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遊撃隊『牙』の回想録  作者: 姫崎ととら
竜騎士と学者と囁きの魔女(遊撃隊結成七年目)
14/55

彼女は月を見ていた/完全犯罪は存在しない/情報屋は事件を振り返る

ラスト! 事件の真相編です。

 計画は、狂いっぱなしだった。


 彼女の計画では、呪いを背負った騎士たちを第三騎士団に送り込み、次々と変死させるつもりだった。そしてその責任を、何でも知っているはずなのに計画を止めることなく見殺しにしたとして【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】に負わせるつもりだった。


 ところが、呪いを背負った騎士たちの中でも、もうすぐ死ぬ計算だった者たちばかりを集められ、アンデッド討伐に連れて行かれた。事前に冒険者ギルドに金を積み、数を少なく報告するように頼んだ討伐だった。これで負傷者を出させ、遊撃隊隊長の指揮能力の低さを露呈させ、あわよくば彼自身が怪我をすればいいと思っていたら、事態は違う方向へ進んだ。

 十名以上の戦死者を出したことについて、当然団での追及はあった。

 軍法会議に掛けられた遊撃隊の隊長は、事前調査の不備、戦死者たちは三名を除いて命令を無視したこと、そもそも命令を無視する旨を大声で喧伝していたことを報告した。

 第二騎士団でも問題を起こし、第三騎士団へ異動させられるような連中である。酒場での醜態は報告に上がっており、同じ隊として戦った騎士たちからも戦場での様子を報告されている。

 遊撃隊の隊長は状況の不利を理解し、最善を尽くすために遊撃隊を召喚。二十二名の命を護り、森を浄化して帰ってきたことを評価され、結果、戦死者のことは残念ではあるが、遊撃隊の隊長に非はないとされた。


 遊撃隊に瑕疵を付けられなかったことは残念だったが、まだ呪いは続いていることから、計画は続行できると思っていた。


 ところが、呪いの階級章のことを、総長が知ってしまった。

 階級章の呪いは浄化されずとも、遺族へと返されているはずだった。【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】の囁きにより不信感を抱いた遊撃隊の隊長が保管し、総長に提出していたのだ。遊撃隊にのみ存在するという極秘ルートを使ったのだろう。


 その結果、第二騎士団魔導部隊で計画に関わった者たちが次々と捕まった。

 彼女は主犯として投獄された。言い逃れはしない。自分はあの忌々しい魔女に負けたのだ。



 彼女は冒険者を嫌悪しており、その中でも【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】を嫌悪していた。

 冒険者はずる賢く、汚らわしい存在だ。戦う力を持ちながら、国のためではなく、自分のために振るう粗忽者。しかし国民ではあるので守るべき対象だと我慢してきた。

 魔女は七年前に突如として現われ、厄災を止めた立役者だという。どんな手段を使ったか、遊撃隊創立メンバーとして騎士団に入り込んだ汚らわしい冒険者。

 日常では総長と同じ瞳に見えるが、魔法を使うと彼女が敬愛する『月に愛された人』と同じ瞳に変化する気持ちの悪い女。

 英雄扱いをされているが、彼女は魔女が実際に戦っているところを見たことがない。後方で呪文を唱える術者の中に魔女は存在していない。

 魔女は城内を我が物顔で歩き回り、次々と遊撃隊に人を増やした。まるで自分を護らせるように、少々性格に問題はあるが有益な人材ばかりを集めた。誰もが魔女を慕っている様子に洗脳でも掛けているのかと疑ったが、魔女がまだ子供だからだろうと結論づけた。


 だから自由にさせた。例え嫌いでも割り切って仕事が出来る程度には大人だ。


 それが崩れたのは、去年の鎮魂祭でのこと。

 魔女は、あろうことか騎士団の制服に身を包んで式典に参加したのだ。

 常のみすぼらしい髪型ではなくきちんと整え結い上げられ、化粧をほどした顔は、大人だった。嘘だろうと信じられない気持ちが湧いた。

 もっと信じられないことに、あの方に話しかけられても喜ぶどころか嫌がったのだ。ただでさえ勝手に妹を名乗り、迷惑を掛けているというのに!


 だから、彼女は魔女を追い出すことにした。

 遊撃隊に不満を持つ仲間を集めて、一年掛けて準備をして、魔女を追い出すべく犯罪に手を染めた。

 魔女さえ出て行くのならば、自分の身がどうなっても良かった。女の嫉妬だと後ろ指を指されて笑われてもいい。ただただ、許せなかったのだ。


 だが、結果として彼女は投獄され、魔女が出て行くことはなかった。


 牢の中で空を仰ぐ。格子付きの窓からは、魔女の瞳と同じ色が輝いて見えた。

 あざ笑うでもなく、ただ無機質に彼女を照らしていた。


****


 計画は狂ってしまった。


 【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】に嫉妬した一人の魔道士が密やかに暗躍していたのは知っていた。

 それを利用して遊撃隊の評価を落とし、あわよくば解散させて、有能な人材を第二騎士団に吸収しようとしていたというのに、【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】によって計画は暴かれ、数多くの団員が罰を受けた。


 それならばと、彼は雇い入れた冒険者を使って遊撃隊に負荷を掛け、疲れを残した状態でクラーケン退治に挑ませ、大きな怪我を負わせようとした。手に入らないのならば、いっそのこと再起不能なまでに潰れれば良い。毎年この時期になると必ずクラーケンが現われる。その討伐は毎年【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】を除く遊撃隊が担当していた。

 まず冒険者を二種類に分けた。長期契約者には何もせず、ただ粛々と仕事をしてもらう。

 仕掛けるのは短期契約者。彼らを一日契約、二日契約、三日契約で分けた。騎士団には全員三日契約だと説明をし、一日・二日で契約が終わった者は「気まぐれで辞められた」としてリストを毎日変更させる。リスト変更は面倒だったが、計画のために必要な手間だ。ここを怠っては疑われる。

 短期契約者には道案内をしながら噂をいくつか種類を分けて教えた。自ら案内したのは噂を確実に教えるためだ。

 彼の狙い通り、冒険者たちは遊撃隊へと精神的な苦痛を与えていった。人脈や栄誉、報酬を得ようと声を掛ける姿はいっそ滑稽に見えて、彼は笑いをかみ殺すのに苦労をした。


 そして待ちかねたクラーケン出現の報が舞い込んだ。

 しかし、【不可視(インビジブル)】がどこからか情報を掴んで、討伐に出たという報告が続いて上げられた。

 水の都最強の剣士は【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】の夫だという。妻を危険に晒さないために先回りをしたのだろう。


 それならば、いっそ精神的負荷を掛け続けて【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】が抗議に来るのを待つことにした。かの魔女は英雄だと持て囃されているが、所詮ただの冒険者の小娘。証拠もなく糾弾に来れば団長権限で追い出すことが出来る。そのまま魔女の行動を止められなかったとして遊撃隊へ責任を負わせ、解散なり、有能な人材の引き抜きなり自由に出来ると考えた。

 しかし、その目論見も破綻する。たった一日で避難所を作られ、回復されてしまった。


 そして、本日。


「第二騎士団団長ルッツァスコ・アラーニャ。

 あなたには公用文書を偽造し、雇い入れた冒険者への虚偽の情報を吹聴。それにより遊撃隊への執拗な声かけをさせ、彼の隊を疲弊させた疑いがあります」


 計画が、露呈した。


 これがもし第一騎士団の団長ならば一蹴して時間を稼ぎ、国外へと逃げ失せることも可能だったかもしれない。

 だが、今目の前にいるのは騎士団総長ディーオル・ゼスリード。

 七年前の厄災襲撃事件で、騎士団には人々の避難と日食により現われたモンスターを対処させ、自らは命がけで厄災の獣を止めにいき、【不可視(インビジブル)】、【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】と共に厄災の獣を倒した英雄。

 先代騎士団総長がその最中で命を落としたため、功績を鑑み、三十歳という異例の若さで総長へと収まった若者だ。まだ三十七歳だというのに初老の男性に見えるほど老け込んで見えるが、今はそれが威厳となって彼に威圧感を与える。


「それと、一般人への冤罪の件もありますね。

 私の部屋で、お話しをしましょうか」


 有無を言わせない笑顔で、総長は宣告をした。


****


 全くもって酷い目に遭った。


「まさか、エウロさんが捕まってるとは思ってなかったよ」

「ははは。情報を得るためにたびたび音信不通になるのが裏目に出たね」


 アルビレオが帰ってくるという連絡を受け、彼の妻であるティカと共に、エウロは港で待っていた。

 呆れ半分、驚き半分といった様子で息を吐く彼女に、彼は笑いながらここ一ヶ月の間に起きた様々な事件を思い返していた。



 情報屋エウロ。アルビレオの元パーティーメンバーであり、今は彼を支える情報屋兼道具屋。英雄となってしまったためにどこのギルドにも所属できなくなったアルビレオに代わり、各ギルドからの高難易度依頼を集め、精査し、必要な道具を揃えるのがエウロの仕事だ。

 彼は水の都すべてのギルドに繋がっているため、相談も受けることがある。

 とあるギルドに、騎士団からの依頼が来たときの事だ。アンデッドが出た西の森での事前調査で、何故か数を少なく報告するように頼まれたという。曰く「予想外の数にも対処できるような度胸を付けさせたい。数も三体ほど減らせば良い」とのことだったのと報酬の多さ、ギルドへの問題にはしないという念書を書いたことから、怪しみながらも引き受けたそうだ。


「ふむ……なら、端数切り捨てにして、夜の調査はしなくていい。代わりに昼の数に五体ほど足しておけば良いよ」

「え゛。きょ、虚偽報告をしろと?」

「そもそも虚偽報告しろって依頼文だから、それぐらいは大丈夫だよ。それに、そうしたほうが良い(・・・・・・・・・)


 ティカから今度の討伐は、今年異動してきた団員たちにレーヴェの指揮と実力を見せるため、一時的に部隊を組んで行うと聞いていた。おそらくはこの討伐だろうと判断したエウロは、ティカが見た時に気付くように、わざと数字を揃えた。

 度胸を付けさせたいなら、報告書にはきちんと推定数を書かせて隊長だけが知っておけばいい。そもそも、森の中に潜むモンスターの数は正確には分からない。アンデッドなら尚のこと。近付くまで倒れている奴もいるので、それが死体かアンデッドかまで判断できない。だから数を減らす意味は無いのだ。

 よって、これは依頼主からレーヴェへの嫌がらせも混じっていそうだと推察し、同じ冒険者のティカなら気付くであろう違和感を残した。

 十体前後。夜は十五体前後。そう報告書に記載させた。普通は夜のほうが見えづらく、一度見た同一個体かどうか判断がしづらいため、数は少なくなりがちだ。もし騎士団側から虚偽ではないかと疑われたら、堂々とこの依頼文を見せるつもりだった。

 ティカに教えれば再調査となることは分かっていたので、教えずにそのまま送り出す。冒険者も暇ではないし、アンデッドのせいで森には入れず、薬草採取が出来なくなるのは非常に困る。臨時部隊が失敗してもレーヴェなら立て直せるだろうし、遊撃隊なら余裕で対処できるとの信頼もあった。


 結果として、なにやらデカい陰謀を引きずり出したらしい。


 第二騎士団の魔導部隊の実に半数が検挙され、再編成を余儀なくされた。さらに、業務の一部である市街見回りをする人数が足りなくなったため、冒険者と提携することになった。

 その依頼文でも怪しげな気配を感じたので、エウロは何かおかしいことが起きている様子の城内にティカを残すのは危険と判断し、アルビレオをクラーケン討伐に向かわせた後、情報を集めていたところだった。

 突如、身に覚えのない罪で捕まり、弁明の余地を与えられずに牢へと繋がれたのだ。


 水の都の東、断崖絶壁の上にある牢獄に放り込まれ一週間ほど経った頃。

 自分に何かがあったとき、アルビレオにだけわかる方法で自分の痕跡を辿れるようにはしておいたが、もう一人ぐらい辿れる人間を作っておくか考えていたところに、騎士団総長ディーオルは現われた。


「ああ、やはりここにいましたか。

 ティカさんですら連絡が取れないと聞いて、もしやと思ったんです」

「助かりました。ちょっと油断をしてました」


 どうやらギルドで情報収集をしていた情報屋が片っ端から捕まっていたらしい。

 目が笑っていない笑顔を浮かべるディーオルは、大方の情報は手に入れているようだ。ティカが情報を集めたのだろう。エウロも集めた色々な情報を渡し、後は任せた。



 ティカが集めた情報とエウロが集めた情報を元に、ディーオルはすぐに動いた。エウロを出した翌日に自ら捕縛に乗り出し、軍法会議に掛けてから、極刑を言い渡した。

 説明はしてあるはずなのに、ティカが何者であるか、何のために城に通っているかも忘れた愚か者に、上層部はさぞ肝を冷やしたことだろう。


「いやー、アルが帰ってくる前で良かった」

「そうだねー。ブチ切れて国から出るって言い出しかねなかったよ……。

 私の所属する遊撃隊への攻撃、エウロさんへの冤罪ってだけでもヤバいのに、私を騎士団から追い出そうとしてるなんてねー」

「団員はともかく、団長には教えてないのかな?」

「いいや~。通い出す前に私、王様と総長と各騎士団の団長にちゃんと言ったよぉ。私の体に厄災を封じ込めてあるって。

 その時から代わってないから、忘れちゃったか……有利な条件を引き出すためのハッタリとでも思ったのかもね。バカでも騎士団長ってなれるんだなって思いました」

「勉強できることと愚かなことは両立するんだよ。残念なことにね」


 話している間にも討伐に向かった重装甲の船が三隻(・・)帰ってくる。

 クラーケン討伐に出たときは一隻だったはずだが、何故か増えているし、二隻には対大海蛇(シーサーペント)用の鎖付きのバリスタが見える気がする。

 港はにわかに賑やかになってきた。たくさんの人が興奮した様子で待つ埠頭の端、大型モンスター用解体場に沿うように船が動き、そこに今回の獲物が引き上げられた。

 僅かに赤みがかった青い鱗の蛇状のモンスター。頭のエラが虹色に光って綺麗だ。傷は一太刀のみに見える。胸びれの間にある大きな切り傷を覆うように氷が張ってあった。血を海に流して他の肉食獣を呼ばないようにする予防策だ。


「…………やけに遅いわけだなって思いました」

「……一度戻るより、対大海蛇(シーサーペント)用装備を積んだ船を呼んだのかな」


 彼を送り出してから十日以上経っていた。クラーケン如きにアルビレオが後れを取るはずがないので、船に不備があったかと思っていたが、まさかの大物、大海蛇(シーサーペント)を討伐していたとは恐れ入った。

 大海蛇(シーサーペント)はもっと北東の沖合、寒いところで生きる大型海洋類だ。縄張り争いに負けたか、幼体が迷い込んでこちらの海域に来ていたのだろう。

 遊撃隊でも倒せなくはないが、万全な状態ではないために大怪我だけで済まず、誰かが命を落としていたかもしれない。それにあそこまで綺麗に仕留められなかっただろう。


「結果論だけど、アルを行かせて良かったよ」

「そうだね」


 疲れた様子もなく船の上から笑顔で大きく手を振る金髪の男性を見上げ、二人は何とも言えない気持ちで手を振り返した。



 ひとまずこれで一段落。

 騎士団は少し混乱するだろうが、それも長くは続かないだろう。

 戻ってきた平穏にエウロは息を吐く。


「さて。今回の事件をどう説明したものかな」


 最後の難関。情の厚い親友を怒らせないように説明するという、超高難易度任務に挑むのであった。

「大海蛇だと!? クラーケンはそれで逃げてきたのか!」

「初めて見たけど、思ったより小さいな」

「ありゃ幼体だな。ごく稀に迷い込むんだ。んー、装備が対クラーケンだからちと不利だな。

 おい、港に戻って換装するぞ!」

「ああ、待ってくれ。またここに戻るのに時間が掛かるだろ? だったら、その装備を積んだ船を呼んだ方が早い」

「それはそうだがよ……」

「一応確認するが、幼体は元の場所に返さなきゃ行けないとかはないんだよな?」

「ない。むしろ親を呼ばれる前に倒した方が良い」

「じゃあ問題ないな。俺が斬るよ」

「いやいや【不可視】のあんたでも、足場が無きゃ戦えねぇだろ」

「案外何とかなるさ。俺を信じてくれ」

「……わぁった。英雄様がそこまで言うんだ。信じてみようじゃねぇか。

 おい! 対大海蛇装備を積ませて至急出発しろと伝えろ!」

「「了解しました!!」」


本来ならバリスタを打ち込んで鎖で繋いだ後、氷魔法で足場を作って攻撃する。

バリスタを打ち込む前に氷魔法で適当に足場を作ってもらいつつ、水面を走って(右足が沈む前に左足を出せば水面も走れるという意味の分からない走法)肉薄し、一刀のもとに沈めた。


英雄の名は伊達じゃない。

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