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模型から始まる転移  作者: 昆布


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第125話:地獄の朝に目覚めて(後編)

第125話として、3日目、最終日と訓練は進み、朧げながらも、戦場での大切なことを理解し始めていく様子を描きました。

【目覚めと“足りない何か”】

「……起きる。今日は、起きるっ!」


薄暗い旅館の一室。まだ外は星の光を残していた。

キャスは目覚ましが鳴る前に目を開け、すぐさま起き上がった。

寝癖を手櫛で整えながら、合宿服に袖を通し、気合いのため息を吐く。


(……三日坊主にはならない、って決めたし……!)


まだ誰も起きていない静寂の中、キャスは旅館の玄関を開けた。


「……よしっ」


そして、玄関前に仁王立ちする教官の前へ──


「よく来た、キャス特務少尉。だが……!」


教官は腕を組みながら顔をしかめた。


「その頭はどうした? 爆風で吹き飛ばされたのか?」


「……へ?」


「ふむ。起きたのは評価に値する。しかし……その髪は何だ? 宇宙嵐を浴びてきたのか?」


旅館玄関前、鬼教官ドローネは腕を組んで待っていた。

その視線はキャスの頭と服装へ鋭く突き刺さる。


「へ……? え、えっと……髪……?」


「寝癖だ。あとシャツの裾、乱れている。軍人にとって“見た目の乱れ”は“心の乱れ”ッ!!」


「えぇえぇえぇぇぇえ!?!? ちょ、ちょっとくらい、いいじゃん! 私、今日ちゃんと起きたんだよっ!? がんばって早起きしたのにぃぃぃ!!」


「腕立て50回ッ!! 吹き飛ばされた寝癖の分、地に這いつくばれぇぇぇッ!!」


結局3日目の朝も、キャスは地面と対話するところから始まった。


【足りない何か】

午後の訓練は一変して“実戦型演習”。

演習場では、AI制御の迫撃砲がランダムに模擬弾を撃ち込み、訓練生たちはそれを避け、かつ、砲撃源への“逆侵攻”を行わねばならなかった。


「さあ、始めるぞ! 戦場では艦橋で座っている艦長も、撃たれる時は同じだッ!!」


教官の号令とともに、地面が爆ぜた。煙と土埃が空を裂く。

音と衝撃が身体を包む。


ステラは冷静に、最低限の戦術で前進していく。


「この程度の散布密度なら、センサー処理で回避ルートは容易ね……」

彼女は拳銃を構え、バリケードの影から“狙撃地点”を一閃。標的を模擬撃破。


ルミはよりサポート重視で、仲間の傭兵訓練生の位置を把握しながら前線を押し上げる。


「複数目標の交差射線を確認。後方から補正指示を送ります──キャスさん、右前方です!」


「りょ、了解っ……って、ぎゃああ!!」


キャスはドロだらけで転びながらも前に出ていた。


──だが、内心ではふと、何かを感じ始めていた。


(……私、なんでこんなとこで、白兵戦の訓練なんか──)


(私は、艦長で、座って命令する側じゃなかったの……?)


その一瞬の思考停止。

静寂の後──


バシュッッ!


「──ぐぁぁっ!? いたぁああっ!?」


模擬狙撃弾が左肩に命中。痛覚制御は軽減されていたとはいえ、衝撃は鈍く重い。


「判断遅延ッ! それが死を招くッ!!」

「模擬戦で止まって考える奴は、実戦では二度と考えられんッ!」

「判断が遅い!! 指揮官なら、最前線での判断力がすべてだ!!」


キャスの目の前に立ちはだかる複数の鬼教官達。

キャスは、あの《ルミナス》の艦橋とはまるで違う“現場”の厳しさを理解し、戦場での大切な事を感じ取り始めていた。


【陰謀と宴と爆走の夜】

『そして、最終日』

「ふっ……今日の私は違うッ!」


キャスは、すでに自ら目覚め、完璧に整えた制服の襟元を整えながら、旅館前に姿を現した。頬には気合いの紅潮。意気揚々と列に並ぶ。


「キャス小隊長、前に!」


「はっ! キャス特務少尉、参上しましたっ!」


「ふん、身なりも気合も悪くない。……だが──」


指導員の目が、キャスの後ろへと動いた。


「貴様の部下はどうした……?」


「……へ?」


キャスは振り返った。いつも後ろにいたはずの、ルミとステラの姿が、そこにはなかった。


「…………えええええええええ!?!?!?!?」


「連帯責任! 貴様が小隊長として部下を管理できていない証左だ! 50回、腕立て伏せ。終わったら山中ダッシュだ!」


「な、なにその理不尽ーッ!!??」


土埃舞う地面に押しつけられた掌。傍目には美少女の熱血訓練に見えたかもしれないが、キャスは涙目になり、腕立て伏せのメニューをこなした後、旅館前の坂を、屈強な傭兵たちとともに、キャスは泣きながら走っていた。


「ゼェ……ゼェ……な、なんで……私だけ……毎日……」


そのとき、泣きながら走るキャスの脇を、涼しい顔で斜面の上からひょっこり現れる、見覚えのある2人。背中から太陽がのぼり、彼女らの輪郭を神々しく照らす。


「おはようございます、キャスさん。遅れてすみません、起動シーケンスの誤差が」

「良い朝ですね、キャス♪お腹が痛くて……って、うそです☆」


「てめぇええええぇぇぇルミィィィィィィ! ステラァァァァァ!!!おま……おまえらぁああああッ!!」


そこまで言って、さすがのキャスも気付いた。


「ま、まさか……ワザと……!?」


「ええ、キャスさんが自主的にリーダーとして覚醒するには、こうした手段が必要だと判断しました」

「寝てたフリも朝食も、全て完璧に設計されていたのよ。ふふっ♪」


「そんなあぁあああああああぁぁぁ!!」


【補給線を舐めるな】

最終日の午後、キャスは演習場の端に設営された炊事場にいた。

演習場にてキャスに割り当てられたのは“輜重兵しちょうへい”役。すなわち、戦場の裏方、補給と炊事係だった。


「やったぁ〜、最終日は平和だぁ〜〜……」

「まずはご飯を炊いて、お味噌汁……温泉卵も添えて……ふふっ、戦場食でも工夫は大事♪」


そんなキャスの幸せな時間は、爆音と共に終了した。


「演習開始!! 模擬敵、来襲中!!!」


「うわああああああああ!?!?!? 鍋が、鍋があああああ!!!」


模擬兵が次々に炊事場を急襲、バーナーを破壊し、飯盒を奪って逃げる。防衛しながら炊事を続けねばならない、想像以上に過酷な役割だった。


怒号が飛ぶ。


「補給がなければ戦えんのだ! わかっているのか、輜重(しちょう)の重要性をッ!!」

「食事は! 戦場の“士気”そのものだ!! 補給線を守れなければ、戦力は崩壊するッ!! お前はその意味が全然わかってないッ!!!」


再び浴びる、鬼教官達の怒号。


(……食事が……戦場を支える……?)


汗と涙と泥に塗れながら、キャスは思う。


泥と汗に塗れたまま、キャスは鍋を拾い、米をかき集めた。それでもキャスはめげずに炊事を続けた。


(……そっか……補給線って、こういうことか……。艦の燃料や弾薬も、誰かがこうやって繋いでたんだ)


初めて知る戦場の“裏方の重み”。それはキャスの中に、小さな変化をもたらし、合宿最後の日に、ようやく彼女の中で、点と点が、ゆっくりと結びついていった。


【宴と真実、そして大爆発】

4日間の全ての行程を終え、宴会場では、屈強な傭兵たちが大広間に集い、酒と料理が並ぶ。あのドローネ特級指導員が、饒舌に酒を片手に歌い出し、厳しかった指導官の面々もすっかり“いいおじさん、おばさん”になっていた。


「キャスよ、よくぞやり通した! 最初はお寝坊姫と思い、貴様が一番、戦力外かと思ってたが……よくぞ頑張った!今では一人前の小隊長よ! 乾杯だ!」


「えへへへ……頑張った……わたし……」


キャスは、酔いもあってふにゃりと笑う。


ルミとステラも、着替えた正装姿でそっと近づいてきた。


「お疲れさま、キャスさん。あなたなら、きっとやり通せると思ってました」

「ほんとに、キャスってば、褒められるとちょろいんだから〜」


「……ちょっと、それどういう……?」


そのとき、件の指導員──ドローネ特級指導官が、どっかりと座りながらビールをぐいっと飲み干した。


「いや〜、ところで、お前は気づいてなかったようだが、ちゃんと温泉旅館に予約してたんだぞ!最初に他の隊員から相談受けたときは、目を疑ったぞ?」


「…………はい?」


「指導官の全員は、君が正しく予約してたことは最初から知ってたよ。だが、ルミとステラから“このままだと艦長としてダメになるから鍛えてほしい”ってね、ワタシらも全面協力したんだよ」


「………………えっ?」


「そういうわけで、見事、強化合宿完遂! おめでとうキャス! キミはもう立派な――」


「うわああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


椅子をひっくり返し、目を真っ赤にしたキャスは、宴会場のテーブルの上に飛び乗ると、目の前の2人を指差した。

顔は真っ赤。手には一升瓶(なぜか手にしていた)。

目には怒りの火花。


「ルミィィィィィィィィィ!!!! ステラァァァァァァァァァ!!!!!!!!」


「さ、さようなら」

「フルスロットル退避っ!!」


二人の実体化AIは、ぴたりと目を合わせると、音もなく宴会場の襖を蹴り開け、全速力で走り出す。

ステラは窓を、ルミは襖を蹴破ってそれぞれの逃走ルートを取った


「待てぇぇぇぇぇぇぇ!! ルミぃいいい!! ステラぁああああ!!! 今夜は寝かさないからなァァ!!」


宴会場に、笑いと悲鳴が混ざったような声が響く。


「逃げんなぁあああああああああああ!! 今日は夜通し説教だからなァァァァァァ!!!!」


その夜、月明かりの下、山道を追いかけっこするキャスたちの姿が見え、旅館の山道には夜の静寂を切り裂く怒声が響いた。


宴会場の隅では、ドローネが娘を見るようにしみじみと呟いた。


「……うん、実に青春だな」

当初はなぜ強化合宿に、の気持ちも強かったキャスですが、訓練を通し戦場で重要な事を身を持って体感していく様子を描写しました。

次話では、舞台を惑星ガンマに戻します。

ご期待ください。

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