先すべきだ」
キャスは小さく頷き、全艦に命令を下した。
「……ロスタム、アグリッパを曳航。全員で生きて帰るわよ」
【アグリッパ曳航準備】
ロスタムは、その只中で艦体を軋ませながら曳航ケーブルを射出した。
繋がる先は、主砲や主たる兵装を全てを失い、航行不能となった巡洋艦"アグリッパ"。
「……なんとか繋いだわね」
キャスは額の汗をぬぐいながら報告を受け取った。
「負荷値ギリギリ。けど、ロスタムなら引ける」
ロスが低く答える。
「がんばれぼくら!アグリッパをおんぶだー!」
ホニが調子よく叫び、ルミがすぐ冷ややかに言葉をかぶせた。
「馬鹿騒ぎしてないで、数値を安定させなさい」
「……はいはい。だけどよ、よく死ななかったもんだな」
ステラは腕を組み、傭兵らしく無骨な口調で呟いた。
「要塞ごと吹き飛ばすなんざ、正気の沙汰じゃねぇ」
キャスは椅子に深く座り直し、胃を押さえた。
「……もう二度とやりたくない……」
【アグリッパ艦橋にて】
ロスタムからの救援部隊が乗り込むと、そこは焦げた匂いと負傷者の呻き声で満ちていた。
制御パネルの多くは黒焦げ、床には吹き飛んだ金属片が散らばり、血痕が点々と残っている。
アレス大佐は片腕を吊り、額に包帯を巻いた姿で、艦長席に座っていた。
傍らではログリット大尉とライザー大尉が負傷した身体を引きずりながら働き、ブラウン大佐は担架に横たわされていた。
「……ひどいな」
キャスは思わず息を呑んだ。
アレス大佐は、痛みに顔を歪めつつも、笑みを浮かべた。
「おや……貴官は。あの時の傭兵も今じゃ作戦を成功させる立役者か」
キャスは思わず身をすくめた。
「え、あ、えっと……その、あの時は……!」
(絶対クレーム来る、絶対あの作戦のこと言われる……!)
だが、アレスは首を振った。
「いや、いいんだ。あの時は私も少し思い上がっていた。左遷されて、辺境惑星《コルス・V》でくすぶっていたが……眠っていたアグリッパを修理してな。こうしてまた艦を動かせている」
彼は小さく笑った。
「もう連合軍に未練はない。むしろ、こうして自由に艦を駆る方が性に合っている。傭兵ってやつも……悪くない」
「そして、連合軍に未練もない。傭兵ってやつも、悪くはない」
キャスは呆気に取られた。
「……そう、なんだ」
(よ、よかった……怒ってない……!)
ログリット大尉は腕を押さえながら立ち上がり、皮肉げに笑った。
「大佐がそう言うなら、私も従いますよ。ただ、傭兵稼業……ろくでもない連中ばかりでしょうけどね」
ライザー大尉は無言で頷き、ブラウン大佐は担架でロスタム医務室へと運ばれていった。
【ブラウン大佐の容体】
ブラウン大佐は重傷で、ロスタムの医務室に担ぎ込まれた。
メディカルAIと医療スタッフが慌ただしく動き回る。
「命に別状はない。だが長期療養は避けられん」
ステラが淡々と告げる。
キャスはほっと息を吐き、呟いた。
「……少なくとも、死者が出なかっただけ、幸運だわ」
ロスが、わずかに柔らかな声を乗せた。
「ロスタムも、ギリギリで持ちこたえた。……次は、もっと冷静に戦おうな、キャス」
「でも!すっごい楽しかったよ!」
ホニが弾んだ声をあげる。
「ねぇロス!また撃とうね!」
「ふふ……そうだな」
ロスは珍しく、同意するように笑った。
キャスは頭を抱えた。
「……ほんと、私の胃が持たない……」
【捕虜となったウィリアム達】
その頃、艦内の隔離区画では、拘束されたウィリアムとクロウが運び込まれていた。
ウィリアムは髪を乱しながらも、不気味なほど整った笑みを浮かべ、豪奢な衣装の残骸をまとっていた。
「まさか……この私が、捕虜になるとはな」
その声音には動揺と興奮が混じり合っている。
隣のクロウは口を固く結び、冷ややかな目でキャス達を睨みつけていた。
その様子に、ルミが低く呟く。
「……この二人をどう扱うか。フロンティアへ持ち帰れば、一悶着どころじゃ済まない」
ステラは短く鼻を鳴らした。
「だが、殺すわけにもいかねぇだろ。こいつらが降伏の象徴だ」
キャスは二人を見据え、声を震わせながらも言った。
「……とにかく、フロンティアで裁きを受けてもらう。それまで……生かして連れて帰るしかない」
ウィリアムは意味ありげに笑みを深め、呟いた。
「ほう……生かす、か。面白い」
【帰還へ】
曳航準備を終えたロスタムとアグリッパは、損傷だらけの艦体を引きずりながら、ロスタムとアグリッパは星々の海を渡った。
その道中、負傷者の呻き、捕虜の冷笑、そして沈黙した戦死者の影が、艦内を重く覆っていた。
そして、一日後。
両艦は、ようやく“グリス=ノード=フロンティア”の灯を望む。
戦いは終わった。
だが、捕虜としたウィリアムとクロウ、降伏した海賊達、そして新たに傭兵を志すアレス大佐。
次なる波乱の種は、すでにフロンティアの地に持ち込まれていた。
【修理ドック前での凱旋】
修理ドックのシャッターがゆっくりと開かれ、曳航されていた巨大な戦艦アグリッパと、その傍らに寄り添うようにしていたロスタムが姿を現した瞬間、ドック全体に大歓声が沸き起こった。
「おかえりなさい! よくぞ無事に!」
豪快な受付嬢が両腕を振り上げて叫ぶと、周囲の傭兵たちも声を合わせ、地鳴りのような喝采が広がっていく。
ドックの修理員、傭兵、交易商、果ては例の筋骨隆々の受付嬢まで、手を振り声を上げる。まるで戦場から帰還した英雄を迎える祭典だった。
「え、ええっ……こんな、まるでパレードみたいじゃない……」
キャスは艦橋の窓越しにその光景を見て、顔を引きつらせた。
ルミの落ち着いた声が重なる。
「この規模の出迎えは、グリス=ノードにとっても異例です。海賊頭領とその要塞群の壊滅は、彼らにとってそれほど大きな出来事なのでしょう」
ステラも、感情を抑えた声で補足した。
「功績を誇るべき状況です。艦長、顔を引き締めておくのを推奨します」
キャスは一瞬きょとんとした顔をしてから、苦笑いを浮かべた。
自分たちはただ必死に戦っただけ。命を拾ったのは偶然の連続にすぎない。
だが今、その偶然の積み重ねを「英雄」と呼んでくれる者たちがここにいる。
キャスは照れ臭そうに手を軽く振った。
「顔を引き締めって言われても……こ、こんな大勢の前で、何て言えば……」
キャスは思わず胃を押さえる。英雄視されるほど、彼女の胃は悲鳴を上げるのだった。
【各人の反応】
ルミは歓声に押されるようにしてキャスの隣に立ち、口元をほころばせた。
「……すごいね。こんなに歓迎されるなんて」
戦闘中は冷静な彼女も、今は少し頬を紅潮させている。心の奥で「やっと報われた」という安堵を感じていた。
ステラは腕を組み、群衆を見下ろすように視線を走らせる。
「英雄、ね。……浮かれるのは後にしなさい。まだ修理も残ってるし、捕虜の件だって片付いていない」
彼女らしい冷や水を浴びせる言葉。だが声色は少し柔らかく、完全には否定していなかった。
ロスは最初きょとんとしていたが、群衆の歓声に押されるとすぐに豪快な笑みを浮かべ、持っていた空のジョッキを掲げた。
「おお! これが私たちの凱旋ってやつか! いいじゃねえか! もっと騒げぇぇ!」
その声に酒場さながらの喝采が返り、場の熱気はさらに膨れ上がった。
ホニはロスの隣で驚いたように目をぱちぱちさせていた。
「えっ、えっ……わ、僕も、英雄って……? ま、まだ新人なのに……」
彼女の頬が真っ赤に染まる。だがすぐに「でも、ちょっと嬉しいかも」と小さく呟き、無意識に胸を張った。
【アレス大佐の驚き】
一方、キャスの隣で窓外を見ていたアレス大佐は、大声援に苦笑いした。
「……ははっ、こりゃすげぇな。俺も長いこと軍にいたが、こんな歓迎は一度もなかったぞ」
「そ、そうですか……」とキャスが引きつった返事をすると、アレスは肩をすくめて続けた。
「辺境で朽ちかけた艦を直して、自分の手足のように戦わせて……それだけでも満足してたが、まさかこんな光景を見られるとはな」
普段は皮肉めいた態度を崩さない彼だが、この時ばかりは目を細め、ゆっくりと手を振り返した。
「……まさか、俺までこうして迎えられるとはな。傭兵って言うのも案外良いものだな。」
その声は誰に聞かせるでもなく、ただ自分への慰めのように呟かれた。かつて軍に捨てられ、左遷された自分が、再び人々に歓迎される日が来るとは思ってもみなかったのだ。
彼は手を振り返し、観衆に応えた。普段は飄々とした男の姿に、キャスは少しだけ安心した。
【医療搬送と負傷者達】
しかし、歓喜に浸るのは一瞬だった。
すぐにキャスたちは負傷者の搬送を優先した。
ブラウン大佐は意識を失ったまま担架に乗せられ、医療班が駆け寄る。重傷ではあるが命に別状はなく、そのことにキャスは深く安堵した。
アレス大佐、ログリット大尉、ライザー大尉もそれぞれ治療を受け、彼らの状態が比較的軽傷だと分かると、場に漂っていた緊張は次第に和らいでいく。
「やっぱり……ディオメデス級は頑丈なんだね」
ルミがぽつりと呟き、ステラも小さく頷いた。
医療ドローンの列を見送りながら、キャスは胸の奥に重いものを感じていた。
「……死者が出なかったのは、奇跡に近いわね」
ルミが静かに頷いた。
「ディオメデス級の堅牢性が彼らを守ったのは確かです。ですが、キャス艦長の判断と私たち仲間の連携がなければ、生還は不可能だったでしょう」
ステラも付け加える。
「結果として勝利を得た以上、犠牲は最小限。評価すべき戦果です」
「そ、そう言われても……」
キャスは頬を掻いた。誉められるたびに、逆に苦しくなるのが彼女の性分だった。
【捕虜の引き渡し】
後日、捕虜となったウィリアム、クロウ、要塞司令官マデリンとヨルン、そして第一・第二夫人は連合軍へと引き渡された。
豪奢な服を脱ぎ捨て、無表情で連れて行かれるウィリアムを見て、ホニは子供のように叫んだ。
「みんなはっ。私たちにドッカーンされて悔しいかなー!? なぁ悔しいかなー!?」
「ちょ、ちょっとホニ! やめなさい!」
キャスが慌てて制止するが、ロスが横で吹き出した。
「ふふ、いい気味ね。あれだけ好き勝手やってた海賊頭領が、今じゃ囚人番号よ」
ステラは淡々と総括した。
「彼らが裁きを受けることこそ、最大の意味があります。我々が果たしたのは、その前提条件です」
ルミは冷静に同意した。
「事実、ナーヤ小惑星帯は力の空白に陥りました。今後は交易と治安維持が課題となるでしょう」
キャスは頭を抱えた。
「胃が、胃が……もう考えるだけで痛いわ……」
【英雄としての帰還】
こうしてキャスたちは正式に「英雄」として讃えられることになった。
ドックでは連日、傭兵仲間たちからの祝杯の誘いが舞い込む。
しかしキャスは、それを前にして小声で呟いた。
「……私たち、ほんとに英雄なのかしら……ロスとホニが暴走して、私が胃痛に耐えてただけって気がするんだけど……」
「いいじゃない艦長!」とホニが割り込む。
「私たちヒーロー! ドッカーンのヒーロー!」
「ふん、ま、あの一撃を思いついたのは私だしね。英雄の座は譲ってあげてもいいわよ」
ロスが腕を組んで得意げに言う。
「……胃が……痛い、胃薬はどこ……」
キャスは再び椅子に沈み込んだ。
それでも彼女の視線の先では、ロスタムとアグリッパが並んで修理ドックに収まり、輝きを取り戻しつつあった。
戦火の中で築いた絆と勝利は、確かにそこに残っていた。
次の話では、ナーヤ小惑星帯のその後を描きます。
ご期待ください。




