竜騎士の苦悩
全部で8ページのエピソード、開始です。
「ほんっっとうに!!!! あの二人いい加減にしろよおおおおお!!!!」
場所は城下町の酒場。安くて美味い料理を出す、酒も美味い良い酒場だ。
終業後、友人を誘ってここに来たリュートは、酒が来るなり一気に煽り、吠えた。周りに配慮した結果、渾身の小声の叫び声という器用な方法で。ドカッと遠慮無く叩きつけられた木製のジョッキの音のほうが大きいほどだ。
「どうどう。でも、あの二人は今さらじゃないか?」
「今さら! そう! わかってる! でもここ数日、アルクさんが隠さねぇんだよ!!」
「まぁ、うん。隠さなくなったなぁ……」
リュートの叫びに少し遠い目をして同意するのは別の隊の同僚、トーホスだ。
ここで言う二人は、彼らの所属する第三騎士団の第三位にして、遊撃隊隊長のレーヴェと副隊長のアルクのことである。
共に騎士を目指して切磋琢磨していたという彼らは、幼い頃からの幼馴染みだという。
平民と貴族、しかも伯爵家の次男。庭師の息子で遊び相手だったとか、従者として一緒に育てられたなら幼馴染みも分かるのだが、そんなことはなく。アルクが家の環境に耐えられず、よく家を抜け出していたから会ったのかと言えばそうでもなく。
本当にどこで出会ったのかわからないが、二人は幼馴染みなのだそうだ。
そのせいか、二人の距離は異様に近い。
仕事中はきっちりと上司と部下としての距離を保っているのだが、休憩やプライベートになると気が緩むのか、距離が近くなる。物理的に。
ソファに座ればくっついて座るし、テーブルに着けばわざわざ席を寄せるし、食事で互いの苦手なモノがあったら互いに食べてやるほどだ。しかも食べてくれと言う声かけもなく、名前を呼んだだけで相手は口を開け、そこに苦手なモノを入れるという、いわゆる「あーん」状態。騎士団の食堂では流石にやらないが、城下町の食堂では当たり前にやっている。
他にもエピソードはあるが、問題なのはそれをリュートが大体目撃していることである。
「目撃する俺の気持ちよ!!!」
「いや、それを言ったらオレもお前に物申したいがな!?」
「あの頃は無自覚とはいえヴァスク取られたくない一心だった。すまねぇ」
もう一人の同僚、モーブにツッコまれて、リュートは即座に謝罪する。
今でこそ黒魔道士のヴァスクと付き合っているのだが、付き合うまで無自覚で色々とやらかしていた。その被害者であるモーブは文句を言う権利がある。とはいえ、ネチネチ言われ続けるのも嫌なので、話題になったら謝るつもりでいた。
「あ、くそ。素直に謝られたらネチネチ言えねぇ」
素直に頭を下げてきたリュートにモーブは嫌そうに顔をしかめ酒を飲む。根が善良のため、反省の意思を見せると許してしまうのだ。とても良いヤツなので幸せになってもらいたい。
「で、だ」
気を取り直して、この集まりの本来の目的へ話を戻す。
「あの二人の距離の近さを何とかしたい」
「クラーケンに船なしで挑むようなもの」
「セイレーンに魅了無効アクセなしで単身挑むようなもの」
「不可能だと言うな」
即答で返ってきた水の都ならではの不可能表現に、リュートは文句を言いながらもテーブルに突っ伏した。彼だって分かっている。もうあれはどう足掻いても無理だ。
双方ともに愛妻家で、妻と居るときも幸せラブラブオーラが出ている。
アルクとシリカの場合はシリカのほうが愛の矢印が大きそうだが、シリカのほうが愛情表現が分かりやすく大きいだけだ。アルクに妻自慢をさせると最低でも三時間は語る。しかも普段は見ることのない愛おしそうな笑顔で。
レーヴェの場合は意外にもレーヴェがベタ惚れである。元々シリカの店の掲示板で顔を合わせずやりとりをしていた知人だったそうだが、実際に会って心を撃ち抜かれたと言う。とある日にシリカの店で食事をした後、レーヴェが店の前で跪いて「交際を前提に結婚してくれ!!」と叫んで相手を困惑させ、シリカに踵を落とされた話は遊撃隊内で有名だ。なお、この話をすると回復してくれなくなるのでタブーである。
それほど妻を愛しているというのに、アルクとレーヴェの二人で居てもなんか空気が甘いのである。ラブラブとは違うのだが、なんだかこう、お互いが向ける感情の種類が親愛を通り越えて愛情になっているというか。
水の都は自由恋愛を推奨しているため、同性愛者もそれなりに居る。リュートも二人が恋仲だろうと別に気にしやしないのだが、恋仲ではないから苛立っていた。
「なんだっけ……同性同士の恋愛感情じゃないんだけど、愛情持って接するやつ……なんか最近、異国語で聞いた……」
「……ブロマンス?」
「それだ!!」
「人を指差さない」
モーブの呟きに体を起こして指を差したら、トーホスに注意されながら人差し指を掴まれて下げさせられた。行儀は悪かったので二人に謝り、ショーユを付けて焼いたゲソにフォークを刺す。
最近巷で流れている異国の言葉だ。胸の内のもやもやが定義されてすっきりした気分だが、すぐにそれが問題なのだと頭を抱える。
「しかし、リュートは何が嫌なんだ? 隊長と副隊長の仲が良く、隊員とも仲が良いってのは最高の環境だと思うんだけど」
トーホスの言い分ももっともだ。隊長と副隊長の仲が険悪だとか、そこは仲が良くても隊員とは溝があるなどで碌に機能しない隊などよくある。
リュート自身、遊撃隊に不満など一切無い。個人で見るなら、レーヴェもアルクも文句なしの最高の上司だと胸を張って言える。
問題なのは、二人揃ったときだ。
「……王城内でイチャイチャしないでほしい。特に食堂横のガゼボではヤメロ」
王城の食堂の外、誰も使わず放置され蔦が張っていた大理石で出来た円形のガゼボを二人で整備し、休憩所として使っていた。六柱の柱の間、一箇所を開けて大理石の柵で覆われており、柵に沿うように石のベンチが設置してある。長時間の使用には不向きだが、少しの休憩程度にはちょうどいい場所だった。柵はベンチに座れば頭だけが出る程度の高さだ。
そこに座る距離の近い紺の髪とオレンジの髪。アルクの髪は案外景色と馴染むのだが、レーヴェの髪は目立つので嫌でも目を惹く。
食堂を出てからそちらを見なければ良いのだが、視界の端で光を反射するモノがあったら見てしまうのは生き物の本能だろう。特に戦闘職なのでそちらを確認せずには居られず、毎回目撃するのだ。やめてほしい。
「しかも最近、第二が一時的な人員補強として冒険者を招いてるせいで、逆ナン率が高い」
何があったのかは知らないが、第二騎士団の魔道士部隊で不祥事があり、三名が投獄、四名が懲戒免職、十名以上が謹慎で一時的に人員が足りなくなった。
再編のために、第二騎士団に所属したことがある人員を、もう一度第二騎士団に戻そうという動きもあったようだが、ティカの”囁き”によって撤回された。いつもは何も考えずに適当なことを呟いてる彼女だが、今回ばかりは自分の立場と噂を知った上での的確な”囁き”だったに違いない。
ティカは一時的な異動すらも認めなかったため、第二騎士団は冒険者に協力を仰ぎ、現在、王城では冒険者が外部協力者として歩いていた。
長期契約をした黒魔道士達はここぞとばかりに王城図書館の本を読み漁っているようだが、数名の短期契約の冒険者は仕事もしつつ出会いを探して王城をうろついていた。
遊撃隊には何故か顔の良い人材が集まるので、王城を歩けば高確率で声を掛けられる。
「アルクさんはそこでもうちょっと自重してほしい。
奥さんとの惚気は通常運転だからいいんだ。いくらでも話してくれ、聞き流す。
でも、レーヴェさんとの関係聞かれての回答がおかしい!!
「俺に居場所をくれた恩人です」はわかる! 「俺の大切な相棒です」わかる!
「俺の太陽です」なにそれわからないっ!!」
「「いつも自分の世界を明るく色鮮やかに見せてくれる人」だったかな。そう言ってたぞ」
「解説ありがとうトーホス!! なんで覚えてんだよ!!」
「強烈だったからな」
「……まぁ、強烈だな。うん」
こんな感じでアルクからのレーヴェへの愛情を隠さなくなったのだ。
叫んで喉が痛くなったので酒を飲んで潤し、おかわりを頼んでからリュートはまだ続ける。
「他にもさぁ」
「まだあんのかよ」
「あんだよ……今日の朝だったんだけどさ。
隊室から出てくるのを狙った女冒険者にアルクさんが声かけられて、レーヴェさんは先に行ったのな。
そんでアルクさんが女に「一晩だけでも!」って熱烈に迫られて」
「それ一晩じゃ済まないヤツ」
「三ヶ月後に子供できたから認知しろって迫られ、結婚したら子供は流産したって嘘つかれるヤツ」
「それな。
まー、アルクさんなので。そこは首を振って。
「俺には妻とパートナーがいますので、お断りします」
って無表情で冷たく言ってお断りしたわけだ」
「「パートナー」」
トーホスとモーブの声がハモった。当然だ。
水の都でパートナーというと、同性の結婚相手が居る表現となる。重婚は認められているので、結婚相手が何人居てもおかしくはない。中には男女それぞれ居る家庭だってある。
「あとは競歩でレーヴェさんに追いついて自然と腰に手を回して、後のフォローはお前がしろとばかりに、女を挟んで向かいにいた俺を肩越しに睨んできた。あれ、女からしたら自分が睨まれたと思っただろうな」
流石に結婚している相手との結婚は認められていない。しかし、誰が誰と結婚しているかなど、外から来たばかりの人間に分かるはずもない。アルクのことを深く知らない人間からしたら、アルクが取った行動はレーヴェがパートナーと示しているように見えただろう。
普段のアルクならこんな角が立ちそうな応対はしない。だがここ数日、どこに居ても誰かに声を掛けられるせいで落ち着かない上に、遊撃隊メンバーが声を掛けられているのを見聞きし、さらにティカが嘲笑されているのを知ったアルクの機嫌は最悪だった。女性は不運だったとしか言いようがない。
隊室に戻ろうとしていたリュートは深々と溜め息をついて、何も見てなかったかのように明るく女性に声を掛け、第二の魔道部隊の待機部屋へと案内した。
「そのせいで、ガゼボだけじゃなく隊室でもレーヴェさんにべったりくっついててさぁ……レーヴェさんの椅子に座って、足の間にレーヴェさん座らせて後ろから抱きしめてた」
「お気に入りのぬいぐるみを抱きしめる子供かな?」
「ティカさんがやるならまだ可愛げがあるけど、アルク副隊長はちょっとアウトだな……」
「それがさぁ……二人とも顔が良いし、何ならレーヴェさんがちょっと女顔なせいで、いちゃつくな! って怒りは感じても違和感がなかったんだよな……」
「「あ~~……」」
アルクはくせ毛でふわふわの紺の髪に、紺が混じった銀の切れ長の目だ。顔の造形は嫌味なほどに整っており、髪を伸ばして少し化粧を施せば、顔だけなら超絶美人と偽れるだろう。体格は長身痩躯で筋肉が付いているので、残念ながらどう頑張っても偽れない。
レーヴェは反対にストレートのさらさら髪で、透明度の高い紫のたれ目だ。こちらも顔の造形は整っており、更に若干女顔であるため、髪を伸ばせばそのまま女性と偽れる。顔だけなら。男性の平均身長より低く白魔道士ではあるがこれでも騎士なので、レーヴェも当然筋肉は付いている。しかも着痩せするタイプで、風呂場で一緒になる度にギャップに首を傾げたものだ。
そんな二人なので、正直あまり違和感がなかった。アルクがレーヴェの肩口顔を埋めて顔を隠していたのも大きいだろう。
想像してみたのかトーホスとモーブの二人からも何とも言えない声が上がる。
「レーヴェ隊長は何も言わなかったのか?」
「諦めた顔で書類書いてた」
気を取り直して酒を飲み、つまみを食べながらのモーブの問いに、おかわりを受け取りながら即答する。
一応、レーヴェも抵抗したのだろう、やや乱れた服と髪が彼の努力を物語っていた。しかし、抵抗虚しくその形になったのだろうなと、諦めの境地に至っている表情で察した。
これまた想像できたか、二人から二度目の何とも言えない声が上がる。
「何とか出来ねぇかなぁ……」
もうやめてくれと言ってしまうと、アルクは我慢してしまうだろうことは容易に想像できた。アルクの心労も心配ではあるため、本人には面と向かって言えない。かと言って、二人きりになれるような場所は王城内にはない。
ガゼボは二人が使っているときは近付かないようにと、王城で働く者の間で暗黙の了解があったが、外部協力者の冒険者達が知るはずもない。
しかし、リュートのほうも限界だった。二人のイチャイチャをこれ以上見たくない。
溜め息をついてテーブルに突っ伏した彼に、トーホスとモーブは困ったように顔を見合わせ、ひとまず彼の好きなつまみを更に注文してやることにした。
見たくないのに、なんでか毎回そういうの目撃する星に生まれた人って、いますよね。