第154話:巡洋艦の艦長は楽々?
第154話として、ロスタムに乗艦し、その厳しさに閉口するキャスの姿と、喧嘩っ早いロスの姿を和気あいあいと描きました。
【旧式艦の艦長は楽じゃ?なかった…】
巡洋艦“ロスタム”の艦長――キャスは、数日でその肩書きの重さを実感していた。
ロスの厳しい指導ももちろん大変だが、それ以上に堪えるのは、艦の構造そのものの旧式さだった。
艦内のシャワールームは、水からお湯に温まるまでに約5分、しかも昔の設計で、艦内での水の使用が抑えられているので、水が連続出せる時間が約7分、実質お湯が出ているのは1分強、ほとんどが冷たい水で洗わなきゃならなかった。
これにはキャスも閉口し、ロスに改善依頼をしたのだが、ロスの一言は。
「弾火薬庫のスペースが圧迫されるので、ムリです。」
と、ぴしゃりと言われてしまい、反論すら出来なかった。
また、主砲である20cm連装レールガンは旧式そのもの。旋回も俯角も、今時の艦とは比べものにならない遅さだ。
「……ほらまた、俯角が間に合わない!」
「だから言ったでしょう。敵の回避行動を予測して、先に砲塔を動かすのです」
「ロス、それ人間の反応速度じゃ無理って……」
敵が機敏に動けば、指示が一拍遅れただけで間に合わない。だからこそ連装砲は計4基と多めに積まれ、総火力でカバーする設計になっていたのだった。
その他の兵装として、“ロスタム”のレーダーや火器管制システムこそ最新型に更新しているのだが、主砲は前途の通りとにかく動きが遅い、ミサイル発射管はと言うと、敵の攻撃を受けても暴発しないように、厳重に弾火薬庫の奥に保管してあるので装填時間が遅く、咄嗟の発射には対応出来ない。
その代わりに、生半可な攻撃では暴発しない安心感と、半端ないミサイルの貯蔵量。まさに動く弾火薬庫って言われるだけのことはあった。
機敏に攻撃出来る兵装は、唯一、艦側面装備されている、パルスレーザー砲。
射撃速度は速いものの、火器管制システム非連動。つまり、ただ撃って弾幕を張るだけ!数撃ちゃいつかは当たるの理論であり、味方にも当たる可能性があるので、近接戦闘ではほとんど使用されないが、周辺に味方艦艇やドローン等がいない時の敵からのミサイル防御は、絶大な威力を誇った。
そしてさらに驚きの事実。
「おはよー!今日も撃っちゃうぞー!」
艦橋の片隅から、背丈が小学生ほどの少女が手を振った。ツインテールに大きな瞳、元気そのものの笑顔。
それが20cm連装レールガンのAI“ホニ”だった。独自の意思を持つ実体化AIで、砲塔一基一基の個別管理をしてくれるが、性格は好奇心旺盛の元気すぎる小学生男子。
主砲のレールガンを撃つことが好きで、怒られたこともすぐ忘れる。
つまり“ロスタム”には艦AIのロスに加え、ホニまで常駐しているわけで、艦橋にはキャス艦長、補佐のルミ、操舵士ステラ、艦AIロス、砲塔AIホニ――5人が常駐。常に騒がしい"環境"になってしまい、静寂な"艦橋"など夢のまた夢だった。
【到着と通信トラブル】
順調に航行を続けたロスタムは、やがて“グリス=ノード=フロンティア”の周回軌道に到着。
キャスはいつも通り、船籍コードと船名を管制へ送る。
返ってきたのは、くぐもった笑いを含む男の声。
『……ディオメデス級? また骨董品を持ち出したな。金のない傭兵ってのは哀れだな』
キャスは肩をすくめる。
「まぁ、そう見えるよね」
しかし、その後ろでロスの表情が固まる。
「……ホニ、目標:管制室。全砲門、一斉射」
「りょーかい! 派手にいくね!」
「ちょっ、ちょっと待って!」
キャスとルミがロスを、ステラがホニを同時に押さえ込む。
ルミは真顔で説得を試みる。
「ロス、軍法会議になりかねません」
「侮辱を受けたのです。応戦は正当防衛です」
「それは“防衛”じゃない。過剰防衛です!」
ステラは無言のまま、ホニの額を指で軽く弾き、「だめ」と短く言った。
「えー……せっかく楽しそうだったのに」
「うぐぐ……侮辱は許せません!」
ルミはため息混じりにロスの肩を押さえ、ステラは無言でホニの頭を抱え込む。
【厄介な入港先】
結局、押し問答の末に入港許可は下りたのだが、要注意人物としてマークされたのか、案内されたのは、荒くれ傭兵や海賊上がりが屯する荒れたドックだった。
酒臭さと機械油の匂いが入り混じり、あちこちで罵声と笑い声が飛び交う。
キャスは眉をひそめた。
「……なんか、前のドックより100倍くらい治安悪そう」
「キャス艦長、表現が大雑把です」
「でも否定はしないわよね?」
「はい」
さらに受付に現れたのは。
あの清楚な美女受付嬢と同じ制服を着てはいるが、身長180cm超え、筋肉の鎧を纏ったような女傭兵風の女性。
短髪に鋭い目つきで、書類を机にドンと置く。
「入港手続きか? さっさとサインしろ」
低く太い声に、キャスは笑いをこらえるのに必死だった。
(ドローネ指導官の遠い親戚かな……?)
横のルミは平然とサインを済ませ、ステラは微動だにせず待機。
ロスは無言で腕を組み、ホニはその腕の中で、
「この人強そうだなー」と目を輝かせていた。
【傭兵酒場へ】
手続きを終えたキャスたちは、喧騒渦巻くドックを抜け、傭兵酒場へと向かった。
そこは今までの港の酒場とは違い、酒瓶よりも分解中の銃器や船外用ブーツがテーブルを占領し、笑い声は罵り合いと武勇伝で満ちていた。
キャスは心の奥で、小さく息を整える。
(ロスタムの修理代を稼ぐには……ここでも勝たなきゃ)
ルミは冷静に室内を観察し、ステラは壁際の出口までの距離を確認。
ロスは眉をひそめながらも、戦力評価のために店内の傭兵をスキャンしていた。
ホニは、ガトリングを肩に担いだ男を見て、
「わー! あれ撃たせて!」と目を輝かせている。
【傭兵酒場での火種】
傭兵酒場は、金属と油と酒の匂いが渦を巻く混沌の空間だった。
キャスたちは片隅の空いたテーブルに腰を下ろし、情報交換の相手を探す。
「よし、あのベテランっぽい人に話を……」
キャスが目を付けたのは、筋肉でシャツの縫い目が悲鳴を上げているような中年傭兵。古傷を誇らしげに見せるその笑顔は、経験豊富な証だった。
キャスが口を開く前に、男はニヤリと笑った。
「おこちゃまが来るところじゃねぇぞ」
――ピクッ。
(キャス艦長が侮辱された)
ロスの額の筋肉が、明確に波打った。
さらに傭兵は、キャスを素通りしてステラに視線を向ける。
「なぁ、綺麗なお姉さん。傭兵相手にゃ、あんたみたいな綺麗な顔のほうが癒されるってもんだ。あとで一緒に飲まねぇか?」
――ピク、ピクッ。
(ステラが口説かれた)
ロスのこめかみが二段階で痙攣する。
そして極めつけに、男はキャスの胸元の艦船章を見て口を歪めた。
「で、その乗艦が“ディオメデス級”だって? あんなガラクタでまだ飛べるのかよ。スクラップ置き場のほうが似合ってんじゃねぇの」
――ブチッ。
(私の艦を侮辱された。もう許しません!)
音が聞こえた気がした。
「侮辱、許可できません」
ロスは淡々と宣言すると、そのまま男の顔面に拳を突き込んだ。
ベテラン傭兵も即座に応戦。椅子が倒れ、テーブルの酒瓶が跳ね、殴り合いが始まった。
【混沌の渦】
「ちょ、ちょっと! ロス! やめなってば!」
「ロスさん、軍規違反です!」
キャスとルミが必死に間に入ろうとするが、二人の巨体は風のように動き、拳が空を切る音が鋭く響く。
ステラは……というと、半歩下がって腕を組み、冷静に観察していた。
「……ロスの右ストレート、思ったより綺麗なフォーム」
ホニは椅子の上で跳ねながら大喜びだ。
「ロス! がんばれー! あー、もう私も撃ちたい!」
「撃つな!」キャスの声が裏返る。
周囲の傭兵たちは完全に娯楽モード。
「おー、女軍人が男傭兵をぶん殴ってるぞ!」
「金かけようぜ、どっちが先に沈むか!」
【絶対的な制止力】
混乱の最中――轟音が店内を揺らした。
受付カウンターに立つ、身長2メートル超の筋骨隆々の女性が、天井に向けて空砲を一発。
耳に残る重低音が静寂をもたらす。
「……あんたら。何やってんの?」
その声は低く、落ち着いているのに、背筋が氷のように冷たくなる迫力を帯びていた。
ロスと傭兵は同時に拳を止めた。
次の瞬間、その受付嬢は二人の首根っこを片手ずつでつかみ、軽々と持ち上げる。
周囲から「おおぉ……」と感嘆の声。
そして――床にドンと置かれた二人は、なぜか正座をさせられていた。
【説教タイム】
唖然と立ち尽くすキャス、ルミ、ステラ。
受付嬢の視線がゆっくりと彼女たちへ向く。
「……全員、来い」
抵抗の余地はなかった。
狭い個室に押し込まれたキャス一行は、酒場裏で一時間にわたる説教を受ける羽目になる。
「公共の場で騒ぎを起こすな」
「挑発に乗るな」
「仲間は止めろ」
キャスは途中で涙目になり、何度も。
「すみません」を繰り返す。
ルミは姿勢を正して黙って聞き、ステラは正座のまま平然と感想を述べた。
「さすが荒くれ者を束ねる人。説教にも無駄がない」
ロスは最後まで表情を変えなかったが、膝に座ったホニが小声で「ごめんねー」と言ったのを、キャスだけが聞いた。
艦長としての経験が、また一歩、積み重ねられていったキャスだった。
次の話しとして、喧嘩をきっかけにキャス達は、荒くれ者の傭兵の中で、少しずつ認められて行く姿を描きます。
ご期待ください。




