第145話:継がれる王朝と水面下の戦い
第145話として、学院での貴志の様子と、帝国と惑星ガンマとの繋がりの秘密を描きました。
【異色の存在】
帝都《セレヴァル=グラン》の中心区にほど近い丘の上。貴族養成学院の広大な中庭には、淡い紫のシーラ草が風に揺れ、歴史の重みに覆われた石造りの
白亜の塔と尖塔がいくつも連なっていた。
「帝国貴族養成学院」帝国貴族にとって名誉と責務を学ぶ場であり、政・軍・礼法・戦術・歴史など多岐にわたる教育が施される。
本来は最低3年の教育期間が設けられているが、それは当主になる前の若い庶子やその弟妹が対象であり、成人前には全ての教育が完了していることが多かった。
しかし、既に男爵家当主となった貴志においては、学院での教育はほぼ全てと言って良いほど省略されており、これもまた貴族の間では当然のことであった。
一週間の課程に参加しているとはいえ、当主の心構え的な教育であって、貴族当主になれる者は、各家で既に教育なされており、改めて教育することは皆無であった。
そう貴族の常識の中では。
その中で、異色の存在が一人。傭兵であり、そして平民であった貴志は、学ぶことは多かった。
また貴志は、貴族達の行動や言動について、独り思いに耽っていた。
演技とも取れる礼節、腹の探り合い、表向きの笑顔。傭兵の現場で交わされる無骨な信頼とは真逆の世界。だが、それが彼らの「戦場」なのだということも、頭では理解していた。
「ふん……貴族ってのは、やたらとお互いのプライドや、顔色伺ってばかりだな」
周囲の学生たちが品位ある口調で応対し、時に権力争いを密かに展開する中、貴志はどこか浮いていた。ヴァルディウス家の令嬢エレシアが熱心に声をかけてくれるのが唯一の救いではあったが、彼は学院ではどこか腫れ物のように扱われ、傭兵上がりで平民から貴族になった実感を、改めて深く噛み締めていた。
【陰謀の影】
そんな中、養成学院ではさっそく彼の存在が話題になっていた。平民上がりの“成り上がり男爵”というだけで注目の的だったが、帝国の象徴とも言える侯爵家の令嬢、エレシアとの噂、そして艦AIとの婚姻という前例破りの事実が、火に油を注いだ。
特に動きを見せていたのは、《マーベル伯爵家》。元々帝国の武門の名家であり、長年の地位を誇っていたが、新興勢力の台頭を快く思っていなかった。
「男爵とは名ばかり。所詮は傭兵。貴族社会に馴染めず、すぐに過ちを犯す」
「彼の艦AIとの婚姻も、奇異に映るだけ。要は利用して、破滅させればいい」
マーベル家の三男、《クラウス=フォン=マーベル》は、冷ややかな笑みを浮かべた。次代の政治家としての野心を持ち、貴志に接近する。
また、ある日貴志は非公式の晩餐に招かれる。主催は、古き宮廷政治を仕切っている家系の一つ《ガルメス伯爵家》。その次女《ミリア=フォン=ガルメス》は、貴志に親しげに話しかけてきた。
「私、あなたの活躍……ずっと報告書で読んでたの。とても、素敵」
「え、ああ、ありがとう……?」
「ねえ、今度うちの艦隊を視察にいらして。貴方の傭兵としての経験を生かして欲しいわ。もちろん、貴族として、帝国に貢献する義務があるわよね?」
ミリアの眼差しは優しかったが、その背後では彼女の父がすでに、貴志の傭兵時代の経験や武力を当てにして、ブランデンブルク家との婚姻工作を画策していた。
【遠き惑星ガンマの記憶】
貴志は、貴族同士の言葉の刃の戦いに辟易し、貴族学院の図書館に逃げ込むのが日課になっていた。
そこはまるで大聖堂のような静けさと、時間の澱が積もった知の集積所だった。貴志は、蔵書の中から、埃を被った古書を手にして眉をひそめた。
貴志が手にしていたのは、帝国建国史の一冊。古文書のようなレプリカに施された丁寧な筆致の中に、彼の記憶を揺るがす一文があった。
> 《惑星ガンマ、旧世紀の文明国家群における最大の失地。崩壊後、技術者、開拓者、その末裔たちは各地に散った。伝承の一つに、《ヴァレンティウス王朝》初代の先祖がガンマ出身者だったという説がある。》
また、ページの余白に、インクで書き足された小さな注釈。
> 「第七宙域崩壊後、〈開拓惑星ガンマ〉からの“避難民”が王朝構築の中核に関与したという文献が散見される」
「……まさか……ヴァレンティウス王朝の礎が……惑星ガンマ?」
貴志の頭に、フィフの記憶断片が蘇る。あの地下深く、防災センターで語った、遥か昔の誇り高き文明。緻密な地形制御、精密なアンドロイド社会、そしてそれを支えたガンマの人々の精神。
「今の帝国にも、その血が……」
驚愕と、妙な使命感が胸に灯る。
「……まさか」
呟く貴志の肩に、そっと触れる気配。
「王朝の歴史に触れていただけるなんて……嬉しいです、貴志様」
「……うん、まぁ、ちょっと気になってさ。惑星ガンマの記録も見つけたんだ」
「まぁ……! あの星の記録は、ほとんど散逸しているのに……! それは貴重な発見ですわ」
声の主は、エレシアだった。
微笑むエレシアは、陽の光に透けるような金髪を揺らし、控えめに腰を折る。
その立ち姿は気品に満ちた美貌。銀糸のような金髪が肩口で柔らかく波打ち、紺碧の瞳には確かな知性と誠実さが宿っていた。それは控えめに言っても絵画のように美しく、学院に咲く白薔薇の異名も頷けるものだった。
「気になりますか? 惑星ガンマの話」
「まぁな。男爵号授与のきっかけにもなったし、現在の執政官って扱いだからな……」
「もし、その“古文書”の記載通り、本当に帝国の始まりに繋がっていたとしたら?」
エレシアの声は穏やかだったが、そこには、ただの貴族令嬢ではない何かがあった。
彼女が言うには、この学院の図書館には表には出されない“管理書庫”があるという。過去の戦役や王朝の転換期、あるいは“建国以前”の記録、口伝や神話、そして忘れられた古代文献までもが保管されているらしい。
「あなたには、そういう“記憶”に触れる資格があると思うのです、貴志様」
【エレシアを見るアス、ルナの視線】
エレシアが手を重ねてきたその瞬間――
静かに開かれた図書室の扉の向こうで、淡い怒気が走る。
「……また、触ってますね」
銀髪の少女、アスが軍服の襟を整えながら足音を潜める。
「どうしてああ、無防備なんでしょうか、貴志さんは。私の旦那様になったはずなのに!」
「まぁまぁアス、貴志さんはモテるんだから仕方ないよ~。それに、妻は一人じゃなくても良いからねー。それより、あの本、借りれた? “惑星開拓記録:第九編”?」
ルナがドローン付きの携帯端末をぽん、と胸に抱えながら言った。
「……借りられませんでした。“学院生以外持ち出し禁止”だそうです。私は艦AIですので」
「えー、それ差別だよぉ……」
アスは溜め息をつきながら、微かにエレシアに向けて睨みを送った。
(……気づいてるわ、彼女。貴志様の素性に、何かがあることを)
(だから“王朝の血”を意識させようとしている……彼女の微笑みの裏には、貴族としての計算もある)
【貴族学院の日常と、異世界の違和感】
授業では「宮廷儀礼」「帝国政治史」「艦隊指揮理論」などが並ぶが、貴志はそのどれもに退屈を覚えていた。
しかし、彼の存在は生徒たちに奇妙な刺激を与えていた。
例えば、宰相家の次男であるゼルバートは、何かと貴志に話しかけてくる。
「君は、戦術科目で“逆落とし斜線戦術”を使ったそうだな? あれは第七宙域の帝国軍が好んだ方法だが……なぜ知っている?」
「うーん、まあ、経験と……勘かな」
「……君は、本当にただの傭兵なのか?」
問いかけは鋭く、まるで刃のようだったが、貴志は笑ってごまかした。
【フィフと語る王朝の記憶】
その夜、通信によりフィフと連絡を取った貴志は、学院図書館で見つけた情報について語った。
「ねぇ、フィフ。王朝って、もしかして……あの時代の“延長線”にあるのかもしれないって思ってる」
『……それは、可能性として否定できません。惑星ガンマには、脱出を果たした少数のコロニー艦が存在していました』
「……やっぱり、か」
『でも、彼らが“王朝を築いた”のではありません。彼らの理念や記憶を継いだ者たちが、何世代も経て――王朝の核に残った。それが“連なる血”というものでしょう』
「……そっか。じゃあ俺たちがやるべきことって、惑星ガンマを、ただ取り戻すだけじゃない。思いをつなげることだ」
『その通りです、貴志様』
貴志は、過去の戦火と、遠く離れた惑星の記憶の残滓が、奇妙な縁でこの瞬間に繋がっていることを感じていた。
【次なる波紋】
夕方のティータイム。ヴァルディウス私邸のテラス。
貴志はエレシアと、温かい紅茶を前に語り合っていた。
「学院で過ごし始めたけど、正直、貴族ってのは好きじゃない。けど……きみは少し、違う気がする」
「それは褒め言葉として受け取ります。でも私は、貴方と同じ時を過ごしたいだけです」
エレシアの言葉には、理想と現実の苦しみがにじんでいた。
「だからこそ、こういう場所で、あなたのような人に出会えたのは本当に嬉しい」
そう言って、そっとカップに口をつける彼女。
【エレシアの余裕】
その夜、貴志が私室に戻った後のヴァルディウス邸の豪奢なサロンにて。
エレシア・ヴァルディウスは、香を焚きながら優雅に微笑んでいた。
「……学院で噂が立ったようですね。『わたくしと貴志様が、既に婚約している』と」
側近の老執事が苦笑する。
「姫様、さすがにそれは早すぎでは……」
「ええ、ええ、もちろん“まだ”よ。けれど、アス嬢が正式に婚姻者となった以上、わたくしも『次の段階』へ進まなければなりませんわ」
エレシアはティーカップを掲げ、にっこりと笑う。
「彼の周囲がどれだけ“騒がしくなるか”……ふふ、楽しみですわね。少しずつ退路をなくしてあげるわ!」
次話では、閉ざされた図書館で、惑星ガンマの秘密を描いていきます。
ご期待ください。




