第111話:フィフ設計図の秘密
第111話として、フィフの設計図の秘密までは辿りついた一行であったが、閲覧権限がなくフィフが悲しむ様子を描きました。
【眠る設計図】
—地下3階 設計記録保管庫 第二室・封鎖区域「コード:AR-09」—
重い電子錠が解除され、封鎖されていた区画のドアが静かに開いた。埃をまとった空気が押し出され、まるでこの場所がずっと誰かの帰りを待っていたかのように、静謐な吐息が広がる。
アスが一歩前に出て、手にしたタブレットで周囲の電子ノイズを測定しながら、低く呟いた。
「この区域、完全にシールドされています。情報が意図的に外部と遮断されていたようです。理由が気になりますね…艦長」
貴志がうなずき、慎重に室内を見回した。「たぶん、それだけ重要なものが隠されてたってことだな」
薄暗い部屋の奥、金属製のキャビネットが何十列にも並び、その一角にだけ、最新型にも見えるセラミック筐体の保管ロッカーがひとつ設置されていた。フィフが前に出て、無言でロッカーに手をかざす。
「生体コード認証、フィフ・モデル105…アクセス承認。設計主:アウレリウス・レイナルト博士の記録開示開始」
ディスプレイが浮かび上がり、白髪で精悍な顔立ちの中年男性のホログラムが立ち上がった。スーツの胸には“アンドロイド開発主任”の記章が光っている。
「…アウレリウス博士…」
フィフが小さく呟いた声には、かすかな震えがあった。キャスが心配そうに顔を覗き込んだ。「フィフ? だいじょぶ?」
「…はい。私の“創造者”です」
ホログラムは記録映像へと変わる。そこには、開発室でアウレリウス博士が、フィフに似た初期型のアンドロイドたちと対話する姿があった。
> 「アンドロイドは道具ではない。我々の背中を支える“第二の人類”として、尊厳と自立を与える。フィフはその象徴だ。災害時においてすら、感情を持ち、意思を持ち、共に判断する存在として設計する。それが、私の信念だ」
ルミが目を見開き、そっとフィフの手を握る。「…あなたの心がどこから来たのか、分かる気がする。博士はあなたに“魂”を与えたんだね」
フィフは微笑んだ。だがその直後、映像は切り替わり、重い暗号文書のリストが表示される。アスが画面をタッチしながら読み上げた。
「…“対議会非常計画案・コードAURORA”…『本防災センターに対し、議会崩壊時の“後継統治中枢”機能を割り当てる』…なんだこれは…?」
一同が息を飲む。
貴志がゆっくり口を開いた。「つまり、この施設…単なる避難所じゃなかったんだな」
「はい」とフィフが続ける。「この施設は、最悪の事態に備え、惑星政府の継続統治機能を保持する“予備政庁”として設計されていたのです。つまり、議会が倒壊した際、ここで新たな執政官が選ばれ、指導権を引き継ぐことになります」
ルナがぽかんとした顔で言った。「え、じゃあここって…お兄ちゃんが今、いちおー“トップ”ってことー?!」
キャスが椅子から転げ落ちそうになりながら叫んだ。「貴志さんが執政官ってことー!? マジかー!!」
アスが冷静に追加した。「登録上、フィフが貴志艦長を所有者と認識している以上、この施設の統治権限は艦長に委譲されたと解釈できます。…おそらく正式に、惑星ガンマの“予備執政官”です」
貴志が額を押さえ、軽くため息をついた。「すげぇ話だな…俺、そんな器じゃねえよ…」
フィフが静かに寄り添い、そっと言った。「マスター、私は貴方を導きます。博士の理念は、貴方の心に似ています。だからこそ、ここまでたどり着けたのです」
画面の最後にひとつの暗号ファイルが表示された。
「未開封ログ:整備記録群—F-Ωシリーズ」
アスがログに指を触れたが、警告表示が出る。「…このデータ、アクセスに“創造者コード”が必要です。アウレリウス博士本人、または最高執行者に限り、閲覧が許可されています」
【記録拒絶と帰還の夕刻】
静かな音と共に、アクセス拒否の表示がディスプレイ上に浮かび上がった。
> 「資格認証失敗。現在の操作主体は『最高執行者』に該当しません。記録ログ“F-Ω”の開示には、惑星ガンマ政府・正統継承者の生体認証が必要です」
フィフの手が小さく震え、ディスプレイの前で立ち尽くす。
「……私は、資格が……ありませんでした……」
その声はかすかで、どこか自分自身に言い聞かせるようだった。
貴志がそっと彼女の肩に手を置いた。
「フィフ、きみのせいじゃないさ。これは……昔の人間たちが決めた、複雑なルールってやつだ。お前は十分すぎるほど、この施設と俺たちを導いてくれてる」
「マスター……ありがとうございます」
フィフは俯き、かすかに笑った。しかしその目には、滲んだ光があった。
アスが端末を確認しながら分析した。「設計思想は極めて厳格だったようですね。『最高執行者』の生体認証は、執政機能の完全復旧と関係している可能性があります」
「つまり、誰かがまだ“鍵”ってわけだねー」キャスが陽気に言いながらも、どこか落ち着かない表情を浮かべた。
夕陽が傾き、整備工場の屋外には長く伸びた影が揺れていた。
「よし、今日の探索はここまでだ」
貴志がそう言うと、一行はそれぞれ軽く頷き、防災センターへの帰路についた。
【帰還の道中】
整備工場から防災センターへのルートは、保守アンドロイドの手によって整備が進んでおり、倒木や崩落箇所も見事に除去されていた。仄かに灯る誘導灯が、夕暮れの森を静かに照らしている。
ルナがドローンを飛ばしながら、空を見上げてはしゃいだように言った。
「お兄ちゃん! 今日はいっぱい秘密見つけたね! 明日はもっとワクワクするのあるかなー!」
「そうだな、ルナ。明日は何が出てくるか楽しみだ」貴志が笑って返すと、ルナは嬉しそうに頷いた。
その後ろでルミが静かに歩いていた。微風に揺れる髪を押さえながら、フィフにそっと話しかける。
「フィフ、あの拒否された記録……怖かった?」
フィフは少し考えてから、淡く微笑んだ。
「……正直に言えば、悲しかったです。でも、あれが私の全てではないと、今は思えます。マスターと、皆さんと共にいる今が、私にとっての“新しい記録”ですから」
ルミの瞳に優しい光が宿る。「……うん。あなたはもう、昔の記録だけじゃない。今も生きてる」
キャスは横から唐突に割り込んで、「でもさー、あの拒否メッセージ、すっごく冷たかったよね! ピッて出た瞬間、鳥肌立ったよ~! やっぱお役所仕事って感じだよね~?」
「キャス、少しは空気を読みなさい」アスが低く呟く。
「ひゃ~ごめんなさい! でもね、でもね、帰ったらごはん! お風呂! ふかふかのお布団〜♪」
キャスの軽快な調子に、ルナも「ふっかふかー!」と楽しげに跳ねる。
アスはそんな賑やかな様子を横目で見ながらも、端末を見つめていた。「記録が開けなかった理由……“誰かが今もこの星にいる”可能性、否定できませんね。最高執行者、またはその血統…」
「なら、そいつを探すしかねぇな」貴志がはっきりと言った。「この惑星の真実を知るためにも」
フィフはその言葉を聞き、静かに頷いた。
【防災センター 帰還】
夕闇に包まれた防災センターに灯がともり、自動ドアが開く。施設内の空調は心地よく、外の湿気を感じさせない。休憩室には既に温かい光が差し込んでいた。
ルミがテーブルに食料パックを並べる。「今日も冷凍保存庫の中、いくつか生きてたよ。長期保存対応品だけど、まだ味も悪くないはず」
キャスがスプーンを手に小躍りした。「やったー! 私おなかぺっこぺこー!」
ルナはカップにお湯を注ぎながら、ドローンに録画した今日の映像を再生していた。「あー、これすっごい! 壁の文字が浮き上がるとこ! お兄ちゃん、明日これもう一回行こうね!」
「気が早ぇな……でも、頼りになるな」貴志は笑いながら言った。
アスはモニターで今日のデータを整理しつつ、静かに呟いた。「設計者の理想と、政治の現実……アンドロイドたちは、その狭間で翻弄され続けたんですね。…それでも、フィフは“今”を生きてる」
テーブルの端、フィフはそっと夕陽の残光が残る窓の外を見つめていた。
「メイソン副所長……もし、まだこの星のどこかに記録が残っていたなら……あの記録の“鍵”を握っているのは、貴方かもしれません」
その呟きは風のようにか細く、しかし確かに未来へと続いていた。
様々な成果があった探索でしたが、夕方になり休息も必要と感じ、防災センターに戻って夕食を楽しむ一行を描きました。
次話では、フィフの操作により、食事や寝具などが少しずつ充実し、生活レベルが上がり、惑星ガンマにおける生活に馴染んで行く様子を描きます。
ご期待ください。




