表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遊撃隊『牙』の回想録  作者: 姫崎ととら
自称兄と囁きの魔女(遊撃隊結成七年目)
5/55

自称兄の役目

 三人で談笑しながら昼食を終え、王城図書館に行くという二人とは店の前で別れた。

 午後からの予定は何も無かったため、積んでいる本でも消化しようと思って自宅に帰ったアルクだったが、本を手に取ったところで突如耳の通信機が音を立てた。


「どうし――」

「――緊急事態だ」

「わかった」


 言葉を遮って、レーヴェが緊迫した声で伝えてくる。アルクは一も二もなく即答して通信を切り、持っていた本をまた本棚に戻した。

 これがレーヴェでなければその場で用件を聞いて行くかどうかを判断するが、相棒が休日の自分に緊急と言うのなら、アルクの力が必要な何らかの事態が起きたのだろう。戦闘であるなら戦闘だと伝えるはずなので、それ以外で。

 隊服に着替えてマントを羽織り、急ぎ家を出た。途中、シリカの店に寄って裏口から声を掛け、レーヴェに呼び出されたことをシリカに伝えておく。


「気を付けて」

「ああ。行ってくる」


 厄除けの口づけを額に貰い、彼女の頬に口づけを返して王城へと急いだ。



 遊撃隊にあてがわれた部屋へと入ると、レーヴェの他にアブリスと騎士団の団員がいた。奥のソファの前にレーヴェが片膝を付いており、左右に二人が立ってる。団員が心配そうに、アブリスは心配と警戒半々の表情をして見下ろしているので、誰かがそこで倒れているのだと察した。

 入って来たアルクに気付いて、団員がこちらに体を向けたことで倒れている人物の顔が見えた。ソファの肘掛けに頭を乗せ、ぐったりと力なく青白い顔をしている、ティカの姿。


「――っ!!!」


 叫びかけて咄嗟に奥歯を噛み、さらに自分の手で口元を覆って声を殺す。具合の悪い者の近くで大声を出すわけにはいかないという理性はまだ残っていた。

 しかし焦りで鼓動は早まり、呼吸は乱れる。歩み寄ればアブリスが場所を空けたので、遠慮無くレーヴェの隣へと立つ。

 ソファに横向きに横たわるティカは仮眠用の毛布が掛けられていた。顔は青白く、呼吸は苦しそうで、時折咳き込む。その度にレーヴェが背を擦っていた。吐き気もあるのか近くにバケツが用意してあった。

 つい先ほどまで健康そのもので、一緒に食事をして笑っていた。シリカの店で毒が混入したとは考えにくい。ならば王城図書館に来てから何かしらの事件に巻き込まれたか。


「何があった」


 努めて冷静に彼女の容態を診ている相棒へと問いを投げる。これまで一度もアルクに顔を向けなかったレーヴェがやっとアルクを見、団員と共にあちらのテーブルに行けと視線で指示を出した。それに従い、団員を伴って移動する。

 テーブルの上には十一個の傷一つ無い階級章が白い布の上に並べられている。それは前回アンデッド退治で戦死した団員の物だ。呪いを掛けた人物は分かっていないため、手がかりのそれを解呪するわけにはいかず、遺族には予備の階級章を返却した。

 ただ、呪物は十個だったはずだ。増えている一つにアルクは眉を寄せる。

 アブリスに看病を変わったレーヴェがやってきたので説明を求めれば、順番に話すと視線で答えられた。


「こいつの階級章をティカが触った途端、その場で吐き気を催して、ここに転移してきてゴミ箱に吐いた。

 典型的な呪いへの拒絶反応だ。普通なら長くて三十分ほどで収まるが、あいつは体質的に長引くからあと三十分はあの状態だろう」


 ティカは厄災だったためか聖気に弱く、さらに邪気にも弱い。聖気は浄化されるためだが、邪気は体内の気が外部の気に過剰に反発してしまうためだと本人は言っていた。瘴気の濃い場所に行く場合は、予め自分の中の邪気を抑えておくそうだ。

 今回は不意打ちで呪い=邪気に触れたため、拒絶反応が出たらしい。


「で、こいつは呪われた階級章を付けてたヤツ」


 レーヴェに紹介されて、アルクはようやくその団員をしっかりと見た。

 敬礼をする彼はまだ若く、成人したてに見える。身長はオーガストと同じぐらいか。短く切った髪はアルクと同じ紺だが眉が焦げ茶なので染めているようだ。目の色は蒼い。タイの色は黄色のため第三騎士団の団員であることがわかるが、見覚えはない。


「先月、うちに異動してきた第二の新人だ。ベムベン男爵家の次男で、第二のやり方に合わず何度も反発。ついにうちに流されてきた期待の新人だ」

「……ああ。ベムベン男爵のご子息か。先月、息子が世話になると言われたな。名は確か……ルスタン」


 アルクはこれでも伯爵家の次男だ。普段は平民のシリカの姓を名乗っているが、現当主の兄の名代としてパーティに参加させられることもある。先月、夜会に参加した際に、ベムベン男爵直々に息子が世話になると挨拶をされた。ルスタンの髪の色が紺のために分からなかったが、焦げ茶だとすると確かに父親の面影がある。

 まさかアルクが知っているとは思っていなかったか、ルスタンは頬を赤く染めて唇を引き結んだ。喜びをどうにか押し殺そうとしている様子に首を傾げつつ、レーヴェに顔を向ける。彼はルスタンの様子を面白そうに小さく笑い、アルクへと顔を戻した。


「こいつはティカと何度か話したことがあったそうだ。図書館に行く途中で偶然会ったティカが、こいつの階級章が曲がっている事に気付いて、直してやろうと触って、この事態になった」


 それだけで理解した。

 この十個の階級章の持ち主達は、元々第二騎士団から問題児として第三騎士団に異動させられた者達だ。そして目の前の彼も第二騎士団からやってきた。

 元々問題児。何かしら不祥事を起こしてもおかしくはない。それを第三騎士団に所属してから起こせば、監督不行き届きとして第三騎士団の評判を落とすことが出来る。彼らはいつ爆発するかわからない爆弾にされていたと判明したのは先日のこと。

 ただ、第二騎士団で施された可能性があると分かっていて、物的証拠はあっても、そのせいで騎士達が死んだかどうかは分からない。死人に口なし、だ。

 しかし。


「呪いの術者は、人の解呪と物の解呪で方法が違うことを知らねぇみたいだな。何かのタイミングで俺が呪いを浄化すりゃこの階級章も解呪され、証拠は残らねぇとでも思ってたんだろう。

 だがここに物的証拠が残って、被害者が出た」


 そう。被害者が出た。しかも二人。今のところルスタンに健康被害はないようだが、付け続けていたら今後あの問題の騎士達のように狂うだろう。


 そして、ティカ。


 アルクの大事な妹が、ぐったりと倒れて、今も苦しそうに呻いている。

 レーヴェがアルクを呼んだ理由を正しく理解し、階級章を布で包んで手に持った。


「総長へと直談判してくる」

「おう、頼んだ」


 ティカが関われば、アルクは総長へと直談判する権利を持つ。

 それがティカの兄(厄災の獣の監視役)だ。



 水の都の騎士団は、四つに分かれている。

 一つは王族の警護を主とする近衛騎士団。あと三つは、王国全体の警備に関する騎士団だ。

 第一騎士団は城の警備を主とした、伯爵以上の者が所属する団。

 第二騎士団は城下町の治安維持を主とした、子爵以下と平民が混合している団。

 第三騎士団は城壁の外。王都周辺で発生する魔物の討伐を主とした、平民が中心の団だ。たまに第一や第二騎士団から問題を起こした貴族の子息が異動してくる。

 それぞれに団長がいるが、その更に上に、すべてを統括する長がいる。

 重厚な扉の前。鎧を纏いハルバードを装備した騎士は、護衛と言うよりも門番を主な仕事としている。通常の用件であれば、事前にアポイントを取っていないアルクは彼らに門前払いを食らう所だが、今回は違う。


「第三騎士団所属。遊撃隊副隊長、アルク・ソル・パルスートです。

 本日は遊撃隊外部協力者、ティカの兄として、総長へ緊急にお伝えしなければならない事態が発生し、参りました」


 手に包みを持ったまま、堂々と宣言する。ティカの兄の肩書きにすぐ取り次がれ、重い扉は開かれた。

 失礼します。と敬礼を取ってから、足音を吸収する柔らかな絨毯へと踏み出す。

 眼鏡の初老の男性は部屋の奥、大きな机と座り心地の良さそうな椅子に座って書類仕事をしていた。アルクに少し待つように言い、書類を書き上げて従者に渡したあと、穏やかな笑みを携え黒に近い紺の瞳をアルクへと向けた。従者はそのまま下がり、二人きりになったところで総長が口を開く。


「ティカさんに何か起こったと」

「はい」


 彼はティカの正体が何かを知っている。七年前の事件で現場で指揮を執っていたのだから当然だ。ティカを騎士団に受け入れ、監視役としてアルクを抜擢したのも彼だ。

 アルクは持っていた包みを、許可を得てから机に置いて開く。総長はすぐに解析を掛けて眉を僅かに顰めた。魔法を解き、説明をと視線で促されたので、ここ数日のことと今日のことを報告した。

 すべてを聞いた総長は机の上に手を置き指を組んだ。


「彼女の容態は?」

「レーヴェ隊長の診察では、あと三十分ほどで回復するとのことです」

「そうですか。それなら良かった。【不可視(インビジブル)】と共に出国されるのは嫌ですからねぇ」


 総長は茶化すように笑っているが、笑えない事態だ。

 ティカは贖罪のためと水の都に留まってくれているが、身分上は冒険者の彼女を縛れるものは何も無い。それは彼女の夫のアルビレオも同じ事。彼の場合はティカがこの国に居たいと言うから留まっているだけで、冒険者は基本的に自由に国を移動できる。

 厄災の獣とそれを止められる最強の双剣士が国からいなくなるなんて、大損害どころの騒ぎではない。


「この件は私が預かり、内密に処理します。他に呪いが掛けられていないかも調査しましょう。

 『十名の騎士は実力を過信した愚か者。三名の騎士は不運にもそれに巻き込まれた』……良いですね?」

「はい」


 表向きの理由を繰り返す総長に、アルクは表情を崩さず敬礼した。口外禁止、呪いの件は忘れろとの命令に逆らう理由もない。



 一礼して部屋を退室しようとした彼を、総長が呼び止めた。不思議に思いながらも振り返ったアルクに総長は質問をもう一つ投げる。


「付けていた階級章は、()()()()()()()()()()()()()?」


 総長もアルクと同じ疑問を抱いたようだ。だが疑問にティカは答えられる状況ではないし、答えられたとしてもきっと彼女はいつも通り何でも無い顔で「曲がってたよ」と言っただろう。

 答えは、遊撃隊の隊室から出る前にアブリスに教えられた。


「同行していた隊員曰く『曲がっているように見えなかった』そうです」


 ティカはお人好しでやや世話焼きなところがあるとはいえ、数回あった程度の青年の階級章を直してやるかと問われれば、アルクは否と答えられる。彼女は人見知りでもあるので、遊撃隊ほど仲の良い相手でない限り必ず一定の距離を保つ。アブリスにすら未だに一線を引くのに、仲間ではないルスタンには近付くまい。


「そうですか」


 答えを聞いた総長は微笑み、引き留めたことを謝罪した。アルクは一礼し、今度こそ部屋を出る。

 おそらく彼も同じ事を思っただろう。



 【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】は、最初からすべて分かった上で、自分が巻き込まれた方が解決が早いと判断して、手を伸ばしたのだろう、と。


兄。(監視役と言うわけにもいかず、しかし護れと総長に言われなんと言おうか悩んだまま会ったら、思った以上に幼い外見でガリガリだったうえに、ティカが自分へ守護魔法を使い続けていたので目が銀色だったのもあり、彼の脳内に存在しない記憶(幼い彼女と一緒に花畑で花冠を作ったり、兄様。とはにかんだ笑顔で呼んでくる彼女の姿)が流れた。その結果の宣言)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ