悩む学者は閃いた
同時期。リュートと同じ悩みを抱える者がもう一人。
「レーヴェさんがアルクさんのことを大事に想っていて、アルクさんもレーヴェさんなしでは生きていけないほどに心の支えとしているのは分かっているんですけど、ここ数日はずっとレーヴェさんがアルクさんのことばかり構ってて、私の旦那様なのに、アルクさんが独占している状態がとても羨ましくて、しかしアルクさんの心労も相当なことになっていると分かっているから何も言えず、そもそもなんなんですかね。冒険者の選定ぐらいちゃんとしてくださいよ! 仕事中に大した用もなく隊室にやってくるなんて非常識でしょう! レーヴェさんは次期副団長候補なのか外部の人間に見せられないような書類も最近扱いだしてるから欠片も進まないし、ティカさんの代わりに自分を売り込みに来る輩もいて鬱陶しい! ティカさんがどれだけ強いかも分からず外見だけで判断して! この人は確かにBランクですけど、認定したの風の国ですよ!? あの多種多様なモンスターが群雄闊歩している国のBランクなんて、水の都だったらSランク間近のAランクだって言うじゃないですか! しかも魔法無しの純粋な戦闘技術だけでも上級騎士レベル! 魔法も制限こそあれど「そこ、穴あるよ」の一言で落とし穴を作るような予測不可能な魔法で唯一無二! いえあの外見と言動から相手を侮らせて楽して勝つ方法をとるティカさんならいくらでも侮れと笑って受け取るでしょうけど! それでも売り込むのならもっとマシな戦績を持って来い! Aランクだとしても破壊しか使えないひよっこが! 最低でも両方使えるようになってから来い! そもそも【不可視】の奥さんが弱いわけないでしょう!! それを知らずに見た目だけでクスクスと……!! こちらがどれだけアルクさんを抑えているかも知らずに……!! レーヴェさん取り戻してアルクさんを解き放ったって良いんですよっ!!」
「う~ん。めちゃくちゃ荒ぶってらっしゃる」
「オーガストちゃん、ストレス溜まってたのね」
場所はティカの家。ティカとシリカとオーガストが女子会を開いていた。
旦那のアルビレオは毎年遊撃隊が倒しているクラーケンを倒しに船旅中である。ティカは泳げないために毎年お留守番なのだが、今の城内は少々荒れているためティカ一人を城内に残すのは危険と判断して、騎士団に話が届く前にさっさと討伐に出た。最短でもあと四日は帰ってこない。
その寂しさを紛らわせるため、自称兄の嫁のシリカと友人のオーガストを招いて女子会を開いてみたら、オーガストが酔った。
「レーヴェさんもレーヴェさんよぉぉ……! 自分も声掛けられてうんざりしてるのにアルクさんのことばかり気にしてぇぇ……私に標的向かないようにって上司の態度を崩さないし、ずっと兵舎に泊まるし、ご飯ずっと一緒に食べてないし、寂しいぃ……」
「ティカちゃん、お水持ってきて」
「ガスさんがさっきから飲んでるの、水だよ」
「相当なストレスが溜まってるのね……」
そう。レーヴェが店を出るなりいきなりプロポーズした相手とは、オーガストのことである。
まずはお友達から……と普通ならお断りの言葉から始まった二人の関係は、周りの協力もあって順調に進み、二年の交際を経て結婚した。
仕事中は上司と部下の適切な距離で、とてもじゃないが結婚しているようには見えない。しかしプライベートでは、二人が並んで歩いているところにアルクとシリカ以外の人間が近付くと、たとえ遊撃隊の仲間でもレーヴェは邪魔するなオーラを出して威嚇してくる。ベタ惚れである。面白い。
そんなレーヴェが、オーガストと長期間離れて大丈夫かと言えば、そんなわけはなく。
「……冒険者がいるの、あと何日だっけ?」
「えーと……問題児が全員帰るのはあと十日前後かな」
「倒れるわね……。ティカちゃん、何か案は無い?」
「えー。そうポンポンとは出てこないよー」
幼馴染みのシリカが言うのなら、本当にレーヴェのストレスはギリギリなのだろう。
レーヴェはどうにも他の人を優先して、自分の事は後回しにしがちだ。ストレスもギリギリまで溜め込んでしまう傾向があるとシリカから聞いている。彼の場合、ストレスが溜まりすぎると不眠症を発症するらしい。そして不眠が原因で倒れる。
無茶振りにティカは酒を飲みながら考えてみた。つまり、レーヴェとアルクとオーガストが安心して仕事が出来て、かつ仮眠を取ることが出来る場所が必要だ。
「どっかに執務室兼、休憩室を作る、とか?」
騎士団は部隊毎に部屋はない。そもそも部隊長達に書類仕事は存在せず、専用の文官達が各部隊の状況を聞き取り、必要な備品などを用意して出撃時に渡している。
しかし、騎士団の中でも特殊な立ち位置である遊撃隊は文官が用意されておらず、備品などは隊長であるレーヴェが聞き取り、申請を出していた。その書類仕事をするために専用の部屋が与えられている。
隊室自体には最低限の礼儀さえ払えば誰でも出入り自由だ。おかげで書類仕事中でも冒険者が入り込んで、レーヴェやアルクに纏わり付く者もいるとリュートが愚痴っていた。レーヴェの仕事を補佐しているオーガストも邪魔だと思っているのは、先ほどの怒濤の愚痴の中でも言っている。
だから別の場所に執務室を作れば良いのではないか。
思いつきを呟いてみたが、ありきたりなことしか言えなかった。それが出来ていないから現状困っているというのに。やはりポンポンと簡単に案は出てこない。
「それしかないけどねぇ……」
正面のシリカも同じ事を思ったようで、同意はしているが声音に潜む副音声は「無理ね」だ。
「……そうです。作ればいいんですよ」
だが、両手でコップを持ち、水面を見つめていたオーガストは違った。
愚痴を吐いていた時のヘロヘロだった声音とは違い、はっきりと覚醒した声で顔を上げる。その青の瞳が、光明を見出したとばかりに輝いた。
「ちょうど、隣の倉庫が空いてます。そこに執務机と資料棚を移して、ソファも置いて。隊室にはローテーブルとソファ増やして、何か飲めるように簡易キッチン作っちゃえば。この際、冷蔵庫も置いて……
――ああ、ティカさん! ありがとうございます!!」
つらつらと計画を呟いていた彼女は、身を乗り出し、向かい側のティカの手を両手で取って満面の笑顔で感謝を告げる。
若干身を引き、引きつった笑みを浮かべつつも、ティカはどういたしましてと受け取った。
オーガストはティカに紙とペンを借りると、大雑把な間取り図を書き出して、自分の構想を練っていく。
流石に酒を飲みながらは思考が鈍るからと、ティカはシリカに酒を飲み干させると、自分も飲み干して二人のグラスを水に入れ替えた。
「ここに確か洗面台の後があるので配水管が通ってたはずです。工事は必要でしょうがおそらくシンクは付けられるかと」
「その前に、まずは工事許可取ったほうがいいんじゃない?」
「ああ、そうですね。まずは団長へ工事許可。その後、置くスペースを測りましょう」
間取り図を書いた紙とは別に、やる事をリスト化していく。また別の紙には必要な備品を書き出した。
綺麗に整った文字がつらつらと書かれていくところに、シリカとティカも指を差していろいろと案を出す。
「仮眠用にベッドとかどうかな。ソファで寝るのも限界があるでしょ」
「ああ~……アルクさんやリュートは確かに窮屈そうでした。休憩室も兼ねてますし、部屋の奥に設置して衝立でもして、その衝立を背にして執務机を置けば、収まりも良いでしょうか」
「いいんじゃない? 利用するのレヴェさんとお兄ちゃんだけになりそうだけど」
「……どうしましょう」
「そこでいいでしょ。そもそもあの二人の休憩室だし。あ、でももしアルクがレーヴェを抱き枕にして休んでるような事があったら言ってね。アルクにお説教するから。鉄拳で」
「その前に私も一撃アルクさんに入れて良いですか?」
「もちろんよ! ガツンとやってやんなさい! 私の旦那様ですって!」
「はいっ!!」
そこからどこを狙って一撃を入れるべきかのレクチャーに入りかけたが、ティカが間に入ってやめさせた。今やるべきはこの書きかけの大改装計画の草案を纏める事である。
「ここの本棚邪魔になるよね? これを執務室に運んで、机の横のこの壁側に置いといたら便利では?」
「ああ、そうですね。資料棚は元から移動させるつもりでしたが、ここの本棚も移動させて、資料棚にしてもいいですね」
「あら、そうすると隊室の本棚が足りなくならない?」
「んーん。本棚自体はもう一つあるんだけど、ここの配水管があった穴から虫が入ってくるのを封じるために、穴を塞いだ上で板を置いて本棚で重しにしてただけだから。移せばいいよ」
「なるほどね」
他にもここをこうして。とかしましく夜は更けていく。
三人で考えた草案を清書し直したところで、アルクがシリカを迎えに来た。ついでにオーガストも送っていくというので、お開きとなる。
「あ、そうだ」
別れ際。見送るティカにオーガストが振り返り、笑顔を向ける。
「ティカさんは冒険者ですから、マジックポーチ持ってますよね」
「持ってるよ」
冒険者と商人必須のアイテム、マジックポーチ。腰に下げる小さなポーチサイズで、普通の鞄並の容量がある魔道具だ。容量を上げる方法はいろいろとあり、冒険者は金を掛けて専用の技師に拡げてもらったり、自分で魔法を解析して拡げたりする。
魔法が禁止されている場所では使えないので、魔法封印の呪いがかかったエリアがあるかもしれないダンジョン探索では過信できないが、旅や日常使いには充分役に立つ。ちなみにそれを使って万引きを考える馬鹿もいるが、バレれば資格の永久剥奪、再取得不可の厳罰を食らうのでほとんどの冒険者はやらない。商人に至っては信用が無くなるのでやる者はいない。
答えて、ティカは続くだろう言葉に見当が付いてしまって顔をしかめた。オーガストは顔をしかめているのに気付いているだろうに、気にせずに続ける。
「ベッドと衝立、入りますよね」
ティカは冒険者の母が、これくらいは持っときなさい。と渡してきた一般より少し大きめの、本サイズのバッグを持っていた。容量は拡張されていて、これ一つで一人暮らしの家具一式ぐらいなら余裕で入れられる。
それを利用して執務机しかなかった隊室の家具を揃えていったのだから、オーガストは当然知っている。知っていて、確認という形で聞いてきた。
もう捨てた、とは言えない。なぜなら、普段腰に付けているのを彼女は知っている。
「……買いに行けと?」
「はい!」
「うわぁ、イイ笑顔~……」
とてつもなくイイ笑顔の彼女に頷かれて、ティカはがくりと肩を落とした。
少し離れたところで見守っていたアルクは不思議そうに首を傾げ、シリカは楽しげに微笑んでいた。
ぶっちゃけ前半のオーガストの叫びは、読み飛ばした人が大半だと思う。