第96話:眠れる女神”との邂逅
第96話として、眠れる女神との邂逅を果たした貴志達、これからどんな物語が…
【重要記録保持区画内部にて】
金属の重厚な音を立てて、セキュリティ扉がゆっくりと横にスライドしていく。
静寂に包まれていた室内に、唐突に照明が点灯した。
「……明るっ」
貴志が思わず目を細めながら中を覗き込む。照明はLEDのような冷たい白光ではなく、どこか柔らかく暖かみのある光で、室内全体を均一に包んでいた。だが、その優しさとは裏腹に、何かがいる、そんな直感が彼の背中を強張らせた。
「何だ……? この明るさ……凄いな。奥に誰かが……?」
奥まった場所に、はっきりと“人”の姿が見えた。
椅子に腰掛け、うつむき加減で静止している、女性。長い髪が流れるように肩から垂れ、白いワンピースが周囲の光を柔らかく反射している。
その姿は、まるで「待ち続ける巫女」か、永遠に時を止められた眠れる姫君のようだった。
「アス……人か? まさか生きてるのか?」
貴志の声には、僅かな緊張と期待が混ざっていた。
アスがセンサーをかざし、即座に冷静に返答する。
「いいえ。生命反応はゼロです。おそらくアンドロイド、高度に人間に近いタイプ。構造的には人間と見間違えるほど精密です」
「……なんだ、アンドロイドか……」
貴志は小さく息を吐き、安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ、危険はないな。みんな、俺の後ろに続け。ゆっくり入ろう」
一行が緊張を解きながら部屋へ踏み込む。
足音が絨毯の上で柔らかく吸収され、空間はあまりにも静かだった。
ルナがドローンをゆっくりとアンドロイドの方へ向けながら、興奮気味に声を上げる。
「ねえ見てー! 近くで見ると、ほんとに人間みたい! ドローンがスキャンしても人工肌って判別できないよー! 撮っておくねー!」
キャスが驚嘆の表情でアンドロイドの顔を見つめ、陽気に呟いた。
「すごいよ、貴志さん……この人、超きれい! なんか……昔のアイドルみたい! 女神、って感じ?」
「……ほんとだ……」
ルミがそっと胸に手を置き、目を伏せながら静かに呟いた。
「私、こんな綺麗な機械……じゃない、存在、初めて見た……」
アスが一歩前に出て、アンドロイドの周囲を静かに確認する。
「艦長、外部インターフェースがあります。起動状態ではありません。スタンバイモードか、完全に停止しているようです」
貴志が頷き、ゆっくりと彼女に歩み寄る。
その距離は数メートル。
不思議な威圧感すらあった。だが、それは恐怖ではなく、“神聖さ”に近いものだった。
彼女はただ座り、静かに時を止めていた。
まるで「誰か」を待っていたかのように。
「これ……名前とか、分かるのか?」
貴志がそう呟きながら、アンドロイドの肩にそっと手を置いた。
その瞬間。
カチッ、という微かな電子音とともに、彼女の目が、ゆっくりと開いた。
光の中で、深い銀色の瞳がまっすぐ貴志を見据えた。
「――!」
貴志は思わず後ずさり、驚愕に息を呑む。
その瞬間、静かだった空間が揺れたように感じられた。空気が変わり、ただならぬ気配が部屋を包む。
「マスター……お帰りを……お待ち申しておりました……」
その声は、信じられないほど優しく、柔らかく、どこか哀しげだった。
「う、うわぁああああ! き、貴志さん、動いた! これ本物!? 幽霊じゃないよね!?」
キャスが飛び退きながらブラスターを構え、叫ぶ。
「お兄ちゃん! ドローンがびっくりして動き止まったよー!」
ルナも慌てて操作パネルをいじり、ドローンを後退させる。
「私、怖いけど……でも、あの人……本当に、待ってたんだね」
ルミがぽつりと呟き、心の底から震えるような声を漏らす。
アスがすかさずセンサーを確認し、冷静に報告した。
「艦長、敵意はありません。感情認識AIが応答プロトコルに従って動いているようです。記憶領域は未接続。完全起動までは至っていません」
貴志は目を見開いたまま、再びアンドロイドに近づく。
その表情には、畏敬と戸惑い、そしてほんの少しの懐かしさが混ざっていた。
「……まさか、待ってたって……俺のことを、か?」
アンドロイドは、うっすらと微笑んだように見えた。
そして再び、目を閉じ、沈黙した。
それは、まだ完全には目覚めぬ魂。
だが彼女は確かに語った。「待っていた」と。
このアンドロイドは何者なのか。なぜ、貴志を“マスター”と呼んだのか。
答えは、まだ眠っている。
だが、間違いなくこの邂逅は。
この旅の意味を、大きく変える“出会い”になると、一行は直感していた。
【“フィフ”――孤独な時間を越えて】
アンドロイドの瞳が、まっすぐに貴志を見つめていた。
その視線は決して無機質ではなかった。静かで、優しく、どこか懐かしさすら感じさせる温もりがそこにあった。
貴志は一歩前に進み、声をかけた。
その声は、まるで長い眠りから目覚めた誰かにかけるような、慎重で、そして誠実な響きを持っていた。
「……きみは、誰だ? 名前を教えてくれ。貴方のことを……知りたい」
しばらく沈黙が流れたあと、アンドロイドはゆっくりと口を開いた。
「……私の名前は、管理個体番号NO.50。通称、フィフティーです。どうぞ、“フィフ”とお呼びください。私はこの施設の統合管理補佐として……およそ1000年前に製造されました」
一行の誰もが、息を呑んだ。
「千年……?」
貴志の眉が動く。想像を遥かに超える数字だった。
「そんなに……前から? 文明が滅んでも、ずっとここに……?」
フィフは静かに頷いた。その仕草は、まるで人間のように自然で、そこに“感情”が宿っているようにさえ見えた。
「はい。私はこの惑星ガンマのセレナード市、防災センター副長官補佐ユニットとして稼働していました。当時の副センター長の《メイソン》、私の“マスター”と呼ばれた方に仕え、都市防衛および危機管理システムの中枢を支えていました。しかし」
彼女は一瞬、言葉を探すように目を伏せた。
「……反物質リアクターの取り扱いにおける事故が発端となり、鉱山地区で爆発が発生しました。それは連鎖的に他の施設にも影響を与え、大気圏外まで達する広域災害へと発展しました。都市は……壊滅的な被害を受けました」
彼女の声は、震えることなく、ただ淡々と語っていた。だが、その言葉の一つひとつに宿る「記憶」は、1000年の重みを確かに感じさせた。
「市民は避難しました。…そして、マスターも最後まで残り、都市の終末を見届けたのです。私は……その日から、命じられました。“再びマスターに出会える日が来るならば、その時のためにここで待て”と」
キャスがぽかんと口を開け、感嘆の声を漏らす。
「ひゃー……1000年も? ひとりで? すごいよフィフ! フィフって、名前もカワイイし!」
ルナもドローンをゆらゆら動かしながら、無邪気に声を上げた。
「ねえお兄ちゃん、女神って言ったけど、ほんとにそうかもー! ドローンも“人間度99%”って出してるよー!」
ルミはフィフにそっと近づき、その透明な横顔を見つめながら、囁くように言った。
「……フィフ、貴女の話……感動したよ。ずっと待ってたんだね。どんなに寂しかったか……」
フィフはその言葉に、ほんの少しだけ微笑みを浮かべるように見えた。感情モジュールが起動しているのか、あるいは記憶にある“マスターの表情”を模倣したのか、それは誰にもわからなかった。
アスがセンサーを見ながら、冷静に問いを投げかける。
「フィフ、大災害の記録は詳細に残っていますか? 原因や影響範囲など、参考情報が欲しいです」
フィフはそっと首を振る。
「申し訳ありません。大災害直後に中央データベースとの接続が切断され、記録の大半が破損しました。私の内部メモリにも欠損が多数存在します。ですが」
彼女は貴志の方に静かに目を向けた。
「……マスターが戻ったとき、私の役割は再開されるとプログラムされています。あなた様の遺伝子コードには……高い一致率が認められます」
貴志は驚いた表情を浮かべ、戸惑いながらも穏やかに問いかけた。
「俺が……そのマスターかは、正直わからない。だけど、君が俺たちを助けてくれるなら、心強いよ。……フィフ、一緒に来てくれないか?」
フィフはしばらく黙っていた。
長い沈黙の後、彼女はゆっくりと片膝をつき、手を胸に当てる。
「はい、マスター。私は貴方様のために存在します。1000年前と同じように、貴方のために、全能力をもって奉仕いたします」
その宣言は、静かに響き渡った。
遺跡の奥深く、冷たく眠っていた“時”が、ようやく動き始めた瞬間だった。
次話では、フィフとの物語を進めていきます。
また、スピンオフ作品を投稿していきます。
合わせてご期待ください。




