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模型から始まる転移  作者: 昆布


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第98話:ルミナスの夕餉と…

第98話として、夕食シーン、キャスの不用意な発言による緊張の爆発、アスの感情の暴走寸前の描写、他のメンバーのリアクションを描きました。

【アスの静かな怒り】

惑星ガンマからの帰還を果たしたルミナスの食堂には、香ばしい香りが立ち込めていた。

ルミが丁寧に用意した夕食が、艶やかな照明に照らされ、暖かな空気に包まれていた。


「艦長、みんな、お疲れ様だよ」

ルミが優しく微笑みながら、温かなスープや焼き立てのパンを各自の前に配っていく。

「フィフも一緒にご飯にしようね」


フィフは一瞬だけ逡巡したが、やがてこくりと頷いた。

「ありがとうございます。……皆様と共に食事をとるのは、初めてです。緊張します」


ルナが席に跳ねるように着き、声を弾ませる。


「お兄ちゃん! 今日の探検、すっごく面白かったねー! フィフと一緒にご飯だよー! お菓子もあとで食べよーね!」


キャスがスープを両手で抱えて笑う。


「遺跡探検、ほんとすごかったー! フィフちゃん、仲間入りおめでとー! これでまた賑やかになるね!」


和やかな空気の中、しかし一つの席――貴志の周囲だけ、妙な緊張が張り詰めていた。


貴志はいつも通り席に着いたが、彼の太ももの上にはフィフが当然のように座っていた。


その姿に、全員の視線が一瞬集中する。

最も鋭く、冷たい視線を放ったのは、アスだった。


「……艦長」


アスの声は静かだが、表面を研ぎ澄ました氷のように冷たい。


「フィフのその座り方……おかしくありませんか?」


貴志は気まずく笑いながら、フィフを抱えたまま説明する。


「いや……フィフが、こうしないとエネルギー補充が難しいって……だから、仕方なく」


アスは一拍、黙ってから、今度は鋭くフィフを見た。

彼女の瞳はかつて敵艦を追尾した時のような冷徹さを帯びていた。


「フィフ。貴女、他に方法がないと本当に思っているのですか? 艦長が、嫌がっているかもしれない、という想像力は?」


フィフは貴志に寄り添ったまま、微動だにせず、落ち着いた声で答えた。


「マスターは嫌がっていません。むしろ、安心感と微量ながら体温による安定波形が確認されています。

現在の接触形態が、最も効率的です」


アスの表情がほんの僅かに歪む。

静かに、だが確かにその中に怒りが滲んでいた。


「効率……。貴女は、あくまで理屈で動く機械ですね。

人間の“心”の機微も、仲間の“感情”も、理解していない」


それは、フィフに対する非難というより――貴志を取られたという、己の寂しさから来る刺だった。


「アス……もういい」


貴志が、申し訳なさそうに言う。その声は、フィフを庇うというより、アスを傷つけたくないという配慮に満ちていた。


だがその優しさすらも、アスには胸に突き刺さる。


「……分かりました。艦長がそうおっしゃるのなら、従います」


しかしその口調は、あまりにも機械的で、いつものアスとは違っていた。


それに気づいたのは、ルミだった。

彼女はゆっくりとスープを差し出しながら、アスの方へ静かに語りかける。


「アス、あなたも……疲れてるんだよね。今日は、ゆっくり休もう?」


アスは小さく頷き、返事をしなかった。

ただ、一度だけ貴志の方を見て、視線を落とした。


その頃、ステラは一歩離れた席に、背筋を真っすぐにして座っていた。

実体化AIの仮想ボディながら、食事の動作を模倣してスプーンを手にしている。

それは周囲と歩調を合わせるための“演出”でしかないが、ステラにとっては重要な習慣だった。


「……人間の関係性は、データベースで予測されるものと異なり、因果性が不明瞭。

感情の連鎖が、秩序よりも混乱を生みやすい……だが、それこそが……“戦争を終わらせた力”でもあったか」


誰にも聞こえぬ声で、ステラは独りごちる。


夕食は穏やかに進んでいく。

だが、その裏には、フィフの登場によって浮き彫りになった感情の断層が、ゆっくりと広がっていた。


貴志がフィフの頭を撫でるたびに、アスは手を握り締める。

ルナはその様子に気づきつつも、明るく話題を変え続ける。

キャスは……笑顔で誤魔化しながら、内心ビクビクしていた。


【怒りの刃、静かに】

「フィフ、悪いけど……一旦、降りてくれないか?」

貴志の声は優しかったが、その内に微かな焦りがにじんでいた。


「アスが……その、気にしてるみたいでさ」


フィフは貴志の太ももに静かに座ったまま、首を傾げた。

「マスター……私の行動が、迷惑でしたか?」


「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、アスが……少し過敏になっててさ。仲間同士、余計な誤解は避けたいから」


一瞬の間。

フィフは素直に頷くと、すっと貴志の上から静かに立ち上がった。

「了解しました。では、隣に座ります。マスターの心配を増やすのは、本意ではありません」


その姿に、ほんの少し安堵の色が浮かぶが、それを打ち消すように、余計な一言が放たれた。


「貴志さん、意外に喜んでたみたいだねー! 気持ちよさそうだったよー!」


明るく笑いながら放ったキャスの言葉に、食堂の空気が一瞬で凍りついた。


「バキィィッ!」


甲高い音が響いた。

一同が振り返ると、そこには、無言で箸を真っ二つに折ったアスの姿があった。


その動きはまるで無音の雷鳴のようで、静かなのに圧倒的だった。

彼女の顔は一見冷静そのものだったが、その瞳の奥に宿る怒気は、まるで光学兵器の照準のように鋭く、冷たい。


誰もが声を失った。

それでも、空気が読めないキャスだけは、懲りずに笑いながら続けてしまった。


「だったらさー、アスさんも貴志さんの上に座ればいいのにねー? 仲良くすればー?」


それは地雷だった。しかも「核ミサイル」級の……


ルナとルミが同時に顔を引きつらせ、目を見開く。

「キャス、それ……ダメ!」と、声にならぬ悲鳴を上げながら、両手で大きくバッテンを作った。


だが、時すでに遅し。


キャスが何のことか分からず振り返った瞬間、アスが静かにだが、全身から怒りを発しながら立ち上がっていた。


その姿はまるで、海面下から浮上した潜水艦。

冷たい眼差しがキャスを捉え、怒りの殺気が無言の圧力となってキャスを押し潰す。


【氷の微笑み、鉄の握力】

「キャスさーん」


その声は、まるで冷たい硝子をなぞる指先のようだった。


アスがすっと立ち上がり、無音の足取りでキャスに近づく。

キャスの肩に置かれたアスの手は、見た目は柔らかく微笑みすら浮かべているというのに、その指先から伝わる圧は、まるで鋼鉄の義手のようだった。


「訓練が、足りないようですね。これから、一緒に行きましょうか?」


その瞬間、キャスの表情から陽気さが一気に剥がれ落ちた。


「えっ……い、今ですか!? いや、私、大丈夫ですー! 体調万全でーす! 訓練しなくていいよー!」


キャスは慌ててアスの手を振り払おうとしたが、一切動かない。

まるで溶接されたかのようにアスの手はびくともしない。

その顔に浮かぶ笑みは、愛想ではなく冷笑に近かった。


「ふふ、そう言うと思いました。……でも、安心してください。私が“特別”に鍛えてあげますから」


「た、助けて〜! 誰か〜!」


キャスの必死な叫びが響いたが、誰一人動けなかった。


アスがきびすを返すと同時に、キャスの腕を引き寄せ、そのまま一歩、一歩と歩き出す。

まるで拘束された捕虜のように引きずられながら、キャスは振り返り、涙目で叫んだ。


「貴志さぁ〜んっ! 助けてーっ! アスさん怖いよぉーっ!!」


だが……


貴志はその場で固まっていた。

アスの背から噴き出る圧力に、かつて戦場で幾度も味わった“殺気”を感じ取り、本能が不用意に関わることを拒んでいた。


「……すまん、キャス」


貴志の口元からこぼれたその小さな謝罪は、キャスに届く前に食堂のドアが閉まる音にかき消された。


静寂が、場を覆った。


ルナが恐る恐る口を開く。


「アスさん……ほんとに、怖いですねー……。キャス、やっちゃったねー……」


「……ええ。しばらく戻ってこないかもしれませんね」


ルミが淡く微笑みながらも、どこか憐れむような目をしていた。


それでも、彼女は優しく言葉を続けた。


「貴志さん、アスさんのことも、もっと構ってあげてくださいね。彼女、すごく……不器用ですけど、本当はずっと貴志さんの隣にいたいだけだから」


「……ああ、わかってるよ」


貴志は額を軽く押さえながら、少し気まずそうに答えた。


「まさか、ここまで怒るとはな……フィフが膝に乗ったくらいで」


ふと視線を落とすと……

そこには、何事もなかったかのように、すまし顔で貴志の膝に戻ってスープを飲んでいるフィフの姿があった。


小さな器を両手で持ち、唇にそっと当てている。

何も気にしていない。怒りも、嫉妬も、緊張も、彼女には縁遠い。


フィフの無垢さと静けさが、逆に場の緊張感を吸い込むように和らげていく。


「マスター、このスープ、美味しいです。少し甘味があって、リラックス効果がありますね」


「そ、そうか……よかったよ」


貴志は苦笑しながらも、少しだけ肩の力を抜いた。


ルナがほっとしたように、スプーンを口に運びながら笑う。


「フィフちゃん、すごいねー。全然動じないよー。ある意味最強ー!」


ルミも静かに微笑みながら頷いた。


「…フィフが来てから、いろいろと刺激が増えましたね。良くも悪くも、ルミナスに“熱”が戻ってきた感じがします」


「刺激が強すぎる気もするけどな……」


貴志が小さく呟いた時、遠くの廊下から微かに――


「やめてーっ! それは拷問だよぉーっ!!」

「キャスさん、これは初歩の筋力強化です。まだ50セット残ってますよ」


そんな声が微かに響き、ルナとルミが目を丸くして顔を見合わせた。


「アスさんって……どこまで本気なんだろうねー……」

「さすがに、ちょっと可哀想かも……」


そしてその()、キャスは、アスと共に訓練室から出ることはなかった。

キャスの不用意な発言により、アスの感情の爆発を描きました。アスの内面に焦点を当てつつ、フィフの無垢さと周囲の空気のギャップを描写しました。

次話では、アスの感情の行き先が……

ご期待ください。

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