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遊撃隊『牙』の回想録  作者: 姫崎ととら
囁きの魔女と白魔道士(遊撃隊結成八年目)
17/55

『君は太陽を 僕は空を』

『手に入れたら またここで会おう』


――夕暮れ色の髪の少年作詞作曲『約束の歌』より

「おかしいな。オレはこの雨で虚勢が剥がれてるお前のケアをしに来たはずなのに、なんでこんなことになったんだ」

「るっせーよ。お前が魔力遮断し忘れたからだろ」

「いーや、お前が魔力抑えなかったせいだね」


 あの後。きちんと総長に詩人(ディーヴァ)の特性と魂共鳴(ユニゾン)についての説明をし、目の前で歌魔法を披露させられた。

 何を歌うか相談し『夢羊の子守歌(スイープ・ララバイ)』にした。リラックス効果と血行促進効果のある柔らかなメロディラインの歌だ。酒場で酔っ払いどもを寝かしつけるのによく使われる。副次効果として肩こりも軽くなったりする。コーラスは視線と指差しで即興で決めた。

 終わるとディーオルは肩を回して「これは定期的に私の部屋で歌って欲しいですねぇ」なんて本気か冗談か分からない顔で言っていたが、冗談だと思いたい。

 そして魂共鳴(ユニゾン)も披露した。【創造詩】は危険なので、ティカがレーヴェの白魔法を使ってみせる。彼女が【創造詩】以外の魔法を使えないことは全員知っているため、初級魔法だけでなく、上級魔法まで使ったことにディーオルとオロバスが頭を抱えた。

 ストゥーケイは魂共鳴(ユニゾン)自体は大海蛇(シーサーペント)事件で知っているので、それをこの二人が使えるようになったことに笑った。


「しっかし、『王立騎士団特殊部隊『牙』』ってすごい名前になったねー」


 アルクとレーヴェだけなら、まだ良かったのだ。アルク自身は魔力はあっても何も魔法を覚えていないために、レーヴェ次第になっていた。

 だが、レーヴェとティカはいけない。【創造詩】が使える人間が二人に増えたら戦力バランスが崩れる。封印状態でもティカだけで第三騎士団の三分の二は行動制限を掛けられるのに、高魔力の二人で掛ければ第三騎士団どころか、第二騎士団まで制圧できてしまう。ティカが封印解除をすれば近衛騎士団まで含めた、騎士団全体に行動制限が掛けられる。

 そのため、総長直轄部隊になることが即座に決まった。そして、総長の許可なくレーヴェとティカの魂共鳴(ユニゾン)を使用することは禁止された。当然である。だから黙ってたのに。


「……お前(厄災の獣)を閉じ込めるための檻だったはずなのにな」


 書類を処理し終わったレーヴェはペンを置いて伸びをする。吐いた息は遠くまで来たものだとどこか感心したような、半ば呆れたような、様々な感情が乗っているように聞こえた。

 遊撃隊の始まりは、ティカを監視するためのたった三人の部隊だった。それがいつの間にやら人が増えて、切磋琢磨していたら騎士団で最強となっていた。アルビレオが教官役となりレーヴェとリュートを中心に鍛えているのもあるだろう。


「檻は檻じゃん。……俺は、お前を信じている」


 ティカも始末書を書き終えて、ペンを置く。腕を前に伸ばして伸びをした。

 もし今、またティカが暴走してもアルビレオが来るまで持ち堪えられるはずだ。暴走したティカを止められるのはアルビレオの持つ双剣だけなので、彼らの力では止まらない。それでも被害は最小限に抑えてくれると信じられる。

 ティカとしてだけではなく、コトハとしても信じていると全幅の信頼を声に乗せ、レーヴェに微笑みかけた。

 途端、彼はとても珍しいことに頬を赤く染め、照れたように顔を背けた。虚を突かれたがすぐにニヤニヤと意地の悪い笑顔をティカが浮かべると、不機嫌そうに顔を歪めて舌打ちされる。それでも頬は赤いままだ。


「え~? 照れたの~?」

「るっせぇ! 見んな!」


 立ち上がり、ささっと机を回り込んでレーヴェの頬をつつこうとするも、鬱陶しそうに払われる。なおもつつこうとしたらレーヴェも椅子から立ち上がって、執務室から出て行こうとしたので、声を上げて笑いながらティカも後に続いた。



 ドアを開ければ、ちょうど隊室にアルクたちが入ってくる所だった。昼を食べてから十三時に集合と言ったはずなのだが、もしや始末書に時間を取られすぎたかとティカは思わず時間を確認した。まだ十二時前だった。おおっと?

 明日説明するつもりだったのだが、アルクに「総長直轄部隊になった」と通信機で伝えたら、詳しい話をちゃんとしろと言われ、説明の為に全員集合することになったのだ。全員、緊急呼び出しにも関わらずちゃんと隊服を着ていた。


「って、なんでアルさんまでいるのぉ!?」

「昼を調達に外に出たら、ちょうどアルクさんとオーガストさんと出会って、なんかやらかして総長直轄部隊になったって聞いたから一緒に来たんだ。

 ところで、その髪の色はなぁに? 封印解くようなことしたの?」


 まさかアルビレオが来るとは思っていなかったし、歌魔法の説明をする必要があるため、再封印はせずに髪の色は元の青紫のままだ。

 当然彼は封印のことは知っているので、何をやらかしたと笑顔で圧をかけてくる。


「え、あ、えと! ちょっと必要なことで! 【創造詩】は使ってないんで!!」

「ふぅん?」

「え、えがおがこわい……!!」


 封印無しの【創造詩】を使わなければならないような事態ではないから安心して欲しいというつもりで言ったのだが、アルビレオの笑顔の圧は収まらない。


「アルビレオさん、本当に危ないことはしてないです。ただ、歌魔法を使うのに封印を解く必要があっただけです」

「歌魔法? ティーちゃん、歌ったの?」

「そ~。確認するために必要だったから~」


 このままでは話が進まないとレーヴェが助け船を出してくれたので、なんとか笑顔の圧から逃れることが出来た。

 事情を説明するからと促せば、アルビレオは説明を聞くために並んでいる隊員の方へと向かって行き、レーヴェとティカがその前に立つ。

 アルクとオーガスト、ニールとアブリス、一歩離れた所にアルビレオ。先に事情を聞いた三人は後ろに居る。


「端的に説明すれば、俺とこいつで魂共鳴(ユニゾン)が使えるようになった」


 アルビレオ以外の四人が息を飲んだ。アルビレオはほぅ。と感心したように息を吐き、面白そうに目を細める。魂共鳴(ユニゾン)を見せたことはないが、効果自体は彼に伝えているので、レーヴェが【創造詩】を使えるようになると気付いただろう。

 ひとまず言葉の証明に、魔法を発動させる。アルクとレーヴェの時とは違い、完全に同期した証拠として、両眼とも色を交換した状態になっているはずだ。

 その状態でティカが上級回復魔法を使ってみせれば、手の込んだドッキリではないと誰もが理解した。魂共鳴(ユニゾン)を解いて瞬きをすれば二人の目の色が元に戻る。


「す、すごいですね。もしかして、魂共鳴(ユニゾン)中はレーヴェさんも【創造詩】を使えるんですか?」

「おそらくな。一回どっか広い場所で試そうと思う」


 オーガストの問いにレーヴェが頷く。総長にも一度、どの程度まで使えるのか、城壁の外で確認しておくよう命令されている。流石に王城内の訓練場で試すには危険だし、目立ってしまうので外だ。


「でも、アルクとレーヴェで半分なのに、なんでティカとなら完全同期なの? 歌魔法が関係してる?」


 ちらりとアルクを見たニールの問いは遊撃隊全員の心を代弁したものだろう。何も言わず、表情を無くしたアルクがピクリと反応したのを見つつ、ティカが答える。


「うん。オレとこいつ、イヴェールにとってのリヒトみたいな、歌魔法においての相棒だったんだよ」


 アルビレオ以外の全員が、同時にアルクを見上げた。ティカも説明の為に必要だとは分かっていても、相棒という言葉にアルクが過剰反応して、最悪怒り出さないかと心配していた。


「……レーヴェが言っていた『運命の相棒』だということか」

「ああ。ひょんなことで俺たちは同郷で、十歳の頃に会ってたことが分かった。

 今回総長に呼び出し食らったのも、確認のために歌魔法を発動させたら、思ったよりも魔力が跳ね上がってびびらせちまったからだ」


 無言で口元に手を当て考えていたアルクが、顔を上げないままぽつりと口を開く。やはりレーヴェが既に説明していたようだ。

 そうか。と説明を受けて小さく呟いたアルクは伏せていた顔を上げ、一歩前に出てティカを見下ろした。悲しみに満ちた視線は今までに感じたことの無い物で、やはり怒ってしまったかと少しだけ申し訳なくなった。

 せめて相棒の座を揺るがすつもりはないと口を開こうとしたが、アルクの大きな手が制止したので口を閉ざす。


「レーヴェの運命の相棒というのなら、庇護し続けるのも失礼な話だ。

 ティカ、心苦しいが俺は決めた」


 何を決めたというのか。真剣な表情で胸に手を当てる彼は、自分でもこの言葉を言うのは苦しいのか眉を少し寄せて。


「俺は兄を卒業する!!」


 真剣に。本当に真面目に。おふざけなど一切無く。アルクは堂々と宣言した。

 この八年間、もはや彼の口癖となっていたし、周囲もそう認識していた兄の座を降りるという宣言に、ティカは何度も瞬きを繰り返した。兄って卒業するものだっけ?


「……兄は卒業するもんじゃないし、そもそも兄じゃねえんだよな……」


 アルビレオが額を押さえながら呟き、ニールが呆れた表情で頷いているが、背中側のことなのでアルクには見えていない。


「兄では、なかったんですか……!?」

「目の色は一緒だけどな、リヒトとレーヴェさんが血の繋がりないけど従兄弟同士って言ったように、保護のために――」


 本当に兄妹だと思っていたらしいイヴェールに、リュートが丁寧に説明してやっているがやはり背中側なのでアルクは見ていない。


「そんなっ。アルクさん、ティカさんの兄じゃなかったら、何になるって言うんですか!?」

「確かアルクさんの方が数日遅く生まれてるから……弟ですか?」


 オーガストが本気の驚愕と焦りでアルクに問いかけ、ヴァスクはのんびりと面白そうに訊いている。オーガストはなんでこんなに必死なんだ。

 アブリスはアルクの宣言の段階で噴き出しそうになって唇を強く引き結んでいたというのに、必死な様子のオーガストで決壊して口元と腹を押さえてぷるぷる震えている。


「ティカ。今日からお前は、俺のライバルだ。レーヴェの相棒の座は譲らない!」

「あ、私の負けで良いです」


 もはやどちらの発言のせいか分からないが、アブリスが引きつった声を上げて笑い出し、その場に崩れ落ちた。


****


 アブリスが復活するのを待って、詩人(ディーヴァ)について説明し、レーヴェとイヴェールが歌った後に、レーヴェとティカで同じ歌を歌う。練習も碌にしていないが、明らかにイヴェールの時よりも息の合った様子に、全員が『運命の相棒』という特性について理解した。


「三人とも魔力の波形は違うのに、歌うと一つに重なって、増幅して広がっていくのが見えました。

 特にレーヴェさんとティカさんは全然違う形だったのに、二人が歌おうと息を吸った瞬間にピタッと同じ形になって面白かったです! 人間の魔法には驚かされますね!」

「そう、ですね。私には魔力が色で見えるんですが、レーヴェさんとイヴェールの色は同じ方向に流れる、交わらない二色でした。

 レーヴェさんとティカさんも、歌う前は今のお二人の髪の色のように別々の交わらない色だったんですが、ヴァスクの言う通り、歌おうと息を吸った瞬間に……詩的な表現で少々恥ずかしいですが、夕暮れの空のグラデーションのように自然と混じり合っていて、元々そういう色の魔力だったように見えました。

 これが、ディーヴァの中でも運命の相棒ということなんですね」


 龍族であるため魔力の波形が見えるヴァスクが楽しそうに声を上げ、蒼翼有翼人(アスルゥアラザン)として別の視点を持つオーガストが少し感心したように、僅かに放心した声で自分が見たものを説明する。


「なるほど。魔力の波長をメロディラインで揃えて同調することで、複数の異なる魔力を重ねるのが歌魔法ということですね。そしてその中でも相性があり、ぴったりとはまると通常よりも増幅すると」

「そーゆーこと。だから、オレとレヴェさんは完全同期が可能になった」


 アブリスの分析に説明の手間が省けたとティカは同意し、結論を伝えた。

 魂共鳴(ユニゾン)の肝である信頼度は、相手にどれだけ自分を委ねられるかだ。自分の魔力を他者に好き勝手に引きずり出されることを、どれだけ許せるか。いくら信頼しきっていても、魔力の波長が一緒でも、どうしても嫌悪感は残る。それは生物として、魔法使いとして当然の本能だ。

 だが、詩人(ディーヴァ)の運命の相棒だけは、二人で一つの魔力であることに嫌悪感が無い。相手の熱量に魔力が引き出されることもあるし、こちらが引き出すこともあり慣れている。だからこそ完全に同期できる。

 まだ試していないが、歌魔法と同じように魔力の増幅も出来るし、下手したらもっと根源の力すらも使えるようになるかもしれない。


「で、危ないから総長直轄の部隊になったわけだ。総長の許可無く俺とティカの魂共鳴(ユニゾン)は使用禁止。

 仕事は今までと変わらず、第三騎士団の仕事をやる。総長が第三騎士団に貸し出す形になってるから、要請があれば他の騎士団の仕事もやることになる。

 隊室は移動だが、場所は検討中。出動しやすいよう、城門に近い所になるとは思う」


 他に質問が無いかをレーヴェが聞き、誰も手を上げなかったので説明は終了した。

 休みに呼び出したことを謝罪しているのを横目に、ティカは封印し直して髪をいつもの色に戻しようやく息を吐いた。封印解除状態だと言葉一つで【創造詩】が発動するので気を使うのだ。

 そのまま昼を食べに行こうと移動を始めたのに合わせ、アルビレオの隣につく。アルビレオは流石に城の食堂を利用できないため、全員が自然と外に向かって歩いていた。


 最後尾を歩きながら、ティカはレーヴェの後ろ姿を見つめる。十五年も前に別れた後ろ姿は、随分と大きくなった。

 再会出来た喜びに、詩人(ディーヴァ)としての本能が歌いたいとずっと叫んでいる。きっと彼もそうだ。昼を食べ終えたら、楽譜を確認しよう。コーラスの練習もして。

 憂鬱な気分だったのが、すっかりと晴れやかな気分になってきた。


「『……~~~~♪』」


 だから、ティカは口ずさんだ。超ご機嫌の時なときに彼女が口にする歌は、いつも決まっている。

 思えばこれをレーヴェの前で歌っていればもっと早く分かっていただろう。このメンバーで聞いたことがあるのはアルビレオだけだ。

 

 十五年前。とある少年が作った歌。

 夕暮れ色の髪の少女と少年が、夜を越えて朝に向かって行く歌。

 歌魔法なんて役に立たないと腐っていた自分に、歌うこと自体が楽しいのだと思わせてくれた曲だ。それ以降、ティカは披露する場所がなくとも、歌魔法を使うことがなくなっても、歌うことを辞めなかった。


 小声とは言え突然歌い出したティカに驚いているのはイヴェールだけ。歌こそ違えどティカがよく歌うのは皆知っている。ちらりと視線を送りはするが、すぐに前を向いて歩き続ける。

 彼女のご機嫌さに連動するように雨は上がり、雲が晴れて日が差し込んできていた。

兄は卒業するものだったらしいです。


追記:一部台詞を過去編の展開に合わせて変更。

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