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遊撃隊『牙』の回想録  作者: 姫崎ととら
囁きの魔女と白魔道士(遊撃隊結成八年目)
18/55

おまけ:二人の距離が近くなったきっかけ(遊撃隊結成五年目)

実はそっくりな二人。


次回更新は11月10日日曜日。今度こそ厄災編行きたいです。

 空は蒼く、風も爽やかで、とてもご機嫌に過ごせそうな日だ。

 そんな気分も軽やかになりそうな日に休日を貰いながら、ティカは隊室に向かっていた。小声で歌なんて歌いながら歩く様はご機嫌に見えることだろう。

 本当の気分は最悪で、少しでも晴らしたくて遊撃隊に顔を出しに来た。


「おはよーござ……」


 元気よくドアを開けた所で、正面の執務机に座るレーヴェと目が合った。

 ちょうど彼は青い花弁の花を口元に当てており、驚いたためか食んでしまったようで千切れた花びらが唇に挟まっている。そのまま無意識だろう、口が動いて舌で花びらを掬い、もぐもぐと食べてしまったのまで見てしまい、大きく目を見開く。


「レヴェさん何してんの!?」


 慌てて駆け寄ったティカに、レーヴェは花を花瓶に戻しながら落ち着けと言うように片手を突き出した。その喉が飲み込むように動いたのでさらに慌てるも、口が空になった彼は「大丈夫だ」と声を出す。


「どこが!? その花はだめだよ!?」


 食用の花ではないとはいえ花びら一枚程度なら確かに普通は大丈夫だが、この花は実は毒草なのだ。飾るだけなら問題が無いが、子供やペットが誤って食べたりしないよう気を付けなければならない花だった。

 レンジャーの基礎知識として知っているのだが、騎士であるレーヴェは知らないだろう。だから危ないと慌てたが、レーヴェは手を振る。


「大丈夫だって。俺は花人(ブルーマー)だから」

「へ……?」


 苦い顔をしながらも説明する彼の顔を見る。想定外の種族の名前を言われて、きっと今のティカは間の抜けた顔をしていることだろう。


「……花人(ブルーマー)? 花を食べれる、あれ?」

「それ。風の国入国禁止種族のあれ」

「…………おおう」


 それなら大丈夫かと息を吐いて、大丈夫なわけがないと気がついて半眼でレーヴェを睨んだ。


「いや、大丈夫じゃないだろ。花人(ブルーマー)でも毒草は食えないって知ってるぞ。

 オレが驚かせちゃったけどさ、ちゃんと吐いてよ」


 詰め寄れば視線を逸らされた上に舌打ちされた。この男は。

 面倒臭いからか、それとも吐くのが嫌なのか。どちらの理由でもありそうだと思いながらさらに詰め寄れば、面倒臭そうに顔をしかめてレーヴェはまた手を振る。


「一枚程度なら大した毒じゃねぇよ。心配すんなって」

「お前なぁ……」


 確かに成人男性だし鍛えているので子供やペットが食べたときよりも影響はないだろうが心配ではある。

 それより仕事の邪魔だと手で払われ、頬を膨らませながらも机から身を引いて、その花に目を落とした。複数の細い花びらが付いた花は、食まれたことで不自然な形になっていた。

 一枚、二枚では、ない。


「……貴様、死にたいのか」


 いくら成人男性でも、大量に摂取すれば死に至る。低い声で睨め付ければ、レーヴェは不愉快そうに目を細めた。


「お前には関係ねぇだろ」

「ふざけるな」


 隊長の責任が重かったか。ティカ(厄災の獣)の檻の役目はもう嫌になったか。アルクかオーガストと何かあったか。あるいは何か知らない所で嫌がらせでも受けているのか。

 様々な考えが頭を巡るも、レーヴェの瞳を見てそのどれでもないと察した。

 力強く光る朝焼けのように澄んだ綺麗な紫は、濁りきって暗い穴のように力が無い。窓から見える空が晴れやかな分、酷く暗く見えた。

 絶望を知り、自分に価値などなく、この世から消えたいと願う瞳だった。

 息を飲んだティカに舌打ちをしてレーヴェは視線を外す。


「…………ずるい」


 そんな暗い瞳を見てティカの口から出たのは妬み。口に出してしまって舌打ちし、顔をしかめながら背けた。


 今日はとても天気が良くて、風も爽やかで、空はどこまでも蒼くて、


 ――相棒を殺しかけた日と同じぐらい、良い天気だった。


 運悪く、アルビレオはエウロに呼び出されて不在のタイミングで思い出してしまった。

 広い家は静かで冷たく、体がどんどんと冷えていく。アルビレオの帰宅は何時かも分からず、会いに行こうにも商談の邪魔はしたくなく。こんなタイミングで相棒を呼び出してしまうと、より自分がパニックになると理解している。

 だからティカは逃げるように外に出た。手に蘇った冷たく乾いていく血の感覚と、鼻の奥にこびり付いた鉄錆の臭いが取れず、こみ上げる吐き気と頭痛を抑え込んで、誰かしらいるであろう遊撃隊に向かった。

 ご機嫌を装って歌を歌っていたが、実のところ吐かないための苦肉の策で、ずっと堪えていたのに。


「……貴様は、ずるい」


 訝しげに視線を戻したレーヴェは、ティカを見て片目を眇めた。


「……お前……」

「ずるいだろう。そうやって緩やかに死のうとするなんて、卑怯だ」


 言いたくはない言葉がスルスルと出てくる。アルビレオにすら伝えない、負の感情を八つ当たりとしてぶつける。


「俺も死にたいのに」


 憎しみを持って、レーヴェを睨み付ける。

 暗く濁った視線を向けられた彼は、一瞬驚いたように目を見開いたものの、皮肉げに、嘲るように、そして歓迎するように、笑った。


「ハッ。お前もこっち側かよ」


 同類を見つけたと。嬉しそうに呟いた。


****


 今日はとても晴れやかで、風も爽やかで、どこからか甘い花の香りが漂ってくる。

 小さな花弁のくせに香りの強いトーリュープの花の香りにうんざりとしてしまう。甘い香りだからというわけではない。この香りは、レーヴェの中の嫌な記憶を呼び起こす。


 ――相棒を殺しかけたあの日にも、この花は咲いていた。


 手に残る人を刺した感触に、顔に掛かった鉄錆の臭いがする液体の生暖かさ。顎を伝う不快さを拭う、震えた温かな手。

 忘れようとしても忘れられない自分の最大の失態。


 息を吐いて持っていたペンを置き、机に置かれた花瓶を眺める。

 オーガストが何も無いのも味気ないからと、時折実家の花屋から買ってきて、この机と隊室の窓側に飾っていた。花は三日おきに入れ替えられて、部屋に季節の彩りを添えている。

 今日は彼女の髪の色を思わせる青で、思わず手に取った。

 レーヴェは種族特性として花を見るとつい食べたくなってしまう。人が嗜好品を見てつい手が伸びてしまうような感覚で、花を見ると美味そうだと思ってしまうのだ。青は食欲減衰の色だと言われているが、伴侶の色でもあるのでレーヴェには美味そうに見えていた。

 花人(ブルーマー)と呼ばれる種族で、魔力が高いことと花を食べられることが特性だ。風の国ではとある理由から入国禁止種族に指定されているが、危険な種族というわけではない。

 頭の冷静な部分は毒花だから辞めておけと警告を鳴らすが、だからこそだとレーヴェは細い花びらを一枚、唇で挟んで引き千切った。

 飾る分には問題が無いが、花びらには軽度の毒が含まれており、幼い赤子やペットが食べてしまうと嘔吐や呼吸困難を引き起こす危険な花でもある。

 健康体の成人男性であるレーヴェでは、この花一本分食べてもせいぜい嘔吐反応を引き出すだけ。呼吸困難ぐらい起こしたいものだが、それはそれで後の言い訳が面倒なので、二枚程度にしようとした。


「おはよーござ……」


 そんなところに、突然ドアを開いてティカが現われた。

 ちょうど食んでいた所なので、咄嗟に手を離したら花びらが千切れてしまった。唇に張り付く感触に反射的に舌で掬って、口内に収め、咀嚼して飲み込んでしまう。


「レヴェさん何してんの!?」


 慌てて駆け寄ってくるティカに片手で制止をかけつつ、花を花瓶に戻しながら吐き出すのが正解だったのに、動揺していたので飲み込んでしまった。ますます慌てるティカに「大丈夫だ」などと言ってみたが、彼女はこの花の危険性を知っていたようで「その花は危ないのだ」と首を振る。

 仕方がないので苦い顔をしつつも自分の種族を明かせば、彼女はホッとしたように息を吐いた。


「いや、大丈夫じゃないだろ。花人(ブルーマー)でも毒草は食えないって知ってるぞ。

 オレが驚かせちゃったけどさ、ちゃんと吐いてよ」


 が、残念ながらそのまま流されてはくれなかった。

 詰め寄られて視線を逸らし、舌打ちする。さすが、風の国ではBランクだが、水の都ではSランクになる冒険者だ。知識豊富で注意深い。

 吐くのはとても面倒臭いし、もう歌わなくなったとはいえ詩人(ディーヴァ)としての本能で、喉を痛めるような行動は取りたくなかった。

 だから詰め寄るティカに手を振り、大丈夫だと示す。


「一枚程度なら大した毒じゃねぇよ。心配すんなって」

「お前なぁ……」


 この程度では何一つ影響がない。本当に大丈夫なのだ。残念なことに。


「仕事の邪魔」

「……もー……」


 仕事を理由に追い払えば、渋々とティカは身を引く。しかし、その動きが途中で止まった。

 彼女の視線は花に向いており、しくじったと内心で舌打ちする。いつも食べるときは満遍なく抜いて違和感を感じさせないように注意していたが、今回は一箇所だけ食べてしまって、ぽっかりと空いている。食べたのが一枚程度ではないことがバレてしまった。


「……貴様、死にたいのか」


 致死量までは知らないのだろう。低い声は心配から来るものだと分かっていても、今日だけは聞きたくない言葉だった。

 申し訳なそうな顔を浮かべて、体に悪いものを食べたくなるだろ? などと言って誤魔化せと冷静な自分が助言する。


「お前には関係ねぇだろ」

「ふざけるな」


 だが、口から出たのは拒絶の言葉。当然ティカは反発してくる。

 彼女はとても仲間想いの人間だ。誰よりも人を殺してきたからか人の死を恐れ、もう誰も傷つかないようにと自分の身を顧みずに戦場に立つ。

 だからこそ苛立った。

 自分を大事にしない彼女に、どうしてそんなことを言われなければならない?

 お前と違って、俺には何の価値もないというのに。


 どろりと溢れてくる黒い感情を隠さねばと思うのに、八つ当たりを籠めてティカを睨めば、彼女は息を飲んだ。

 大きく目を見開いた銀の瞳はあの日のアルクを思い起こさせて、舌打ちをして視線を逸らす。

 なんとか場の空気を変えるべく、話題を探すも今の頭では八つ当たりしか出てこない。


「…………ずるい」


 短い沈黙を破ったのは、ティカの小さな妬みの言葉だった。


「……貴様は、ずるい」


 訝しげに視線を彼女に戻し、その瞳が真っ黒な穴に一瞬見えて片目を眇めた。

 夜の月のように静かに輝く銀の瞳は、今は暗く濁って深淵を覗かせる。


「……お前……」

「ずるいだろう。そうやって緩やかに死のうとするなんて、卑怯だ」


 少々驚いて声を掛けるも、ティカは無視して八つ当たりのように恨みがましく低い声で感情をぶつけてくる。


「俺も死にたいのに」


 お前は卑怯だと。憎しみが籠もった暗く重い瞳を向けられて、場違いにも胸が弾んだ。

 口角が上がる。なんだ。


「ハッ。お前もこっち側かよ」


 どうにも戦闘での立ち位置や行動が似ていると思っていたら、ご同類だったらしい。


****


 同類だと分かれば、話は早かった。

 メイドを呼んで紅茶と茶菓子を用意してもらい、レーヴェは執務机で、ティカはその端に軽く腰掛け、顔を合わせないままに今後のことを話し合う。

 相互監視をすることにして、自分が気分の落ちるタイミングを教え合った。

 基本的には無事なほうがダメになってるほうを引き上げる。今日のように重なった日は共倒れになる可能性があるので、互いに何も言わずに危険な行動をしないよう側に居るだけにすると決めた。


「よし。お前が一番ダメなときは、スバルって呼べ」

「んじゃあ、そっちはコトハな。旦那にしか許してないガチ本名だから気安く呼ぶなよ」

「俺だってアルクとオーガストにしか許してねぇ本名だわ」


 一番ダメなときにして欲しいことは互いになんとなく分かる。嫌だったらその都度言うことにして、話は纏まった。


「お前は、他に誰かいるのか?」

「アルさんはオレがそういう考えを持ってることは知ってるけど、詳しく話したことはない。そっちは?」

「居たら俺はここまで病んでない」

「それはそう」


 ティカだってアルビレオにこの希死念慮を話すのに時間がかかった。しかもきちんと吐き出したことはなく、こうなることがたまにあると言っただけだ。つい先日、結婚式を挙げたばかりのレーヴェはなかなか話せないことだろう。

 当然、相棒には言えるはずが無い。信じてる信じていないの話ではなく、こんな格好の悪い一面を相棒にだけは知られたくないという見栄だ。


「……吐き出し先があるってだけで、だいぶ軽くなるな」

「はっはっは、わかるー」


 理解があって、遠慮無く吐き出せて、死のうとしたら止められる。鬱々と一人で考えているよりもよっぽど有意義に時間を使えそうだ。

 この考えが消えるまで何年かかるかは分からず、消えるまで共にいられるとも思っていないが、薄れさせるぐらいは出来るだろう。



 後日、アルビレオに手合わせを頼みに来たレーヴェは、手合わせの前にまず頭を下げた。


「アルビレオさん、すいません。アルクにもオーガストにも言えない悩みが出来たんで、今後の愚痴の吐き出し先にティカを借ります」

「あー……まぁ、色々あるよな。でも、ティーちゃんもメンタル強いわけじゃないから、ほどほどにな」

「それはもちろん」


 二人の休憩用の飲み物を用意していたティカは、物は言いようだなと思った。きっとアルビレオは新婚生活のあれこれや、隊長職ならではの愚痴だと思っただろう。何一つ嘘は言っていないのが上手い所だ。


 この三年後、まさかの事実が分かるが、それはまた別の話。


死にたいわけじゃない。ただ、自分自身に価値がないと思ってるだけ。

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