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模型から始まる転移  作者: 昆布


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第138話:侯爵との謁見

第138話として、傭兵として新たな旅立ちを行うはずでありましたが、ヴァルディウス侯、アンドラとの予期せぬ出会いが貴志達の運命を変えていきます。

【帰還する艦影】

広大な恒星間トラフィックが交差するこの宙域は、民間輸送艦、護衛艦、そして無数の傭兵艦によって飽和していた。

その中を駆逐艦アストラリスの船体は、陽光を浴びながらゆっくりと惑星表面の大気圏へと滑空していた。外装の補修跡はまだ新しく、先の交戦の痕跡を刻んでいる。


かつて数多の英雄が訪れ、消え、そして記憶となってきたこの場所に、いま再び、静かな衝撃が走っていた。


交差する無数の船舶、列をなす貨物艦と傭兵艦。その混沌の中、管制塔に一通の入港申請コードに届いた。


「入港信号受信。……登録コード照合中──」


「一致確認。《ASTRALIS-01》、傭兵登録コード有効。──アストラリス?!」

「再認証要請……識別コード《ASTRALIS-01》。……待て、これって……」


「再認証完了──一致した。まさか、本物……?」


交信記録の中に刻まれていた、あの名。


ざわめく管制塔の内部。数年ぶりに響いたその名に、誰もが一瞬息を呑んだ。


「《要塞主砲特別攻撃作戦》の伝説艦……まさか生きていたのか。いや、今やその名は“再臨の矛”として伝えられている……!」


──海賊要塞砲攻略作戦《オルテガ前衛戦》において、名もなき傭兵艦ルミナスの艦長として戦い、見事、敵要塞の主動力炉を破壊するという“奇跡”を果たした指揮官。その名は銀河の傭兵記録に深く刻まれていた。


その艦長の名も、今、再び──


> 「こちら、傭兵登録艦アストラリス、艦長・貴志特務大尉。

カルナック宙域にて、傭兵任務の受領を希望する。入港、許可願う──」


沈黙が数秒、室内を包んだ。


「……カルナック管制より《アストラリス》、入港を許可する。ドック03-Bへ、誘導を開始。おかえりなさい──英雄殿」


艦体は静かにスラスターを点火し、霧のような宇宙空間を滑っていく。

その後ろに広がるのは、数々の死線をくぐり抜けた記憶の痕。

そして、艦首に宿るのは──希望と決意の光。


【《駆逐艦アストラリス》入港】

深宇の闇より、まるで伝説が実体化したかのように、それは姿を現した。

全長250メートルの艦体。銀灰色の外装には過去の戦火の痕跡を残しながらも、再改装によって漆黒の艦首と白のラインが走り、まさに“戦場を駆ける騎士”のような佇まい。


ブリッジからカルナックの景色を眺めていたのは、艦長・貴志。


傍らには、灰銀の髪をなびかせたアス。静かな微笑を湛え、艦の鼓動を背負う実体化AIとして、その表情には深い感慨が宿っていた。


「ここが──カルナック。懐かしいですね、艦長」


「……ああ、戻ってきたな。俺たちの戦場に」


艦内では、ルナがドローン整備班に指示を出し、真面目な顔でパネルを覗き込みながら、時折、皆の様子を見守るように小さく微笑んでいた。


「なんか、こういう雰囲気、好きかも! あ、でも、ちゃんと緊張してるからね!? ほら、ね、アス!」


「……当たり前。警戒態勢を維持して。ルナ、また転ばないでね」


──ドックに接岸し、アストラリスのハッチが開く。


迎えに来たカルナックの傭兵酒場の幹部たちは、思わず息を飲んだ。


最初に現れたのは、漆黒の軍服を着た青年。視線は静かで、どこか深い傷を秘めながらも、確かな芯のある人物──《貴志》。


続いて、軍服に銀髪の女性、そして少女型のアンドロイド、そしてルナ。彼らは、まるで“家族”のように並んでいた。


「……伝説じゃ、なかったんですね」


誰かが呟いた。


「これから始まる物語の続きだ」と、もう一人が返した。


【懐旧のカルナック

惑星カルナック──かつて幾度もの戦火を耐え抜き、今なお宇宙交易の要衝として賑わうその都市の空の玄関。宇宙港の軌道ドックに、銀灰色の鋭角な船体を煌めかせていた。


艦橋から一歩、タラップを踏みしめた瞬間、貴志は思わず目を細めた。


「……変わってねぇな、カルナックの空気は」


コロニー独特のオゾンの香りと、遠くで響く船舶のエンジン音。高層都市の隙間から差し込む人工太陽の光が、街並みを金属色に染める。そこには確かに、数年前、彼とアス、そしてルナの三人だけで戦っていた頃の記憶が息づいていた。


「……カルナックで戦ってた頃は、俺ら3人だけだったな」


そう呟いた貴志の隣で、アスが静かに微笑む。


「懐かしいですね。あの頃は、まだ私も実体化したばかりでした。ルナとドローン隊も未成熟で……」


「ふふん、でも今は違うよ。私は完全に実戦AIとして成長したんだから」


ルナは誇らしげに胸を張った──もちろん、少し背伸び気味に。


「キャスにルミ、ステラ、フィフ、ティノ……本当に、仲間が増えたな」


その言葉には、深い感慨がにじんでいた。


【傭兵酒場で任務受領だったはず】

久々のカルナック滞在の目的は、任務の受注であった。

傭兵登録艦としての再認可を終え、次なる任務候補が並ぶホロパネルには──


【依頼レベル3】:ヴァル=オルト宙域の難民護送任務


【依頼レベル4】:アスト=ベルド星系における戦闘宙域調査任務


【特級依頼レベル5】:海賊《銀血の亡霊》掃討作戦──要前線経験者、連合軍特務少尉以上要


貴志は、やや眉を寄せてパネルを見たあと、アスと目を合わせる。


「海賊、銀血シルヴァブラッド──また、動き出したか。かつて様々な宙域を荒らし回った海賊だ」


「もはや偶然ではありませんね。……この宙域でも勢力を拡大しています。今の《アストラリス》なら、十分に対応できます」


「……よし、受けよう。《銀血の亡霊》掃討作戦、俺たちがやる」


その言葉に、アスが静かに頷き、ルナは目を輝かせた。


「うん、また一緒に戦えるんだね! 今度は、きっともっと強くなれる!」


【貴賓室での邂逅】

カルナックの傭兵酒場で、貴志たちが新たな受領する任務の目星をつけていた。

今日は傭兵任務の受領や、完遂報告の傭兵達がとても多く、貴志達も申し込みの順番待ちのために、傭兵酒場のカウンター前で軽く一息ついていた。


すると、受付嬢がそっと声をかけてきた。


「大尉。あなたに……貴人からのご指名が入りました。宇宙港の貴賓室へ、至急お越しください」


「貴人……?」


眉をひそめる貴志に、アスが静かに囁いた。


「この場合の“貴人”は、帝国貴族の高位者のことです。おそらく……」


「ヤバいヤバいヤバい! 何かの冤罪とかじゃないよね!? 私、まじめにしてたもん!!」

ルナが騒ぎながら、アスの背後に隠れる。


「まあ、行くしかないだろ」


苦笑しながら、貴志たちは重厚な貴賓室の扉をくぐった。


【貴賓室にて】

静まり返った白亜の廊下を抜け、厳重なセキュリティゲートを越えた先。


重厚な黒檀の扉が開くと、貴賓室の空気は張り詰めていた。そこには、かの帝国貴族・ヴァルディウス侯、アンドラが鎮座していた。背後には、儀仗の兵士と、執事とメイド数名──まるで一つの貴族宮廷が再現されていた。


その前に立つのは、貴志たちが救助したエレシア=フォン=ヴァルディウス。

先の戦闘で救出した高貴なる令嬢であり、戦火の中でほんのわずかに芽生えた、人としての信頼と温もりの記憶。


彼女は艶やかな銀髪を揺らしながら、嬉しそうに手を振った。


「先日は、海賊から守って頂き、大変ありがとうございました。貴志様」


「エレシア……君が、帝国貴族の……」


「庶子でございます」


エレシアが、晴れやかな笑顔で立ち上がる。その背後には、帝国紋章のついた豪奢な椅子があり、そこに腰掛けていた威厳ある壮年の男性がゆっくりと立ち上がった。


「……貴官が、惑星ガンマの執政官、そして連合軍大尉、傭兵の貴志殿で間違いないか?」


貴志はわずかに驚きながらも、姿勢を正した。


「はい。俺が貴志です」


壮年の男──その目は決して威圧ではなく、真っ直ぐに貴志を見据えていた。


「私は、帝国貴族・第五侯爵、アンドラ=フォン=ヴァルディウス。エレシアの父である」


その場にいる誰もが、空気を飲み込んだ。


ルナが耳元で小声を飛ばす。


「や、ヤバいって……! 皇族に匹敵する上級貴族……」


だが、ヴァルディウス侯爵、アンドラは、ゆっくりと頭を下げ、深々と礼を取った。


「この度は、我が娘エレシアの命を救ってくれたこと、心から感謝する」


その一礼の重さに、貴志も無言で頷くしかなかったが、その後の言葉は息を飲む一言だった。


「端的に言う。私に仕えるつもりはないか?」


「貴官の戦歴、才覚であれば、我が家の騎士に相応しい。爵位も用意できる。帝国の男爵として、正式に叙爵することが可能だ」


「え……?」


「また、貴官は知らないかもしれないが──惑星ガンマは、現在、帝国が委託統治している外郭惑星である。つまり、貴官は既に、帝国の人間なのだ」


その言葉に、貴志の時間が止まった。


アスがわずかに目を見開き、ルナは口をポカンと開けて固まった。


ルナが「委託……って、じゃあ、あの星も帝国に……?」と呟き、アスは静かに目を伏せた。


「ご返答は急がない。だが、私どもは今週いっぱいカルナックに滞在する予定だ。それまでに、答えを聞かせてもらえれば良い」


そう言って、侯爵は席に戻る。そして──


「しばらくの間、エレシアを貴官の側に付けさせる。彼女から、帝国と我が家の事情を聞いてもらいたい」


エレシアはそっと近づき、貴志の隣に並んだ。銀の髪が揺れ、微かな赤みが彼女の頬に差し、背筋が一瞬すっと伸びた。


「……わたし、少しでも貴志様のお力になりたいんです」


【静かな嵐の予感】

貴賓室を後にした貴志たちは、薄暗い街灯の中、無言で歩いていた。

会談が終わった後も、貴志の心にはざわめきが残っていた。


男爵位。帝国騎士。惑星ガンマの統治者としての名誉と責任。


だが、彼の目に映るのは、それよりもはるかに濃く、深いものだった──


――戦場で背中を預けた仲間。


――崩れ落ちた遺跡の奥で手を取り合った者たち。


――幾度も命を賭してきた、AIであり、戦友であり、今や「家族」と呼べる存在たち。


「どういたしますか?艦長。侯爵様の申し出……受ける?」


傍で囁いたアスの瞳は、柔らかくも深い問いをたたえていた。


貴志は空を仰ぎ、乾いたカルナックの風に思いを重ねる。


「……答えは、もう少しだけ、探してみようと思う」


貴志は夜空を見上げた。カルナックの人工天蓋には、宇宙に浮かぶアストラリスが、小さく瞬いていた。


「──俺たちは、確かに新しい運命の岐路にいる。それだけは……分かる」


その時、背後からかすかに響いた、エレシアの優しい声。


「……私は、あなたの決断を急かしたくない。ただ、これからの“貴族と民”、そして“人とアンドロイド”の関係を……少しでも、良くしたいと思っているの」


その瞳には、過去ではなく未来を見据える強さがあった。


そして貴志は、この出会いが、新たな時代の幕開けであることを……直感していた。

次話では、貴志達の決断の様子を描きます。

ご期待ください。

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