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模型から始まる転移  作者: 昆布


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第152話:変わらない記憶と現実

第152話として、救援されるルミナスの様子と、孤児でレミアの元にいた頃の、キャスの回想を描きました。

【救援されるルミナス】

艦橋に残った硝煙と焦げた匂いの中、キャスは涙で滲んだ視界を瞬きで拭いながら、まだ耳に残るレミアの笑い声を噛みしめていた。

ミサイルの損傷できしむ船体、スパークを散らすコンソール──それでも今、艦橋には不思議な温かさがあった。


「レミア姉さんが…来てくれるんだ…」


ぽつりと呟くキャスの声は、安堵と喜び、そして少しの恥ずかしさが混じっている。


ルミが隣で静かに頷く。


「感傷に浸るのは曳航が始まってからにしてください。私達はまだ、海賊艦の行動範囲内にいます」


その冷静な言葉には、キャスを現実に引き戻す意図がはっきりとあった。


「わかってるって…!」


キャスは慌てて姿勢を正すが、その頬は赤くなっている。


通信の向こうでレミアが短く指示を飛ばす。


「これから私の艦がそっちに接近する。他の海賊どもに気づかれたら面倒だ、主機関は最低出力(サーマルステルス)で保て。ステラ、曳航用の制御リンクを開ける準備をしろ」


「了解しました、レミア様」


ステラの声は落ち着いて柔らかいが、その計算処理はすでに全速で動いている。航跡を最小限に抑えつつ、曳航に必要な艦体姿勢データを組み上げていた。


数分後──

外部カメラの映像に、小惑星帯の影からぬっと現れる大型艦のシルエットが映る。艦首には、レミアの旗艦特有の赤黒いマーキング。

その機動は堂々としていながらも、海賊の索敵パターンを読み切った最小限の動きだった。


「キャス、準備はいいか?」

「う、うん!」


本当は「はい!」と言いたかったが、昔からレミアの前だと緊張で言葉が砕ける。


接続アームがルミナスの船腹に噛み合い、静かな衝撃と共に曳航ロックが完了する。


「曳航開始──」ステラの声と同時に、レミアの艦がゆっくりと進み始めた。


外では、小惑星の岩陰を縫うように進む二隻の艦。

時折、遠方で海賊艦と思われる索敵レーダー波が艦橋内の逆探レーダーに反応し、そのたびにルミが小声で「右二度、姿勢調整」と促す。


キャスは必死でそれに従いながらも、後ろで響く低い牽引音に心強さを覚えていた。


「…やっぱり、レミア姉さんがいると全然違う…」

「ええ、心拍数の安定傾向からもそれは明らかです」


ルミの淡々とした補足に、キャスは少しだけ笑ってしまう。


海賊艦の索敵網をすり抜け、秘匿基地まであとわずか──

キャスの胸には、再会の喜びと、これから艦長として払うべき代償の重さが、同時にじわりと広がっていった。


【懐かしの基地】

岩盤の奥深く、まるで惑星の心臓部に抱かれるような巨大格納庫。

 暗がりを切り裂く誘導灯が、静かに〈ルミナス〉の船体を迎え入れる。艦底が床に接触するわずかな振動が、キャスの足元を伝った瞬間──胸いっぱいに、懐かしい匂いが広がった。


「……うわ、帰ってきた!」


 キャスの声は弾み、頬は子供のようにほころんでいた。


「この匂い、この雰囲気……! レミア、みんな、変わってない!」


 デッキに降り立つと、足裏に響く鉄板の感触さえ愛おしい。作業員たちが笑顔で手を振り、遠くで誰かがホイッスルを鳴らす。その全てが、孤児として生きた彼女にとって「(ホーム)」に帰ってきた証だった。


 だが、その情熱を冷ますように、柔らかくも釘を刺す声が背後から降ってきた。


「キャス艦長、情緒に浸るのは結構ですが……修理費の件は、まだ未解決です」


 ルミが、横に立ちながら苦言を言ってきた。


「え、ええ!いまそれ言うの!?」


「はい。今だからこそです。ガンマの仲間たちに誇れる艦長であっていただくためにも」


 その声音は優しいが、芯は揺らがない。


 格納庫の奥から、豪快な笑い声が響いた。


「おーい、まだルミに説教されてんのか、この間抜け艦長!」


 レミアが腕を組み、ニヤリと笑って立っていた。短く刈った髪の先が、照明を反射して輝く。


「レ、レミア姉さん!これは…ほら、成長の途中ってやつで…!」


「途中で艦沈められたら困るんだよ」


 低く一言吐き捨てたあと、レミアは歩み寄り、キャスの肩をがしっと掴んだ。


「……だが、包囲されても帰ってきた。それは立派だ。心は折れてなかったんだろ?」

「……うん!」


 その瞬間、キャスの胸にじわりと温かいものが広がる。孤児時代、何度もこの人に頭を叩かれ、抱きしめられた記憶が蘇る。


レミアは"ルミナス"艦内に残ったステラを呼びかけると、"ルミナス"の船体に取り付けてあるスピーカーから涼やかな声が響いた。


「索敵ログ、補助システム稼働記録、すべて送信済みです。また、修理は基地設備で対応可能です」


「よし、さすがだな。ルミもステラも、よくやった」


 その褒め言葉に、ルミは穏やかに微笑み、ステラはわずかに誇らしげな響きを混ぜて答える。


 そしてレミアは、再びキャスに向き直る。


「修理が終わったら宴だ。あの頃みたいにな」

「……うん!」


「ただし、修理費と宴代はお前持ちだ。泣くなよ」

「えぇぇぇっ!?」


 格納庫中に響くキャスの悲鳴と、海賊たちの笑い声。

 その響きは、まるで彼女がずっと探していた家族の団欒の音のようだった。


【宴のはじまり】

巨大な格納庫でルミナスが係留されると、待ちかねたように整備班や古い仲間たちが集まってきた。

「おーい、キャスじゃねぇか!」

「艦長だって?はは、冗談だろ!」

「覚えてるか?お前、昔このドックの水道壊したよな!」


わいわいと肩を叩かれ、昔話の笑いに囲まれるキャス。

ルミは後ろで、礼儀正しく整備士に会釈を返しながら、物資リストを整えていた。

ステラは艦外スピーカー越しに「基地の様子は動画で記録済みです。楽しそうですね」と淡々と呟く──だが、その声にはどこか柔らかさがあった。


広間に移ると、大鍋のシチュー、焼きたてパン、香辛料の効いた肉料理がテーブルに並び、酒樽が次々と開けられた。

レミアは片手でカップを掲げ、「飲めぇ!」と豪快に笑い、周囲はどっと湧いた。


【何気ない問い】

賑わいの中で、キャスはふと思い出したように聞いた。

「そういえば……ロナンは?」


次の瞬間、笑い声がすっと引いた。

整備班の一人──背丈の伸びた青年が、言いにくそうに口を開く。


「……残念だけど、あいつは死んだよ」


キャスの手から、持っていたカップがわずかに傾く。


【仲間の最期】

青年は、まるでそこにあの場面が見えているかのように続けた。

「海賊の攻撃で、ブラック・ファントムのエアロックがぶっ壊れたときがあった。外から修理しないと全員アウトだったんだ」

「ロナンは言ったんだ──『仲間を守る』ってな。命綱一本で外に出て、冷却剤がまだ吹き出してる中で必死に修理した。……成功したんだよ。でも、その直後だ。海賊のレーザー砲が来た」


そこまで言うと、彼は短く息を吐いた。

「立派だったよ、あいつは。けどな……死んだら意味がない。レミア姉さんも泣いてた。『なんで死に急ぐようなことをしたんだ』ってな」


広間の空気は、重く静かになった。誰もがその瞬間の光景を思い出しているようだった。

レミアは酒を口にしながら、視線をテーブルの一点に落とし、何も言わなかった。


【心に刻まれるもの】

キャスは目を伏せ、胸の奥で熱い塊が広がるのを感じた。

ロナンの笑顔、悪戯っぽい目つき、仲間をかばう背中──全部が鮮やかによみがえる。

でも、もう彼はいない。


ルミが隣で静かに言った。

「キャス艦長……勇気と無謀は違います。守るには、生き残らなければ」


ステラも低く補足した。

「勝つことと守ることは同義です。生還が必須条件です」


キャスは唇を噛み、やがて小さく頷いた。

(……勝たなきゃ。生きて、守らなきゃ。ロナンみたいに勇敢で、でも……二度と誰も失わないために)


その決意は、宴の再び湧き上がる笑い声に紛れたが──

ルミも、ステラも、レミアも、キャスの瞳に宿った光をしっかりと見ていた。


【宴の終わり】

格納庫のざわめきが遠ざかり、灯りが少しずつ間引かれていく頃──レミアの私室は思ったよりも小さく、だがどこか安堵を呼ぶ匂いに満ちていた。油と革と、かすかな香辛料。古い星図が壁に貼られ、使い込まれた革ソファが一つ。レミアはいつもの豪放な笑顔を消して、椅子に深く腰掛けていた。瞳の縁に疲れが滲んでいる。


「よくやった。無事で何よりだよ、キャス」


声は太くて温かい。けれどその温度の奥に、重さがある。レミアは乱暴にキャスの肩を掴み、力強く押した──叱るように、抱きしめるように。


キャスは包帯の端を指でさすりながら、膝がわずかに震えるのを感じた。頭の奥では、あの日の記憶が色を取り戻す。

旅客船が裂けていく音、両親の叫び声、真空の冷たさ。そこへ差し込んだ黒い艦影、そしてレミアの腕の温もり。


あの夜以来、レミアはいつも「帰る場所」を作ってくれた。怒鳴り、教え、笑い、酒を勧め、時には叱り飛ばし、それでいて必ず背を押してくれた人。


「姉さん…」

声が震れる。謝罪と懐かしさと、守りたいという思いがごちゃ混ぜになった一語。


レミアは一呼吸置いてから、静かに言った。


「正直に言うぞ。ここを維持するのは、もう年とガタで……一人で走るのはそろそろキツい。艦はあるが、基地は艦長になれるような人手がいない。お前がそこに居てくれればどれだけ楽になるかと思ってな。だから……帰ってこい。ここに。お前の家に」


その言葉は抱擁でもあり、招聘でもあった。胸の中で何かが波打つ。

家族に戻る安心、しかし同時に胸の奥で別の声が叫んだ──貴志との約束、ガンマの再興。あの日、貴志に預けられたルミナス。

あの日、託された使命。ガンマの人々を再び立たせるという約束は、キャスが自分から取り去ることのできない責任だった。


思考は手早く計算を始める。基地を守ることは、孤児たちや仲間、レミアへの恩返しだ。

だが艦長としての責務は、もっと広い。貴志やアス、フィフ、ティノが待つ未来、ガンマで生きる人々の希望——それらは一度預かったら取り消せない約束だ。

今回の奇襲も、自分の未熟さが招いた結果だと感じている。戦闘中に気絶し、ルミに負担をかけ、艦を危機に晒したその記憶が、胸を締め付ける。


ルミの声が廊下越しに柔らかく響いた。艦の管理者としての彼女は冷静そのものだが、その言葉の端には励ましが滲んでいる。


「キャス艦長、修理計画と報告書の草案は私がまとめます。貴志さんへの報告も私が整えます。選択は貴方の意志に従いますが、どちらを選んでも私たちが支えます」


そのひと言に、キャスの肩の力が少しだけ抜けた。ルミはいつもそうだ。叱りもするが、最後には舵を取る人間に寄り添って助ける。貴志に叱られることを想像すると恥ずかしさと怖さが込み上げるが、貴志が信じて預けた艦長の職務を投げ出すわけにもいかない──そう思う自分も確かにいる。


キャスはレミアの顔を直視した。彼女には本心を見透かされるだろう。それでも言葉にしなければならない。静かに、しかしはっきりと口を開く。


「姉さん…私、ここが大事。みんなと過ごした時間は、私をつくった。だけど、貴志さんと約束したことも本当に大事なの。ガンマのことも忘れられない。だから、どっちかを選ぶって、今はできない。両方、大切だから」


言葉は震えたが、終わるころには芯が通っていた。レミアの目が細くなり、硬いものが解けていくのがわかる。

疲労が消えるわけではない。だが、そこには微かな安心が差した。


「ふん……相変わらず熱い奴だな。分かった。ならやってみろ。だが、支援はする。お前が動けるように、基地の面倒はうちが半分背負う。あんまり無理すんなよ。キャス、お前が倒れたら誰が子供たちの未来を守ってやるんだ」


レミアの言葉には、冗談まじりの厳しさと深い優しさが混じっていた。


キャスは小さく笑い、涙をぬぐった。決意ができたというよりは、覚悟が定まった。

具体的な道筋はまだ見えない。修理の長期化、資金の工面、ガンマとの連絡——やることは山ほどある。しかし、選択の座に立ち続けること自体が、もう臆病ではないという自覚が芽生えていた。


「ありがとう、姉さん。私はやる。ルミ、ステラ、待ってて。私、ルミナスを直して、ガンマのことも諦めない。基地も守る。全部、やるって約束する」


レミアは鷹揚に笑い、手でキャスの頭を乱暴に撫でた。ルミは静かにデータを送信し、遠くでステラの電子音が柔らかく応じる。格納庫の灯りが、ふたたび明るくなる。笑い声が戻ってくる。


決断は始まりでしかない。


だがその夜、キャスの胸には確かなものが刻まれた──二つの家族を、同時に抱きしめる覚悟。どちらも自分の居場所であり、どちらも自分が守るべき「帰る家」なのだと。

次話では、ルミナスの代わりに、秘匿基地に長年隠されていた艦に乗艦し、傭兵任務に従事するキャス達の姿を描きます。

ご期待ください。

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