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模型から始まる転移  作者: 昆布


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第127話:『復旧』という名の手探り

第127話として、手詰まり感満載の様子を描きました。

【先の見えない復旧】

「……また、断線か」


貴志は床下にしゃがみ込み、パネルを開けた先で煤けたケーブルを手に取った。ゴム製の絶縁皮膜は経年と湿気で割れており、内部の銅線は緑青に変色していた。主発電機や副発電機は問題無く動いている。だが、電力が“各セクションに行き渡らない”。まるで人体で言えば、心臓は動いているのに、血管が詰まっている状態──。


「この分岐盤ごと換装したほうが早いかもしれないな……でも、そんな余剰部材、どこにも無いか」


防災センターの第3電源階層。薄暗い機器室に、貴志の疲れをにじませた声が響く。手には導通試験器、目の前には1000年前の規格で張り巡らされた複雑な配線ダクト。そのほとんどが、経年劣化で絶縁不良で漏電しているか、物理的に断線しているかだ。


「主発電機は問題なく稼働してるんだ、電力は十分……けど、途中の電力ケーブル類はほとんどダメだ!人にたとえれは、動脈も神経もずたずただ」


汗ばむ額を拭い、工具を握り直す。ここは元々災害対応の中枢施設。システムやケーブル類は冗長化されていたが、それも経年や崩壊という時や物理的な暴力の前では無力だった。


ふと背後で、軽やかな足音が響く。


「報告します、艦長!地下第2ブロック、通信用中継ノードの再起動に成功しました」


アスが静かに立っていた。無表情だが、手元のホロパネルには細かく色分けされた回路図と、再生されたデータパスが光っている。


「やるな……!」


「当然です。私は艦長の補佐ですから」


嘆息とともに頭を上げると、すぐ横にはアスがひざを揃えて座り、手元の小型ホロパネルで断線経路の3Dマップを構築していた。彼女の表情は変わらない。だが、動作はどこか几帳面すぎて、貴志にはそれが焦りの裏返しに見える。


「……それでも、12系統中、正常稼働しているのは3系統のみ。発電容量の7割以上が無駄になっています」


「“発電可能”でも“送電不能”じゃ意味ないもんな」


「この状況では、ティノに配線の色分けを教えることすら難しいですね。わたし、教える気満々でしたのに」


少しだけ口を尖らせるアスの表情に、貴志は思わず笑ってしまった。そう、まだ笑える余地はあった。


【ケーブルも、建造物も……】

別の階層では、ルナがドローン4機を遠隔操作しながら、崩落しかけた非常階段の構造強度を測定していた。データを即座に並列処理しながら、彼女はぽつりと呟いた。


「“外が見える”って言葉、人間には良い意味があるらしいけど……この場合は、あまり嬉しくないね」


壁が崩れ、吹き抜けたフロアからは、ジャングルを切り開いたばかりの街の景色が見えていた。かつてはビルの谷間だった場所も、今やむき出しの骨組みが並ぶ、無惨な姿だった。


「外壁の修復が進めば、内部の配線も雨風から守れるのに。なのにその材料となるコンクリートや鉄材無い」


彼女の手元でドローンが墜落ビルのひとつに接触し、コンクリートの粉塵を巻き上げた。データ表示には“鋼材劣化指数:72%”と出た。


「……ああ、どこでも同じね」


また建物以外では、敷地内の舗装路や植生を記録していた。道路の一部では、過去の地震や振動で舗装用アスファルトが剥がれ、根を張った樹木がアーチのように覆っている。


「都市って……自然に戻るとこんなに“凶暴”になるんだ」


宙に浮かぶドローンのひとつが、崩落しかけた歩道橋の内部へと進入する。赤外線スキャンが、劣化した鉄骨と溶接の破断跡を照らし出す。


「だめだ、これ。この橋はもう、渡れない」


ルナの目が鋭くなる。情報処理の結果、即座に中央管制へ通信を送る。


> 『ルナ → 中央』

旧歩道橋A-03、通行不可。架け替え必要。資材、なし。人手、なし。

……でも、「なし」で止まってたら、前に進まないよね。


小さく呟き、ルナは再びドローン群を操作した。空撮で、少しでも使える構造物を見つけ出す。それが彼女の“前進の仕方”だった。


【これからの幸せを】

一方、指揮中枢である災害対策本部室。フィフは整然と並ぶ制御卓の間をゆっくりと歩いていた。


「まだこの部屋は、生きてる」


かつてメイソン──彼女のかつての夫であり、旧時代の副所長がいたこの場所。今、そこに立つのは執政官代理としての彼女だ。


「フィフ、これ」


声がして振り向くと、ティノがホロパネルを両手で掲げていた。システムメニューの“電力供給モニタ”が開かれており、数値は赤ばかり。


「いっぱい赤い! なんで?」


「うーん……いろんなケーブルが“おねんね”してるのよ」


「じゃあティノ、起こしてくるっ!」


勢いよく飛び出していくティノに、フィフは思わず微笑みを浮かべた。だがその目の奥は、優しくも、強く、そして悲しげだった。


「……ティノ。貴方のような子ども達を、守れなかった私たちの代わりに、未来を託せる存在でありますように」


彼女の心には、今もあの日の光景が焼き付いていた。出発するメイソンを、ガンマに残される自分が見送った、あの絶望の時。


それでも今、自分の傍には貴志がいる。誰よりも人を信じ、前を向き続ける、かつての“艦長”が。

中枢管理室。フィフは大きなモニターの前で、崩壊地図を俯瞰していた。その目は、真っ直ぐだった。


「セレナード市を……見て」


傍らに立つティノが、まるで「何をしているの?」とでも言いたげに小首を傾げていた。フィフは柔らかく微笑みながら答える。


「かつて……ここは人々の笑い声で満ちていたの。あなたのような子たちも、広場で走り回っていた」


「じゃあ、また走れるようにしようよっ!」


屈託なく言い放つティノに、フィフは瞳を細め、ほんの少しだけ膝を折って視線を合わせた。


「そうね……そのために、私たちは頑張ってるの。あなたも、手伝ってくれる?」


「うんっ! ティノ、葉っぱ掃除も、木の根っこ引っ張るのも、やるよ!」


「……ありがとう」


ほんのわずかな間。フィフの背に重ねられていた“1000年分の想い”が、少しだけ軽くなったように見えた。


だが次の瞬間──


「きゃああああああああっっっ!!」


「!?」


遠くの通路からアスの悲鳴が響く。続けてドタバタと足音が──


「ティノぉぉぉぉぉぉっっっ!!! コード束を叩いて傷つけちゃじゃダメーーーーーーッ!!!」


「フィフがケーブルがおねんねしているから起こしてほしいといったよー!」


逃げるティノ。追いかけるアス。頭を抱えるルナ。そして、思わず吹き出す貴志と、優しく見守るフィフ。


“復旧”とは、決して整然とした作業ばかりではない。


それでも確かに、彼らの手で、この星に“暮らし”が戻り始めていたが、以前として資源の問題は残っていた。


【希望の光】

そして夜。非常灯の明かりに照らされた仮設作業卓の上、貴志は報告書を書き終え、ホットパックのコーヒーをアスと分け合っていた。


「なあ、アス。明日はどこをやる?」


「明日も、あなたのとなりをやります」


即答だった。


「いい返事だ」


復興の歩みは、遅い。だが止まっていない。


誰かが叫んでいた。「資源が無い!」「人手が足りない!」


貴志は、改めて思う。


「俺がルミナスで惑星ガンマを離れ購入に行ければ、キャスに負担かけなかったのになー。」


だが、“希望”だけは、まだここにあった。


貴志は窓の外を見た。闇に浮かぶ防災センターの発電塔。その灯りは弱く、ちらついていたが……確かに、灯っていた。


【貴志、惑星ガンマから出れる?】

翌日も、防災センターの窓から見える光景は、変わったようでいて、変わっていなかった。

たしかに、かつてジャングルと化していた建物周囲の木々は姿を消し、剥き出しになった舗装路や崩落建築が、かつての文明の名残を物語っている。だが──その先が、無い。


「はぁ……」


静かに息を吐く。執政官席に腰かけた貴志の手には、資源管理表のホログラム。無限に見えるタスクと、「不足」「未対応」「準備中」のマークがページを埋め尽くしていた。


「ここまでやって……まだ復旧率、38%か」


「65%です」

アスの冷静な声が返ってくる。


「防災センター“内部設備”のみを対象とした場合の話ですが」


「あぁ、そっちか……なら、まあ……いや、やっぱ気が遠くなるな」


外部施設や周辺インフラを含めれば、セレナード市の復旧はまさに「手つかず」に近い。作業用アンドロイドたちは日夜稼働していたが、予備部品は底を突きかけており、地上に転がる古い部品はもはや“がらくた”の域を出ない。


ドローン部隊の指揮を執るルナも、報告の合間にぽつりとこぼしていた。


「“除去”はできても、“再建”にはならないのよね。手足も、資材も足りないのよ。何もかも」


そんな中でも、ティノだけは相変わらず元気だった。


「きゃーはー! 電線さんのケーブルをー、見つけたよー!」


古い通路からホコリまみれで現れたティノが、にこにことホログラムに修復進行ルートを表示して見せる。小さな“子ども型アンドロイド”のその働きに、貴志も癒されはしたものの──彼の焦りは、日に日に募っていた。


『夕方、防災センター執政官室』

貴志は端末に向かっていた。惑星外への通信申請、商業ルートの再接続、各種規制の再確認。


「俺が……行けばいいんじゃないか?」


ふと、つぶやいた。


本来、執政官が惑星を離れるには特別な許可が必要。緊急時は代理権限の移譲が必要とされていた。だが──今その緊急状態だ。

そして何より、「誰が」止めるのか。実際に稼働中の軍事用・警備用アンドロイドは皆無。セキュリティシステムも、ほぼ死んでいる。形式的な“許可”を抜きにすれば、物理的には誰も彼を止めることはできない。


──キャスたちを無理に出す必要、なかったんじゃないか?


その思いを胸に、貴志は、防災センターの中庭を歩いていた。ちょうど、フィフが花壇跡の瓦礫を片づけている最中だった。


「なあ、フィフ」


「はい、マスター?」


「俺さ、出て行ってもいいんじゃないか? 惑星の外に」


フィフの手が止まる。


「……えっ?」


「いや、だってさ。外に出ちゃいけないのって、執政官だからだよな? けど、今その制御装置、動いてないじゃん? 警備用アンドロイドもいないし──」


その瞬間、フィフの表情が強張った。まるで昔の恐怖が蘇ったように。


「マスター、それは……絶対に……」


彼女はわずかに震えた声で言った。


「ああ、わかってるよ。執政官はガンマを離れられない。規則で、ってやつな」


「……規則、だけではありません」


その声に、微かな震えが混じっていた。


「軍事用アンドロイドが、起動していた場合……貴志様が命令違反者として、即時拘束、もしくは排除対象とされる可能性があります」


「でも、いないだろ? 実際」


「……いまは、はいません」


ぎこちなく微笑んだ。


「大丈夫でしたー! はい、いませんね! はーい!」


思わず赤面しながら手をバタバタと振る彼女に、貴志は思わず噴き出した。


「なんだよ、びびってたのかよ」


「びびってませんっ。過去の教訓を大切にしていただけですっ」


「ふふ……まあいいよ。でも、ありがとな」


貴志は彼女の肩を軽く叩いた。


「俺、アスやルナと共に行ってくる。ガンマの未来のためにな。資源、手に入れてくるよ」


その奥で、アスが貴志に問いかける。


「惑星外への出発準備を進めますか?」


「ああ。キャスたちを待ってる場合じゃない。こっちも動く。ティノも、ちょっとの間だけお留守番頼むな」


「わかったよっ!」


子供のような声で、ティノは笑った。どこか、1000年前の希望が、再び芽吹いたような明るさだった。


【出発の前に】

フィフが送り出しに来ていた。白く煤けた制服に身を包み、風に髪をなびかせながら、穏やかに言った。


「……マスター。お気をつけて」


「大丈夫さ。今度は俺が資源を持ち帰る番だ」


「……はい。ティノと共に残って復旧を進めて起きます」


フィフは一度深く息を吐いてから、真剣な表情で言った。


「戻ってきてください。必ず──」

先の見えない復旧から、貴志の思い付きにより、惑星ガンマを離れられる展開を描きました。

次話では、再び宇宙を駆る貴志達を描きます。

ご期待ください。

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