第133話:曳航航路
第133話として、旅客船《カリスト・レイン号》は、駆逐艦、ボナ、デナに曳航され、惑星に到着し、旧友との楽しい時間を描きました。
【2艦から曳航されて】
星系の重力圏を越え、深宇宙を進む三隻の船影。
海賊からの攻撃を受け航行不能となった旅客船《カリスト・レイン号》。その両翼には、駆逐艦《デナ》が牽引ビームを張り、静かに前進していた。惑星までの道のりは数時間。だが、その僅かな間にも、海賊からの襲撃も予想されるため、警戒は怠れなかった。
《カリスト・レイン号》は、海賊撃退後の補修により、一旦は主発電機の起動に成功したものの、変圧器の不具合により停電が発生していた。
船内は非常灯のみが灯り、赤い光が壁や床を舐めている状況であり、各所で応急修理班が奔走しているが、制御系の復旧はまだ遠く、船内の重力制御も不安定だった。また、生命維持装置の動作が不安定なこともあり、乗客たちは仮設の待機エリアに集まらされ、ひとかたまりとなって不安げな表情を浮かべていた。
貴志達はと言うと、先ほどまで艦橋に詰めていたが、混雑が激しく新しい情報も無いため、軍人や傭兵達で混雑している艦橋を離れ、先ほどまでの自分達の戦場であった、第4砲架の仮設ブリッジに戻っていた。
貴志は、ふと窓の外の曳航光に目をやった。静かに進む宇宙船の群れ。その中心に自分たちがいるという事実が、改めて彼の心に重くのしかかった。
手に持った紙コップの水を飲み干し、喉を潤す。緊張が抜けたはずなのに、心の芯がまだ戦闘の残響で震えていた。
「……海賊を撃退出来たのは、奇跡みたいなもんだな」
「奇跡というには、貴方はあまりにも冷静すぎました」
アスの落ち着いた声が返る。まだ頬に微かに火花の跡を残したままの彼女は、優雅に背筋を伸ばしながらも、その視線は遠く、艦外の光点に向いていた。
「貴志、あなたが“撃て”って言った時、私たち、信じて撃てた。だから成功した。……それって、"奇跡"と同じくらい、すごいことだと思うの」
貴志は照れ臭そうに頭をかくと、
「…そう言ってくれるなら、少しは報われるな」とつぶやいた。
「……俺たち、今までは戦闘で海賊達を撃退することばかり考えていたが、旅客船内で守られ立場になって初めて、人の“命”そのものを守っていることを実感したな」
その言葉は、誰かに向けたというより、自分自身へのものだった。
アストラリスの実体化AIであるアスは、非常用端末のそばで、再起動用バイパスシステムの調整をしていた。焦げた機材を前にして、思わず眉をひそめる。
「艦長。船体損傷は中等度ですが、構造的に重要な配線が焼損していました。船内の補修技術では修復までに最低でも2日。やはり旅客船の脆弱さ、予想以上です」
「……わかる。でもそれを護るのが、今の俺たちの仕事だ」
アスは一瞬だけ、静かに目を細めた。かつては命令と任務に忠実だった彼女も、いまや"人"としての感情を持っていた。
ルナは、疲れ切った身体を投げ出すようにして通路に寝そべっていた。
「ふぇー、白兵戦にならなくてマジで良かったー!ドローン部隊は、狭い艦内での白兵戦には向いていないから、マジであと一歩でドローンを盾にするとこだった!」
貴志が苦笑しながら「それでも、君は最後ま戦おうとしていた」と言うと、ルナはちょっと誇らしげに笑った。
「まあ、傭兵ですしっ!」
そして、その視線の先に浮かぶのは、曳航してくれる二隻の艦、《ボナ》と《デナ》。
「あいつらが来なかったら、全滅だった」
「はい」アスが頷いた。
「彼らの接近信号を受けた時、わたしの演算領域は“安堵”という情報で満たされました」
「仲間ってのは、頼もしいもんだな」
そう呟いた貴志の目に、灯りがひとつ、滲んでいた。
【惑星】
海に囲まれた緑と鉱石の惑星。
ここは、《オルテガ・フロンティア》に向かう中継基地として知られ、海賊の出現が比較的少ない安全宙域でもあった。
曳航された《カリスト・レイン号》はゆっくりと軌道港へと入港し、整備ドローンたちが慌ただしく集まって修理を開始した。
貴志たちは星の港で空を見上げた。緑に染まった空は、穏やかに夕陽を呑み込もうとしていた。
ルナがぽつりと呟いた。
「……ガンマは、こういう空、あるかな……?」
アスが応える。
「まだ荒れ地ばかりですが……人の手であれば、必ず変えられるはずです」
「その“人の手”に、私たちも入れてくれよな」
背後から声がした。
振り返ると、そこにはノヤ中尉とモロ中尉の姿があった。
【港湾区の傭兵酒場にて】
星を背にして降り立った都市港は、久しぶりに“平穏”を感じさせる空気に包まれていた。
艦の整備が進み、乗客たちが無事地表に降りたあと、貴志たちは『ボナ』のノヤ中尉、『デナ』のロ中尉と合流し、港湾区の一角にある
傭兵酒場《スターダスト・タバーン(ヴァランシア・ステップ店》に足を運んでいた。
──夜。港の桟橋には、まだ海賊戦で受けた《カリスト・レイン号》が係留され、船体の側面には損傷跡が残っていた。だが、酒場の扉を開けた中には、それとは対照的な安堵の空気が流れていた。
テーブルの奥。照明の薄明かりの中、グラスが小さく鳴る。
荒事の後の空気は、どこか静けさと熱が混じり合っていた。重力制御が施された空間に、木製を模したカウンターやブースが点在するこの傭兵酒場は、戦いを終えた傭兵や船員たちが情報を交換し、束の間の安堵に身を委ねる場所だった。
入り口から入った貴志たちは、騒がしい奥のスペースを避け、中央寄りのブース席に腰を下ろした。アスとルナは左右に、キャスとルミが向かい合わせに並ぶ。フィフはカウンター席を一瞥し、貴志の傍に立ったまま、慎重に店内を観察している。ディノはアスの隣で、目をきらきらと輝かせながら天井のホロ装飾を見上げていた。
すでに何人かの客が、彼らの存在に気づき、ちらちらと視線を向けている。その中には、先ほどまで《カリスト・レイン号》の防衛に参加していた軍人や傭兵も混じっていた。
酒場はざわついていたが、貴志たちの入店とともに、そのざわめきはわずかに変わった。
戦闘を生き延びた者たちが、戦友と再会し、グラスを重ねる空間──それはどこか、静かな敬意の漂う場だった。
「よく生きてたな、ノヤ。お前、まだ艦橋でタバコ吸ってんのか?」
グラスを傾けながら、貴志が笑うと、
「おう、だが今は電子タバコだ。煙の匂いが副長に嫌われてな。あの人、鼻が利くんだ」
ノヤ中尉は煙の出ないデバイスを掲げて見せた。
「モロ中尉、機関部、随分と安定してたじゃないですね。よくぞ来てくれました!」
アスが小さく微笑む。そんな彼女に、モロは珍しく少しだけ目尻を緩めた。
「アストラリスのAIに褒められるとは、光栄だな。だが、艦の性能じゃなく、乗組員の整備努力のおかげだ。俺はただ、沈めるなと命じただけだよ」
「でも、それが一番大事な命令じゃないですか?」
ルナは屈託なく言う。そして、パフェのようなカクテルを吸いながら、にこにこと皆を見回す。
「……それにしても」
ふと貴志が、グラスの底を見ながらつぶやいた。
「俺たちが目指してるガンマの開拓地には、こういう海賊は絶対来させねぇ。地上の治安も宇宙の空路も、ぜんぶ……きちんと、守るんだ」
「その志に、俺は乗った」
ノヤがグラスを掲げる。
「俺もだ。お前たちが造るなら、俺たちは守る番だ」
モロもまた、グラスを合わせた。
「静かだな……海賊船の爆発音と、あの非常灯の赤さが、まだ耳と目にこびりついてるってのに」
そう呟いたのは、貴志。肩には包帯、制服の裾には焦げ痕がまだ残る。だが、その顔はどこか――ほっとしたようにも見えた。
「記録と実感には、いつも時差があります」
アスが静かに答えた。
彼女のグラスには、人工甘味剤入りの発泡水。人型のAIである彼女は酔わないが、傍に寄り添うという目的で、共に飲むことは厭わない。
「でも艦長、あなたが手動で4番砲架の再起動に入った時、心拍数が通常の167%まで上昇してましたよ。旧式の手動砲架の操作、射撃なんて、正気の沙汰じゃありません」
「戦場で正気なんていちいち確認してられるかよ」
貴志は軽く笑った。
その隣で、ルナが大きなグラスを両手で抱えていた。中身は、色とりどりのトロピカル・スムージーだ。戦闘の疲れも忘れて、彼女はいつものように無邪気だった。
「でもでも! ノヤさん、モロさん、ありがとうございました~! あのタイミング、完璧でしたよ!」
「うん。あの通信が数分遅れてたら、たぶん…私は、"本当に"白兵戦になる覚悟をしてました」
アスが続けるように言うと、ノヤ中尉は肩をすくめながらグラスを回した。
「いや、運が良かっただけだよ。ボナも古い艦だ、いつもエンジン音が鈍い。でも、あんたらの声が入った時点で、こっちも意地を張らせてもらった」
「俺たちもさ。ルミナスの頃を思い出したよ」
モロ中尉の低い声に、グラスの氷がカランと音を立てた。
「……あの要塞主砲作戦。今でも夢に見る」
貴志はその言葉に、一瞬だけ目を伏せた。
――炎上する惑星軌道、壊れていく友軍艦、命令を待たずに突入していったあの日の記憶。
だが、その記憶の中にいたのは、ルミナス、アス、ルナ、そして、この二人もまた、あの修羅場を共に越えた戦友だったのだ。
──五人のグラスが、再び高く掲げられ、交わる音が響いた。
それは、過去から続く想いと、未来へ繋がる誓いの合図だった。
次話では、駆逐艦、ボナ、デナに添乗し、本来の貴志達の乗艦である、「駆逐艦、アストラリス」を惑星オルテガ・フロンティアまで、引き取りに行きます。
ご期待ください。




