囁きの魔女は何も知らない
兄の話、終わり。
アルクと総長、そしてアブリスから話を聞いたレーヴェの四人がティカの自己犠牲に感謝や畏怖など三者三様の気持ちを抱いているところ。
本人は全くそんなつもりはなく、びびり散らしていた。
「焦ったよ~~。まさかさー、階級章になんか魔法掛かってるなんて思って無くて」
「ティーちゃん……」
城で倒れた彼女だったがすっかり復活し、今は元気に肉と野菜を甘辛炒めにしつつ、今日あったことをアルビレオに報告していた。倒れたことは隠しきれないために素直に言ったが、流石に一時間寝込んだことは内緒である。半眼で睨まれている様子からバレてそうだが。
ルスタンのことは前から話している。アルクに憧れ第二騎士団から異動してきた彼はティカのことも知っており、最初から先輩として敬意を持った行動をした。とても珍しい行動にティカも心を許し、遊撃隊よりは近くないが、姿を見つけたら肩を叩いて挨拶し、会話する程度には親しみを持って接している。
今日の階級章の件も、物理的に曲がっているように見えたので、「あれ、曲がってるかも」と一声掛けて確認しようと手を伸ばした。すると、掛かっていた魔法に過剰反応してしまったのだ。
「ティーちゃんがそんな過剰反応するってことは、呪いの類かな。その団員さんがアルクさんに憧れてるなら、アルクさんのストーカーの仕業かもね」
「かもしんないねー。もー、ほんっと困るよ」
アルクは本当に顔が良い。声も良い。体格も良ければ性格も良いので、城内ではかなりの人気者だ。そのせいで、血が繋がらないのに兄宣言をされたティカは少しだけメイドなどに嫌がらせを受けたりもした。嫌がらせ以外には呪いのかかった髪留めなども貰ったし、直接掛けられたこともある。全部きっちりと返して、しかるべき罰を受けさせた。
おかげでティカにはもう攻撃してこないが、遊撃隊に女性が増える度にそうやって地味な被害が出たりもしていた。レーヴェとティカでこっそりと処理しているのでアルクは何も知らない。本人に知らせたところで対処できる訳でもないので、心労を増やさないために教えていない。
最近は被害はないと思っていたのに、どうやら別の所で出ていたようである。ルスタンに呪い耐性があるのか本人は気付いていなかったようだが、呪いは弱ったときにこそ効果を発揮するので、発動する前に外せて良かった。
「元第二の人だから、第二に術者がいそうなんだけど。流石に私が関われないからなー」
「ティーちゃんの魔法だったら一発で分かりそうだけど、騎士団内部のいろんなしがらみありそうだもんなー。白さんとアルクさんに任せてればいいでしょ」
「だねー。ご飯出来ましたー」
「はーい」
会話をしながら炒め物を皿に移し、声を掛けて持っていって貰う。
お茶をそれぞれのコップに注いだら、向かい合って座る。そして二人は笑顔で手を合わせた。
後日。
数多くの団員が階級章に呪いを掛けられていたことが発覚し、三名の黒魔道士が団の規則違反、及び法律違反を起こしたとして投獄された。他にも投獄は免れたものの謹慎や降格、懲戒免職などが起き、第二騎士団の魔道部隊は再編成を余儀なくされる。
動機は私怨。第二騎士団が城壁内の治安維持を担っているというのに、市民には第三騎士団の方が人気なのが許せなかったのだという。
くだらない嫉妬によって迷惑を被ったというのに、再編成のために第三騎士団へと異動した黒魔道士及び魔本士を呼び戻すと第二騎士団からの要望が来た。
これには誰もが怒ったが、一番怒ったのはティカだった。第三騎士団の中でも戦力過多と言われている遊撃隊から、オーガストとヴァスクを差し出せと強い要望が出たのだ。
「はは。邪魔だから追い出しておいて、困ったから戻って来いだなんて都合が良すぎるでしょう。
この際です。第二騎士団全体を編成し直せばいいんじゃないですか?」
表情は怒りすぎていっそ口角が上がり、目は笑っていないのに、口元だけは笑っている圧のある笑顔で言い放った。
どうせ他の部隊にも何かしら問題があるだろうと思っての発言は、【囁きの魔女】の「何でも知っているが制約により黙っているだけ」という噂も相まって、彼女の想定以上に効き、すぐに撤回された。
この時、【最初の定義】を唱えていないために魔法は発動しないが、魔力は活性化して目の色が銀に変化していたため、アルクの家の公表できない子供説に拍車が掛かったが、ティカは知らない。
こうして本人の意志とは関係なく、ティカはアルクの妹としての地位を盤石のものとしていく。
流石に哀れになったレーヴェがアルビレオを遊撃隊の訓練に誘い、訓練所で一緒になった他の隊の団員へ【不可視】と紹介した上で、ティカの夫だと説明した。
話は瞬く間に広がって、ティカに何かあれば【不可視】が乗り込んでくると知れ渡り彼女の待遇は向上した。
が、残念なことにアルクの妹という認識に上書きはされず、新たな肩書きを得ただけだった。
「なんでさー!!」
「七年経ったからかなぁ……遅かったね」
「うわーん!!」
圧のある笑顔は旦那直伝。