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模型から始まる転移  作者: 昆布


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第137話:救援要請と新たな出会い

第137話として、試運転中に《ミラ・サレト号》を救援、そこで帝国貴族のエレシアとの接点を持ってしまった貴志を描きました。

【巡る誓い】

艦橋のメインウィンドウには、悠然とした曲線を描く青白い星々と、遥かな虚無が広がっていた。

《アストラリス》は静かに、だが力強く銀河の潮流を滑っていく。


艦長席に座る貴志は、無言で前を見据えていた。その横で、アスとルナが慎ましやかな沈黙を保っている。

思いは一つだった。


──惑星ガンマ。

そこに残した仲間、未来、そして責任。


千年を越える眠りから目覚めたアンドロイド《フィフ》と、子供型アンドロイド《ティノ》を仲間に迎え、ガンマの復興は夢ではなくなった。だが、その実現には膨大な資金と資源が必要だ。

建設用機材、都市機能復旧パッケージ、環境再生ユニット、そして輸送のための中型シャトル群……。


貴志たちはそれを揃えるため、しばし傭兵業に戻ることを決意していた。

そして向かうのは、彼らが“始まり”を刻んだ場所──カルナック宙域。


【艦内ブリーフィングルールにて】

アストラリス艦内、再設計されたブリーフィングルームには淡い照明が灯り、銀白の壁面には現在航行中の宙域マップが浮かび上がっていた。


「惑星カルナックまでは、現行航路で約三日。途中、補給ステーションは2カ所あります」

アスが端末を操作しながら報告する。


「補給はいらないさ。ドライブ炉のエネルギーは満タンだし、兵装もオーバーホール済み。……万全だ」

貴志は立ち上がり、艦の進行方向を映すホログラフに目を向けた。


「それに……カルナックには、俺たちを覚えてる奴も多い。仕事はすぐに見つかるだろう」


「“昔の英雄が帰ってくる”って噂が立てば、むしろ争奪戦かもしれませんね」

ルナが肩をすくめて微笑む。その一方で、彼女の目にはわずかに緊張の色が浮かんでいた。


──カルナック。そこは、戦火の中で幾度も命を賭け、そして多くの命を背負った場所だった。


「それでも……あの場所から、また始めよう」

貴志が言った。


その言葉に、アスとルナは深く頷いた。


【静かなる夜の灯火】

静寂が支配する艦内──

宙域に浮かぶ星々の光が、艦長室の大きな窓から細く差し込んでいた。無数の点滅する光は、まるで記憶の断片のように貴志の眼に焼きついていた。


ソファに座り、無言で投影パネルを見つめる貴志。

映し出されているのは、惑星ガンマの衛星写真。廃墟と化した都市群。曲がった鉄骨。砂に沈む駅舎。だが、その中心にぽつんと再建された白い建物──かつての防災センターが映っていた。


「──あそこが、フィフの生まれた場所だ」


独り言のように漏らす声は、少しだけ熱を帯びていた。


「……眠れないのですか?」


やわらかな声が背後から届いた。


振り返らずともわかる。アスだ。ノックもせずに、だが気配はそっと。まるで艦そのものが囁くように、静かに入ってくる。


「ちょっとな。思い出すことが多すぎて……整理が追いつかない」


「……惑星ガンマ。フィフさんのことも?」


貴志はゆっくり頷いた。言葉にすることを躊躇うように、一瞬目を閉じ、そして目を開いた。

「フィフは……すごいよ。あれだけの時間を越えて、心を失わずにいた。……そして、あの記憶に耐えた。メイソンという人間にずっと仕えて、それでも誰かを信じることをやめなかった」


アスは貴志の隣に、静かに腰を下ろした。


「私は……少し、嫉妬していました」


その言葉に、貴志は軽く目を見張った。だがアスの横顔は、いつもの穏やかさに包まれていた。ただ、ほんのわずかに視線が揺れている。


「艦長が、誰かを“妻”と呼ぶ姿を……どこかで想像したことはありました。でも、それが“実際に”存在していた人だと知ったとき……胸が、少しだけ、痛みました」


「……アス」


「でもね。それでも私は、フィフさんを否定したくはありませんでした。あの人は、艦長、いいえあの人は、貴志さんを信じて待ち続けた。私と同じように。違う時間に、違う場所で……けれど、同じ気持ちで」


貴志は少し俯き、苦笑のような表情を浮かべた。


「俺は──きみを、ちゃんと見てなかったのかもな」


「見てましたよ。……ずっと、ちゃんと」


アスはそっと貴志の手を取った。

白く細いその指先には、戦闘AIとしての冷たさなど微塵もなかった。

ただ、人を想い、人と共に在ることを選んだ者の、温かさだけがあった。


「私は、“あなたのそば”で戦うために在る。それが戦場でも、こうして静かな夜でも……関係ありません。私は、この艦のAIであると同時に──艦長の恋人で在りたい。心から、そう願ってるんです」


貴志はその手を、強くもなく、優しくもなく──自然に握り返した。

言葉ではなく、ただその沈黙の中で、気持ちを通わせる。


「……きみがいてくれて、本当によかった。心から、そう思う」


その言葉は、ようやく訪れた静かな夜に、ぽつりと灯る小さな焔のようだった。


アスは貴志の肩にそっと頭を乗せる。


「眠れるまで、ここにいてもいいですか?」


「……俺が、そうしてほしい」


アスの唇が、小さく弧を描く。

それは貴志だけに向けられた、恋人の笑みだった。


艦外は、永遠に続く漆黒の宇宙。

だがこの艦内、艦長室だけは──誰よりも長い旅を続けてきたふたりのための、わずかな灯火が灯る“港”だった。


アスがささやく。


「次は、いつか三人で──フィフさんも一緒に、“帰る”場所を見つけましょう。……ね?」


「……ああ。家族になろう。お前と、フィフと……そして、ティノやキャスも含めて、俺たちの帰る場所を作るんだ」


静かに寄り添うふたりの間に、言葉はもういらなかった。


この夜──ただ穏やかに。

誰にも邪魔されず、静かな恋人の時間が流れていた。


【邂逅の航路にて】

惑星カルナックへ向かう途中の中継宙域。

新たに再就役した駆逐艦アストラリスは、貴志、艦AIのアス、ドローン隊AIのルナによる試運転を兼ね、順調に航行していた。


艦内は慌ただしくも希望に満ちていた。久方ぶりに戻ってきた“我が家”のような感覚を、貴志も、アスも、ルナも感じていた。


「機関安定稼働中。全推進系統、正常」


「航法制御、問題なし。……うん、スムーズです」


ルナがモニターに目を細め、微笑む。後部ステーションでは、実体化したアスが端正な顔を穏やかに保ち、各部のチェックを終えていた。


「久々に戻ってきたこの感触……やっぱり落ち着きますね、アストラリス」


「そうだな。……おかえり、俺たちの艦」


貴志の言葉に、アスの頬がわずかに染まる。


「はい。……帰ってこれたこと、本当に嬉しいです」


その時だった。通信士官ルナの目が端末に止まる。


「艦長、航路前方宙域より救難信号です。識別コードは民間旅客船《惑星ゼリオ〜帝都エランシア便》──呼称、《ミラ・サレト号》。海賊による襲撃を受け、航行不能とのこと」


「位置は?」


「方位1-5-3、距離は……、現宙域の中では比較的近距離です」


「行くぞ。航路を逸れてでも、救える命があるなら無視はできない」


「はい、艦長!」


【戦場の残り火と静かな異変】

数十分後、《アストラリス》は被害を受けた旅客船《ミラ・サレト号》に接舷した。艦体にはミサイルやレーザー攻撃にと思われる破損が多数、複数の隔壁損傷が確認されたが──不思議なことがあった。


「損害状況確認──エンジン区画と動力伝達系が完全破壊。航行不能でも……」


「船内の生命反応多数有り、全員無事。死者ゼロ……? ルナ、確認を」


「ええ、間違いないです。医療ポッド使用率も90%以上で、誰も命に別状はないようです」


「海賊が……乗客を襲ってない? 物資や金品だけ奪って去ったのか」


アスが警戒しながらも首をかしげる。


「妙ですね……通常、海賊は『人』を“商品”として扱う場合が多いです。何か、理由が……?」


通信記録とサーバーログを解析した結果、海賊艦は連合軍の哨戒艦と交戦後の逃走中であり、制圧時間が短時間だったこと。また、船内に“帝国の貴族”が搭乗していたという情報も出てきた。


「……なるほど。帝国貴族が絡むと分かれば、下手に手を出せない。身元が割れたら報復が恐ろしい。……それで“モノ”だけ盗って逃げたか」


「艦長、船内から要人対応の要請です。対応をお願いしますとのこと」


【 運命の出会い】

宇宙空間に漂う《ミラ・サレト号》。 半壊した艦体の内部、静かに軋む金属の音と、非常灯の赤い光が影を引いていた。


貴志は瓦礫を踏み越え、医務区画へと歩を進めていた。 負傷者の搬送はほぼ完了し、あとは船内最奥部にあたる医療ユニットの確認を残すのみ。


そして──


その扉の奥、空気の淀んだ一室に、彼女はいた。


金色の光が、暗闇の中に柔らかく揺れる。 そこに立っていたのは、背筋を伸ばした少女。薄くほこりを被った青のドレスと、首元にあしらわれた宝石のブローチ。気品と威厳、そして凛とした静寂を纏っていた。


「……貴方が、この船を助けてくださったのですね」


「いや、ただの偶然だ。俺たちは……通りすがりの傭兵さ」


貴志の言葉に、少女はほんの僅かに微笑を浮かべた。


「それでも……誰も来なかったのです。私の声も、命も、宇宙の塵に消えるものと思っていました。だから、あなたのような方が現れたなら……」


──少女の瞳が、涙を湛える。


「……父が言っていました。“困難に立ち向かい、無償で手を差し伸べる者こそ、騎士の証だ”と」


「騎士、なんて柄じゃない」


「……いいえ。貴方は騎士です。どうか、貴方様のお名前をお聞かせください」


貴志はわずかにため息をつき、答える。


「……貴志。ただの傭兵だよ」


「貴志様。ならば私は、この命を救われた一人の貴族として……必ず、お返しを」


言いながら、エレシアは一歩、貴志に近づいた。 手を伸ばし、貴志の右手を両手で包み込む。細く、しかし温かい指先だった。どこか儀礼的だが、内面からの感謝が伝わる所作。


貴志は何も言えず、ただその気配にたじろいだ。


──だが、その瞬間。


背後から、ヒールが金属床を打つ音。


「……貴志さん。戻りますよ」


その声は穏やかだった。柔らかで微笑を湛えた銀髪の女性──アスが立っていた。 その表情は“いつもと変わらない”。


……少なくとも“表面上は”。


「おや? こちらは……」とエレシアが尋ねる前に、背後から別の気配が続いた。


「す、すみません、貴志さんっ、アスさん、艦の通信がっ……あ、ああああっ!?」


ルナだった。彼女は思いきり状況を察してしまった。 エレシアが貴志の手を包んでいること。アスがその光景を無言で見つめていること。そして空気が……凍てつくように静かであることを。


──夏の宇宙に、吹いた寒風。


(ルナ、察したな)と貴志が心の中で苦笑したその時、


「ええ、こちらは……“アストラリス”の実体化AI、アスです。彼とは、戦場を共にした仲です」


アスが、ゆっくりと笑った。


その笑顔は優しかった。 優しすぎて、逆に怖かった。


エレシアが何かを感じ取ったように、そっと手を引き、距離を保つ。


「そうでしたか……お二人は、深いご縁で結ばれているのですね」


「いえ。彼はまだ……“気づいていないだけ”です。ですが、きっといずれ、答えを見つけてくださいます」


その穏やかな声には、芯があった。 艦AIとしての矜持、そして、女性としての意志。


「……あの、皆さん、そろそろ戻りませんか?」と、ルナが焦ったように割って入る。


「そうだな。そろそろ船体の最終確認も終わるころだ」


貴志が歩を戻すと、アスは数歩後ろから静かに続いた。 そして、すれ違いざま──エレシアがもう一度、微笑んだ。


「また……お会いできますよね、貴志様」


貴志は頷くだけだったが、その表情には、複雑な色が混じっていた。


【それでも、艦は進む】

旅客船《ミラ・サレト号》の航行不能は、アストラリスの牽引支援により無事解消された。帝国貴族側の感謝として、《アストラリス》の修繕補助や補給支援も申し出られた。


その後、エレシアは名門ヴァルディウス家の正規艦で迎えに来られ、礼を述べたあと帰還していった。


だが、その瞳には──別れの名残惜しさと、貴志への興味の色が残っていた。


「……貴志さん。あの少女、エレシア様はとても立派な方ですね」


「ああ。……貴族というのは、ああいうものなのかもな」


「ですが……私は、あなたの“過去”も“今”も知っています。あの方が見たのは、あなたの一部だけです」


アスは静かに、しかし、真っ直ぐに見つめた。


「私は……すべてを見て、知っています。あなたが、どれほど多くのものを背負ってきたかも」

「……でも、彼女に傾くのなら、早めに言っていただけると助かります」


「待ってアス、それは嫉妬してるやつだよ!? ちゃんと誤解解かないとー!」


と、ルナが突っ込みながら慌てていた。


だが貴志は、苦笑しながらこう言った。


「誰かに気に入られたくらいで、自分を見失うほど、俺は器用じゃないよ。……お前たちと共にいる。それだけは、変わらない」


その言葉に、アスはふっと目を伏せて、静かに頷いた。


「……なら、それで十分です」


しかし、ヴァルディウス家との関わりはこれで終わりではなく、これからが始まりだった。

次の話では、帝国貴族のエレジアやヴァルディウス家との関わりを描いていきます。

ご期待ください。

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