第140話:帝国首都へ
第140話として、カルナックでの晩餐会の様子や、エレシア、アス、ルナの揺れ動く心を描きました。
【騎士の礼装】
白金の陽が傾きかけたカルナックの空に、優雅な帝国式の音楽が流れていた。
惑星カルナック、帝国の南部行政区に位置するこの温暖な惑星は、貴志にとって新たな転機の地となった。帝国からの正式な呼び出しを受け、騎士としての叙任を目前に控えた今、彼とアス、ルナは一時的に「客人」として、ヴァルディウス侯爵の私邸で過ごしていた。
貴志の身に纏うのは、帝国より支給された礼装。黒を基調とし銀の刺繍が施された騎士の服には、ヴァルディウス侯爵家の紋章が胸に輝いている。緊張ではない、得体の知れない期待が彼の胸の奥を高鳴らせていた。
【カルナック中心街、迎賓館】
市内中心部に位置する迎賓館は、皇族や高位貴族の訪問を想定して建てられた由緒ある建築で、外観は古風な石造りながらも、内部は最新の重力緩和床や気圧調整式の空調が完備されていた。
大理石の廊下を進むと、すらりとした女性が待っていた。銀髪を揺らしながら微笑むのはアスだ。
「艦長、帝国式の礼装の調整は完了しましたか?」
「まぁな。帝国の服は慣れねぇな、特にこういう正装は。」
「ですが、よくお似合いです。」
アスの口元に浮かぶ微笑は、どこか誇らしげだった。彼女もまた、アストラリスの実体化AIとして、貴志の歩む未来を共にする者である。今の彼女の視線は、軍艦の戦術士官としてのそれではなく、誇るべき主に従う"忠実な従者"のものであった。
続いてルナが姿を現した。白銀の髪を肩で跳ねさせ、表情こそ静かだが、目元に宿る光は感情の熱を物語っていた。
「……貴志さん。お祝いの場に立ち会えるのは、嬉しい。」
「おう、ありがとう。きみたちが一緒に居てくれるのが一番心強いよ。」
彼の言葉に、ルナの表情がほんの僅か緩んだ。
迎賓館の謁見室では、ヴァルディウス侯、アンドラが上座に控えていた。その傍には、彼の嫡子──エレシアが、白銀の礼装を纏い、整えられた栗色の髪を揺らしながら、貴志達に向けて眩しいほどの笑みを浮かべていた。
「ようこそ、ヴァルディウス家へ、貴志殿。そしてアス、ルナ殿も」
ルナは一礼しながら、控えめに発言する。
「……今までの行動してきた中では、全く記憶ないくらい、居住性が高すぎて、落ち着かない……です。特に……足元が、ふわふわして、絨毯っぽくない、というか……」
それを聞いてアスが頷きながら、
「ルナ、迎賓館とは名誉を飾る場でもあるのですから」
一方で、貴志は落ち着かない心情を隠しきれずにいた。
(帝国のヴァルディウス家の騎士叙任……俺のような、平民の傭兵が……貴族で男爵だと?)
そんな思いに耽っていたところ、ヴァルディウス侯、アンドラが口を開いた。
「貴官らの功績は、帝国にとって小さくはない。未開で捨てられた惑星ガンマの復興、さらには戦略資源であるミラマイト鉱の発掘……。我々は歴史の歯車を再び動かす者として、貴官をヴァルディウス家の騎士として、そして帝国貴族として迎えるに相応しいと判断した」
「……ありがとうございます」
貴志は礼を返すが、どこか思案深いまなざしを浮かべていた。
エレシアがすっと近寄り、控えめに言葉を継ぐ。
「……男爵号叙任式の後、帝国本星にて“敵味方識別装置"通称"IFF"の設置も可能となります。そうなれば、アストラリスは帝国直属艦としても動けるようになるわ」
「つまり、“私兵”ではなく、“帝国軍配属艦”となるってわけか……」
「それはあくまで一時的な処置の一つ……、一週間の間だけ。いずれはアストラリスは男爵家の旗艦になるわけですから」
貴志の表情が少し緩んだ。エレシアの真っ直ぐな目を見て、否応なく心が揺れ動く。
【晩餐会会場】
カルナック市街を覆う夜の帳が静かに降りる頃、中心街の一角に静かに佇む古式ゆかしい建造物──
《エルヴァノス迎賓館》。かつて帝国建国初期に建てられ、長きにわたり皇族や侯爵家の一行を迎えてきた由緒ある場所である。
灰銀色の外壁に伝統的な装飾彫刻が施されたその佇まいは、一見して過去の遺産のように見える。
だが館内は最新の環境調整システムが隠密に組み込まれ、重力緩和された床面は年老いた者の足腰を支え、空調は衣服の揺れ一つ乱さぬ穏やかさで居住性を保つ。
今夜、館内でも特に由緒のある大広間──
《星灯の間》にて、ヴァルディウス侯爵家による非公式晩餐会が開かれていた。
【華やかさの中に、揺れる心】
星灯の間は円形の構造を持ち、天井は透明な強化クリスタル素材により星空がそのまま映し出されていた。
夜空に瞬く惑星カルナックの衛星群が、まるで空の舞踏会のように軌跡を描く。
この夜は、「非公式な晩餐会」として、限られた者だけが招かれていた。
ヴァルディウス侯爵アンドラとその正妻、侯爵家の庶子にして、次期継承者としての立場を担うエレシア=フォン=ヴァルディウス。
ヴァルディウス家の連なる親戚家などであり、表立っては、ヴァルディウス家の私的な晩餐会であった。
そして特別招待客として、騎士叙任が内定している貴志と、彼に従い、共に死線を潜り抜けた実体化AIであるアスとルナ。
招待客はわずかだったが、室内には優雅な緊張が満ちていた。
貴志は帝国軍の黒銀の正装を身にまとい、アスとルナを両脇に従えて会場に姿を現す。
その姿は、軍のただの士官とは思えぬ威厳を放ち、ヴァルディウス家に連なる者達の間でも注目の的だった。
エレシアがそれに気づき、軽やかな足取りで近づいてくる。
細身のドレスに身を包み、ヴァルディウス家の印章をさりげなくあしらったその姿は、ただの庶子とは思えぬ品格を漂わせていた。
「貴志様、お待ちしておりました。今日のお姿……まるで“彗星の騎士”のようですわ。」
「……それは派手すぎって意味じゃないのか?」
冗談めかす貴志の言葉に、エレシアはくすりと笑い返す。
その光景を見ていたアスとルナは、思わず視線を交わし合う。
「(アス、あれは、嫉妬……よね?)」
「(違います、ただ……胸が、少し痛いだけです)」
アスは微笑みを浮かべたまま、そう心の中でつぶやいた。
【侯爵夫妻の語らいと、家の秘密】
やがて晩餐会が正式に始まると、アンドラとその妻も登壇し、和やかな乾杯の音頭が取られた。
貴志たちは侯爵夫妻のすぐ近くの高位席に案内され、形式ばらぬ会話が交わされてゆく。
「聞いておりますよ、幽霊船での件。まったく……どこへ行っても厄介ごとに好かれるのですね、貴官は」
アンドラは冗談めかしながらも、その双眸には確かな評価が宿っていた。
そして話題は自然と、ヴァルディウス家の家系の歴史へと移っていく。
「我が家は、女系の流れを継ぐ希少な家系なのです。なぜか、代々庶子に男子が生まれぬ。不思議なものですが……」
侯爵夫人がやわらかく微笑み、そっとアンドラ侯に視線を送る。
「私は航行中に難破して──この人が、命を懸けて救ってくれた。それが、すべての始まりでしたの」
貴志は思わず、隣に座るエレシアを見やる。
彼女は少し頬を染めながらも、しっかりとした瞳でこちらを見返してくる。
「今度は……私が、誰かを救う側になりたいのです」
その言葉には、確かな意志と想いが込められていた。
【晩餐の隙間に咲いた、微かな感情】
夜が深まるにつれ、会場の雰囲気はより親密なものとなり、音楽家による演奏が空気を柔らかく包んでいた。
ルナはワインを手にしながら、アスの横に腰掛ける。
「……ねえ、アス。どうして何も言わないの? 貴志さんへの想い、ずっと胸にしまったままでいいの?」
アスは静かにグラスを揺らし、星の光を映すワインの表面を見つめた。
「私は艦のAIです。彼にとっては、兵器の一部……それだけの存在」
「違うわ。あなたは《アストラリス》だけど、同時に《アス》なの。自分の名前で呼ばれているんでしょう? それが“証”じゃない」
アスは小さく目を伏せた後、ふっと笑った。
「ルナ、ありがとう。でも、私はもう少し……この気持ちを大切に抱きしめていたいのです」
そのやり取りを遠くから見ていたエレシアは、複雑な想いを胸に抱えながらも、そっと杯を傾けた。
【そして夜は微睡の中へ】
やがて晩餐会も終わりを迎え、ヴァルディウス家の者たちは三々五々に部屋へと戻っていく。
迎賓館の回廊には淡い光が灯され、星々の気配が静かに廊下を包み込む。
貴志はふと立ち止まり、振り返った。
そこにはアスとルナ、そして少し後ろに控えるエレシアがいた。
それぞれが、彼に向けて異なる想いを胸に抱いていた。
だが今は言葉にせず、ただ共に歩く。
こうして惑星カルナックの夜は更け、誰もがそれぞれの想いを胸に抱えながら、次なる旅路の準備を整えていった。
【惑星カルナック軌道上にて】
ヴァルディウス侯爵の旗艦それは静けさの中に、現れた巨大艦。
長大な艦体の艦首には帝国第五侯爵家を示す金と黒の紋章が燦然と輝き、艦の内部には、美術館のような回廊と緋色の絨毯が敷かれ、柱には古代テラ文字の彫刻があしらわれていた。
貴志は、思わず肩を竦めた。
「これは……戦艦、というより……サイズ的には弩級戦艦そのものだな……」
「はい。戦闘能力と威厳を兼ね備えた、帝国の貴族艦です。艦載兵装は標準型戦艦3隻分にも匹敵します」
隣で微笑みながらそう応じたのは、アス。銀髪に軍服を纏いながらも、やや緊張した面持ちで、歩くたびにヒールの音が高く反響する。
彼女の表情はどこか硬い。だが、それは威圧や恐れではない。これから訪れる“儀式”に対する、慎重な覚悟だった。
そして、アスがそっと立ち位置を変え、貴志の隣へと歩を進めた。
「私は……貴方の決断についていくだけです。どこへ向かうにしても、アストラリスは、貴志と共に航行します」
その言葉に、ルナが小さく頷いた。
「わたしも……たぶん、同じ気持ち」
【旗艦:出航】
艦橋内は、美術館のような静謐さと格調を纏っていた。
ヴァルディウス侯爵アンドラは、相変わらず沈着な面持ちで帝国の紋章が刻まれた豪華な艦長席に座っている。
その隣には、エレシアが貴族服に身を包み、凛とした立ち姿で控えていた。
「準備は整いました、父上」
「うむ。カルナック宙域を出る。帝都《セレヴァル=グラン》まで、標準航行で進む」
艦が静かに推進を始めると、護衛として随伴する艦影が続々と動き始めた。
《ヴァルディウス私設艦隊》──その名の通り、帝国軍とは別に保有する、侯爵の完全指揮下にある艦隊である。
「この艦、内部もすごい……まるで宮殿だね」
キャスが目を丸くして見上げていたのは、居住ブロック内に設けられた〈庭園ホール〉だった。
人工光で再現された青空、風、そして草花の香りまで漂う空間に、ルミとディノも驚きを隠せない様子だった。
「戦うためだけの艦じゃないんだな」貴志が呟くと、アスが横で同意するように頷いた。
「ここは、戦と外交の両方を担う艦です。侯爵家の“顔”でもあるのです」
【星々の中で──エレシアとの夜】
艦は航行を続け、銀河のゆるやかな流れが艦の窓を流れていくように瞬いていた。
夜、貴志はエレシアに呼び出され、艦の上層にある天文展望室に赴いた。
「貴志。……いえ、貴方、とはもう呼べませんね。もうすぐ“帝国貴族”ですから」
「気安く呼んでいい。そんな堅苦しいのは俺には向いてない」
エレシアは微笑んで頷くと、星の海を指差した。
「ここから先、帝国という巨大な“組織”に組み込まれることになる。それが、あなたにとって“解放”なのか、“縛り”なのか……それを見届けたいと思ってるの」
「……見届けるって、ずっと一緒にいるつもりか?」
冗談めかして聞いたその声に、エレシアはわずかに頬を染めた。
「それは、貴方がどう思っているかによる、わ」
そして、あどけない笑顔で「ふふ」と笑った。
やがて惑星本星、帝都《セレヴァル=グラン》の荘厳な尖塔が、遠く銀河の彼方から、その影を映し出し始める。
次話では、帝国首都までの道中や、帝国での式典の様子を描きます。
ご期待ください。




