第122話:惑星〈グリス=ノード〉温泉騒動
第122話として、護衛任務を完了させ、ルミナスの修理期間にのんびりと温泉で療養と考えていたキャスですが、持ち前のドジっ娘で失敗をしてしまいます。
【予約、戦慄の間違い】
キャスたち一行は護衛任務を完了させ、ようやく静かさを取り戻していた。
キャスたちが指揮する駆逐艦ルミナスは、輸送艦2隻を無事に〈ノルヴァス中継所〉まで護衛し、戦闘を経た任務Aを完了させた。途中の海賊艦との激しい戦いを乗り越えた一行は、高額の報酬を受け取り、前回の任務と合わせれば、資源購入費用は目標の150%に達したのであった。
そう、購入予算に余裕があったのだ。
艦内、照明が穏やかに照らす艦橋で──
「やったぁあああああああ! しばらくは戦わなくていいんだよね!? うへへ〜……」
キャスは指揮席で椅子をぐるぐると回しながら、両腕を広げてのけぞっていた。
「……浮かれすぎです、艦長代理。ルミナスは前回の戦闘で艦体に小規模なクラック複数、ブースター接続部に歪み。工業ドックでの修理には、おおよそ“1週間”が必要とのことです」
「1週間!? じゃあ、もう戦えないよね!? ってことは休めるよね!? ね!?」
「ま、まあ……理論上はそうなるけど……」
ステラはモニターに表示された修理見積を一瞥して肩をすくめる。「艦AIの感覚としては、もっと丁寧にメンテナンスしてほしいくらいだしね」
キャスは鼻歌まじりにホログラムを操作し始めた。「えーとえーと……“グリス=ノード 温泉 旅館”っと……あ、ここ良さそう! “山間の湯宿〈銀月亭〉、天然の高重力鉱泉と美食料理! リラックス100%!” 予約っと!」
「早っ」
「大丈夫? 本当に確認した?」とステラが怪訝な顔でのぞき込むが、キャスは自信満々に胸を張った。
「大丈夫だって〜! この私に任せなさい! リーダーってのはこういう時、決断力が大事なんだよ! えっへん!」
「……それ以前に確認力の方が大事だと思いますが」
【鋼鉄の湯煙、失われし安息】
キャスたちは補給を終え、ルミナスを修理ドックに預け、銀色の空を背に、シャトルが静かに山間部の目的地へと降下していく。
渓谷の木々が風にそよぎ、どこか懐かしい自然の風景が広がっていた。温泉成分を多く含んだ蒸気が細い川沿いに立ち上り、岩に包まれた山々の屋根を白く染めている。遠くに見える山間の湯宿〈銀月亭〉──それは、人工物であるはずのルミもステラも、一瞬ため息をもらすほどの風情ある景観だった。
「これよ……こういうのを求めてたの! 鉄と硝煙じゃなくて、湯けむりと癒やし!」
キャスは両腕を広げ、深呼吸。戦闘の緊張からようやく解き放たれた表情を浮かべる。
「空気の成分、99.3%が自然由来の微粒子。温泉源の硫黄とミネラル反応……申し分ありません」
ルミは機械的に測定しながらも、口調にどこか安堵があった。
「……たまにはこういうのも悪くないかもね。肩、張ってたし」
ステラは淡く笑みを浮かべながら、スーツの襟を少し緩めて言った。
【気づく違和感】
近づくにつれ、何かが違和感を醸し出していた。
木々の生い茂る渓谷の奥、澄んだ空気と湯けむりが舞う秘湯地帯。そこに佇む、石造りの巨大な建物──だが、なにかが“おかしい”。
「……うん? なんか、雰囲気ちがくない……?」
ステラが小首を傾げた。
「え……えへへ、まぁ、昔の建物だから無骨な外観なのかも……」
だが、エントランスに入った瞬間、空気が変わった。
エントランスにずらりと並んだ人影──屈強な肉体、鋼鉄の義肢、そして全身を包む強化スーツ。彼らの背には戦果の証である部隊紋章が刻まれ、目の奥には“幾多の死線”をくぐり抜けてきた者だけが宿す殺気がある。
「……ねぇ、キャス? この宿ってさ、本当に“温泉旅館”なの?」
「も、もちろんだともっ!」キャスは笑顔を引きつらせながらタブレットを操作した。「『銀月亭』って書いてあるし……あ、あれ? 小さい文字で何か──」
「っ!?」
『※本施設は銀月グループ系列の戦術訓練施設〈銀月鍛錬所〉と施設共有しており、時期により傭兵合宿利用が優先されます』
「それ、読むのに3回ズーム必要じゃない……」
「やっちゃったかも……」キャスは青ざめた。
『どうやら、キャスさんは“温泉宿”ではなく、“傭兵向け戦術合宿所”の施設を予約されたようです」
「そ、そんなバカなぁぁぁ!? そんな罠みたいな名前しないでよぉ!」
【受付での現実】
……受付カウンターには、全身筋肉の傭兵がずらりと並び、キャスたちを威圧的な視線で見ていた。
「ちょ、ちょっと待って!? これ……」
「次、訓練生。名前を」
「えっ……あ、えっと……キ、キャスです。護衛傭兵で──」
「はい、登録確認。キャス小隊長、筋力トレAコース、射撃B、戦術C、夜間ドローン対応訓練も含めて4日間。部屋は3人用共同ドミトリー。風呂は訓練後、30分以内で交代制。食事は高タンパク高カロリー宇宙食だ」
「次の訓練時間は明朝0600からだ! 遅れたら、筋トレ200回な!」
「全館ルール、武装は預かり所に保管、体術訓練用ボディスーツへ更衣を義務とする」
「ちょ、ちょっと待って!? それって完全に強化合宿ってやつじゃ……!?」
「ルミナス小隊、3名確認、以上。次の方どうぞ」
「……あーあ、キャス……」
ステラは眉間に皺を寄せてため息をつきながら、腕を組んでキャスを睨んだ。
「情報精査に明確な手落ち。予約処理におけるトランザクションミス、責任の所在は明白です」
ルミの口調も、冷徹さを増していた。
「ううぅ……お風呂でのんびりって思ってたのにぃ……ぴえぇぇぇん……っ」
キャスはその場で膝から崩れ落ちた。
―それでも、逃げられない
「とはいえ、予約は完了済。キャンセルには高額の違約金。しかも、次の“本物の温泉宿”は山を3つ超えた先にしか存在しません」
「く……くそぉおおお……誰だよ! 傭兵訓練と旅館を併設しようって思いついたやつ!!」
「……キャス、やっぱりあんたが予約ミスったのね」
ステラは顔を覆い、天を仰ぐ。
「ちがっ……ちがうの! これは、陰謀……陰謀なんだよおぉぉ……っ!」
「キャス、明日から朝6時起きで山岳行軍だって。……楽しみにしてた温泉、ほんとに入れるのかな」
ステラが呆れたように笑う。
「ふふ……キャスさん、仕方ありません。筋肉痛を覚悟してがんばりましょう。温泉は、訓練後に入れるようですから」
すかさずルミがフォローを入れる。
「わたしが……わたしがバカだったぁぁぁ……!」
キャスの叫びは、山間の静けさのなか、空しく湯けむりに溶けていった。
そして、こうして始まるのである。
温泉でのんびりするはずが、待っていたのは鉄と汗と怒号の合宿だった――。
療養施設の予約が強化合宿施設の予約になってしまい、平穏な日々から離れる一行であった。
次話では、強化合宿の様子を描きます。
ご期待ください。




