間話・未来を照らす街灯
本来は本編を書き上げなければならないのですが、うまく進まないまま一年が経とうとしています。
どうしようもないので、本編とあまり関係のない間話を先に投稿します。
これからはなるべく更新していきますのでよろしくお願いします。
1994、12-500、八河電設。
僕の名前。
緩やかなカーブの坂道を森へと続く一本道、その道端にひっそりと立っている電柱だ。
コンクリート100%の水を通さない支柱に、ゴテゴテと頭でっかちな飾りがついて、腰には虎柄のパンツ、極め付けにピカピカと光る電灯まで付いている。
改めてとんでもない見た目だけど、これが僕。上の集落に住む人たちのために、遠い麓の街で作られた電気を毎日送り続けている。
君の存在が、何十人もの命を支えるんだ。折れず曲がらず、まっすぐ立っていてくれ。
その言葉が頭をよぎる。
真夏の暑い日差しの下、僕をここに立てた工事の人は独り言のようにそう呟いていた。
あれから30年が経った。
台風にも、雪の重みにも耐えて、僕はまだその言いつけを守り続けている。
でも考えてもみて欲しい。
この山の中にいきなり放り出されて、顔も分からない人たちのために頑張れだって、そんなのできっこない。
隣の電柱から銅線を通して送られてきた電気を、また次に渡すだけ。
電気は勝手にどんどん送られてくるし、それを止めることなんて僕にはできない。
何だ、僕の頑張りなんて関係ないじゃないか。
嘘つき!
時々目の前を通る人も、一人で歩く時はいつも考え事をして、隣に立つ電柱のことなんか見てもいない。二人で歩いている時は、お喋りに夢中になっている。
30年間、一度も感謝なんてされたことない。
いつしか僕は不貞腐れて、無気力に過ごすだけになっていた。
そんなある日の夜のことだった。
その日は夕方から雷がゴロゴロいって、ああこれは雨になるなと思っていた。案の定土砂降りで、降ったり止んだりを繰り返している。
LEDの強い光に飛び込んだ雨粒が、白く輝いて地面の闇へと吸い込まれて行く。
周りの木々も、動物たちもとっくに寝静まっている。
こんなことなら木に生まれたかった。この体が固いコンクリなんかじゃない、もっとしなやかな幹だったら…何も悩まずに済んだのかな。
分厚い雨雲が月の光も遮って、暗闇の中、僕はひとりぼっちだ。
肌を伝う雨粒がまるで涙みたいで、泣くこともできない僕を慰めてくれているようだった。
リー、リー、リーと虫の声が響く。
働く理由、生きていく理由。何で頑張るの?
昼間見たアリの行列を思い出した。
せっせと餌を運んで行く姿、なんて働き者なんだろう。
仲間のため、自分のため?
それとも理由なんてないのかな。
アリに生まれたから餌を運んで、チョウに生まれたから蜜を吸って、靄に生まれたから坂道を下るみたいに、そう生まれたから頑張るんだったら…
「僕は?…」
その時だった。
坂道の上、山を越える峠道から一台の車が走ってきた。
急いでいるのか、結構スピードが出ている。
これは危ないかもしれない。
この先は急な坂道とカーブで、しかも路面は濡れていて滑りやすい。
そんなにスピードを出してたら…
雨を押し除けるようにして、黒い車体が電灯の中を走り抜けた。
次の瞬間、タイヤが空回りしたキキィー!という鋭い音と共に、あっという間にバランスを崩して道を逸れる。そして脇の竹藪に頭から突っ込んだ。
バキバキバキッ!とものすごい音がして、車は停止した。
…ああ、ビックリした!
隙間なく生える竹のおかげで、うまく斜面から落下せずに済んでいる。
しばらくして運転席のドアがバタッと開いて、中から乗っていた人が出てきた。
若いとは言えはない20歳半ばくらいの男の人で、蝙蝠傘を片手に竹藪に突っ込んだ車の様子を確認している。
どうやら怪我はないみたいだ。
良かった。
しかし、ここは山の中だ。
近くの民家まで歩くと結構な距離があるし、雨も降っている。
明け方まであと3、4時間くらいはあるだろう。
側溝に落ちたタイヤがパンクしてしまったらしく、どうやっても動かせそうにないと分かると、男は僕の方に歩いてきた。
電灯の灯りの下で、傘を差したまま携帯を取り出し、どこかに電話をかけ始める。
「はい、はい。 了解しました。…はい、ご迷惑をおかけしますが、それでお願いします。失礼します。」
ピッ
「はぁー、やらかした。」
電話を切ると、男は深くため息をついた。
うん、誰がどう見てもすっごくやらかしている。
それは分かる。
男はその後も携帯を片手にどこかと連絡を取り合っていけど、それが終わるとふと顔を上げた。
「いや、しかし助かったよ。君がいてくれて良かった。」
突然そう言った。
誰に?
もう携帯はポケットにしまわれている。
「こんな山道で、明かりがないというのは辛いよ。
君は俺の恩人だ。」
僕にもたれかかりながら、そんなことを言う。
もしかしなくても僕のことだろうか!?
この人、電柱に話しかけてる!
何かものすごい変人に違いない!
それこそものすごく失礼なことを考えている間にも、男は話し続けた。
「今レッカーを呼んだから、もう大丈夫だ。
でもこの雨だから、あちこち似たような事故があってるらしいんだ。あちらさんが来るまでしばらくかかる。
だからもう少しここに居させてもらうよ?」
何ともなさそうな、状況を意に介さない語り口だった。
でも、あれ?
この人…大丈夫って言ってるけど、だいぶ声が辛そうに聞こえる。
こちらに背を向けているから顔はよく見えない。
「自分でも何やってるんだろうって思うよ。
別に急ぐわけでもないのに、あんなにスピード出して。
ちょっとむしゃくしゃしてただけなんだ。
色々と嫌なことがあってね。」
男は続ける。
「この上に集落があるだろ?
そこにちっちゃな家があるんだ。
…いや、あったんだと言うのが正しいかな。
もう住んでた人が居なくなってね、今は空き家になってる。
あの古さだ。こんな山奥にわざわざ移り住む人もいないから、まああとは朽ちていくだけだな。」
男の目は降り続ける雨を見つめている。
しかしその眼差しは、もっと遠くのどこかを探しているようにも見えた。
「そういう住む人が居なくなった建物を、崩す算段をつけるのが俺の仕事なんだよ。
だから似たような案件には、いくつも、いくつも出会ってきた。
でも今回はちょっと違ったんだ。」
男はそこまで語り終えると、おもむろにポケットに手を突っ込んでタバコを取り出した。
蓋を開けてそのうちの一本を抜き取り、ライターを擦るが…火がつかない。
シュッ、シュッ、シュッ!
「湿気ちまってるわ、だめだなこりゃ。」
そして出す時と全く逆の手順でまたポケットにしまった。
さっきまで真面目な話だったから、すごく格好悪い。
やっぱり変な人だ。
彼は頭をポリポリかいて、また話し始めた。
「それで、どこまで話したかな。
その家はな、農家の老夫婦2人が住んでたらしいんだが、何しろ歳が歳で、数年前に街の介護施設の方に移ったんだ。
管理できなくなったら家も、畑も荒れていくだろ。
だから壊すかといえば、そうでもない。
家っていうのは取り壊すにも金がかかる。
だからこういう田舎の家は空き家のまま放置されることも多い。
でもその夫婦は、自分たちが大切にしてた家が無惨に朽ちていくのは見たくない、壊してくれって言うんだよ。」
雨足が激しさを増し、道路を滝のように流れ下っていく。
傘にもいくらか水が染み込み、服はもうびしょびしょだけど、彼はそんなことを気にする素振りも見せない。
「家っていうのは、人生の一つ大きな部分を占める場所だ。どんな人でも、自分の家に帰ればありのままの自分に戻れるんだ。
だから家を見ればその住人の人柄が分かる。
家にあげてもらって、居間で話を聞いて分かったよ。
この家は本当に愛されてる。手入れがされてるとかそれだけじゃなくて、何というか、空気が温かいんだよ。
机に描いてあるちっちゃな落書きだったり、壁に着いた油のシミだったり、窓から見える棚田の景色だったり…
部外者の俺の目にも、彼ら家族が過ごした日々が、こう、ありありと伝わってくるみたいでさ。
俺が話を聞いたのはそこの息子さんだったけど、表情こそ出さなくても、やっぱりどこか辛そうなんだ。
きっと本当に良い人たちなんだって、思った。
俺の仕事は家の解体で…つまり人とその家族の過ごした時間の証を、何の価値もない更地に戻す仕事だ…。
この目で見て、直接話を聞いて、それでも仕事って割り切れるほど俺は慣れきってなかったってことだ。」
そっか。
この人は僕に話しかけているのと同時に、自分に問いかけてるんだ。
本当にあれで良かったのか?って…。
「人の役にたつ仕事を目指してたんだ。
土地っていうのは限られてる。だから古いものはさっさと壊して、新しいものにどんどん作り変えてしまえば良いって思ってたんだ。
夢のマイホームって言うだろ?
あれは例えなんかじゃない。家っていうのは夢そのものだ。
木と鉄とコンクリートでできた箱の中に夢をいっぱいに押し込めて、世間の冷たい雨風で壊れないよう守ってるんだよ。
誰かが新しく夢を叶えるために、古い夢を壊して、新しく建て直すんだ。
俺の仕事は人に夢を与えるなんて良いものじゃない。人の夢を壊す仕事だよ。」
俯いたおじさんの口から嗚咽が漏れる。
もたれかかった背中から微かに震えが伝わってきた。
きっととても優しい人なんだ。
優しいから、誰かにずっと打ち明けられないまま苦しんでたんだ。
「…こんなこと、俺よりもっとあの家に愛着のある彼らの前で顔に出すわけにはいかなくてさ…。もちろん終始笑顔でいたよ。
俺は何て悪いことをしているんだって、自分が情け無くなった。」
それからしばらく、おじさんはただ黙って俯いていた。
雨はそのままの強さで降り続いていた。
僕に帰る場所なんてない。
ずっとこの道端で突っ立ったまま過ごしてきた。
だからこの人の言う「家」っていうのがどんなものかもよく分からない。
でもそれが、自分の本音を包み隠さず、安心して泣けるようなところなら、きっと僕と、この蝙蝠傘の中がこの人の家なんだ。
今だけは僕が電柱として、ここに立ってて良かったと思う。
こうしてこの人を支えていられるんだから。
「明るくて、優しい光だね…
いつもこうして道行く人を導いているのかい?
みんな幸せ者だなぁ…毎日こうして照らしてもらって。」
そんなことない。
誰にも感謝なんてされないよ。
このライトだって、ただピカピカって眩しいだけじゃないか。
「君だってこんな話聞きたくなかったろうに、ごめんな。だけどちょっと楽になったよ。
…本当はね、この仕事を始めた時に結論は出てたんだ。
世の中ってさ、みんながまとまって一つの流れに従ってるように見えるよ。
でも違うんだ。
好き勝手に落ちていく雨粒が、集まって一つの川として流れていくみたいにさ。
一人一人が勝手に生きていても、知らないうちに寄り集まって大きな意味を持つものなんだよ。
その中に俺も、もちろん君も入ってる。」
おじさんは、アスファルトを川のように流れる雨を見ながら呟く。
「君は知らないかもしれないけど、今日のあの家族が暮らす村の電気は、君を通すその電線が担っているんだ。
君が支えているのは電線の重みだけじゃない。
何十人もの命の重みだ。
こうして生きている限り、大きな何かを背負っているのは誰でも同じなんだよ。
本人がそれに気づいているかは別としてね。」
彼は一拍置いて空を見上げた。
「だから俺の仕事も、きっと俺が生涯関わることのない誰かを、知らないうちに笑顔にしてるんだって。
まだまだ捨てたものじゃないって、そう思うよ。」
幼い子供を宥めるように、自分を納得させるように、そう締めた。
その瞬間、叩きつけるようだった雨が、少しだけ和らいだ気がした。
この人のやっていることはとても立派なことだと思う。流れに任せるだけじゃなくて、その先へ向かう理由を見つけようとしている。
でも僕は…僕は何も考えてないよ。
ただここにずっと立ってただけだ。
誰かの命を支えるとか、そんなことこれっぽちも頭になかった。
どうしようもないことに不平を並べ立てて、自分のことばっか…。
「こう言いたいんだよな? 僕はそんなこと考えて過ごしてるわけじゃないって。
当たり前だよ。
大きな流れっていうのは結局一つの雨粒でしかない俺たちには計り知れないもので、それに責任があるとかいうわけじゃない。
誰かのためとか、知ったことかって!
俺たちはその流れに従いながら、それとは全く別で自分のやりたいことを考えて、生きていくんだよ。
君に電柱として役割があっても、そのために生きる必要なんてない。
それは一つ、君が与えられた使命みたいなもので、黙っていても勝手にそうなってくんだから。
適当にこなしながら、本当に自分が望むことに夢中になればいいんだ。」
その一言にハッとした。
僕の声、聞こえてないよね?
さっきまで悩んでたことそのまんまだ。
おじさんも悩んでいたの?
僕と同じように。
「あと数年真面目に働いて、うまくお金が貯まったら家を持とうと思うんだ。小さな一軒家だけど、貸家じゃない、自分の力で建てた家だよ。
ずっと人の家ばっかり周ってたら、段々羨ましくなっちゃってさ。今は夢のまた夢だけど、きっと叶えられると信じてる。
…って言ってるそばから事故を起こして立ち往生しているわけだが。」
ハハハ…と笑う顔にはさっきまでみたいに無理している感じはなく、憑き物が落ちたようだった。
全然笑い事じゃないけどね。
「偉そうなこと言っちゃったけど、やっぱり頭で理解してるだけじゃ割り切れないものなんだよ。心から信じ切れてた訳じゃなかった。
今言葉に出して初めて分かった気がする。
ほんと、ありがとう。」
もう雨はだいぶ小降りになって、沈みかけの月が雲間からうっすらと顔を出している。
おじさんの腕時計は03:30を指している。お別れの時間が近い。
彼の言っていることは最もだ。
きっと彼はこの夜が明けた後、彼だけの夢を目指してまた歩き出していくんだろう。
でも僕は?
僕に叶えたい夢なんてない。
友達だっていないし、欲しいものなんて思いつかない。
夢を追うことに苦心するおじさんと、目指すものすら見つからずに立ち往生する僕じゃ全く違う。
「雨宿りして、話まで聞いてもらったんだ。何かお礼したいけど、君にあげられるようなものは何も持ってないからな…」
しばらく考え込んでいた彼は、何か思い出したように、「あ、そうだ。」と呟いた。
「君がどんな夢を望むのかは分からないけど、俺は街灯としての君の光に助けられたんだ。だから次俺みたいに苦しんでいる人がいたなら、その光で導いてやって欲しい。
俺の親父の受け売りなんだけどさ、一つ君に贈りたい言葉があるんだ。親父は建設系の仕事をやってて、君みたいな電柱を立てることもあった。
変わった人でさ、工事の最中に建材に話しかける癖があったんだ。
その親父が、昔俺に言ってくれたことなんだけど…」
そう言うと彼はピシッと姿勢を正して、口に手を当てた。そして、いかにもわざとらしい低い声でこう続けた。
「道行く人は誰でも前を向いて歩く。
下を向いたり、立ち止まることはあっても、後ろを向くことはない。
みんな未来を見据えているんだよ。
この道の先は未来そのものだ。」
だから、と彼はこちらを振り返った。
僕の支柱に手を当てて、続ける。
「君は未来を照らす街灯だ。
折れず曲がらず、まっすぐ立っていてくれ。
この道を通る何十、何百人もの人の未来を君が照らすんだ。」
疲れが浮かぶ目元が微かに綻んだ。
何て芝居がかったセリフだろう。
この格好つけめ!
でもその言葉は、乾いた地面に降る雨のように僕の心に染み渡った。
もしかしたら僕をここに置いていった電気工事の人も、こんな顔をしていたのかな。
"未来を照らす街灯"か。
「最初の方とかは俺の自作だけどね。
どうだい?気に入ってくれたかな?
この仕事に就いたばかりの頃、俺の仕事ぶりを親父がこんな感じで褒めてくれたんだよ。
訳の分からないカッコつけだったのに、それが妙に嬉しくてさ。
君のやりたいことと合っているか分からないけど、励みになると嬉しい。」
そう言って少し恥ずかしそうに微笑んだあと、彼は道路に向き直った。
それっきり彼が口を開くことはなかった。
物憂げに細めた目で、収まっていく雨を名残惜しそうに見つめていた。
微かな雨の音と木の葉が擦れる音だけが聞こえる。
その沈黙が心地よかった。
***
それからしばらくして、ふと車のエンジン音が聞こえた気がした。
いや、気のせいじゃない。
音は段々大きくなって、カーブの向こうにレッカー車のヘッドライトの光が見えた。
「お別れだね。」
うん、元気でね。
短い挨拶が交わされた。
「それじゃ。」
黄色い車体が目の前で止まって、ドアが開いた。
それと同時に、僕にかかっていた重みがふっと消えた。
降りてきた運転手としばらく何か話して、彼はタオルを受け取った。そして振り返ることなく、助手席に乗り込んだ。
目の前で作業は順調に進んでいった。
嬉しいはずなのに、もっと手こずることを望んでいる自分がいる。
もどかしい、そんな気持ちを置いてきぼりにして、車の引き上げは終わってしまった。
運転席側を向いていて、助手席にいる彼を見ることもできない。
運転手が乗り込んで、ドアが閉まる。
何を言うべきなんだろう。
さようなら?
ブルン、とエンジンがかかる。
赤いテールランプの残像を残して、おじさんを乗せたレッカー車はカーブの向こうに消えていった。
さようなら。変なおじさん。
おじさんの夢、叶うと良いね。
遠ざかる余韻にそう呟く。
普通に暮らしていたら一生出会うことのないであろう2人が、短い時間だけどこうして一緒に過ごせたのはまさに奇跡だと思う。
また会えるかな?
僕が勤めを終えて、元の石屑に戻るまであと20年くらい。
時間はまだたっぷりあるんだ。
次会う時はお互いの夢を顛末を、一晩と言わず何日でも語り合いたい。
***
去っていく光を見て、少し寂しくなった。
俺はちゃんと伝えられたかな?父さん。
夢を追え、なんて学生の頃嫌というほど言われたけど、結局流されるまま今の会社に入った。その頃は守るべき信念もなくて、ただ毎日嫌だ嫌だと思いながら働いてたっけ。
たまたま実家に帰ってきた日の夕食で、俺が仕事の愚痴ばっかり言っていた時だった。
いつもあんまり喋らない父さんが、珍しく口を開いた。
「繁彦、お前は地味な仕事だと思ってるかもしれんが、俺は立派なことだと思うぞ。
人ってのは、良くも悪くも場に左右されるもんだ。明るい場所では明るい気分になるし、暗い場所ではどうにも心が沈んでしまう。
育つ場所が、時にその人間の人生を大きく変えてしまうこともあるんだ。
俺みたいな老人が、昔の思い出が詰まった建物を大事にとっておくのもいい。だがそこで育つ子供たち、次の世代にはもっと新しい未来を見せてやりたい。
新しい世界には新しい出会いが生まれて、そうやって時代が進んでいくんだ。
分かるか?
お前の手が、子供たちの未来へのかけ橋になる。
嫌いでもいい。自分が納得できるまで、絶対に折れるんじゃないぞ。
お前の仕事が、巡り巡って何十、何百人の人々の縁を繋ぐんだ。」
いつも俺がやることに、良いとも悪いとも言わない父さんの口から、そんな言葉が出たことに驚いた。
「とは言っても、これも爺ちゃんからの受け売りなんだがな!結構うまいこと言っただろう?」
ガハハハ、と照れた風に笑う父さんを見て、口ではうるさいなって言いながらどこか嬉しい気持ちもあったんだ。
いつか俺も、こんな風に人を勇気づけられる人間になりたいって思った。
ずっと嫌ってたけど、なんだかんだ俺も似てきてんのかな?
口の端に少し笑みがこぼれた。
***
夕方の5時を告げるチャイムが鳴って、道沿いの電灯にポツポツと火が灯る。
眼前、暗くなった道の表面を白い光が円く照らしている。
最近僕には夢ができた。
それを叶えるために命をかけられるような、僕だけの素晴らしい夢だ。
今はそれに向かって日々邁進している。
その時、カーブの先からタイヤの音がした。
一台の軽自動車がこちらに向かって走ってくる。
この上の集落に向かうのか、それとも山一つ越えて隣の街まで帰るのかな?
疲れ切った顔でハンドルを握っている。
今日も一日お疲れ様、明日も頑張ってね。
何かしてあげられる訳じゃないけど、僕は毎日ここで見守っているから。
真っ暗闇でもあなたが進むべき道が分かるように、眩しい光で照らし続けるよ。
折れず曲がらず、いつでもまっすぐ立っている明日への道しるべ。
僕は、"未来を照らす街灯"だ。




