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遊撃隊『牙』の回想録  作者: 姫崎ととら
自称兄と囁きの魔女(遊撃隊結成七年目)
3/55

自称兄は妹と買い物をする

二話目です。自称兄の話。今回は反省して4,000文字前後で分割しました。最後が短いですが四分割です。

 ふわりと花の香りが広がる。


 水の都ファルガールは、その名の通り水が豊富な国だ。水路が多くあるのは海に面した北側のみで、南に行くにつれて水路は少なくなるが、代わりに濾過された水を使った噴水が多く、花がよく育てられている。水と花の都と詠う吟遊詩人もいるほどだ。


 本日、休暇であるアルクは、花屋で妻に頼まれた花を見繕っていた。

 城下町で食堂兼酒場で務めている妻のシリカは、アルクの休みに合わせて休みを取るのだが、今日は入る予定だった従業員が怪我をしてしまったため代わりに入ることになってしまった。アルクも手伝いを申し出ると「休みに働くな! 代わりに、そうね。家に飾る花と、晩ご飯の材料を買ってきといて」とメモを渡され、家を追い出されたのだ。

 アルク本人は自覚していないのだが、高身長で体格も良く、紺の柔らかそうな髪と紺が混じる銀の瞳を持つ彼は、かなりの美形に分類される。そんなアルクがウェイターなんてやった日には、彼目的の客が増えて大変なことになる。ミーハーな女性客が増えてはたまらないと、シリカにできるだけ表に立たないようにとあらゆる手で阻止されていた。


 もちろん、そんな外見の彼が一人歩いていれば、声を掛けてくる女性も多い。

 なので、シリカは友人に声を掛けて、決して彼を一人にしないように気を付けていた。


「あ、いたいた。おにーちゃーん」


 今日の付き人は、黒に見えるほど濃い緑の髪に銀が混じる黒に近いほど濃い紺の瞳の女性。ティカだ。

 声を掛けられ、振り返ったアルクは彼女の格好に少し驚いた。青と白のチェックのシャツに濃い灰のスラックスを合わせた姿はとても珍しい。普段の彼女の私服は、サイズが少し大きめのTシャツにフード付きの長袖のパーカー、着古したジーンズという、ニールやオーガスト曰く「女性としては終わった格好」をしている。


「おはよう、ティカ。珍しい格好をしているな」

「うん、おはよ。正直、自分でもめっずらしいと思うよ。でもお姉ちゃんに今日の付き人を頼まれたので!」

「そうか。買い物ぐらいは一人で出来るんだが……」


 外見のせいで声を掛けられるのをシリカが阻止したいと思っているとは微塵も気付いていないアルクは、そんなにも自分の買い出し能力に不安があるのかと肩を落とす。

 自称兄の落ち込んだ様子にティカはフォローを考え、すぐに放棄した。外見の良さを分かっていないのも彼の魅力の一つだ。それにどうせ誰が言っても理解しないので言うだけ無駄である。


「そう言ってこの前、ちょっとダメになりかけのニンジン買っていったの、オレ知ってるよ」


 だから、素直にティカを同行させる気になるよう、わざとからかうように笑いながら以前シリカから聞かされた惚気を口にする。本人はアルクへの不満だと言っていたが、ニコニコと楽しげに、愛おしげに言っているのでどう聞いても惚気だ。


「……目利きは頼む」

「お任せあれ!」


 失敗した自覚はあるのか少し言葉に詰まらせた後、大人しく頭を下げた彼に、ティカは満面の笑みを浮かべた。身長こそ低すぎて子供に見えるが、これでも主婦。食材の目利きぐらいはお手の物である。


「じゃあ先に食材ね。花から買ったら花が枯れるし」

「……ああ、そうか。わかった」


 一番近い花屋に来てしまったが、ティカの言葉の通り先に食材を買うべきだと気付いて、アルクは先導する彼女に続いた。二時間ほど持ち歩いた程度で花が枯れないことぐらいは知っているが、ティカの体質を思い出したのだ。

 水の都の水と土で育てられた花はどの種類であれ少量の浄化の力を持ち、邪の性質を持つ物が近くにあると、浄化しようとしてその力を使い果たし枯れてしまう。ティカは過去の経歴から邪に染まっているため、花を長時間持っていると枯らしてしまう。もっとも、この体質は珍しくはなく、破壊の力を司る黒魔法を使う者なら、程度は違えど皆同じようなことを起こす。遊撃隊の黒魔道士、ヴァスクも花をもらって一時間後には枯らしていた。

 食材も萎れやすいが花よりはマシだ。食材に直接触れないようにし、護符やアミュレットで外部に漏れる魔力を断てば店に迷惑を掛けることはない。

 ティカは普段から手袋を欠かさないが、今日はさらに魔力断ちのネックレスにイヤリングをしている。それらが悪目立ちしないよう、気合いの入った格好をした。髪型も、いつもなら襟足より少し高い位置で纏めたなんちゃってポニーテールだが、ハーフアップにして銀のバレッタで留め、髪を背に流している。さらに軽く化粧までしているのだ。アルビレオとのデート並に気合いを入れたが、この美形の隣を歩くにはこれぐらいしないと流石に視線が痛い。今も痛い。



 視線から逃げるべく市場へと急ぎ、メモを見ながら材料を買っていく。材料を見るに、今日の晩ご飯は野菜たっぷりの炒め物のようだ。どうせなのでティカも同じ献立にしようと買い込む。

 荷物はその分大きく重くなってしまったが、騎士だけあってアルクは余裕ですべて持ってくれた。

 最後に行くのは花屋だ。すぐに枯れてしまうのでティカ自身は家に飾ったりしないのだが、選ぶのは好きだ。アルクと共にシリカが好きな色を探す。よく飾っているのは青系(アルク色)との答えに、期待を裏切らない姉だなと思った。


「おや? アルクさんと……その髪の色は、ティカさん?」


 珍しそうに声を掛けられ、花を選んでいた二人は聞き覚えのある声に振り返る。


「あれ、リスさんだ。おはよ」

「おはよう、アブリス」


 焦げ茶の髪に薄い水色の瞳の男性、アブリスが不思議そうな顔で歩み寄ってくる。腰に魔本は下げているが、いつもの隊服ではなくラフな格好なので、彼も今日は休日だったらしい。手に大きな買い物袋があるのを見るに、彼も買い出し帰りのようだ。


「おはようございます。珍しい組み合わせですね」


 アルクとティカが二人でいることは実は少ない。ティカが一人で歩き回っていることが多いからだ。隊のいろんな人の側に寄っては気まぐれに違う人のところへと向かうか、少し離れたところから全体を見回すか、辺りを見ている。そういう行動が思わせぶりなのだとアルビレオには言われているが、やりたいように動いてるだけである。


「お姉ちゃんに、お兄ちゃんの買い出しの付き添いを頼まれたんだよ」

「俺は野菜の目利きに信用が無くてな。ティカの主婦力に頼ってたんだ」


 日常まで疑われてはたまらないと素直に理由を話せば、アルクも大真面目な顔で付け足す。アブリスは探るように一瞬目を細めたものの納得してくれたようだ。そうですか。と微笑む彼にほっと胸をなで下ろす。

 そのまま別れようとして、アブリスが何かを思い出したか小さく声を上げた。


「そういえばお二人に聞きたいことがあったんです。時間があれば、一緒にお昼はどうですか?」


 にこりと微笑むアブリスに、アルクとティカは顔を見合わせる。お互い、時間があるのは分かっている。アルクが頷くので、ティカも頷き返してアブリスを見上げた。


「荷物を家に置いてから、再集合でいいならいいよ」

「もちろん。待ち合わせはどこにしましょう?」

「それなら妻の店――北西通り入口の【遊ぶ子猫亭】にしてもいいか? 何も手伝えないから、せめて売り上げに貢献したい」


 毛糸玉にじゃれている子猫の看板の店だとアルクが伝えると、アブリスは知っていたか微笑んで頷いた。


「では、後ほど」

「うん。またね」

「またあとで」


 決めた後、花を買って三人はそれぞれ家に帰った。ティカに荷物を持たせられないとのことで、アルクがティカの家まで来て、彼女が冷蔵庫に野菜や肉を入れるのを手伝う。代わりにティカはアルクの家で手伝いである。


「はっ。今もしや俺は義弟に対して不誠実なことをしているのでは」

「なんでだよ。主不在で家に上がったことに対する罪悪感? つか、そもそもオレは妹じゃないからね?」



ついでにお嫁さんがいるアピール!!

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