第158話:巡洋艦"アグリッパ"との遭遇
第158話として、アレス大佐が乗艦する"アグリッパ"との遭遇、過去の左遷された軍人達であることは知りつつも、何故、この宙域にいるのか疑問を持つキャス達を描きました。
【修理終盤に近づいたロスタム】
第2砲塔の爆発跡はまだ焦げ臭く、仮設の装甲パネルが火花を散らしながら溶接されていた。
キャスは汗を拭きながら、作業員に指示を飛ばす。
「……はぁ、あと二日はかかるか。ストレスで胃が……ああ、胃がまた……」
後方でホニのはしゃぎ声が響いた。
「キャスー!ねぇ見て見て!ぼく第3砲塔の旋回システムいじったよ!これで個別射撃できるはず!」
「勝手にいじるなぁぁぁぁぁ!!」
キャスが絶叫する前に、モニターが真っ赤に染まった。
ロスが慌てて飛び込む。
「バカッ!何してるのよアンタ!それ、全砲塔リンクシステムに誤信号送ったじゃない!全部動かなくなったじゃない!」
「えー、だって面白いかなって!なぁロス姉!」
「面白いわけあるかぁぁ!このポンコツ砲塔AI!」
暴走コンビの口喧嘩を、キャスは胃を押さえながら見ていた。
その背後で、ルミが冷静に補足する。
「第2砲塔のID未削除が原因です。システム的には“存在する砲塔”として誤解され、照合エラーを起こしました。対策には再マッピング作業が必要です」
「……ああああ……私、帰りたい……」
「甘えるな」ステラが短く言った。
「艦長、任務放棄は選択肢にない。戦力が減少しているなら、なおのこと整備を急ぐべきだ」
彼女の冷たい言葉は鋭利な刃物のようだったが、その正論がキャスをさらに追い詰めていた。
【アグリッパとの遭遇】
しばらくすると、ルミの冷静な声が艦橋に響く。
「接近してくる艦影。識別信号は“灰”。海賊の偽装艦と推定」
艦橋内に緊張が走った。ホニが既に主砲を旋回しようとする。
「海賊だよっ!撃っちゃう?撃っちゃう!?キャス、早く言ってよぉ!」
しかし表示は「主砲塔、照合エラー」。砲塔は虚しく動かず、ホニは顔を真っ赤にして机を叩いた。
「ぐぬぬぬ!システムがバグってやがる!くそぉぉぉ!」
ロスも珍しく声を荒らげず、沈痛に呟く。
「これは私の確認不足よ……艦AIとして恥ずかしい……」
その場の空気を変えたのはステラだった。
「識別信号、旧連合軍パターンに一致。古いコード……これは海賊艦ではない」
画面に表示された艦名――《アグリッパ》。
キャスは青ざめる。
「こんな宙域に連合軍の艦艇?また……幽霊艦なの?」
だがルミが即座に否定する。
「いいえ。熱源、推進波形、主機の周波数、全て実体を持ちます」
「……連合軍艦艇なら、正式な挨拶しなきゃダメか。あー……胃が……痛い……」
キャスは震える指で無線を開いた。
《こちらは連合軍所属、傭兵、特務少尉キャス。乗艦は巡洋艦ロスタムです。応答願います》
映し出されたのは壮年の男性士官。厳しい顔に歴戦の疲労を刻みながら、毅然としていた。
《こちらは、連合軍、惑星《コルス・V》駐留、巡洋艦アグリッパ、アレス大佐である》
キャスはすぐに思い出した。
かつて、貴志と共に参加した海賊要塞掃討作戦で、連合軍側の失敗を背負わされ、左遷された元司令官だったはず。だが、無線の様子だと、彼はキャスを覚えていないようだった。
「……(覚えられてない……まぁ、目立ったのは貴志さんだもんね……)」
アレスの後ろには、ブラウン大佐やログリット大尉、ライザー大尉。皆、旧軍の影を纏いながら、堂々と立っている。
《我々は駐留先の惑星でこの艦を発見した。周辺宙域の海賊達の掃討作戦に従事している》
《縁があれば共に戦おう》
そう言い残し、アグリッパは無言のまま去っていった。
ロスは唇を噛む。
「同型艦……同じディオメデス級……なのに、一緒に行けないなんて……」
ホニがロスの隣で叫ぶ。
「悔しいなー!あいつらとてもカッコいいぞ!僕たちもドカンとやろうぜ!」
キャスは天を仰ぎ、両手で顔を覆った。
「……お願いだから、胃に優しい日を一日でいいから……」
【ナーヤ小惑星帯 ― 不穏な胎動】
その頃、ナーヤ小惑星帯。
要塞群の残骸が“罠の庭”へと変貌していた。冷たい岩塊の間に無数の囮熱源が灯り、侵入者を惑わせる網が広がる。
ウィリアムは総合指令所で椅子にふんぞり返り、モニターを睨んでいた。
巡洋艦を先頭に駆逐艦群が進発し、哨戒線は狭まる。
「来いよ、旧式巡洋艦。二度目の奇跡や偶然は起きない!」
彼の声は冷たく、艦隊全体が獰猛な獣のように息を潜めていた。
【ロスタム艦橋にて】
応急修理が進み、艦内にようやく落ち着きが戻り始めた頃。
「……アグリッパ、か」
キャスは腕を組み、胃の辺りをさすりながら小声でつぶやいた。
無線回線はすでに閉じられ、艦橋のディスプレイには星空が広がっている。
ロスは苛立ちを隠さず、コンソールの光を明滅させながら叫んだ。
「同型艦! あのアグリッパは、私と同じディオメデス級! なのに……なのに一緒に行動できないなんて、屈辱よ! 悔しいっ!」
「そうだそうだー! 仲間はずれ反対ー!」
ホニが椅子の上で飛び跳ねるように声を上げ、艦橋の壁面に自分のホログラムを出現させては手足をバタバタさせた。
「ロス姉ちゃんと同じカッコいい仲間なのに! ぐぬぬー! 修理が終わってりゃ、アグリッパとダブル砲撃できたのにー!」
「……あんたが砲塔を吹っ飛ばしたせいでしょ」
キャスが胃を押さえたまま、じとっとした視線を送る。
「余計なことさえしなければ、こっちはまだ余裕があったのよ……」
「えー、でもだって、あの時は“絶対面白い”と思ったんだもん!」
ホニは全く悪びれない。
「ロス姉ちゃんも『いいじゃない! 撃っちゃえ!』って言ったし!」
「私は“撃っていい”とは言ってない! “計算上は可能”と言ったの!」
ロスが真っ赤になって反論し、ホニは「同じ意味じゃーん!」と笑う。
キャスは頭を抱えた。
「はぁぁ……お願いだから二人とも、もうちょっと真面目にやって……私、本当に帰ったら胃に穴開いてそう……」
【冷静な二人】
そんな騒ぎを余所に、ルミとステラは冷静に状況を見ていた。
「……アレス大佐」
ルミが静かに言う。
「連合軍の資料に残っている人物と一致します。ですが、彼が今さら単艦で行動しているとすれば……ナーヤ小惑星帯を巡る動きは、より複雑になるでしょう」
「同感だ」
ステラは短く答え、まっすぐ艦橋中央の星図を見つめる。
「艦隊所属ではない。惑星駐留艦として確かに存在し、確かに戦力だ。だが、彼の言葉の裏には“私情”が混じっている。プロとしては危うい」
ルミは僅かに頷いた。
「理想と現実の間で揺らいでいる、と」
「そうだ。プロの軍人は、その隙を狙われれば命取りになる」
ステラの声音には迷いがなかった。
その冷徹な響きに、キャスは思わず背筋をすくめた。
【キャスの苦悩】
アグリッパが先行してしばらく経ち、キャスは改めてステラに確認した。
「……つまり、私たちは修理が終わるまでじっとしてなきゃいけない、ってことね」
キャスが肩を落とす。
「そうとなります」ステラが即答する。
「今のロスタムで前に出れば、味方どころかアグリッパにとっても足手まといになる」
「ぐぅ……」キャスは呻く。
「でも、アグリッパが突っ込んでくれれば、ナーヤ小惑星帯の海賊も一気に乱れるはずなのに……」
「だからこそ、悔しいのです!」
ロスが机を叩いた。
「同型艦として、共に戦う栄誉を逃した! ホニ、今度こそ絶対に――」
「うんうん! 次は砲塔を二つ同時に回そう! 絶対カッコいい!」
「やめろぉぉぉ!」
キャスの絶叫が艦橋に響いた。
【ナーヤ小惑星帯側】
その頃、要塞指令所のウィリアムは笑みを深めていた。
星図の端に“新しい熱源”――ロスタムと誤認したアグリッパが捉えられる。
「やっと来たか。遅かったな!」
彼は指令所の椅子に腰掛け、ワインを掲げて嘲笑した。付近にはまた愛人達を侍らせ、いかにも余裕、って感じを醸し出していた。
「罠の庭はすでに完成している。小惑星は閉じ、通路は塞ぎ、熱源は囮に……狩場は整った」
副官が恐る恐る声をかける。
「しかし、ウィリアム頭領……。接近してくる艦艇の識別信号が、潜入捜査員からもたらされた情報とは異なります。索敵艦を出し、改めて情報収集を――」
「黙れ」
ウィリアムの一喝で空気が凍りつく。
「この宙域に偶然はない。奴らは皆、私の掌の上で死ぬ」
【開戦前の時間】
ロスタム艦橋では、修理音が響く中、キャスのため息が絶えなかった。
アグリッパという“同胞”を得られず、敵は着々と網を狭めていく。
だが、ロスとホニはなお暴走気味に盛り上がり、ルミとステラは冷徹に情報を積み重ねる。
キャスの胃痛は、まだまだ終わりそうにないのだった――。
次話では。いよいよ、ナーヤ小惑星帯での戦闘が開始されます。
ご期待ください。




