第136話:アストラリス
第136話として、貴志達の乗艦であるアストラリスに戻ってきました。懐かしくあるものの、これから新たな航海をする様子を描きました。
【接近するオルテガ・フロンティア】
オルテガ・フロンティア宙域に入ったとき、アスの瞳が微かに揺れた。
「この軌道傾斜角……懐かしいですね」
「そうだなー、久しぶりに帰ってきたよ!」
貴志が肯定すると、彼女はわずかに笑みを浮かべた。
「艦長と出会ったからは、暫く此処を拠点としていましたから」
重力井戸へと沈み込む駆逐艦の艦橋では、ノヤ中尉がいつものように落ち着いた声で交信をこなしていた。
その後ろ姿を、貴志はどこか感慨深げに見つめていた。
かつて、共に敵要塞の防衛網をかいくぐり、命を預け合った戦友。
その背中には、確かな経験と、そして信頼がある。
「……ノヤ中尉。貴官には、本当に世話になりっぱなしだ」
「気にするな。あのとき俺が生き残れたのも、あんたの“あの判断”があったからだ。……命は、貸し借りしてる暇があるほど長くはないだろ?」
にやりと笑うその顔は、もう“新任少尉”の面影ではなかった。
【惑星】
濃い赤茶けた空に軌道ステーションの影が浮かび、地表にそびえるドック群は、まるで眠れる巨人の骸骨のように黙していた。
人の暮らしより、艦と鉄の時間が流れるこの地に、ようやく彼らは“帰還”を果たすこととなった。
ミレニア号の怨念から解き放たれた後も、心のどこかに残る余韻が、今なお消えずにいる。
だが、彼らはそれを胸の奥にしまい込み、目の前の現実に足を向けていた。
宇宙港──それは辺境宙域の中でも最大級の軍事修繕ドックを持ち、幾多の艦がここで息を吹き返す拠点でもあった。
そこに、貴志、アス、ルナの三人が、駆逐艦から降り立った。
風はない。しかし、艦隊ドックに吹き込む人工気流が、焼けた金属のにおいと、修理作業の油臭を混ぜて彼らの嗅覚を刺した。
「ようやく……ここまで来ましたね、艦長」
アスが微笑む。銀髪が照明に反射して、まるで光の幕をまとっているかのようだった。
「長かったな」
貴志は応じるも、眼前のドックを見上げて、ふと眉間に皺を寄せた。
「……着いたな」
貴志がそう呟いたとき、彼の隣に立つ銀髪の女性――アスが、静かに微笑んだ。
「ここが……私の“本体”が眠っている場所ですね。随分、懐かしい気分になります」
ようやくたどり着いたオルテガ・フロンティアの宇宙港で、貴志たちは駆逐艦が保管されている改修ドックへと向かっていた。
道中、アスは微かに笑みを浮かべていた。
「久しぶりに、わたし自身と再会できます。……変な言い方ですが」
ルナもどこか神妙な顔をしていた。
「貴志さん。久々に“本当の艦”に帰れるのね。ここまで、随分遠回りした感じ」
貴志は頷きながらも、心のどこかで少しだけ緊張していた。
――この船で、数え切れない死線を越えた。
そして、この船を降りてから、どれほどの変化が自分たちに訪れただろう。
【ヴェル作業長】
怒気混じりの声と共に、オイルまみれの作業服を着た男が現れた。肩には“作業主任”の記章。
貴志はすぐに理解した。
この男こそ、ドックでの改修を担当してきた張本人──ヴェル作業長だ。
銀髪を撫でつけた髭面の男は、開口一番、怒鳴るように叫んだ。
「まったく、お前らどこまで放っとくつもりだったんだ、このガラクタ艦をよ!」
貴志が少し身構えると、男は腕を組み、ふぅと煙を吐きながら言い直した。
「いや、怒ってるのは期限切れじゃねぇ。問題は、こいつの技術が“時代錯誤すぎる”んだよ」
男が指差したスクリーンには、アストラリスの艦体図が浮かび上がっていた。
外見は変わっていない。だが、内部のいくつかの構造に“現代的兵装”の赤いマーキングが加えられていた。
「初期設計、まるで資料にない。シールドジェネレーターも、慣性制御装置も既知のものと構造が違う。おまけに艦載ドローンのインターフェース? 古すぎて、互換性が全滅だった。とにかく改修に手間取って、赤字も赤字、真っ赤よ!」
指差されたのは、分解中の《アストラリス》の艦構造データだった。
「……つまり?」
アスが丁寧に問い返すと、作業長は苦々しそうにタブレットを投げつけるように机に置いた。
「つまり、現代の補修技術じゃ完全再現が無理ってこった。使える部分は活かし、使えない部分は現行装備に交換して、なんとか“動く”状態にはしてある。そんな感じだよ。貴様らの艦は!」
「わかった、わかった、落ち着けって」
貴志が肩をすくめると、ヴェルは眉間に皺を寄せたまま、ふぅと煙たげに息を吐いた。
「結局だ、俺たちは現行の規格に沿って、再設計した。つまりな、お前たちの“元のアストラリス”とは似て非なるもんになってる。兵装は最新型に換装、ドローン管制も一新、艦内レイアウトは快適性向上……ぶっちゃけて言うとだ。あれは――」
「“アストラリスⅡ”、みたいなもんか」
貴志の一言に、ヴェルは笑った。
「そう思っとけ。うちの工員もだな、最後は“魂込めて”直したんだ。いい子に育ってるぜ」
貴志は申し訳なさそうに頭を下げながらも、どこか感慨深げだった。
「それでも、戻ってきてくれて……ありがたい。あいつは、俺たちにとって唯一の帰る場所で、アストラリスの代わりなんて無いんです」
作業長は少しだけ目を細めた。
「……ま、それだけ愛されてるってことか。艦は幸せもんだな。とにかく、最新型じゃねぇが、使える範囲での再調整はしてある。……付いてきな」
【久しぶりの対面】
ドックのシャッターがゆっくりと開かれ――
そこには、修復と再構成を経た《駆逐艦アストラリス》の艦影が、荘厳に横たわり、かつての勇姿、そのままだった。
艦体は艶のある鈍色、艦首には鋭く走る赤い稲妻のようなラインが、戦闘艦としての意志を示すように刻まれていた。主砲群は点検を終えたばかりらしく、冷えた砲身が静かに光を反射していた。
ルナが思わず小声で言った。
「……ただいま、って感じがするね」
アスがゆっくりと手を伸ばし、艦体の側面に触れる。
「ようやく……帰ってこられました。ありがとう、アストラリス」
彼女の言葉に、艦がわずかに唸るような音を返したように聞こえた。
艦内に足を踏み入れると、そこは懐かしさと新しさが入り混じる空間だった。
ようやく乗艦許可が下り、貴志、アス、ルナは改修後の《アストラリス》に足を踏み入れた。
「……懐かしい。でも、どこか違う……」
ルナが呟く。
艦内は驚くほど静かだった。メンテナンス後の新しい香りと、かすかな機械油の匂いが混じっている。
廊下を歩くたび、以前はあった振動や異音がなくなっており、内部構造の精度が格段に向上していることがわかった。
ドアが開き、艦橋へと至る最後のハッチが現れる。
そして――
「……おかえりなさい、貴志さん」
艦内通信から聞こえてきたのは、間違いなくアスの声。しかし同時に、違う“何か”が重なっていた。
それは、かつて艦全体に響いていた“アストラリス自身の意志”だった。
艦そのものが、彼らを認識していた。改修によって外見は変われど、魂はそこに在り続けていたのだ。
「こちらこそ──帰ってきたぞ、《アストラリス》」
貴志が静かに言ったその瞬間。艦内照明が一斉に灯り、機関が低く唸りをあげた。
艦は、目覚めていた。彼らの帰還を、ずっと待っていたのだ。
メインブリッジは以前と変わらぬ配置ながら、いくつかの制御パネルは現行仕様に置き換わっていた。
そして、艦内の回廊やエネルギーラインの一部が、別の設計思想で再構築されていることに、貴志は気づいた。
「この表示パネル、現行仕様のものですね」
アスが無意識に指先で撫でる。感触がわずかに異なるのだろう。
ルナもドローン発進デッキで感嘆した。
「わたしのインターフェースが、完全統合されてる……!」
貴志は静かに艦橋へと歩を進めた。階段を上り、扉を開けた瞬間、
そこには、誰もいないはずの艦橋で、あの時の空気が、確かに流れていた。
戦いの静寂。
仲間の声。
シールド警告音。
ミサイルのロックオン。
そして、指令を伝える自分の声。
「――戻ってきたな」
言葉は誰に向けてというわけではない。だが、それを受けたアスが、ゆっくりと横に立ち、深く頭を下げた。
「ようこそ、お帰りなさいませ。艦長」
貴志は彼女に微笑み返し、艦長席に腰を下ろした。
「さて……再起動といこうか。ここからが、本当の始まりだ」
ブリッジに踏み込んだ瞬間、貴志は思わず足を止めた。
ここは、戦いの最前線だった。幾多の命令を発し、幾多の絶望と勝利を記録した、彼自身の「心臓部」。
アスがシステム起動を行い、ルナがサブネットのチェックを開始。
その瞬間――全艦内の端末が次々とオンラインを告げる。
・主機:冷却循環系チェック完了
・艦載ドローン:リンク再構成完了
・兵装管制:初期化成功
・艦AI:コア・リアクション正常値
「アストラリス、完全再起動しました」
その報告に、貴志は静かに艦長席へと腰を下ろす。
彼の右隣に、アスが。左にはルナが。
――以前と変わらぬ配置。
貴志は艦内通信を開く。
「こちら、アストラリス艦長の貴志だ。今より、本艦は再び“我々の”艦として、宇宙へ戻る」
【これからの旅】
その晩、彼らはブリーフィングルームにて、これからの航路について話し合っていた。
フィフの話、惑星ガンマの再興、防災センターへの帰還に、そして……未だ探しきれていない“真実”への航路。
ルナが言う。
「この艦で……全部、確かめに行こうよ」
出航の準備を進める中、ルナがハッチ側の小部屋で、見つけたものを手に取った。
それは、以前の艦内で貴志が使っていた旧式のブラスター。
焦げ跡があり、記憶の中の激戦の名残が感じられる。
「……ねえ、貴志さん」
ルナが声をかける。
「私たち、本当にいろんなものをくぐってきたよね」
貴志は無言で頷き、壁に掛けられていた一枚の古びた旗――艦の紋章が描かれた布に手を伸ばした。
「でも、まだ全部じゃないさ。俺たちの旅は……まだ途中だ」
アスもその隣に並ぶ。
「アストラリスも、それを望んでいます。次の航海で、新しい記録を刻みましょう」
【アストラリス出航!】
格納ドックの扉が再び開かれ、静かに駆逐艦アストラリスが推進を開始する。
艦長席の背後では、ルナがドローンの出撃回線をテストしており、アスが艦の航路を確認していた。
そして、貴志が軽く口笛を吹きながら、前を見据える。
数日後、完全に再整備されたアストラリスは再び宇宙へと舞い上がった。
《オルテガ・フロンティア》の宇宙港を離れ、ドック作業員たちが見送る中、主推進機が静かに火を吹く。灯りに照らされながら、まるで銀の魚のように宇宙へと舞い上がるその姿を、作業長が遠くから見送っていた。
「……頼んだぜ、戦う者ども」
その姿は、どこまでも堂々としていた。かつての傷も、今の改修も、すべてが“記憶”として刻まれた、新たな旅の始まりだった。
――これより、航行開始。次の目的地は、惑星……これから再興する地。
アストラリスの艦橋で、貴志、アス、ルナ、そして仲間たちは、未来へと向けて舵を取った。
自分たち自身の物語を、紡ぐために。
そして、アストラリスは新たな星へと、静かに航路を取った。
――記録を超えた航海が、今、再び始まる。
次話においては、アストラリスを駆り、惑星ガンマを復興するための新たな戦いを描きます。
ご期待ください。




