難攻不落の子爵令嬢
初投稿作品です。
楽しんで頂けたら幸いです
「セターレ・フェルナンデ子爵令嬢!どうか僕の恋人になって下さい!」
お昼休み時、ランチを求めて生徒たちがごった返す王立高等学園のダイニングホールで、金髪碧眼の美丈夫な男子生徒が藪から棒にのたまうと、恭しく右手を差し出してきた。
「え、ヤです」
チキンの煮込み料理をトレイに載せたセターレは、急にシンと静まり返った皆の前で即答する。
料理が載ったトレイを持って両手が塞がれているというのに、バカかこいつは。
「な、なんでっっ!」
男子生徒は鼻息を荒く、小さく叫んだ。
金髪で青い瞳はイケメンの部類なのだろうが、瞳の奥は濁りがあるし、白目は充血している。
昨夜は平民の女性相手か、娼館でか、さぞお楽しみのことだったろう。
この男子生徒、もの凄くモテる一方、女遊びが激しくて有名である。
セターレがふるふると首を横に振ると、リボンで緩やかに結ばれた肩より少し長めの栗色のウェーブヘアが優雅に揺れた。
「伯爵令息殿。あなたとお付き合いなどしたら病気がうつってしまいますわ」
静まっていたホールがどよめいた。
「お、俺は病気などではないっ!」
いきなり病気がうつされる、と言われて、伯爵令息はギョッとする。
「あらまあ」
セターレは肩をすくめて
「時折、ズボンの上からあの、ソコを・・・掻いていらっしゃるでしょう。それが正に病気ですのよ」
「なっ・・・!」
伯爵令息は花も恥じらう令嬢のトンデモ爆弾発言に真っ赤になった。
一方のセターレは至極真面目な面持ちである。
「男女の口づけ、交わりは唾液交換、体液交換ですのよ。おモテになる貴殿を介して、見も知らぬ女性のバイ菌をうつされたら、たまったもんではありませんわ」
ガタガタッ!と椅子が倒れる音がして、とある女子生徒が卒倒していた。
あらまっ!刺激が強すぎたかしら。
男女交際と言っても、清らかな関係もありますから。
伯爵令息は青い瞳にうっすら涙を浮かべて
「貴様!覚えていろよ!」
と、捨てゼリフを吐き、ホールを出て行こうとする。
セターレはトレイを何とか片手で持ち、空いた掌を唇の端に添え
「お早めにお医者様にかかられて下さいね!最悪、命に関わりますから!」
と畳み掛けるよう声を上げた。
そして「お騒がせして失礼」などと言いながら、空いているテーブルにトレイを置いて、素知らぬ表情で品よく椅子に腰を落とす。
「・・・色男の伯爵令息も撃沈か」
ホール最奥の高位貴族生徒専用のテーブル席に着いていた男子生徒が、クックッと肩を揺らしながら小さく笑う。
「気づいたか?アイツ、名前も呼ばれなかったぞ」
と別の男子。
「そもそも名前も知られてないんじゃないか?」
「いや、セターレ嬢は学園生全員の名前を入学して早々に覚えたという話だぞ」
「それは凄いな」
友人たちが楽しそうに、学園で一番ガードが固く、この年齢まで婚約者がいなくて有名な子爵令嬢の噂話に花を咲かせる。
その話を聞きながら、中でもとりわけ高貴なオーラを醸し出す男子生徒が友人たちの耳に届かないくらい小さな声で
「セターレ・フェルナンデ子爵令嬢、か・・・」
と呟いた。
☆彡
「あたち、こんにゃくちゃは、あたちじちんでさがちまちゅ」
セターレは3歳になるかならないかの歳で、一家のお茶の時間に唐突にそう宣言した。
砂糖菓子をポトリと落とす父の子爵と、ティーカップをカシャン!と傾ける母の子爵夫人、そして口をアングリと開ける兄。
「い、いきなり、どうしたんだい?」
子爵が菓子を取り直す。
「あたち、おやがかってにきめたこんにゃくちゃなんてイヤでちゅから!」
ぷにぷにほっぺたをプリプリ膨らませて、
「こんにゃくちゃ、かってにきめちゃダメでちゅ!」
と念を押す。
それが毎日毎日続いたので、初めは本気にしていなかった両親も、これはただ事ではないと思い始めた。
しかも父に対しては
「あたち、おかあたまみたいな、きのつおいのちと、ヤでちゅ」
などと、気の強いヒステリックな相手と政略結婚させられるのは嫌だ嫌だとぶりぶりぶりっこで駄々をこね、
母とふたりきりの際には、
「あたち、おとうたまみたいにあいぢんつくるのちと、ヤでちゅ」
と、平民の女性と浮気をする父親みたいな男は嫌だと母の豊満な谷間に顔を埋めて、べそべそあざと可愛く泣いた。
そうして弱冠3歳にして、結婚相手は自分で探す、という権利を勝ち得たのである。
☆彡
実はセターレには、誕生したその時から前世の記憶があった。前世と言うべきなのか、正直測りかねる。
はるか未来のニッポンというインターネットが発達した国から、やってきたので、時空を超えて過去へ転生したと言うべきなのか。
はたまたここは地球という星ではないのか。
ニッポンに比べ、文化文明のだいぶ遅れた、中世ヨーロッパ的雰囲気のこの王国の子爵家子女にセターレは生まれ変わったのであった。
セターレは幼い頃から、政略結婚はイヤだと言い続けた代わりに、前世の記憶を大いに生かして、子爵家の財産を増やし続けた。
とは言え、無力な幼女のこと。こんなのあったらいいな、などとアイデアを出して、家族親戚、領民たちを巻き込んでの文明改革である。
もっとも、子爵家が経済的に潤ってさえいれば、政略結婚など必要ないと思惑があってのこと。
せいぜい嫡男の兄が、家格が上の令嬢と婚姻を結べば、万々歳というところか。
だがしかし、年頃になるとセターレは、
「お兄様、お兄様を心から大事にしてくれる素敵な女性とお付き合いしてくださいね」
と兄の政略結婚さえも難色を示す。
「冷え冷えとした夫婦関係なんて地獄でしかないですから」
そうして、おませな10歳のセターレは平然と言ってのけた。
「政略結婚など必要ないくらい財を築きますからね!」
実はここまで言うには理由があった。
前世のニッポンで、セターレは結婚していたが、夫に浮気をされていた。
浮気に気づいたのは性病を移され、流産したから。
夫をこれでもか、というくらいぶっ飛ばし、蹴りつけ、離婚届を叩きつけ、自宅から追い出したものの、勝手に押し入られた挙げ句、刺殺された。
どういうこと。何で私が刺し殺されるのよ。
離婚して、浮気女と再婚でもすれば良かったじゃない。
そんな凄惨な経験があった前回の人生だったので、現世での婚姻には尋常ではないくらいに慎重になっているのだ。
しかも現在、父親が愛人との間に子どもを作らないよう、母親と結託して、父の料理の中には避妊薬を混ぜ込んでいる徹底ぶり。
入婿の立場上、愛人宅に泊まる度胸はないのが幸いした。
実は気の強いお母様が、お父様の浮気に気づいた時、すぐに家から追い出そうとしたのに、お父様ったら、泣いてすがったみたいなの。
・・・なんか既視感が・・・いえ、気のせいよね。
それなのに浮気を繰り返す、残念な父親。
恐妻の尻に敷かれて、息抜きがしたいのは理解できるが、それが浮気だと話は別なのであった。
☆彡
「セターレ嬢」
別の日の朝、教室へ向かう廊下を移動中、男子3人組にセターレは呼び止められた。
何事か?登園中の生徒たちも振り返る。
また難攻不落のカタブツ女子に恋の告白でも挑む野郎が出たか、と廊下はたちまち好奇の野次馬であふれた。
それもそのはず、呼び止めたのは高位貴族も貴族の子息たち。
グループリーダー格、見目麗しき王太子が呼び止めたのだった。
「これは・・・ごきげんよう、王太子殿下」
セターレが思いっきり不機嫌そうに言う。
「うん。おはよう。セターレ嬢」
一方の王太子はニコニコしている。
「えっと・・・何かご用でしょうか?」
素っ気ないセターレの対応などどこ吹く風で王太子は言った。
「僕と付き合わない?」
「・・・えーっと、どこへですか?」
どこかに付き添って欲しい、と解釈したセターレが尋ねる。
「うん?どこへでも。本屋でも人気のカフェでも」
「書店でしたら、そちらの宰相様のご子息殿と、カフェでしたら、婚約者の公爵令嬢様と行かれることをお勧めして、わたくしめはご辞退申し上げますわ」
セターレの遠回しの断りに、見守っていた生徒たちがゴクリと唾を飲み込んだ。
「ハハ・・・つれないね。僕は君と行きたいな」
「・・・わたくしめとは感覚も趣味も合いませんから、面白味のない時間になるだけですわ」
「おい!殿下に向かって面白くないなどと・・・」
3人のひとりが文句を言おうとするのを、王太子が自ら止める。
「ほう。まるで僕の趣味を知っているかのような言い方だね」
王太子は面白そうに尋ねてきた。
「はい。王太子殿下は将来、国父、王となられるお方です。政治外交経済などなど学ぶべきことがたくさんありますので、そのような御本をお選びになることでしょう。
一方わたくしは、ビジネス一択。お金を稼ぐことにしか興味ございませんの。
もちろん昨今流行りの恋愛小説なんて読む気になどなりません。
殿下とはとてもとてもお話が合うとは思えませんわ。
殿下の貴重な時間を奪うわけにはまいりませんの」
一気にまくし立てるセターレにちょっと呆気に取られる面々。
「で、でもっ!殿下直々の誘いを無下に断るなんて」
騎士団長を父に持つ、騎士科の令息が言う。
「不敬だとは思わないのか?」
「だまらっしゃい!!!」
セターレはビシッと自身が発明開発した飛び出す定規で王太子の護衛を気取る令息を指した。
あ、マズい。前世の下町気質とお母様から受け継いだ勝ち気な性格がつい出てしまったわ。
「ひっ!!!」
いきなり定規が目前まで伸びてきて、令息が飛びのく。
その瞬発力はさすがは騎士科の生徒と言うべきか。
「美しくも賢い婚約者様がいらっしゃるにも関わらず、毎日毎日、低位貴族令嬢に声を掛けて、貴殿方は婚約者様に対しては、不誠実とは思われないのですか?
特に公爵令嬢様を婚約者に持つ殿下は、公爵家に対して不敬ではありませんの?
ああ、もちろん、不敬とは思わないのでしょうから、女生徒たちにみだりやたらと声を掛け、肩を抱き、人目のない空き教室でコミュニケーションという名の情事にふけっているんでしょうけど!
それから、この定規は3フィートありますから、わたくしの半径4フィート以内には近づかないで下さいませね!」
右手を伸ばし、今度は定規を宰相令息の鼻先に突きつける。
王太子たち3人は呆然と突っ立っていた。
「大体ね!あんなにも有能で素晴らしい宰相様のご子息ならば、殿下の戯れをいさめられなくてどうするのです!?
殿下は未来の王ですのよ!お・う・さ・ま!
生徒たちの見本、手本となるべきなのに、この乱れよう。嘆かわしいですわ!
宰相令息が率先して密会の場を作るなど愚の骨頂!言語道断!お家騒動に関わる大問題です!」
自ら醜聞を作り出しているのだと公衆の面前で責め立てられ、宰相令息は顔を青ざめたり、赤くなったりして、額からは汗が吹き出していた。
「ここが学園内で外部に漏れないだろうとご安心なさっているのでしょうけど、貴殿の無能力ぶりは生徒たちの知るところですから。
廃嫡となり、婚約者様に婚約破棄などされないことを願うばかりですわ」
「・・・そう言えば・・・婚約破棄するとかおっしゃってましたわ」
野次馬からヒソヒソ声が聞こえてきて、宰相子息は突然、婚約者だろうか、女性の名前を叫びながら走り去って行く。
その後ろ姿を唖然として見送る王太子と騎士団長令息と野次馬の面々。そしてむすっとした顔のセターレ。
「それから!」
再度、定規で騎士団長令息を指した。
「貴殿は先程、朝のご挨拶などと称して、男爵令嬢の唇を指でなぞっていましたわね!わたくしに絶対、ぜーったい!触れないで下さいましね!
ヒトの口の中には何百種類の菌が何億もあると海の向こうの大陸の文献に書かれていましたわ!そんな汚らわしい手で触られた日には、どんな恐ろしい病気に罹ってしまうか!
あぁ、怖いですわ!!」
ゴン!と誰かが貧血を起こして倒れた音がした。
あらまっ!コレも刺激が強かったのかしら?
前世の有益な情報は『海の向こうの大国の文献』などと言っておけば、案外信用されたりするのだ。
ま、あんまり乱用すると、その文献を見せてみろ、と言われかねないので、そろそろ日本語での古代文書でも偽造しておくと良いかも知れないわ・・・前世の言語を読み書きできるだなんて、私ってほんと天才ね。
「・・・汚らわしい手・・・」
騎士団長令息は、宰相の息子と違い、恐れおののき走り去るのではなく、羞恥と怒りの形相でセターレに向かって来た。セターレはとっさに定規を放り投げ、制服の上着の内ポケットから、改良版紙でっぽうを取り出すとパァン!と大きな音を鳴らした。紙の中から更に細かく切った紙吹雪が空中を舞う。
大きな音が廊下中に響いて、生徒たちが、わー、きゃーと耳を押さえ、悲鳴を上げながら逃げて行った。
一方、突然の破裂音にびっくりした騎士団長令息は廊下にへたり込んだ。ヒラヒラと舞う紙吹雪がポカンと開けた口の中に入っていく。
「絶対にわたくしに近づかないで下さい」
へたり込んでいる令息と、棒立ちになっている王太子を交互に睨みつける。
「お子様の恋愛ごっこに付き合っているヒマはないんです」
そうして、定規を拾い上げ畳み、踵を返すとぶりぶりしながら、教室へ向かって行く。
紙吹雪は・・・ふん、貴方たちが片付ければいいわ。
全くもう!クソガキたちに構っている場合じゃないって言うの!
前世のセターレは結婚に失敗したので、学園のヘタレたお貴族様たちなど眼中にないのである。
ニッポンのような自由恋愛が難しい、今世の貴族社会。
親が決めた婚約者とは清く正しい交際が求められるので、健康な思春期世代が、盛った気持ちになってしまう気持ちが分からないわけではない。
でもその相手を格下に強いるのが許せないわ。下位貴族女性なら、純潔を失ってもいいってか。セターレの眉間にシワが寄る。
ホイホイと高位貴族の甘い言葉に乗る、下位貴族の愚かさも呆れてしまうが、高位貴族の傲慢さも、考えの浅さも気に食わないのだ。
高度文明社会での生活経験の前世記憶を持って、セターレは生まれ変わった。
今世での使命は、身近な人々が少しでも幸せな生活が送れるよう尽力することではないかと思っている。
婚約者がいる男のひとときの恋人もどき、浮気相手などになって、振り回されるのはゴメンだ。
相手を思いやりつつ、高め合い、社会貢献できるパートナーを探す。
「この学園じゃ相手を見つけるのは、厳しいかしらね・・・なんかアホばっかだし。いっそ留学でもしようかしら・・・それとも平民の商家の息子とガッポガッポ稼いでとか・・・うーん」
ブツブツ呟きながら、セターレは今日も学園内を闊歩する。
豊かで幸せな人生を送ることを目標にして。
恋や愛は・・・ねぇ・・・
・・・まだまだのめり込められそうにない15歳だ。
後日談。
下の病気を大々的に指摘された伯爵令息は、コッソリと子爵家を訪ねて、子爵家推奨の軟膏を購入した。
セターレに恨みを持つどころか、下手したら不妊、最悪は命を落とすのだと、コンコンと説教されて改心。以後はセターレの隠れ熱狂的ファン、子爵家のお得意様となった。
また、ひっそりとセターレの元に下の悩みを打ち明けてくる子女が何名か現れたのは言うまでもない。
シモの悩みって、いつの世も言いにくいのよね!
誤字脱字報告、ありがとうございます!
当面は感想フォームは閉じさせて頂きます。
m(_ _)m