第103話:旧地下鉄線路を……
第103話として、改めて惑星ガンマに降り立った一行、たどり着いたアンドロイド工場に入れず、旧地下鉄線路を探索しながらたどり着く様子を描きました。
【緑に覆われた記憶の大地へ】
ルミナスのシャトルベイから発進した**着陸船**は、青白い大気を滑るように突き進んでいた。
機体は大気圏の摩擦により一時的に赤熱したが、フィフのナビゲートによって軌道は安定し、数分後には穏やかな降下モードに切り替わる。
艦内には緊張と期待が混ざった空気が流れていた。
「目標着陸地点まであと1分です」
フィフが操縦支援システムに接続し、静かな声で告げた。
キャスが揺れるアルゴーの中でぎゅっと座席のベルトを握りしめながら言う。
「ひゃー、やっぱり大気圏突入って何度もやっても慣れないよー! でも無事に降りようね、みんなー!」
アスは冷静にモニターを確認しながら言った。
「揺れは標準値内。異常なし。キャス、落ち着いて」
ルナはドローンを膝に乗せながらワクワクとした声で。
「ねえねえ、もうすぐ着くよー! 地面見えるかな? 新たな遺跡とか、おたからとか!」
ルミは静かに窓の外を眺めながら、穏やかに呟いた。
「改めて見ても緑がすごく濃いね……まるで、星そのものが眠ってるみたい」
そしてアルゴーは、緑の渦のようなジャングルの空白地帯へ、優雅に着陸した。
【地表、眠れる都市の記憶】
降下ランプが開くと、湿った空気と植物の香りが一行を包み込んだ。
ジャングルの中に降り立った彼らの足元には、かつての舗装路のような石板の断片が、ツタと苔に埋もれながら顔を覗かせていた。
フィフが地面に膝をつき、そっと手を添える。
「……ここは、以前“中央大通り”と呼ばれていた場所です。週末には多くの家族が行き交い、香ばしいパンの匂いや、果実の香りが漂っていました」
彼女の声は懐かしさと誇らしさに満ちていたが、目の前に広がるのは生い茂った木々と奇妙な鳥の鳴き声が響く原生林だった。
貴志が横で苦笑しながら言った。
「フィフ、メイン通りって……今は木と花と、虫の王国になっちまってるな」
「でも、それでも……私には懐かしい“通り”です」
フィフは静かに微笑み、頭上を見上げた。そこにはビルの骨組みらしきものが、ツタに覆われながらもかろうじて残っていた。
【再探索開始】
「それじゃあ、目的の整備工場まで歩こうか。フィフ、案内頼む」
「はい、マスター。東へ約3.1キロメートル、徒歩で約60分と推定されます。ただし植物の密度と瓦礫の影響により、移動は困難かもしれません」
アスが先頭に立ち、無言で草木を切り分けながら進む。背筋は真っすぐ、集中力は保たれているが、その後ろ姿はどこか和らいでいた。
「視界確保。索敵範囲、半径50メートル。異常なし。ルナ、ドローン支援お願い」
「了解だよー、アスさん! ドローン隊、発進ー!」
ルナが操作したドローンが頭上を舞い、スキャンを開始。視界にはジャングルの地形マップが少しずつ浮かび上がっていった。
ルミが後方で静かに植物を避けながら進み、ぽつりと呟く。
「フィフの話を聞いてると、ここが都市だったって信じたくなるね。きっと、光がいっぱいの場所だったんだろうな……」
キャスはというと、すでに額に汗をにじませ、両腕に小さな引っかき傷を作りながら、ぐったりと歩いていた。
「もー! 暑いー! 虫多すぎー! キャス、訓練した意味ないじゃーん! もう帰りたいよー!」
すると四人から同時にため息が漏れた。
「……キャス」
「また始まったよー…」
「静かにして」
「訓練の成果を……」
アスが鋭く視線を向けると、キャスがびくっとなって口を押さえた。
「し、静かにしますっ……虫も怖くないですっ…うう…!」
フィフがちらりと振り返って一言。
「キャスさん、虫が怖いというのは正常な反応です。でも声の大きさは異常です」
「つ、冷静すぎるよフィフぅ……」
そしてまた笑いが起き、ジャングルに進む足音と笑い声が混じり合う。
【未知への一歩、その先へ】
探索を始めて約20分、ジャングルの密度が徐々に薄くなってきた。前方に廃墟のような建造物の影が見え始める。
貴志が地図と照合しながら言った。
「フィフ、あれが整備工場か?」
「はい。外観は崩れておりますが、地下階層は無事である可能性が高いです。目的の部品も、保管されているかもしれません」
アスが小さくうなずいた。
「警戒して進みましょう。生物反応も気配も、まだ油断できません」
貴志はみんなを見渡し、静かに言った。
「みんな、いよいよだな。フィフの大事な部品、見つけに行こう」
その言葉に、全員が静かに頷いた。
こうして、一行はかつて文明が栄え、今は緑に飲まれた廃墟の中へと足を踏み入れていった――
【緑に沈む記憶の遺構】
「ここです。整備工場に着きました」
先頭を歩いていたフィフがふと足を止め、茂みに隠れるようにして建つ建造物を指差した。
建物の輪郭は辛うじて分かる程度で、外壁はびっしりと苔とツタに覆われ、かつての機能的な直線は、自然の曲線に侵食されていた。
「……こんなだったか?」と貴志が思わず漏らすと、フィフが優しく頷いた。
「はい。ここで私は整備され、成長してきました。あの窓の向こうには、仲間のアンドロイドたちと並んで…アンドロイド開発主任と談笑した日も、よく覚えています」
ルナが感嘆の声を上げた。
「うわー……フィフのふるさとって感じだねー。でも、すっごいジャングルだねー」
ルミが静かに苔むした壁に触れながら呟く。
「風が通らないね……まるで、建物全体が森に飲まれちゃったみたい」
「それにしても」アスが鋭く周囲を見回す。「入口が……見当たりませんね。防壁が崩落してる箇所もあるけど、内部に通じる道は…完全に塞がれてます」
貴志も建物の正面へと歩み寄り、木の根が裂けた壁を押してみたが、蔦と土砂で完全に密封されていた。
「だめだな。これはちょっとやそっとじゃ入れない。バーナーか重機でもなきゃ…」
キャスがその光景に目を白黒させ、暑さと疲労も相まって叫んだ。
「もー! こんなに頑張ってきたのにー! 扉どこー!? 開けてー!」
「キャス、うるさい」
アスの冷たい視線が突き刺さり、キャスはヒュッと黙った。
【フィフの記憶が導く、別ルート】
皆が困惑と疲労の入り混じる表情を浮かべる中、フィフが慎重な面持ちで言った。
「……マスター、皆様。こちらの正面からの侵入は困難です。ですが、別ルートがあります」
「別ルート?」貴志が顔を上げた。
「はい。工場の下層には、旧都市インフラと連結する地下鉄路線が存在していました。整備工場の補給や人員輸送に使われていたものです。そこからなら、地下階層へ直接アクセスできる可能性があります」
「地下鉄……」ルミが目を細めた。「でも、そこに行く道もきっと森に埋もれてるよね…?」
「その通りです」フィフが頷く。「しかし、私には地形記憶と座標が残っており、ガイドできます」
「よし、信じるよ。案内してくれ、フィフ」
貴志の一言で再び動き出した一行は、整備工場跡地の裏手から、さらに深い緑のトンネルのような獣道へと分け入った。
【沈黙する都市の地下へ】
ジャングルの密度は先ほどよりもさらに増していた。木々の枝は腕に絡みつくようで、踏みしめるたびに湿った土の匂いが鼻を突いた。
ルナがドローンを飛ばしながら声を上げる。
「ドローンも飛びにくいよー! 木の枝にぶつかりそうー!」
キャスはというと、すでに三度目の悲鳴を上げていた。
「ぎゃっ! 今の虫なに!? 羽根ついてたー! しかも緑ーっ!!」
アスが前方で振り返りもせず冷たく言う。
「キャス。言いましたよね。静かにしなさいと」
「は、はいぃ……」キャスが黙ると、再び鳥の声と葉擦れの音だけがジャングルを支配した。
フィフは先頭で古びた端末を確認しながら、小さな声で言った。
「あと200メートルほどで、旧地下鉄『セレナード南駅』の出入口跡に到着するはずです」
「フィフ、ここ本当に“メイン通り”だったのか…?」
貴志が苦笑混じりに問うと、フィフが静かに微笑んだ。
「はい、間違いなく。“緑の回廊”と呼ばれていた道でした。今も…“緑”は残っていますね」
【旧地下駅との再会】
やがて、密林の中にぽっかりと黒い穴が開いているのが見えた。
瓦礫と蔦に埋もれながらも、錆びた案内板の一部には《SÉRÉNAD SOUTH STATION》の文字が残っていた。
「見つけたか……」貴志が目を細めた。
「懐かしい…ここからマスターとよく出かけました」
フィフが胸元に手を当て、そっと目を閉じた。
アスがブラスターを構えながら進み出る。
「まずは私が確認します。内部の気圧とガス濃度をチェック」
ルナがドローンを先に潜らせ、ルミが慎重にセンサーを確認し、キャスはようやく元気を取り戻し始めていた。
「ここが地下鉄駅かぁ…なんか、ロマンあるねー! でも暗そう…怖い…けど頑張るー!」
貴志は隊をまとめながら、地下への入口を見下ろした。
「よし、ここからが本番だな。みんな気をつけて。中は何がいるか分からない」
その言葉に、全員が静かに頷いた。
そして、静かに地下へと一歩を踏み出した。
沈黙の階段と、封印された都市の記憶
「ここが…」
貴志が思わず声を漏らす。目の前には、崩れかけた階段と、半ば土砂に埋もれた地下鉄駅の出入り口があった。
朽ちた看板には、薄れた文字で「セレナード南駅」の文字が浮かび、周囲には地層のように積もった葉と枝。どこか、かつての繁栄を拒むような沈黙が漂っていた。
フィフが立ち止まり、目を細める。
「ここです。かつては多くの人々が行き交い、活気に満ちていました。私はマスターと、よくここから整備工場に通っていました」
彼女の声はどこか懐かしさを滲ませていたが、それ以上に──痛ましさがあった。
アスがブラスターを構えて慎重に前へ出る。
「先行して確認します。内部の空気は……うん、問題ない。気圧も安定してる」
「ドローン、先に送るねー!」
ルナが笑顔で飛ばしたドローンが、階段を滑るように降下していく。暗闇の奥が少しずつライトに照らされ、古びた階段と、朽ちた鉄の手すりが浮かび上がった。
「よし、行こうか」
貴志の号令で、一行はゆっくりと階段を降りていった。
【忘れられた駅舎】
下に降りると、そこには静寂の中に眠る駅構内が広がっていた。
瓦礫に埋もれた改札、半ば崩れた券売機、そして壁には色あせた広告──
「こんな…場所だったんだね」
ルミがぽつりと呟き、手すりにそっと触れる。
フィフはじっと駅の構造を見回し、ほんの少しだけ微笑んだ。
「ここで私はよく人々を観察していました。喜び、怒り、恋愛の始まりや別れ──すべてが、この空間に交差していました」
キャスはというと、そっと誰にも聞こえないように呟いた。
「…人がいた感じ、全然しないよ。こんなに静かなんて……怖い……」
アスは周囲を警戒しながらも、貴志の傍にそっと寄り添った。
「艦長、足元に注意してください。瓦礫と鉄くずが多いです」
貴志が頷きつつ、辺りを見渡す。
「しかし…廃墟なのに、なんだろうな。この空気……まるで“時間”そのものが止まってるみたいだ」
【廃線を歩く】
フィフが再び先頭に立ち、構内の奥にあるホームへの通路を指差した。
「ホームを抜けて線路沿いに進めば、整備工場の地下接続区画に通じるシャフトがあります。今はそれしか方法がありません」
「よし。慎重に進もう。足元、特に線路に気をつけろよ」
ホームに出ると、ルナが思わず歓声を上げた。
「うわー! 本物の地下鉄だー! でも、なんか……こわいくらい静かだね……」
彼女のドローンのライトに照らされたのは、薄汚れた車両だった。無数の蔦と埃をまといながら、今なおそこに留まり、かつての都市の鼓動を残している。
「これ……本当に1000年前のもの?」
ルミが驚いたように問いかける。
フィフが静かに頷く。
「はい。この車両はセレナード市の輸送システムの中核を担っていました。私も何度も乗りました。懐かしいです……」
貴志が指を鳴らし、先に進むよう促す。
「この車両、時間があれば見学したいけど……今は先を急ごう」
【トンネルの闇と灯り】
一行は懐中ライトを頼りに、ホームの先から続く線路トンネル内へと足を踏み入れた。
鉄の匂い、埃、かすかな腐敗臭。それでも、足を止める者はいなかった。
アスが黙々と進み、時折ブラスターで小動物の気配を牽制し、ルナはドローンのライトでルートを照らし続ける。
キャスはというと……
「ぎゃっ!? 今、何か動いた!? 足のとこに……ネズミ!? コウモリ!? もうだめー!!」
「キャス……落ち着きなさい」
ルミがそっと手を取って、静かに前へ導く。
「ありがとうルミちゃーん……もうお嫁に行けないよぉぉ……」
(何度目だ、と貴志は思ったが口にしなかった)
フィフはというと、線路脇の壁に残る旧メンテナンス標識を指差しながら、淡々と道案内を続けていた。
「あと200メートルほどで整備工場直下の連絡通路へ到達します。皆様、今しばらくご辛抱を」
【終点の先に】
ついにトンネルの先に、小さな分岐路──非常口のような金属シャッターが現れた。
「ここです。ここから工場地下階層に繋がっています。パーツ保管庫があった区域です」
「やっとか……」
貴志が額の汗を拭い、フィフに微笑んだ。
「ありがとう、フィフ。ここまで完璧な案内だったよ」
「当然です、マスター」
フィフは嬉しそうに頷いたが、その奥に少しだけ緊張の色を宿していた。
アスが先に扉の隙間を覗き、ブラスターを構えた。
「不明な動体反応なし。埃は深く、空間は未使用のまま。安全だと判断します」
貴志が静かに皆へ言った。
「さあ……フィフの記憶の、その奥へ行こう。1000年前に残された希望を、取り戻すんだ」
そして扉が、軋んだ音とともに開かれた。
新たな冒険が、静かに再開された──。
旧地下鉄空間からアンドロイド工場に侵入出来そうです。
アンドロイド工場跡地には、目指す部品があるのか。
次話では、アンドロイド工場内を探索します。
ご期待ください。




