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遊撃隊『牙』の回想録  作者: 姫崎ととら
白魔道士と賢者と囁きの魔女(遊撃隊結成七年目)
2/55

賢者は囁きの魔女を恐れる/囁きの魔女は嘆く

2024/09/05

長いと怒られたのでエピソードを分割しました。

「殉職者十三名、か……」

「特攻したのは十名で、三名は不慮の事故ってとこかな」


 聞かせるつもりのない呟きに、小さな声が返ってくる。アブリスが驚いて顔を向ければ、濃く深い緑の髪の女性が隣に立っていた。

 低身長過ぎて一見すれば子供だが、これでもアブリスと同い年の女性だ。体格も成人女性のそれなのだが、身長と彼女の仕草のせいで、うっかりとすれば子供と間違える。

 つばの広い帽子を被った彼女は、驚く彼ににこりと微笑みを向けた。


「間に合えば良かったけど、残念だよ」


 残念と言いながらも、彼女の視線は冷ややかでアブリスが遺品を拾っていた白骨を見下ろしている。しかし瞬きをすれば痛ましそうな表情になるのだから、彼女は女優になれるだろう。


「この人達の遺族に謝りに行くレヴェさんが可哀想だ」


 否。後処理をさせられるレーヴェのことを思っての表情だった。確かに、自滅した馬鹿の尻拭いで遺族に責められるのは災難だ。


「……貴女は、どこまで知っているのですか?」


 燃えていない階級章を拾い上げ、骨は砕いて土へと埋めたあと、アブリスは立ち上がりながらティカへとやや硬い声で問いかけた。


 ティカの「これ、ホントに夜も調査してる?」という一言がきっかけで、アルクとアブリスが情報を集めている中、この騎士達は今度レーヴェの下に付けられたら、指揮を無視すると言っていたことを、第二と第三小隊の隊長が教えてきた。

 まだ若く平民のレーヴェと、彼が率いる遊撃隊を良く思わない者は大勢おり、攻撃や陰口のきっかけを作れるならばと馬鹿なことをする奴もたまにいる。もしレーヴェの指揮の下で怪我をする、あるいは誰かが命を落としてしまえば、指揮能力が低いとレーヴェの能力が疑われる。だから、わざと命令を無視して怪我をしようというのだ。


 急ぎ遊撃隊の中で即出撃できるメンバーを集め、ティカに頼んで転移させてもらったのが一刻前。

 話していた騎士の数はアルクとアブリスしか知らないはずだ。それを正確に当ててきた彼女へ、警戒するなというのは無理というもの。まるで全部知っていて、二人が自主的に動くように的確な一言を投げたようにも感じる。

 薄ら寒さすら感じてきたところでティカは場違いなほどに明るい笑顔を浮かべた。


「知らないよ。オレは何も知らない。ただ、呪いよけが掛かっていない騎士の死体の数を数えただけだ。レヴェさんが掛け損ねるってことは、命令無視したクズだろうなって思っただけ。

 状況から情報を組み立てることは出来るけど……」


 口元は笑んだまま、銀が混じる黒に近いほど濃い紺の瞳が冷たい色で森の中を見回し、左手で帽子のつばを引いた。その瞬間、小さく失笑のような息を吐いたのをアブリスは聞いたが、彼女の表情は帽子と左手で見えない。

 帽子から手を離し、見上げてきた彼女は明るい笑顔のままだ。


「でもまぁ、レヴェさんに不満を持つ阿呆が暴走して、お兄ちゃんとリスさんが危機を察して小隊連れて跳んできて、アンデッドを掃討した。それが今回の事件のすべてで良くない?」


 それ以上の詮索など意味が無い。そう言わんばかりの笑顔と台詞に、アブリスは内心で戦きつつも表面上は呆れたように息を吐いて頷いてみせた。


「そうですね。……死人に口は無いので」

「あはは。そうだね」


 軽く笑って彼女は軽い足取りでアルクとレーヴェの方へと歩いて行った。それに見送りながらアブリスは考える。

 ティカは笑っているが、笑えないことだ。

 酒の席で愚痴と出来もしない野望を話す奴らはいるし、それが十人近くいたとしてもおかしくはない。だが、その中で実際に行動に移すのはせいぜい二・三人だ。十人全員がたまたま同じ隊に入ったからと、無理な特攻など仕掛けるだろうか。

 しかも、多少瘴気を吸ったからと言っても長く騎士として戦ってきた者だ。アンデッド如きに怪我はしても、十人全員が死亡するとは思えない。何せレーヴェの回復魔法は一等級。アクシデントに一瞬思考が飛んだとしても、体が反射で回復を飛ばせるくらいには鍛えてもいる。十三人も死んだことにアブリスは違和感しか感じなかった。


「あ、そうだ」


 何かを思いついたように振り返った彼女は、アブリスの手に持つ金属を指差す。


「オレそれ持ってないから知らないんだけどさ。随分と頑丈なんだね」


 城の彫金師は凄いなと感心した様子で微笑み、ティカは今度こそ二人の下へと歩いて行く。

 昼過ぎの陽光を、傷一つ、煤一つ無くキラリと反射する階級章。

 足下を見る。そこにあった遺体が着ていた鎧と剣は既に回収し、小さな遺品が見つからなかった場合にはそれらを遺族に返すことになっている。骨はもう誰が誰だか分からず一緒に埋葬してしまうので、彼らの墓に代わりとして埋めるのだ。受け取り拒否をされたら、鋳つぶして新しい武器や鎧に生まれ変わる。

 ヴァスクの高火力によって燃えた鎧は、煤け、熱によって変形をしていた。剣も同じように熱によって変形していた。


 だが、同じ炎に焼かれたはずの階級章は、変形どころか、傷も煤もない。


 ぞわりと背筋に悪寒が走った。


 地面に置いて、急ぎ感知魔法を発動させる。物体に掛かった魔法の種類を判明させる魔法だ。魔法が掛かっていなければ光らないが、何かしらの魔法が掛かっていれば規定の色に光を放つ。呪物かどうかを確認するために使うことが多い。


「……青……」


 そして、青は呪物の証である。呪いが掛けられていたために、魔力の炎では変形どころか煤すら付かなかったらしい。呪いの種類にもよるが、物に掛ける呪いは大体が魔法によって壊されない。呪い自体が強い魔法耐性を持つのだ。

 騒ぎにするわけにはいかず、アブリスは黙って拾い上げ、持ち歩いているハンカチで階級章を包むと、各隊員を回って階級章をハンカチに集めた。その中で三つ、変形した階級章があった。十三個中、三個だけ。全く嫌になる。


「レーヴェ様」


 上官へとすぐさま報告に向かえば、彼はアルクと共に硬い表情で頷いて見せた。ティカはもう彼らの側にはおらず、オーガストのところへ向かっている。


「ティカから聞いた。変形していない階級章があるようだな?」

「はい」


 素直に頷いて見せる。レーヴェは険しい顔で右手をハンカチの上に翳し、呪文を唱えた。アブリスが使う物よりも高性能な鑑定魔法だ。今、レーヴェにだけ文字として詳細な魔法の内容が見えているはずだ。

 文字を追うように目を動かしながら、彼が小さく舌打ちする。


「……長時間身につけていると、徐々に精神を蝕み、まともな判断が出来なくなる呪いだ。

 装備者の生命力を糧に発動し続けるものだな。薬と違って依存性がなく、本人も狂ってることに気付かない。……だからか」


 右手を振って魔法を解いたレーヴェは忌々しそうに顔をしかめ、階級章を睨み付ける。後ろのアルクも嫌悪の目を向けていた。持っているアブリスもまた二人と同じ心境だ。なんて陰湿な呪いを掛けたのか。

 本人達の元々の性格も一割はあるだろうが、凶行に及んだのはこの呪いのせいだ。呪いに蝕まれている者は、他の呪いに対して対抗力がなくなる。アンデッドの放つ瘴気に当てられ、動きが鈍るなり、正常な判断が出来ずに命を落とすことになったのだろう。


「……ティカさんは、どこまで知っているのでしょう」


 ハンカチに包み直し、両手に持ちながら小さな背中へと顔を向ける。

 【創造士(クリエイター)】にして、【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】の二つ名を持つ魔女。

 今回の転移魔法のように通信機で無理やり聞かせ、届かせるという方法をよく取ることから付いた二つ名でもあるが、最近は違う意味で語られている。

 まるで何もかもを知っているようにタイミング良く。だけれど自分の手柄にならないように、事態を動かす一言を誰かの側で呟く。

 遊撃隊の出動も、この階級章も。彼女の何気ない一言で動いた。


「さぁな。あいつについては何も分からん。本人に聞いても、へらりとした笑顔で知らないと言うだけだ」

「……何かしらの制約があるんだろうな。どういう訊き方をしても、知らないの一点張りで、最終的にはしつこいと怒られる」


 アブリスよりもよっぽど長い付き合いの二人も同じように小さな背中へ顔を向け、深く溜め息をつく。この二人ですら分からないのだから、彼女の正体はともかく、真意がアブリスに分かるわけがない。

 ただ一つ分かることは。


「敵には、回したくないですね」

「そうだな」


 【創造士(クリエイター)】の能力もあるが、ティカの底知れぬ力は脅威だ。

 恐れるアブリスに、レーヴェとアルクも息を吐く。


 【創造士(クリエイター)】ティカ。彼女はかつてこの国を揺るがした災厄であり、たった一人の冒険者によって鎮められ、人間となった。

 そのことを知る者は多くはない。アブリスも忍び込んだ禁書庫で彼女の資料を読んで知った。

 今はその冒険者と結婚し『牙』の外部協力者として務めている。だから彼女には階級章が無いのだ。


****


 今日のお勤めを終えたティカは、いつものように門番に挨拶をして帰路に着く。

 ご飯も後片付けも全部面倒臭いので、今日は外食しようと旦那には連絡してある。そちらの通りへ向かおうとして、夕暮れの光の中、佇む人物に気付いた。


「ティーちゃん」


 彼もティカに気付いて、柔らかく微笑みながら片手を上げる。最愛の旦那様のお迎えに、駆け寄って抱きつきたい衝動を抑えつつ、早足で彼の下へと向かった。


「お疲れ様」

「アルさんもお疲れ様!」


 仕事で少し嫌なことがあっても、この人がいればティカは笑える。厄災の獣を人間にしてしまうくらいなのだから愛というものは偉大だ。

 二人で馴染みの食堂に行って、いつもの料理を頼んで、食べながらティカは今日あったことで話して良い範囲のことを話す。


「聞ぃてくださいよ~! まーた疑われたんです!」

「今度は何したの?」

「ちょっと気になることを指摘しただけですぅ~」


 誰が聞いているかも分からない食堂だからぼかして伝える。そうすると大した指摘でもないように聞こえるから不思議だ。実際にティカがやった指摘も、本当にちょっと気になる程度のことだった。昼に動く数と、夜に動く数があまりにも整いすぎていて気持ち悪かったのだ。そもそも視界の悪い夜の森の中、正確に数を数えられたならその方法を是非伝授してほしい。


「数字綺麗すぎるけど、これちゃんと調査したん? ってね。普通のことでしょ?」

「あー、そうだね」


 それを有能な、血の繋がりがないのに兄を名乗る男性に伝えただけだ。そうしたら、最近加入した有能な魔本士と共に何やら調べだし、ティカはあまり知らない別部隊の隊長から何か情報を得て、遊撃隊『牙』の詰め所にいたすぐ出撃可能な数名に声を掛けた。


「でねー。緊急出動してねー。場を収めたのー」

「お疲れ様。で、何をしたの?」

「何かした前提で話を進めないでっ!!」

「でも疑われたんでしょ?」

「そーなのっ! アヴリ……じゃなくて、リス……でもなくて、えーと、賢者さん! 賢者さんにね「何を知ってるんですか?」ってさぁ!!」


 『牙』のメンバーの名前はあまり表に出せないため、彼女なりに考えたあだ名で紹介する。大体が職業名だ。魔本士のオーガストとアブリスは学者と賢者と呼んでいる。かなり無理やりな呼び名だが、思いつかなかったのだから仕方ない。

 給仕が持ってきた飲み物を手に、乾杯をした後、一気に煽ってティカは喉を潤した。


「知らないっ! 私マジで何もしてないっ! なのになんで疑われるのっ!!」


 ドンッとやや乱暴にジョッキを机に叩きつけ、不満を吐き出す。本当にただ数字が気持ち悪かったのを指摘しただけなのに、アブリスは懐疑の目を向けてきた。


「よしよし。大変だったね」


 苦笑をしながらアルビレオに頭を撫でられ、ティカのささくれた心は少しだけ落ち着く。




「ちなみにどんな言い方をしたの?」

「えー? 「特攻したのは何名で、何名は不慮の事故かな」って賢者さんの側で言っただけ。

 んで疑われたから「オレは何も知らない。状況から判断しただけだよ。状況から情報を組み立てることは出来るけど……白さんに不満を持つ阿呆が暴走し、お兄ちゃんと賢者さんが危機を察して小隊を率いて、仕事を終わらせた。それが今回の全容で良くない?」的なことを言いました」


 その時浮かべていた表情で、その時のような声音で再現をしたら、アルビレオは途端に噴き出した。今の説明のどこに笑いどころがあったのか全く分からないが、彼がこうして笑い出すということは、ティカはまた何かしらやらかしたらしい。至極真っ当なことしか言っていないというのに!


「はははっ!! すっごい思わせぶりな言い回し!」

「んにゃー!? なんで!!」

「その顔でそんな口調で言ったら、そりゃ深読みするよ!」

「ええ~!? 至極真っ当な当たり前のことしか言ってないのに!!」

「賢者さんって、話を聞く限り、人の言葉の裏を探る人だろ? そんな人にそんな顔で言ったら、まー疑われて仕方ないかな」


 あー、おもしろ。と腹を抱えて笑い続ける旦那に、ティカは頬を膨らませる。若干拗ねた気持ちは出てきたが、どうやら自分はまた無駄に疑われるようなことをしてしまったのだと理解はした。オーガストやリュートはこんな言い回しをしても、何も考えてないなこの人は。と受け入れてくれるのだが、思慮深く慎重なレーヴェやアルク、アブリスのような人種には裏があるように見えるらしい。元々厄災の獣だったのも関係しているかもしれない。


 ティカは、本当に何も考えず、思ったことを口にしているだけなのだ。ただ毎回、タイミングが神がかっているだけで。


「うええんっ!! 年相応の振る舞いをすると疑われるし、見た目相応の振る舞いをしても疑われるし、どうしろってんだー!!」

「あははははっ!!!」


 吠えるティカに、アルビレオは爆笑する。


「明日こそ! 疑われない発言をするっ!!」

「うんうん、頑張ってね」

「副音声で「無理だろうな」って聞こえるぅぅぅ!!!」

兄・白・賢(彼女は何を知っているんだ……)

魔女(知らん……なんも知らん……)

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