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遊撃隊『牙』の回想録  作者: 姫崎ととら
竜騎士と学者と囁きの魔女(遊撃隊結成七年目)
13/55

囁きの魔女は総長と密談する

「待ってくれ」


 一人だけ、息を整えていた青年だけが否を唱える。

 ティカは笑みを消して、あぐらを掻いて座る青年に冷たい視線を向けた。それに怯むことなく青年は言葉を続ける。


「オレは人脈作りのために王城に来た。ナンパ目的じゃねぇ。

 そういうヤツはオレ以外にも何人かいるはずだ。そいつらぐらいは見逃してくれねぇか」

「こちらとしては、そういった目的での声掛けにも迷惑している。

 オレたちに仕事の斡旋は出来ないし、城内の話も話すことはない。貴族の人脈も、遊撃隊に期待するより第二で探したほうがいい」


 苛立ちの僅かに混じった声だが冷静に説明する彼女に対し、短期契約の何人かが小さく驚きの声を上げた。

 思わずそちらを見ると、一番最初にティカに話しかけた女性が仲間とおぼしき女性と顔を見合わせて、再びティカに向けていた。様子のおかしさにティカも気付いて片眉を寄せる。


「なんだって? 話が違うぞ」

「……うん?」


 キアランが怪訝そうに片眉を寄せ、他の短期の者に確認を取るように顔を向けた。彼らも信じられないとばかりに首を振っている。


「……お前たちは何と聞いた?」


 全員を見回した後、ティカはキアランへと視線を落として問いかける。彼は座ったまま彼女を見上げた。


「『遊撃隊は現場で協力者を仰ぐ。予め人脈を持っておけば、優先的に声を掛けられるだろう。報酬は働き次第だが、共に戦った実績を積み、顔を売れば専属の道もあり得る』

 だったよなぁ?」


 つらつらと自分が聞いた話を話したあと、彼は短期の者へと確認を取る。それに対して二名が同意を示した。

 違う話を聞いたのか、最初の彼女が片手を上げたことで他の者も手を上げて意見があることを表明する。ティカは最初の彼女に顔を向け、視線で話すようにと促した。


「えと。あたしは『遊撃隊にいる伯爵家の次男が第二夫人を探している。第一夫人は戦えない一般人のため、彼女を護れる戦える者を探している』って聞いて、そろそろ引退考えてたから、立候補するつもりだった。別に愛されなくても良いし、一緒に住んでれば良いだけだろうなって思って」

「私はこの子のついでに、家の護衛として雇ってくれないかなーって感じ」

「なるほど。そちらの二名は?」


 ティカに促されて腰に本を下げた青年が先に口を開いた。


「オレは『高位神官が娘の護衛を探している。弟が遊撃隊にいるので、彼と顔馴染みになれば娘の護衛として雇われるかもしれない』だった」


 青年の言葉にティカは眉を顰め、首を振る。それだけでどうやら事情は違うようだと察した。

 最後の一人へと彼女が顔を向ければ、苦笑しながら冒険者は口を開いた。


「私は『専属の冒険者は魔女だが戦場にいるところを見たことがない。もっと戦力となる人材を遊撃隊は求めている』だったよ。まぁ、貴女の装備を見るに、見たことがないのは前線を駆けてるからみたいだね」

「そうだな。オレは【囁きの魔女(ウィスパー・ウィッチ)】などと大層な二つ名をもらってしまったが、冒険者としては銃士であり、レンジャーだ。魔法も使うが、中衛の位置で銃をぶっ放しているほうが多い」


 腰の銃に手を置いて説明をするティカに、最後の一人は仕方がないと言わんばかりの笑みでやはりと息を吐く。

 全員の話を聞いて、ティカが大きく溜め息をついた。部屋に居る者全員も同じように溜め息をつく。彼も第二騎士団がしでかしていることに頭痛がしてきた。


「守秘義務があるのは分かっているが、誰から聞いたかは話せるか?」

「騎士団の人だとは分かるが、自己紹介はされてないから名前までは知らねぇ。……そもそも、制服を着てたから騎士団だと判断したが、本当に騎士団だったかも怪しくなってくるな」


 一番近くて話しかけやすいからだろう、キアランへと視線を戻したティカが、幾ばくか柔らかくなった声音で問う。彼は躊躇うことなくあっさりと答えた。キアランに続いて他の者たちも誰に聞いたか外見的特徴を教える。虚偽だったことが分かったことで不信感が高まっているからだろう。

 長期契約者達にはそんな話は一切無かった。話をされても全員本を読むために契約をしたような研究肌の者ばかりなので、遊撃隊に話しかけに行く事はなかっただろう。外見の人物に全く心当たりはない。そのことをティカに伝えれば、彼女はふむ。と口元に手を当てる。


「短期の皆は、騎士団の者に今の話をしたことはあるか?」

「オレはない。ていうか、騎士団の人たちは『クラゲに触るな、毒あるぞ』って感じで、近寄りもしねぇよ。迷って道を聞こうと話しかけただけで嫌そうな顔するし」

「あたしもないね」

「僕はあるよ。銀の瞳の赤いタイの人だった」


 灰髪の青年が手を上げて答えるので全員がそちらを向く。彼は人懐っこそうな笑みを浮かべて、当時のことを語る。


「何故遊撃隊に話しかけるのか聞かれたから噂を教えたら、そういった事実はないから遊撃隊に迷惑を掛けるなと忠告されたよ」

「おい、それなら共有しろよシード」

「僕は言ったけど、本人たちに確認取るまでは信じないと言っていたのはお前だろう」

「……そういやそんなこと言った気がする」


 どうやら彼らは仲間か、顔見知りのようだ。やりとりを見ていたティカが顔を上げ、他にいないかと問いかけるも、他はいないようだった。

 そこでふとティカは人数を数え、首を傾げた。


「……ところで、長期契約は十人、短期契約は六人だと聞いているが、先日短期が一人辞めたはずだ。補充したとも聞いていないが、何故十六人いるんだ?」

「辞めた? 何言ってんだ。オレたちは昨日来たばかりだぜ?」

「は?」


 キアランの不思議そうな回答に、ティカは間の抜けた声を上げた。


****


 第二騎士団は本当に厄介なことしかしない。

 冒険者たちから聞いた話を手に、ティカは騎士団の総長室へと窓から入った。姿を消した上で浮いて、開いている窓からの侵入である。鍵が掛かっていても彼女なら開けられるが。

 何度かこうして情報を持ってきたことがあるので、総長――ディーオルは特に驚いた様子はなく席を勧めたが、ティカは座らずに正面に立つ。


「第一騎士団の副団長経由で耐えてくれと伝えたはずですが」

「ええ、大元の所に行くのは耐えました。なので冒険者のほうを止めに行ったら、面白い話が聞けまして」

「そちらも耐えてほしかったのですが……」


 深く溜め息をついてこめかみを押さえるディーオルに、ティカは満面の笑顔でもって答えた。彼はますます疲れたように肩を落とす。


「ということは、冒険者は人によって契約が違うということにも気付いていたんですね」

「……はい?」


 寝耳に水だとばかりにティカへと驚いた顔を向ける彼へ、ティカは笑みを消して冒険者から聞いた話を纏めた紙を渡した。

 ・長期契約の冒険者は一ヶ月契約。継続可能。

 ・短期契約の冒険者は一日~三日契約で、継続は不可。再応募不可。

 ・日替わりで冒険者ギルドに通達している模様。

 ・仕事をするために王城に招かれて、待機部屋まで案内した者から噂話を聞いた。

 ・夏用マントではなく制服を着用。

 ・男、焦げ茶の髪、短髪、中肉中背、武器は長剣、首の左側の襟で隠れるところにほくろがある。


「門番にも確認を取りましたが、「冒険者は気まぐれですぐに辞める者もいて困る。すぐに別の者を呼んである」ってことで、毎日リストを変更されていたそうですね」

「ええ。大慌てでギルドに連絡して、冒険者を呼んでいると報告を受けています。無茶を言っているので、多少素行の悪い者でも見逃してくれと」

「冒険者ギルドも冒険者も、そんな暇じゃないです。

 仕事内容が市街見回りと言えど、下手な人材を送ればギルドの沽券にも関わるので、選定には時間を掛けます。気まぐれに仕事を放棄したなど、ギルドは決して許しません。

 ギルドに回っているほうの募集文を確認してください。長期契約の冒険者は長く冒険者をやっているベテランか研究肌の者ばかりでしたが、短期契約の冒険者はAランクのくせに頭の回っていない阿呆という例外を除き、大半がBランクに上がったばかりの駆け出しでした」


 水の都は冒険者が多いため、呼べばすぐに冒険者の補充が利くと勘違いしても仕方がない。しかし、ギルドでバイトをしていた事があるので、そんな簡単に補充が利かないとティカは知っている。

 国からの正式な依頼なのだ。素行の悪い者を送り出し城で問題を起こされたら、ギルドの責任として罰を与えられるかもしれない。選定に慎重になるのが普通だ。

 だがしかし、もし依頼文自体に「駆け出しでも問わず」などという一文でもあれば、経験を積ませるために駆け出しでも送り出すだろう。そして駆け出しは仕事を得るために必死で藁にも縋る。相手の迷惑を考えずに。

 結果、遊撃隊が被害に遭い、業務どころか健康に影響が出ている。執務室を作る前の一週間でクラーケン討伐に出ていたら、流石に無傷とは行かなかっただろう。アルビレオが行ってくれて良かった。


「ここまで来ると、私怨などという甘いものじゃないでしょう。

 ――私はもう、動きません」


 遊撃隊が被害に遭えば、今回のようにティカがブチ切れて動く。予め動くなと釘を刺してきたので、第二騎士団に向かわなかっただけだ。

 だが。もしそれが相手の目的なら。ティカが動けば、相手の思うつぼだ。

 ティカの宣言に、ディーオルはティカによく似た黒に近い紺の瞳で真っ直ぐに見つめてくる。驚いた様子はなく、悟らせてしまったことを悔やむように僅かに眉を下げて。


「……貴女を王城から追い出そうという動きが、あります。気に食わないから追い出す、というならまだ良いのですが、どうにも火の国の動きが怪しくて」

「火の国、ですか」


 北に火山地帯を持ち、凶悪なモンスターが闊歩する国だ。火の国のモンスターは皮膚が硬く、体力もあって手強く、凶悪だと聞く。強い冒険者を常に求めているため、ティカとアルビレオを求めていてもおかしくはない。

 ただ最近、きな臭い動きがあるので注意しろと、珍しく弟から手紙が来た。しかも二人から。

 ディーオルもそれを掴んで、今回の事件の裏に火の国が絡んでいるのではないかと疑っているようだ。だから慎重にならざるを得なかった。


「お二人が参加するかどうかよりも、お二人が火の国にいるという事実が欲しいのでしょう。水の都はやっていませんが、名が売れた者を使えば色々と出来ますから」

「……なるほど」


 国のための駒にはならないが、アルビレオとティカがいるというだけで、火の国に来るような水の都の冒険者もいるかもしれない。戦場に実際にいなくても、それっぽい格好の青年でも置いておけば士気は上がる。

 思想のための旗にされるのは非常に嫌だ。


「ところで。エウロ君に連絡を取りたいのですが、今彼はどこに?」


 顔をしかめていたところに質問をされて、ティカは表情を戻してディーオルへと顔を向ける。

 ディーオルはいくつもの情報源を持っているが、その一つがティカも頼っている情報屋だ。情報屋の情報網はとても広く、頼りがいがある。


「分かりません。いつもの情報収集中のようで……アルビレオさんなら連絡先分かるはずなんですけど」

「今はクラーケン討伐に出ていましたね……仕方がありませんか」


 おそらく今回のことも彼は知っていて、情報を集めているところだろうと思ってティカは待つことにした。それ以外に彼女が出来る事はない。

 ディーオルはふむりと考えるように視線を落とした。



「とりあえず、私が渡せる情報はそれで全部です。後は任せました」


 もう話は終わったとみて、ティカは窓へと向かう。帰ろうとする彼女を、ディーオルは「あと一つ」と引き留めた。


「ティカさんは団長になる人は、どんな人が良いと思いますか?」


 真面目な話から一転、世間話として振られた話題に、出ようと浮かび上がったティカは瞬きを一つして振り返った。ディーオルの表情は少し悪戯っぽいもので、質問の意図を理解したティカも窓枠に腰掛けて似たような顔でニヤリと笑った。


「そうですね。身分関係なく、人格を尊重する人間だと下の者は働きやすいですね。

 たとえば、積極的に冒険者に話しかけて、噂を否定していた『月に愛された人』とか」


 冒険者に話を聞きに行き、噂の否定をしていた赤いタイを付けた『月に愛された(銀の瞳を持つ)』団員。彼は短期の者を見かける度に話しかけては、噂を否定していたそうだ。効果は残念ながら無かったが、話しかけていた事実が充分に使える。

 彼は子供の頃から平民と関わることが多く、感覚は貴族的ではあるが平民の感覚も理解し、配慮することが出来る。


「やはり、貴女もそう思いますか」


 茶番だ。ディーオルの中では決定済みのことを、ティカに教えただけに過ぎない。

 第二騎士団の団長を変えるという宣言にティカは笑いながら問う。


「膿は、これで全部出ますか?」

「ええ。傷が塞がるまでは少し時間が掛かりますが」


 七年前の事件で崩壊しかけた騎士団を立て直したが、その際に雑菌が入ってしまった。立て直すのに必死で気付かなかった雑菌は、時間を掛けてゆっくりと騎士団を腐らせていったが、存在さえ分かれば取り除くのは容易だ。

 傷口が大きくなっても、来年の春になれば新人が入って来て埋まる。練度はともかくとして。


「そうだ。第二騎士団の新しい団長に伝えておいてください。

 『約束は守る』と。それで通じますので」

「わかりました」


 ふと思い出した、式典での約束を伝えておいて、ティカは今度こそ窓から出て行った。

予告なくティカは来るので、総長が部屋に居るときは執務机に近い窓の鍵はいつも開けるようにしてあるらしい。

なお、ティカは高所恐怖症なので、実は毎回浮きながら壁登りのように登ってくるし、壁を伝って降りている。たかいところこわい。

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